[KATARIBE 29457] [UB01N] 小説:薄氷

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Date: Wed, 26 Oct 2005 17:28:43 +0900
From: Paladin <paladin@asuka.net>
Subject: [KATARIBE 29457] [UB01N] 小説:薄氷
To: kataribe-ml@trpg.net
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 ぱらでぃんです。


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小説:『薄氷』
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登場人物
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 ツカサ・ヨーヘイ・クサカワ  :少女型義体に入ったおっさん。
                 http://kataribe.com/UB/01/C/0006/

 ユリウス           :赤いセダンを駆るフィクサー。

本文
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 最上位の割り込み信号〈インタラプトコード〉。無粋なビープが鳴り響くと
擬験〈シムステイム〉の繊細な綴織〈タペストリ〉を引き裂き、情報の世俗界
〈マンデイン〉が現出する。
 七彩に輝く闇の向こうから、聞きなれたフィクサーの声が五感全てへと風の
ように吹きつける。
「ヨー、チャマ。急ぎの仕事〈ビズ〉だ」
「ユリウス、氷破り〈アイスブレーク〉なら他所へ頼め。これからいいとこだ」
「ただの氷破りじゃねえ。生身で仕掛け〈ラン〉せにゃならんのよ」
 世俗界から流れてくる情報流〈ストリーム〉を振り払うかのように頭を振り、
再び接入〈ジャックイン〉しかかるが、アフリカ英語がそれを遮る。
「どこへ」
「聞いて驚け。AI〈アルツターノフ・アイデアル〉だ」
「ほおう」
 舌足らずな声の調子が上向きになってきたのを確認し、ユリウスは続ける。
向こうからは着替えているのか衣擦れの音。
「つっても社員宅だがな。マンシッカつう監査役ん家に仕掛けて、帳票データ
抜いてくれ」
「報酬は」
「洗浄〈ロンダリング〉済みで一万」
「いくらピンはねたんだ。これだから下請け業界ってのは」
 気だるげに喉の奥で言葉を転がしながら上膊の弾倉を確認。隠密〈ステルス〉
コートを掴んでいつもの場所へ。そこにはいつものおんぼろ赤セダン。ドアを
閉めるもそこそこに急発進。
「三十分ってとこだ」
「急ぎだな」
「AIともなっとネマワシが大変なんでね。ツカササンなら大丈夫だろ」
 ゲイズヒルまで車中で詰めの打ち合わせ。相変わらずの乱暴な運転で少女の
躰は頭を何度もぶつけるが、車体のほうがへこむような音をたてる。
 ツカサが頭をぶつけること十数回。住宅街に通じる橋を臨む路地に停車。
 両人何も言わず、少女はコートを羽織り、橋を渡る。住人の安全を護る門の
認証パネルに手をかざすふりして生体認証システムへ接入。こじ開けるのでは
なく、情報流に身を任せて流れを導く。認証音が鳴り、開門。

 地図は車に向かうまでの道すがら転送されている。視覚情報と照会しながら、
善良な市民生活を体現しているかのように占拠住民〈スクワッター〉の一人や
ゴミの一つも無く、生垣が綺麗に刈られた道を歩く。
 警邏もいるにはいるのだが、少女のサイズと場数を踏んだ老獪さを併せ持つ
者を見つけることは難しく、彼は難なくマンシッカのメゾネットにたどりつく。
 外部のネットに繋がっていないからこその直接工作。目のモードをいくつか
切り替え、内部をスキャン。この手の仕事は技術〈テク〉も無論のこと、情報
〈データ〉も重要。スキャンデータを間取りのデータベースとつき合わせて、
建物の間取りを解析。アタリをつける。
「さて」
 言うが早いか、掌から無線接続で玄関の三重ロックを解除。

 転〈フリップ〉。

 小洒落た旧世紀趣味の赤レンガで彩られたポーチを抜け、いかにも小市民と
いった風情の木調ホールへ。他の扉や廊下に目もくれず脇の階段を昇る。
 窓際の観葉植物越しに月光射しこむ廊下、三番目の扉。この造りならここが
書斎だろうとアタリをつけた扉にそっと手を触れ、ロック解除。
 不能。
「俗物〈マンデイン〉が」
 少女の皮を被った者は悪態をつきつつコートの裡ポケットから鍵開け道具を
取り出し、擬験を起動。悪魔〈デーモン〉の動きを義体が滑跡〈トレース〉。
かくて妖術使〈ソーサラー〉は鍵を外し世俗界の扉を開く。
「ビンゴ」
 読みは中り、そこは書斎。主人が運ぶディスケットの情報しか知らぬ哀れで
孤独なコンピュータの筐体をそっと開き、内蔵されているドライブを手首から
出た端子〈ジャック〉に直結。電源の供給を確認すると、首筋の端子に繋げた
無刻印キイボードを叩く。情報流が直接見える今となっても行う儀式。
 直接の侵入は想定していなかったのか、ほんの申し訳程度しか張っていない
氷〈アイス〉を破り、情報を体内に吸い取る。
 瞬きほどの間にそれは終わり、後始末にかかる。何事も無かったかのように
筐体を組みなおし。

 転〈フロップ〉。

「踏んじまってたか」
 世俗界に転じてみれば、そこは綺麗に芝生が刈り込まれた庭先。内蔵時計で
確認して数秒の損失でも氷を踏んだことでその危険は二倍三倍に膨れ上がる。
こちらでも、あちらでも。
 念のためネットを経由した悪戯に見せかけているので、それまでが勝負。
 少女は両手で頬を叩き、鳥篭〈バードケイジ〉の攻撃パタンを反芻して再び
接入。魔境に囚われぬよう回り込んで慎重に三門を解除。涅槃〈ニルヴァーナ〉
へと至り、セキュリティを掌握する。
 あとは転じていた間にしたことをこちらで繰り返す。ドアを開け、レンガの
ポーチと木調のホールを横切って、脇の階段から二階へ。
 生い茂る観葉植物ごしに月光が射す廊下の三番目。道具を用意し悪魔を喚ぶ。
開いた扉の先には、象牙色〈アイヴォリ〉の筐体。
 背後から熱源反応。
「動くな〈フリーズ〉」
 反射的に書斎へ飛ぶと、一瞬前に立っていた場所を銃弾が叩く。扉を蹴って
閉じれば、そこに弾痕。義体の過負荷〈オーバーロード〉モードで本棚を扉の
補強にし、時間を稼いでいる間に筐体を開けてドライブに端子を接続。難なく
氷を破って情報を吸い出す。
 外では数回の銃声と体当たりの後、警備員が増援〈メイデイ〉を叫んでいる。
少女は書斎の窓を開け放つと向かいの立ち木へ指を伸ばし、射出。
 木と少女の間に張られた鋼線〈ワイア〉を飛び降りながら巻き戻し、衝撃を
緩和。着地するとそのまま闇に紛れ、共同溝へと飛び込む。

 小回りの利く体で区画の外へ外へと穴を疾る。時折すれ違うのは丸々肥った
鼠やゴキブリ。
「すまん。三番橋」
「了解〈イエッサ〉」
 追っ手をくらますために別の橋で外へ出ると、使用権を偽造したケータイで
ユリウスに連絡し、高圧電流を掌から出力。念のためメモリを殺しておく。
 橋のたもとで丸くなっていると、赤いセダンのハイビーム。開きっぱなしに
なっているドアから助手席に飛び込むと、運転手はそのままスピードを上げる。
「この臭いは。地下通ったか」
「散々だったよ。ほら」
「降ろすまでに確認よろしくな」
 端子からデータを転送してフィクサーに渡すと、使い古されて汚れた札束が
よこされ、ツカサは無言でそれを勘定し始める。
「オーケイ、一万ちょうど」
「今日はどこで降ろすかい」
「適当な棺桶〈コフイン〉。いや」
 少女の中にいるモノは言葉を飲み込み、訂正する。
「厄祓だ。ブラック・アイスが飲める店を頼めるか」

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SIC MUNDUS CREATUS EST
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