[KATARIBE 29456] [HA06N] 小説:『背が高いと映画館で肩身が狭い』

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Date: Wed, 26 Oct 2005 03:34:02 +0900 (JST)
From: Saw <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29456] [HA06N] 小説:『背が高いと映画館で肩身が狭い』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年10月26日:03時34分02秒
Sub:[HA06N]小説:『背が高いと映画館で肩身が狭い』:
From:Saw


Sawです。映画館で思いついたネタです。
ちなみにタイトルと本編に関係はありません。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
小説:『背が高いと映画館で肩身が狭い』
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登場キャラクター
----------------
 津山三十郎(つやま・さんじゅうろう)
     :長身痩躯の変わり者。猫耳は帽子に隠している。
 大江頼子(おおえ・よりこ)
     :津山の幼馴染みにしてクラスメイト。

本編
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 幼馴染の頼子を映画に誘ったのは他に選択肢がなかったからだ。
 元より俺には映画に誘えるような相手がそう多くない。
 その多くない友の一人が夏を境に急に付き合いが悪くなったのだ。正直痛恨
だった。
「いつまでもさ、お前の馬鹿に付き合ってられるほどみんな子供じゃないんだ
よ。そういう時期さ、高校生ってのは」
 頼子は煙草の煙を吐きながら言ったものだった。当の自分が高校生だという
ことを徹頭徹尾無視した態度だったが、そこには妙な説得力があった。
 地下鉄の扉が開き、人の波に押されるようにしてエスカレータ、そして改札
へと運ばれていく。流石に休日の都心は混む、と俺は愚痴るようにつぶやく。
 改札を抜けるとすぐに柱に背を預けてノベルスを読んでいる長身の女が目に
入った。頼子の身の丈は男としても背の高い俺と肩を並べるほどだった。人通
りの多い休日の駅改札というロケーションにおいても目印いらずの存在と言え
る。
「よう」
「や」
 俺が声をかけると頼子は文庫を片手に無愛想に手を上げた。
 こいつは実は俺の隣家に住んでいる。だというのに「一緒に出歩くのを誰か
に見られたくない」というそれだけの理由で、最寄駅から50分かけてくる繁華
街の駅改札を待ち合わせ場所に指定した。とんでもない徒労だと思う。
「フレームが赤いな」
「フフ、オシャレだろう。変装用だ」
 髪をアップにしていつもと違うフレームの眼鏡をかけた頼子はそう言いなが
ら皮肉っぽく笑う。そして俺が阿呆めと返すより早く人込みの中に潜り込んで
行った。俺もそれを追うようにして小走りに進む。

 ちょうど一挙手一刀足の間合いを空けて無言のままに頼子と俺は繁華街を抜
けていく。10分と経たずに目的の映画館についた。頼子は真っ直ぐ券売窓口に
向かって学生一枚と告げる。あくまで無視を貫くその姿勢に俺は感嘆し、すぐ
後ろに立って「夫婦50歳割引でお願いする」と窓口の向こうの妙齢の女性に
言ってみた。
 ゼロ距離から放たれた肘が俺の鳩尾を抉り悶絶。
「すいません、アホの子なので気にしないで下さい」
 へたり込んだ俺の頭上からそんな声が聞こえた。
 以前から楽しみにしていた上映であると言うのに散々だ。俺は憤慨するだけ
して地団太を踏み、その後に「学生一枚」と窓口に告げた。その向こうの妙齢
の女性はツッコミを入れてくれはしなかった。

 地下の劇場は縦長の造りでそう広いわけではない。広くないからスクリーン
も大きくないが、縦長なのでそこそこ人は入る。大スクリーンを割り当てるほ
どの収益は見込めないが、公開しばらくはそこそこマニアが来ることを見込め
るタイプの作品がよくかけられる小屋。
 客席はまばら。頼子はその中央より少し前の席に陣取っていた。俺が隣に座
るのも黙認。ここまでくれば知人に見つかることもないという判断らしい。
「そんなに俺と来るのが嫌なのによく誘いに乗ったな」
「見たかったんだよ、これ」
「友達誘えばいいだろう、お前多いんだから」
「んー、それもちょっと、な」
「フン、まあかまわんがな。ポップコーン買ってくるか?」
「いや、いい。私映画見ながら物食うのあまり好きじゃないし」
「そうか、じゃあちょっと用を足しに行ってくる」
「ほい、行ってら」

 手洗いから戻ってくると客席の半数ほどは埋まっており、俺は一安心する。
自分が観たいと思った作品が公開数日でガラガラになっているというのはそら
寒い。
 そしてすぐに予告編から上映が始まる。
 俺は椅子の上で上半身をくの字に折り曲げ食い入るようにスクリーンを見る。
その内容は一見奇抜だが実に王道の裏づけがされている。ラスト、ハッピーエ
ンド──少なくとも俺はそう思った──に向けて事態が収束するにつれ俺は不
覚にも目が潤む。
 隣の冷静な幼馴染に見られないうちに拭いたかったが、眼鏡をかけているの
でなかなかそうもいかない。
 上映が終わり俺は大きく伸びをして、あくびで涙が出たと言う演技のもとに
指で目頭をこすってみせる。なかなかうまい演技であったと一時の慢心。
 そうしてふと横を見ると、頼子が膝上のハンドバックに顔をうずめて突っ伏
していた。
「──どうした。気持ち悪くなったか?」
「いや。なんでもない」
 俺の背筋に悪寒が走る。その声は鼻声であった。
 可愛いらしいマスコットキャラクタの着ぐるみから屈強な中年男性が出てき
たところを見てしまった気分の俺は、頼子が手洗いに行って来ると顔を隠しま
ま席を立つのを呆然と見送る。
 劇場の階段で待つこと数分。戻ってきた頼子は目蓋と鼻を赤く腫らせてなん
とも見苦しい有様になっていた。
「よう、待たせたな」
「あ、ああ。うん」
「どうした?」
「あ、ああ。昼飯でも食って帰ろう。ファーストフードでいいだろ?」
「確かに少し腹が減ったな、行くか」
 気付かれていないとでも思っているのだろうか。如何にも普段どおりといっ
たその素振りが逆に痛々しい。俺は幼馴染の意外な一面に触れてただひたすら
にやるせない気持ちにさせられた。映画の余韻に浸る余裕もないのはあまりに
悲しいので売店でプログラムだけ購入。そして劇場を後にした。

 俺がハッピーセットを注文して二階の禁煙席に上がると、頼子は熱心に俺の
買ったプログラムを眺めていた。トレイをテーブルにおき、ハッピーセットに
ついてきた玩具で遊び始めて見せるも何も反応はない。
「映画、面白かったな」
 少し悲しくなってきたので俺から口火を切る。
「ああ。よかった──ちょっとラスト不満だったけど」
「不満?」
「なんか口惜しいじゃないか、ああいうのは」
 そう言って溜息をつく。
「俺はあの終わり方しかないと思ったがな」
「いやそうなんだけどさぁ」
「ふむ」
 会話が途切れ、黙々とハンバーガーをお互い口に運び始める。
 時折プログラムを眺めながら各シーンに関する感想などを述べ合う。頼子の
意見は冷静だし俺とも違っていておもしろい。
「しかし三十郎と映画の趣味が合うとは思わなかった」
「俺はなんでも見るほうだしな。しかしなんだ、お前も毎度あれじゃあ他の友
達連中とは映画に行きづらいだろうな」
 頼子はがっくり肩を落とす。
「三十郎、他言無用だぞ」
「何を今更。幼馴染と言うことを隠すのにも付き合ってやってるではないか」
「貴様の弱み、その倍は握っていることを忘れるな。ちなみに私が死んだらそ
の全てが自動的にさる機関に伝達されるようにもなっているからな」
 頼子の言う冗談は時折真実なので油断ならない。殺害計画は闇に葬ることに
する。
「交換条件といってはなんだが、時折こうして映画に一緒に行くと言うのはど
うだ。俺も見た後に意見を交わせる相手は欲しかったところだ」
「それは構わんけど、そのたびにこうして50分かけて都心にまで出る気かい?」
「もうちょい近所でまからんのか、その条件」
「まからん」
「面倒くさい奴」
「三十郎が真人間になったら考えてやる」
 話にならんので俺は返事をせず、カップに入ったウーロン茶を飲み干した。
しかし映画を見たという体験を他者と共有すると言うのは俺にとってそれなり
に重要な儀式だ。前向きに考慮しないわけにもいくまい。
「しかし頼子、お前何がそんなにツボに入ってしまったのだ」
「いや、私動物モノに弱いんだよ。昔飼ってた犬思い出しちゃってさ。一度グッ
と来ちゃうともう止まんなくなっちゃって」
「動物……?」
 俺は考える。確かにその映画に犬は出てきた。しかし本筋にはほとんど関係
せずいくつか主人公達と戯れるシーンがあった程度に過ぎない。断じて犬と人
間の関係を題材にした内容ではなかったし、犬が死んだりするようなシーンも
ない。本当にただ犬が飛び跳ねて吠えていただけだ。
「いやいやいや、お前それおかしいだろ」
「うるさいっ、いいじゃないかっ」
 そう言う頼子はもう涙目になってきていた。

時系列
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10月後半

解説
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津山と大江、映画に行くのこと。

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