[KATARIBE 29449] Re: [HA06N] 小説『よすがの時間・4』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Tue, 25 Oct 2005 00:54:29 +0900 (JST)
From: Saw <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29449] Re: [HA06N] 小説『よすがの時間・4』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200510241554.AAA46257@www.mahoroba.ne.jp>
In-Reply-To: <435BA780.7000002@gaia.eonet.ne.jp>
References: <435BA780.7000002@gaia.eonet.ne.jp>
X-Mail-Count: 29449

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29400/29449.html

2005年10月25日:00時54分28秒
Sub:Re:  [HA06N] 小説『よすがの時間・4』:
From:Saw


Sawです。ざっと推敲してみました。
れあなさんありがとー。
**********************************************************************
小説『よすがの時間・4』
=======================
登場人物
--------
 小笠原大樹(おがさわら・だいき):吸血鬼。山犬。
 錘楼花(すい・ろうか):僵尸。鉄爪。
 九折因(つづらおり・よすが):吸血鬼。紋白。
 六兎結夜(りくと・ゆうや):吸血鬼。金眼。
 銀眼(ぎんめ):Silver Rose Gardenマスター。四人の上司にあたる。

本編
----
 深夜零時の鐘が静謐を破る。
 床面に敷き詰められた白大理石のタイルを踏みしめながら小笠原大樹は店の
中央の黒檀の丸テーブルに向かう。右手にはトマトジュースと人の血をベース
にしたカクテル。ついさっき背後のカウンターにいる男、"銀眼"にシェークし
て貰ったものだ。
 テーブルの周囲にはスツールが四脚立っていて、内二脚には先客がいた。
 長い黒髪に白いブラウス、黒スカートの小学生位の娘と、黒のシャツに同色
のパンツの青年。おぼろな照明に照らされる彼らの肌は、血の気を失ったよう
な白。店内の内装に溶け合うモノクロームの二人。ただその瞳の色だけがそれ
ぞれ赤と金に煌々としている。
 喫茶店Silver Rose Garden。吸血鬼達のネットワークSRAの社交場。そして
大樹も含め、今そこにいる彼らもまた吸血鬼と呼ばれる種。
 黒髪の少女、九折因はテーブルに広げたスケッチブックに色鉛筆を走らせて
いる。スカートから伸びた子供らしい繊細な足は、スツールが大人用のため足
載せにも届いていない。
 一方、その隣に座る青年、六兎結夜はテーブルに肘をついてだらしのない姿
勢で文庫本をめくっている。
 大樹が因の向かいの席についたところで二人はそのままの姿勢を続けるばか
りだったが、大樹がカクテルに口を付けると同時にやっと因がスケッチブック
から顔を上げた。

「──山犬さん、遅いやないですか。早めに来てってあれほど言ったのに」
「ん、そうだったっけ? まあいいじゃん、間に合ったんだし」

 大樹はSRAでは"山犬"と呼ばれている。仕事上必要だといわれたので適当に
付けた名だ。結夜は"金眼"、因は"紋白"、それぞれ外見上の特徴や能力に由来
している。

「いいことなんてあらへん。私のいた血族やったら懲罰もんやで。血主への不
敬や」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟なもんですか。吸血鬼の夜会言うのは遊びとちゃうんですよ? まっ
たく。ほんま山犬さんは自覚に欠けるんやから」
「へいへい」

 少女の大仰な言葉に大樹は肩をすくめる。
 このまだ若い吸血鬼の娘はことさらに伝統を重んじる傾向にある。自覚がな
いといわれても真実その通りで、人を止めた今でもせめて人間らしく生きよう
と思っている大樹にしてみればいい迷惑でしかない。

「因さん、それくらいでええやん。実際今日は半分遊びみたいなもんやし」
「あら、結さん肩持つん? 男同士で結託して感じ悪い。だいたい結さんも結
さんや。夜会があること昨日になって突然言い出して。そうと知ってれば私か
てもっとオシャレしてきたもん」
「別にいいやん、いつも通りで」
「よくない! 結さんまでそんなこと言って」

 因が唇を尖らせ押し黙る。
 つまり因は衣装に凝りたかったがそれが適わなくて腹を立ててるに過ぎない。
言ったら言ったで面倒になりそうなので大樹は話を変えることにする。

「あー、それでキンメ君。今日は一体どういう主旨の集まりなんだ?」
「もう。それかて伝えたやない!」
「あー、なんでも此処に新入りが来るとか言うてな。一緒に仕事することも増
えるであろう私らが歓迎して血の結束深めようと。そういうことらしい」
「なんだ、つまりただの新歓パーティなわけね」
「そんな軽いものとちゃいます」
「まあそんなとこ」

 いちいち小言につき合ってたら話が進まないので少女を無視する形をとる。
因の二人を睨む視線がやや痛い。

「──で、キンメ君。そのお客さんはいつくるんだ?」
「さあ、そろそろのはずなんやけど」
「ふーん、じゃあどんな人なんだ?」
「うん。私もよくは聞いてない」

 言って、結夜はぐるりと辺りを見回す。

「ええと、銀眼さん。集まったの三人だけ? 他の人とか、爺さま方は?」
「ええ、あまり大きなことにする必要もないとのことで、比較的動員される事
の多い者の中で手の空いてる数人に声をかけておきました」
「鴉先輩は今日オフだよね。なんか嫌な予感が……」

 結夜はなにかに怯えるように声を潜ませ、一緒に仕事をすることの多い女吸
血鬼の名前を挙げて言った。

「ええ、彼女からは先ほど持病の癪が出て欠席との連絡が」
「なんやそのうそ臭さは」
「鴉さんがどうかしたのか、キンメ君」
「いや、あの人が出るべき時に出てこない場合大抵ひどい目に遭うとジンクス
が……よもや新入りって危ない人ではなかろうな」
「ええやん、来てからのお楽しみや」

 結局因が不機嫌そうに話を切った。
 店内に備え付けられた時計の針の音だけが律儀に響き続ける。組織は肝心な
ことを伝えてくれない。下っ端に苦労させることが目的なんじゃないかと大樹
は思う。
 結夜は大きく伸びをして再び文庫を読み始め、因もそれに応じるようにスケ
ッチブックを広げた。
 大樹はこれといってすることがなかったので因のスケッチブックを後ろから
覗いてみる。
 目を黄に塗りつぶされた頭でっかちの人物が、荒涼とした大地に佇んでいた。
因はその人物の背中に黙々と無数の針を書き加えている。怖い絵だと大樹は素
直に思った。
 因は暇があるとスケッチブックに向かっているが、以前見た時は川に大量の
死体が流れている絵だった。いずれ銀眼にまともな教師を付けた方がいいと進
言してみようと大樹は思う。

「ねえ、それは何の絵?」
「結さん」
「キンメ君……針千本喰らってるぞ?」
「業や。可哀想やけど。結さんはそれでも生きてかないかんねん」
「可哀想言う割りには嬉々として描いてるように見える」

 二人の会話を聞き「しんどい人生やな」とひとりごちた結夜が唐突に立ち上
がり店の出口に向かった。
 少し間をおき入り口の白く塗装された扉がゆっくりと開くと、中華帽子がそ
の隙間から割り込むようにして伸びてくる。

「こんばんは」

 妙なイントネーションの20台の女が入ってきた。色鮮やかな中華帽子の下は
青を基調としたアオザイ。その女はモノトーンの店内の中で異質で、滑稽です
らある。それだけでもかなり目立つ格好なのだが、額に貼り付けられた札が一
際目を惹いた。

「キョンシー?」呟く大樹。
「山犬さん、きょんしーてなに?」
「いや、ほら昔はやんなかった? こう、腕を前に突き飛ばしてぴょんぴょん
跳ねるやつ」
「なんやそれ、楽しい?」
「楽しいとかじゃなくてこういうもんなの。死後硬直かなんかでギクシャクし
か動けないんだよ」
「なめらかに動いてるやん」
「──まあ、そういうのもいるんだろ? しっかしキョンシー知らないかぁ。
ジェネレーションギャップ感じちまうなあ」

 結夜とキョンシー女はなにやら小声で事務的な立ち話を続けている。

「けったいなファッションや。アレ、前みにくいんと違いますか?」
「たしかあの札がないとダメなんだよ。キョンシーは」
「だからキョンシーって何? 吸血鬼とちゃうやん」
「まあいいんじゃない。グールとか人狼とかの眷族の会員も多いし。最近は組
織も結構イレギュラーなものにまで手を広げてるみたいだから」
「まったくいい加減や。ていうかあの結さん何? ちょっとおっぱい大きいか
らって顔ゆるんでへん?」
「ゆるんでないだろ。元からああいう顔だって。しかし……確かにでかいな」

 言われて気付き、そのアオザイの胸に浮かび上がる丸みを帯びたラインに感
嘆の声を上げる大樹。他意のない反応だったが向かいに座る少女の冷たい視線
を浴びて閉口。
 因は少し下を見て自分の胸に手を当て何事か考えた後、オレンジジュースの
入ったコップを両手で持ち上げ一気に飲み干す。いい飲みっぷりだと大樹は
思った。

「──どうでもええけど話長い。いつまでわたしらのことほったらかしにする
つもりや」
「さあ、事務的な手続きしてるんでしょ」

 その直後。突然キョンシー女が結夜に抱きついた。
 大樹も、そして向かいの因も、しばしそちらを見つめたまま固まる。

「おわぁっ」
 店内に情けない声が響き、結夜がキョンシー女を突き放すようにして逆に自
分が転げる。
 因の握っていたコップにヒビが入り、大樹が見ると少女は口をぱくぱくさせ
ていた。呼吸障害かもしれない。

「あらん、ノリが悪い子ね」などと言いながらキョンシー女は大樹達の座るテ
ーブルに向かってきて、札の陰に隠れた口元を横に広げ陽気に微笑んだ。
「私は"鉄爪"楼花。よろしくねん」

「いきなり何するんですか」しばし呆然としていた結夜がようやく口を開いた。
「うん? ただのハグよ。ハグ。親愛のし・る・し。ああ、ほっぺにチュのほ
うがよかった?」
「なんでそんなとこだけアメリカ人やねん、あんた」結夜が立ち上がりながら
つっこむ。
「……結さん、いや金眼さん。なんやねんこの人」と言う因の声はなぜか震え
ていた。
「なにって、今日から仲間になった錘楼花さんです。みんな仲良くしてあげて
くださいね」
 結夜はやる気のない声で幼稚園の先生のような紹介をし、おざなりな拍手を
した。それに応じて楼花が笑顔で会釈しスツールに座る。
 大樹もまた適当な拍手で応じてやることにする。これから何かと世話になる
相手だ。調子を合わせておくに越したことはない。何が気に入らないのか、向
かいに座る少女の形相がいささか恐かったので適当に流したいとも考えていた。
 が、向かいの少女が拍手する代わりに立ち上がり、机を両手の平で叩いた。
「仲良くしてくださいやあらへんっ。こんな品のない人仲間と認められませ
ん」
「……えーと、紋白さん。とりあえずお店の備品を乱暴に扱わないように。銀
眼さんに叱られるよ。ほら、わかったら山犬君も紋白さんも自己紹介。仲良う
するならまずはそっからや。私もこういうの仕切るの苦手なんやから各々うま
くやってほしい」
「あ、ああ。そうだな。それじゃ後ればせながら。小笠原大樹です。よろしく。
ここじゃあ"山犬"って呼ばれてます。趣味は野球観戦でオリックスファン。楼
花さん野球は見ます?」
「見ないわねぇ」
「やっぱり」
 あっさり返されて取りつく島もなかったので大樹はがっくりする。野球好き
の吸血鬼にはなかなか知り会えないでいた。とかく吸血鬼と言うのはインドア
な傾向が強くてよろしくないと常々思う大樹だ。
「ほら、因さんも」
 結夜に促されて因がしぶしぶ口を開く。
「"紋白"です。仲良うする気なんてないから本名は言わんでもええね。どこの
田舎から出てきたのか知らんけどあんまり品のない態度やとお故郷がしれます
え」
 毒たっぷりの挨拶に大樹は呆れ果てる。いくらなんでも初対面でこれはない
だろう。
 たしなめようと席を立ったら、それより先に楼花が因の前に立ちはだかった。
少女もまけじとスツールを飛び降りて腰に手を当てる。
 楼花はあいかわらず笑顔だったが目は笑っていない。張りつめる緊張の一時。
 楼花はまじまじと因を鑑定するようにつま先から顔まで眺め、因も険のある
視線で睨み付ける。そして直後、楼花の札に『我非常喜』の文字が浮かびあが
り、いきなり因に抱きついた。

「やーん、かわいい。ついこないだまで深山幽谷にいたから、こういう子がい
なかったのよネッ」楼花の声が裏返る。
「ふがっ」
 突然の出来事に因の手足は伸びきって硬直。大樹がどうしたものかと伸ばし
かけた手のやり場に困っていると、結夜はさっさと席について頭など掻いてい
る。自分に出来ることはないと思考放棄したのだろう。大樹もそれに倣うこと
にした。我に返った因がふがふが言いながら手足をばたつかせている。どうや
ら楼花の胸に顔面を圧迫されて呼吸も困難らしい。
「うーん、なんかいい匂い。若い女の子の匂い」
「やめ! うあ、死臭や、息かけんといてぇ。結さん助けてぇっ!」
 少女がもがくたびに長い黒髪があちらこちらに揺れる。背が高くおそらく力
も強い楼花の前に因は為す術もなく、されるがままに頬摺りされている。
 そのまま調子に乗った楼花が少女の首筋にキスしようとした瞬間、渾身のカ
ウンターパンチが中華帽子を被った額に叩き込まれた。帽子が跳ね上がり空気
の抜けるような音とともに床に落ちる。
 そうして、楼花は操り人形の糸が切れたように静かになった。
 楼花の表情を伺う一同。
 楼花の顔から笑みが消える。
 一瞬の静寂の後、獣のように牙を剥き出しにして楼花は高笑いをあげた。
 抱えていた因を一瞬で地面に組み伏せて酷薄な笑みを浮かべて馬乗りになる。
長く伸びた爪が白い肩に食い込み、血がにじむ。

「あかん、山犬君引っ捕らえて」結夜は頭痛を抑えるように指をこめかみに当
てながら立ち上がる。

 因は目を見開いて両手を顔の前で交差し、そのまま硬直していた。
 大樹は一息で楼花の背後に回り込み、両脇の下から腕を回して取り押さえた。
純粋な運動能力と筋力においてなら大樹は優れた部類だ。だがその大樹に拘束
された状態でなおも因の首筋に牙を立てようと覆い被さる楼花。とんでもない
力で逆に全身背負われそうになり大樹は戦慄する。
 本性をあらわし筋肉を増強して一時的に肉体の質量を引き上げ、ようやく大
樹は拮抗状態を作ってみせる。その隙に結夜が中華帽子を拾い上げ、速やかに
楼花にかぶせる。すると、唐突にキョンシー女は大人しくなってしまった。

「──落ち着きました?」結夜は楼花の顔を確認するようにして覗き込む。
「あー、ごめんねぇ。ビックリさせちゃったかしらん? アハハハ」

 楼花の額の札に『対不起』の文字が浮かぶ。謝罪の意志をあらわしているら
しい。漫画の書き文字のような札だ。
 ビックリどころかどん引きした大樹は何も言えずに楼花から離れた。そうい
えばキョンシーって札が剥がれると暴走するんだったかなと思い出す。
「鉄爪さん、あんまり若い人で遊ばないでくださいね」
 ずっとカウンターの向こうで沈黙を守っていた銀眼が楼花をたしなめる。
「ごめんねぇ、年寄りの趣味なのよ。我を失っちゃったのは不幸な事故ってこ
とで、ネ?」
 銀眼は目を細めてこちらの様子を見るが、肩をすくめて楼花を招き寄せる。
楼花は顔の前に手の平を垂直に立ててゴメンという合図を大樹達に出し、その
まま銀眼のいるカウンターに向かった。
 大樹と結夜は倒れたスツールを戻しながらそんな彼女を見送った。

「なんだアレ、たまんねーな」
「あの札には気を付けた方がええな」
「銀眼さん、怒らせちまったかね」
「あの人が怒るってのはちょっと想像がつかん。店で暴れたんだからこってり
絞られるとは思うけど」
「で、モンシロちゃん大丈夫か?」
「あー、うん。怪我はしてない。かすり傷くらいあるかもしれヘんけどそんな
んすぐ治るやろ──因さん、落ち着いた?」

 因はうなずき、慌てて服の乱れを直す。こうして並んでいると兄妹のようだ
と大樹は思う。
 因は結夜の袖から手を離し大樹の方を見ると、途端に胸を張って人差し指を
立てて語り出した。

「わたしが本気出して蹴倒す前にあの人抑えてくれて助かったわ。あと三秒で
お店血の海にしてしまうトコやったんですよ。だから山犬さんには少しだけ感
謝しときます。あんな人かていきなりバラバラのぐちょぐちょにしてしまって
は可哀想や」
「……あっそう。そりゃ掃除の手間省けてなによりだ」

 頬を赤らめて滔々と語る因のことが大樹はよくわからない。頭を打ったのか
もしれないと思う。自分は頭の専門家ではないし付き合っても仕方がなさそう
なので大樹は氷が溶けて薄くなりはじめたトマトジュースと血のカクテルに専
念する。
 テーブルに肘をついていた結夜がその様子を鼻で笑い、直後因に脇腹を殴ら
れた。

「しかし、なかなか歓迎会にならんな、こりゃ」

 一心地ついて大樹は嘆息する。
 カウンターの向こうでなにやら注意を受けている楼花を見ながら三人はため
息をつく。なにしろ楼花本人にまったく悪びれた様子がなかった。

                *

 銀眼にこってりしぼられたはずの楼花は相変わらずの調子で輪に戻ってきた。
中国産はやはり違うと、大樹は軽いカルチャーショックを受ける。
 お返ししなきゃ気が済まないと暴れる因を結夜と二人がかりでなだめてすか
し、なんとか円満に卓を囲おうとする。
 大樹は正直さっさと解散したかったし、多分結夜も同じ心情だったであろう
ことはその表情からすぐに窺い知れた。だがそれを持ちかけようとすると楼花
が心底悲しそうな声を上げて「まだナンにも話してないじゃな〜い」などと言
うので結局お人好しの、或いは押しに弱いだけの男二人に逃げ場はなかった。
「ほら因さん。夜会は大事な儀式なんでしょ。付き合ってあげてよ」
「こんな時だけ狡いわ……」
 結夜の言葉にようやく折れた因がしぶしぶ席につき、ようやく『第一回、鉄
爪サンになんでも聞いちゃおうコーナー』と題された座談会が始まった。参加
者の実に75%が寒いと思っている悲しいイベントだった。

「それじゃ、質問はありませんか? ハイ、山犬君」
「俺かよ。えー、鉄爪さんはキョンシーなんですか?」
「そのと〜り。大陸産のキョンシーで〜す。昔のことはあんまり覚えてないん
だけどネ」
 楼花の額の札に『中国原産』の文字が浮かぶ。
「喰人鬼だっけ」
「ウン、お肉とか食べちゃうノ。若い女の子の肉とかダイスキ」
 そう言って楼花は妖しく微笑んだ。
 因が身震いし、その顔に嫌悪感を露わにする。
「……えーと、もう質問はないかな? はい、それじゃあそこの山犬君」
「また俺かい! そんな聞くことないっての。じゃあ、なんだ。そう、鉄爪さ
んて強そうな名前ですね」
「それもう質問ちゃうやん。感想や」
「うるせぇ。じゃあそっちがなんか質問しろよ、キンメ君」
「残念。私は司会進行役やから」
「ずりー……」
 大樹が頭を抱えると因がすっと手を上げた。
「ほな、わたしええかな」
「お、紋白さん。どうぞ」
「ほな聞きますけど、鉄爪さんはいつ帰りはるの? わたしもう速攻お故郷に
帰って欲しい気持ちで一杯なんですけど」因は淡々と言った。
 思わずそのきつさに血の気が引く男二人を尻目に、少女は和やかな笑顔を浮
かべている。
「酷い! 身よりのないお婆ちゃんになんてこと言うノヨ〜」
 楼花は大袈裟に机に泣き伏し、べろんと机に広がった札には『我悲哀』の文
字。
「因さん、お年寄りを泣かさない」
「どこがお年寄りやねん、若々しいやん」
「あら、そう見える?」にこやかに顔を上げる楼花。
 切り替えの速さに大樹が呆れていると、因がにこやかに言葉を続けた。
「脳味噌軽そうや。バカっぽすぎて年寄りの重みは感じひんなぁ」
 再び場が沈黙する。さすがの楼花も笑顔が引きつって見えた。
「……あ、ああ。そうだ! 質問!」
「はい、山犬君」
「わかりません!」
「なんやねんそれ」
 大樹と結夜の冷汗混じりの会話が空しく響く。
 結局時計の針が一時を指すころには、すっかり話題が途切れてきていた。因
はすっかり興味を失ったようで沈黙していたし、大樹と結夜は疲れきっていた。
「それじゃ最後、ワタシが質問してもいいカナ?」
「ああ、ええですよ。ほな鉄爪さんどうぞ」
「さっきから仲良さそうに見えるんだけど、金眼君と紋白ちゃんてどんな関係
なのカナ?」
「ああ、それは、私が紋白さんの──」
「わたし、金眼さんちに世話になってん。結さん親切やから兄妹みたいに付き
合ってくれてるけどそれだけや」
 結夜の言葉を遮って因が断言した。
「……ま、そんなとこやね」結夜が同意する。
「皆さん、そろそろお食事などいかがですか」
 銀眼がトレイを片手に悠然と歩いてきた。
 食事という言葉を聞いた途端、親鳥を追うヒナのように楼花の視線がトレイ
に釘付けになる。トレイには血の滴るようなサーロインステーキが盛られ、湯
気を立てていた。
 因の前には鮮血の注がれたグラスが置かれ、彼女も諸手をあげて「さすが銀
眼さんは気い利くなぁ」などと大袈裟に喜ぶ。

 一通りそれぞれの食性に合わせたメニューが並ぶと、一同は乾杯をして食事
を始めた。開始の合図と共に肉にかぶりつく楼花の勢いに残る三人は唖然とし
たり感心したりで言葉もなかった。大樹は子供の頃見たたらこ唇のオバケの漫
画を思い出した。
 宴も終わり、結夜が手洗いに行くと言って席を外した。
 そのタイミングを伺っていたかのようにすっかり満足した表情の楼花が小声
で因に言う。

「ゴメンネ、別に悪気はなかったノ。"結さん"とったりしないから安心して」
「そんなんと違います」
 因は机に肘をつき顎を乗せた姿勢で答えた。
 それからしばらく視線を彷徨わせて言葉を続ける。
「──まぁ、こっちも大人気なかったわ。わたし、九折因です。これからよろ
しう」
 因が照れくさそうに言うと、楼花はその頭を撫でた。少女は憮然とするもさ
れるがままになっている。
 唐突に和解した二人が大樹にはさっぱりわからなかった。
 わからないのだが、わからないなりにその光景は見ていて気持ちがよかった。
大樹は無性に待つ人の居る家が恋しくなる。こういうのは人間らしくて悪くな
い、と吸血鬼になりきれない吸血鬼は思う。
「あ、そうだ。ワタシ今晩泊まるトコないんだけどどっかないカナ?」
 心を見透かされたようなタイミングの言葉に大樹は少し驚く。
「楼花さんまだ家ないんや?」
「来たばっかりだから、家探しはまだなのヨン」
「喫茶店の奥に仮眠用棺桶ならいくらかあるんだっけかな」
「う〜ん、棺桶かぁ……因ちゃんは何処住んでるの?」
「結さんとこ」
「そこ、広い?」楼花が小首を傾げて甘えた声で問うた。
「あかん! あきまへん! めっちゃ狭いねん。犬小屋みたいや」
「ひどっ!」
 いつの間にか戻ってきた結夜が手を拭きながら非難の声を上げる。
 因は慌てて突然大樹に話を振ってきた。
「ああ、そうや。山犬さんち行けばええねん」
「おぅい! うちだってダメだって」
「ああ、山犬君ちか。確かにうちより広いし何より一人暮らしやろ? ええと
思う」
「だから勝手に決めるなって!」
 大樹も必死で断る。確かに親兄弟とは住んでいないが同居人が居るのだ。い
きなり女を連れて帰ったりしたら何を言われるかわかったものじゃない。
「今更ええやん。ノーと言えない日本人を地で行ってるんやから」
「ノー!」
「おお、ノー言った」
「快挙や」
「ねえ、山犬君……ダメ?」
「目うるませてもダメなもんはダメですっ」

 吸血鬼達の夜は続く。
 騒ぎを遠目に眺めながら、カウンターの奥の"銀眼"は素知らぬ顔でグラスを
磨いていた。その石膏像のような表情の裏に、うちにだけは決して招かないよ
うにしようという決意を秘めて。

時系列
------
 2005年、夏。

解説
----
 SRA下っ端組、新入りを歓迎する。

$$



 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29400/29449.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage