[KATARIBE 29440] [HA06N] 小説『よすがの時間・4』

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Date: Sun, 23 Oct 2005 06:39:01 +0900 (JST)
From: Saw <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29440] [HA06N] 小説『よすがの時間・4』
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2005年10月23日:06時39分01秒
Sub:[HA06N]小説『よすがの時間・4』:
From:Saw


Sawです。長め。
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小説『よすがの時間・4』
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登場人物
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 小笠原大樹(おがさわら・だいき):吸血鬼。山犬。
 錘楼花(すい・ろうか):僵尸。鉄爪。
 九折因(つづらおり・よすが):吸血鬼。紋白。
 六兎結夜(りくと・ゆうや):吸血鬼。金眼。
 銀眼(ぎんめ):Silver Rose Gardenマスター。四人の上司にあたる。

本編
----
 深夜零時の鐘が静謐を破る。
 床面に敷き詰められた白大理石のタイルを踏みしめながら小笠原大樹は店の
中央の黒檀の丸テーブルに向かう。右手にはトマトジュースと人の血をベース
にしたカクテル。ついさっき背後のカウンターにいる男、"銀眼"にシェークし
て貰ったものだ。
 テーブルの周囲にはスツールが四脚立っていて、内二脚には先客がいる。長
い黒髪に白いブラウス、黒スカートの小学生位の娘と、黒のシャツに同色のパ
ンツの青年。揃いも揃って真っ黒なのだがそれは素肌に黒いジージャンを引っ
かけただけの大樹とて同じだ。黒を好むのは大樹達の数少ない共通項と言える。
 喫茶店Silver Rose Garden。ここは、この界隈の吸血鬼達のネットワーク、
SRAの社交場。そして今そこにいる彼らもまた吸血鬼と呼ばれる種。
 スカートから伸びた子供らしい細い足をぶらぶらさせながら、黒髪の少女、
九折因はテーブルに広げたスケッチブックに色鉛筆を走らせている。スツール
が大人用のため、足載せにかかとが届いていない。
 一方、その隣に座る青年、六兎結夜はテーブルに肘をついてだらしのない姿
勢で文庫本をめくっていた。二人は大樹の同僚とでも言うべき存在だ。
 大樹が結夜の隣の席につくと、因はスケッチブックから顔を上げ胸をはって
言った。

「山犬さん、遅いやないですか。早めに来てってあれほど言ったのに」
「そうだったっけ? まあいいじゃん、間に合ったんだし」
「いいことなんてあらへん。私のいた血族やったら懲罰もんやで。血主への不
敬や」
「そんな大袈裟な」

 唐突に噛み付かれて大樹は適当に言葉を濁した。
 大樹はSRAでは山犬と呼ばれている。仕事上必要だといわれたので適当に付
けた名だが、仕事とプライベートをわけるのには便利だった。山犬と呼ばれて
いる時は仕事モードなのだと言うことが、いささか鈍いところのある大樹にも
わかる。しかし思えば因が大樹のことを呼ぶ時は大概「山犬さん」であるから
彼女にとって自分はあくまで仕事上の付き合いと割り切られているのだろうと
思う。どうでもいいことだったが。

「ちょっと、ちゃんと聞いてください。吸血鬼の夜会言うのは遊びとちゃうん
ですよ? まったく。ほんま山犬さんは自覚に欠けるんやから」
「へいへい」

 大樹はうんざりした。このまだ若い吸血鬼の娘はことさらに伝統を重んじる
傾向にある。自覚がないといわれても真実その通りで、むしろ吸血鬼になんて
なりたくないと思っている大樹にしてみればいい迷惑でしかない。

「因さん、それくらいでええやん。実際今日は半分遊びみたいなもんやし」
「あら、結さん肩持つん? 男同士で結託して感じ悪い。だいたい結さんも結
さんや。夜会があること昨日になって突然言い出して。そうと知ってれば私か
てもっとオシャレしてきたもん」
「別にいいやん、いつも通りで」
「よくない! 結さんまでそんなこと言って」
「どうせ来るのは私らだけやて。いつも顔合わせてるやん」

 因が唇を尖らせ押し黙る。つまり因は服に凝りたかったがそれが適わなくて
腹を立ててるのだろう、言ったら言ったで面倒になりそうなので大樹は話を変
えることにする。

「あー、それでキンメ君。今日は一体どういう主旨の集まりなんだ?」
「もう。それかて伝えたやない!」
「あー、なんでも此処に新入りが来るとか言うてな。一緒に仕事することも増
えるであろう私らが歓迎して血の結束深めようと。そういうことらしい」
「なんだ、つまりただの新歓パーティなわけね」
「そうとも言う」

 いちいち小言につき合ってたら話が進まないので少女を無視する形をとる。
因の二人を睨む視線がやや痛い。

「──で、キンメ君。そのお客さんはいつくるんだ?」
「さあ、そろそろのはずなんやけど」
「どんな人なんだ?」
「うん。私もよくは聞いてない」
「ええやん、来てからのお楽しみや」

 結局因が不機嫌そうに話を切った。
 店内に備え付けられた時計の針の音だけが律儀に響き続ける。組織は肝心な
ことを伝えてくれない。下っ端に苦労させることが目的なんじゃないかと大樹
は思う。
 結夜は大きく伸びをして再び文庫を読み始め、因もそれに応じるようにスケ
ッチブックを広げた。
 大樹はこれといってすることがなかったので因のスケッチブックを後ろから
覗いてみる。頭が大きく目を黄色に塗りつぶされた人物が荒涼とした大地に佇
んでいる絵がそこには描かれていて、因はその人物の背中に無数の針を書き加
えている最中だった。怖い絵だと大樹は素直に思う。
 以前見た時は川に大量の死体が流れている絵だった。因は情緒面にいささか
の問題があるに違いない。まともな教師にでもつけた方がいいんじゃないかと
大樹は思う。

「ねえ、それは何の絵?」
「結さん」
「キンメ君……針千本喰らってるぞ?」
「業や。可哀想やけど。結さんはそれでも生きてかないかんねん」
「可哀想言う割りには嬉々として描いてるように見える」

 二人の会話を聞き流していた結夜が唐突に立ち上がり入り口に向かった。
 入り口の白く塗装された扉がゆっくりと開き、中華帽子がその隙間から覗く。
その様は明らかに場違いで滑稽だった。

「こんばんは」

 続いて妙なイントネーションの20台の女が入ってくる。中華帽子の下はアオ
ザイ。色鮮やかな中華帽子と青を基調としたアオザイの組み合わせはモノトー
ンの店内の中で異質だ。それだけでもかなり目立つ格好なのだが額に貼り付け
られた札が一際目を惹く。

「キョンシー?」呟く大樹。
「山犬さん、きょんしーてなに?」
「いや、ほら昔はやんなかった? こう、腕を前に突き飛ばしてぴょんぴょん
跳ねるやつ」
「なんやそれ、楽しい?」
「楽しいとかじゃなくてこういうもんなの。知らないか。ジェネレーションギ
ャップ感じちまうなあ」

 結夜とキョンシー女はなにやら小声で事務的な立ち話を続けている。

「アレ、前みにくいんと違いますか? けったいなファッションや」
「たしかあの札がないとダメなんだよ。キョンシーは」
「だからキョンシーって何? 吸血鬼とちゃうやん」
「まあいいんじゃない。SRAが吸血鬼認定したってことでしょ」
「まったくいい加減や。ていうかあの結さん何? ちょっとおっぱい大きいか
らって顔ゆるんでへん?」
「ゆるんでないだろ。元からああいう顔だって。しかし……確かにでかいな」

 言われて気付き、そのアオザイの胸に浮かび上がる丸みを帯びたラインに感
嘆の声を上げる大樹。他意のない素直な反応だったが向かいに座る少女の冷た
い視線を浴びて閉口。
 因は少し下を見て自分の胸に手を当て何事か考えた後、オレンジジュースの
入ったコップを両手で持ち上げ一気に飲み干す。いい飲みっぷりだと大樹は
思った。

「どうでもええけど話長い。いつまでわたしらのことほったらかしにするつも
りや」
「さあ、事務的な手続きしてるんでしょ」

 その直後。突然キョンシー女が結夜に抱きついた。
 大樹も、そして向かいの因も、しばしそちらを眺めたままになる。

「おわぁっ」
 店内に情けない声が響き、結夜がキョンシー女を突き放すようにして逆に自
分が転げる。
 因の握っていたコップにヒビが入り、大樹が見ると少女は口をぱくぱくさせ
ていた。呼吸障害かもしれない。

「あらん、ノリが悪い子ね」などと言いながらキョンシー女は大樹達の座るテ
ーブルに向かってくる。
 そして札の陰に隠れた口元を横に広げ陽気に微笑んだ。
「私は"鉄爪"楼花。よろしくねん」

「いきなり何するんですか」しばし呆然としていた結夜がようやく口を開いた。
「うん? ただのハグよ。ハグ。親愛のし・る・し。ああ、ほっぺにチュのほ
うがよかった?」
「なんでそんなとこだけアメリカ人やねん、あんた」結夜が立ち上がりながら
つっこむ。
「……結さん、いや金眼さん。なんやねんこの人」と言う因の声が震えた。
「なにって、今日から仲間になった錘楼花さんです。みんな仲良くしてあげて
くださいね」
 結夜はやる気のない声で幼稚園の先生のような紹介をし、おざなりな拍手を
した。それに応じて楼花が会釈し笑顔でスツールに座る。
 大樹もまた適当な拍手で応じてやることにする。これから何かと世話になる
相手だ。調子を合わせておくに越したことはない。さらに言えば向かいに座る
少女の形相がいささか恐かったので適当に流したいとも考えていた。
 向かいの少女が拍手する代わりに机をバンと叩いた。
「仲良くしてくださいやあらへんっ。吸血鬼の品格もなにもないやん。こんな
人仲間と認められません」
「……えーと、紋白さん。とりあえずお店の備品を乱暴に扱わないように。銀
眼さんに怒られるよ。ほら、山犬君も紋白さんも自己紹介して。仲良うするな
らまずはそっからや。私もこういうの仕切るの苦手なんやから各々うまくやっ
てほしい」
「あ、ああ。そうだな。それじゃ後ればせながら。小笠原大樹です。よろしく。
ここじゃあ"山犬"って呼ばれてます。趣味は野球観戦でオリックスファン。楼
花さん野球は見ます?」
「見ないわねぇ」
「……そう」
 あっさり返されて取りつく島もなかったので大樹はがっくりする。野球好き
の吸血鬼にはなかなか知り会えないでいた。とかく吸血鬼と言うのはインドア
な傾向が強くてよろしくないと常々思う大樹だ。
「ほら、因さんも」
 結夜に促されて因がしぶしぶ口を開く。
「"紋白"です。仲良うする気なんてないから本名は言わんでもええね。どこの
田舎から出てきたのか知らんけどあんまり品のない態度やとお故郷がしれます
え」
 毒たっぷりの挨拶に大樹は呆れ果てる。いくらなんでも初対面でこれはない
だろう。
 たしなめようと席を立ったら、それより先に楼花が因の前に立ちはだかった。
少女もまけじとスツールを飛び降りて腰に手を当てる。見ると、楼花の腕から
爪の伸びた指先まで、わなわなと震えている。
 楼花はあいかわらず笑顔だったが目は笑っていない。張りつめる緊張の一時。
 楼花はまじまじと因を鑑定するようにつま先から顔まで眺め、因も険のある
視線で睨み付ける。そして直後、楼花の札に『我非常喜』の文字が浮かび因に
抱きついた。

「やーん、かわいい。ついこないだまで深山幽谷にいたから、こういう子がい
なかったのよネッ」楼花の声が裏返る。
「ふがっ」
 突然の出来事に因の手足は伸びきって硬直。大樹がどうしたものかと伸ばし
かけた手のやり場に困っていると、結夜は後頭部に手を当ててさっさと席につ
いて様子を眺めている。自分に出来ることはないと思考放棄したのだろう。大
樹もそれに倣うことにした。因は我に返りふがふが言いながらひたすらもがい
ている。どうやら胸に圧迫されて呼吸も困難らしい。
「うーん、なんかいい匂い。若い女の子の匂い」
「やめ! うあ、死臭や、息かけんといてぇ。結さん助けてぇっ!」
 少女がもがくたびに長い黒髪があちらこちらに揺れる。背が高くおそらく力
も強いであろう楼花の前には為す術もなく、されるがままに頬摺りされている。
 楼花が少女の首筋にキスしようとした瞬間、渾身のカウンターパンチが中華
帽子を被った額に叩き込まれた。帽子が跳ね上がり空気の抜けるような音とと
もに床に落ちる。
 そうして、楼花は操り人形の糸が切れたように静かになった。
 楼花の表情を伺う一同。楼花の顔から笑みが消える。そして獣のように牙を
剥き出しにし、高笑いをあげた。抱えていた因を地面に組み伏せ酷薄な笑みを
浮かべて馬乗りになる。長く伸びた爪が白い肩に食い込み血がにじむ。
 因は状況に対応しきれず両手を顔の前で交差して硬直している。

「あかん、山犬君引っ捕らえて」結夜は頭痛を抑えるように指をこめかみに当
てながら立ち上がる。

 大樹は一息で楼花の背後に回り込み、両脇の下から腕を回して取り押さえた。
純粋な運動能力にかけてはこの中でもトップだという自負が大樹にはある。だ
が、楼花はなおも因の剥き出しになった首筋に牙を立てようと覆い被さった。
とんでもない力で逆に全身背負われそうになり戦慄。大樹もまた本性をあらわ
し筋肉を増強し、一時的に肉体の質量を上げて拮抗状態を作ってみせた。
 その隙に結夜が中華帽子を拾い上げ、楼花にぽんとかぶせる。すると、唐突
にキョンシー女は大人しくなってしまった。

「──落ち着きました?」結夜は楼花の顔を確認するようにして覗き込む。
「あー、ごめんねぇ。ビックリさせちゃったかしらん? アハハハ」

 楼花の額の札に『対不起』の文字が浮かぶ。
 ビックリどころかどん引きした大樹は何も言えずに楼花から離れた。そうい
えばキョンシーって札が剥がれると暴走するんだったかなと思い出す。

「鉄爪、あんまり若い人で遊ばないでくださいね」
 ずっとカウンターの向こうで沈黙を守っていた銀眼が楼花をたしなめる。
「ごめんねぇ、年寄りの趣味なのよ。我を失っちゃったのは不幸な事故ってこ
とで、ネ?」

 銀眼は目を細めてこちらの様子を見るが、肩をすくめて楼花を招き寄せる。
楼花は顔の前に手の平を垂直に立ててゴメンという合図を大樹達に出し、その
まま銀眼のいるカウンターに向かった。
 大樹は倒れたスツールを戻しながらそんな彼女を見送る。

「なんだアレ、たまんねーな」
「あの札には気を付けた方がええな」
「銀眼さん、怒らせちまったかね」
「いや、あの人はこんくらいじゃ怒らんでしょ。まあ店で暴れたんだからこっ
てり絞られるとは思うけど」
「で、モンシロちゃん大丈夫か?」
「あー、うん。怪我はしてない。かすり傷くらいあるかもしれヘんけどそんな
んすぐ治るやろ──因さん、落ち着いた?」

 因はうなずき、結夜の袖から離れて服の乱れを直す。こうして並んでいると
兄妹のようだと大樹は思う。
 因は結夜から離れて大樹の方を見ると、途端に胸を張って人差し指を立てて
語り出した。

「わたしが本気出して蹴倒す前にあの人抑えてくれて助かったわ。あと三秒で
お店血の海にしてしまうトコやったんですよ。イヤー! ボーン! て具合や。
だから山犬さんには少しだけ感謝しときます。あんな人かていきなりバラバラ
のぐちょぐちょにしてしまっては可哀想や」
「……あっそう。そりゃ掃除の手間省けてなによりだ」

 それは露骨な弁解であったが大樹にはわからない。
 ただ途端の饒舌に呆れてどうでもよくなってしまい、大樹は氷が溶けて薄く
なりはじめたトマトジュースと血のカクテルに専念する。
 テーブルに肘をついていた結夜がその様子を鼻で笑い、直後因に脇腹を殴ら
れた。

「しかし、なかなか歓迎会にならんな、こりゃ」

 一心地ついて大樹は嘆息する。
 カウンターの向こうでなにやら注意を受けている楼花を見ながら三人はため
息をつく。なにしろ楼花本人にまったく悪びれた様子がなかった。

                *

「ハイ、山犬君、質問はありませんか?」
「俺かよ。えー、鉄爪さんはキョンシーなんですか?」
「そのと〜り。大陸産のキョンシーで〜す。昔のことはあんまり覚えてないん
だけどネ」
 楼花の額の札に『中国原産』の文字が浮かぶ。
「喰人鬼だっけ」
「ウン、お肉とか食べちゃうノ」
 そう言って楼花は妖しく微笑んだ。

 10分前、銀眼にしぼられた楼花は相変わらずの調子で輪に加わってきた。
 怒る因をなだめてすかし、暴れたら取り押さえてなんとか話を聞かせる。
 大樹は正直さっさと解散したかったし、多分結夜も同じ心情だったであろう
ことはその表情からすぐに窺い知れた。だがそれを持ちかけようとすると楼花
が心底悲しそうな声を上げて「まだナンにも話してないじゃな〜い」などと言
うので結局お人好しの、或いは押しに弱いだけの男二人に逃げ場はなかった。
「ほら因さん。夜会は大事な儀式なんでしょ。付き合ってあげてよ」
「こんな時だけ狡いわ……」
 結夜の言葉にようやく折れた因がしぶしぶ席につき、ようやくこの『第一回、
鉄爪さんになんでも聞いちゃおうコーナー』と題された座談会が始まったの
だった。参加者の75%が寒いと思っている悲しいイベントだった。

「えーと、もう質問はないかな。はい、山犬君」
「また俺かい! そんな聞くことないっての。えーと、鉄爪さんて強そうな名
前ですね」
「えへへー、そうでしょー」
「それもう質問ちゃうやん。感想や」
「うるせぇ。じゃあそっちがなんか質問しろよ、キンメ君」
「残念。私は司会進行役やから」
「ずりー……」
 大樹が頭を抱えると因がすっと手を上げた。
「ほな、わたしええかな」
「お、紋白さん。どうぞ」
「鉄爪さんはいつ帰りはるの? わたしもう速攻お故郷に帰って欲しい気持ち
で一杯なんやけど」因は淡々と言う。
 思わずそのきつさに血の気の引く男二人を尻目に、少女は和やかな笑顔を浮
かべていた。
「酷い! 身よりのないお婆ちゃんになんてこと言うノヨ〜」
 楼花は大袈裟に机に泣き伏し、べろんと机に広がった札には『我悲哀』の文
字。
「……因さん、お年寄りを泣かさない」
「どこがお年寄りやねん、若々しいやん」
「あら、そう見える?」にこやかに顔を上げる楼花。
「脳味噌軽そうや。それで年寄りなんていったらどんだけ人生無駄に過ごして
きたかわからへん」
「……あ、ああ。そうだ! 質問!」
「はい、山犬君!」
「鉄爪さんはおいくつくらいなんですか?」
「ご想像にお任せするわん。ちょっと長く生きすぎて脳が風化しちゃって、
すっかり物覚え悪くなっちゃったくらいには生きてるのよネ」
 自分のジョークが面白かったのか、一人でキャハハと年甲斐のない笑い声を
上げる。

 時計の針が一時を指すころには、すっかり話題が途切れてきていた。
「それじゃ最後、ワタシが質問してもいいカナ?」
「ああ、ええですよ。ほな鉄爪さんどうぞ」
「さっきから仲良さそうに見えるんだけど、金眼君と紋白ちゃんてどんな関係
なのカナ?」
「ああ、それは、私が紋白さんの──」
「わたし、金眼さんちに世話になってん。結さん親切やから兄妹みたいに付き
合ってくれてるけどそれだけや。それ以上でもそれ以下でもありません」
 結夜の言葉を遮って因が断言した。質問会に非協力的だった因が急に声を上
げたのは不思議だったが、大樹は深く考えない。ただ、言い切った後に因の目
が寂しげに曇ったのが印象的だった。
「ま、そんなとこやね」
「フーン」

 その後、銀眼の振る舞ってくれた食事を食べる。それぞれの吸血鬼の嗜好に
合わせたそれはただの血のスープだったり薔薇の花だったり色々だ。ただ一人、
たいした勢いで血の滴る肉にかぶりつく楼花を前に、三人は唖然としたり感心
したりで言葉もなかった。
 宴も終わり、結夜が手洗いに行くと言って席を外す。
 すると楼花がここぞとばかりに妖しげに微笑んで言った。

「ゴメンネ、別に悪気はなかったノ。ほんとに癖でネ。"結さん"とったりしな
いから安心してチョーダイ」
「そんなんと違います」
 因はふくれっ面で答える。
「まぁ、わたしも大人気なかったわ。これからよろしう。九折因です。紋白で
もええけど」
「因ちゃんね、なんとか覚えるワ」
 唐突に和解した二人を見ている内に、大樹は無性に待つ人の居る家が恋しく
なった。こういうのは人間らしくて悪くない、と吸血鬼らしくないといつも注
意される大樹はやっぱり思う。
「あ、そうだ。ワタシ今晩泊まるトコないんだけどどっかないカナ?」
「楼花さんまだ家ないんや?」
「来たばっかりだから、家探しはまだなのヨン」
「喫茶店の奥に仮眠用棺桶ならいくらかあるんだっけかな」
「う〜ん、棺桶かぁ……因ちゃんは何処住んでるの?」
「結さんとこ」
「そこ、広い?」
「あかん! あきまへん! めっちゃ狭いねん。犬小屋みたいや」
「ひどっ!」
 いつの間にか戻ってきた結夜が手を拭きながら非難の声を上げる。
「おばあちゃんに、冷たい棺桶の中で眠れ、というノン?」
「ああ、そうや。山犬さんち行けばええねん」
「おぅい! うちだってダメだって!」
「ああ、山犬君ちか。確かにうちより広いし確か一人暮らしやろ? ええと思
う」
「だから勝手に決めるなって!」
 大樹も必死で断る。確かに親兄弟とは住んでいないが同居人が居るのだ。い
きなり女を連れて帰ったりしたら何を言われるかわかったものじゃない。
「今更ええやん。ノーと言えない日本人を地で行ってるんやから」
「ノー!」
「おお、ノー言った」
「快挙や」
「ねえ、山犬君……ダメ? ワタシ寝るトコないノ」
「目うるませてもダメなもんはダメですっ」

 吸血鬼達の夜は続く。
 騒ぎを遠目に眺めながら、カウンターの奥の"銀眼"は素知らぬ顔でグラスを
磨いていた。その石膏像のような表情の裏に、うちにだけは決して招かないよ
うにしようという決意を秘めて。

時系列
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 2005年、夏。

解説
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 SRA下っ端組、新入りを歓迎する。

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