[KATARIBE 29434] [HA06N] 小説『中秋の名月』

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Date: Sat, 22 Oct 2005 01:32:17 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29434] [HA06N] 小説『中秋の名月』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年10月22日:01時32分17秒
Sub:[HA06N]小説『中秋の名月』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
よやっとかけたーです。
……体調悪いし、体調良くてもこの話きついし(えうえう)

というわけで、流します(脱兎用意)

***************************************:
小説『中秋の名月』
=================
登場人物 
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ヤク避け相羽。
 軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に移住。
 赤ベタ・青ベタ
     :ベタのあやかし。悪戯っ子で甘えっ子。

本文
----

 中秋の名月の夜。
 ほろほろと夜の街を歩いてゆく。

 
 家族になってくれといわれて、承諾して。
 そして翌日から、相羽さんは仕事で家に戻らなくなってる。
 そのこと自体は問題が無い。そもそも相羽さんもあたしも独り暮らし歴は軽
く10年を越す。ある程度野放し状態で生きているわけだから、そうそう毎度
一緒に居る必要も無いし、それでさびしいということも、無い。

 ……ただ。
 どこまでを許容範囲と見なすかは……これは折り合う必要があるとは思う。
 多分、色々と。

           **

 名月の照らす路地を歩く。
 ぷくぱたぷくぱたと、ベタたちが後ろからついてくる。
「……綺麗な月だねえ」
 ぷくーー、ばたばた。
 肯定表現ごと、二匹のベタは前進する。
「月の模様が良く見える」
 右の肩に赤いベタ。
 左の肩に青いベタ。
 もうすぐ日付の変わる時刻に、この路地を歩いている人は滅多に居ない。だ
からこそ、ベタと一緒に散歩が出来るわけだが。
 ぷくぱたぷくぱた。
 小さなベタ達がついてくる。
 月の影がアスファルトの上に落ちている。
 肩の上に、ベタ達の影。

「……ん?」

 こちらが急に止まったものだから、ベタ達は腕一本分先に行ってしまい、大
慌てで戻ってきた。大きな目で不思議そうにこちらを見上げる。

「聞こえない?」

 ふに?と、二匹が一斉に身体を斜めにする。

 遠くでかすかに祭囃子。
 高く低く澄み渡る笛の音。
 
 ふっと、淡い黄金の色が視野の端をかすめた。
 赤いベタが、ふっと舞うように頭上高く浮き上がった。

「…………光魚」

 気が付いた時には、路地の間、家と家の隙間から、まるで月光が凝ったよう
な魚達がさらさらと流れ出している。流れ出した魚達は路地に流れ込むなりふ
わりと浮き上がり、そのまま月を目指す螺旋に乗ったようにくるくると廻りな
がら泳いでゆく。
 遠くで、笛の音。太鼓の音。

「……ああ、中秋の名月だからね」

 細い笛の音に合わせるように、光魚の群れは柔らかくくねる。
 淡い青の光を、時折腹のところに浮かべながら。

 ぷくぱたぷくぱた。
 高く上がった赤いベタを追っかけて、今度は青いベタが浮き上がる。
 そのまま光魚の流れと合流するかと思ったら……何だか途中からぴょいっと
引き返してきて。

「怖くなった?」

 手を差し伸べると、二匹はぱたぱたと降りてきて。
 青いベタはぴとっと手にくっ付いて。
 赤いベタは、ちょこんと手の上に着地する。

「あれは……悪いものじゃないと思うよ」
 気が付くとさらさらと、自分達の周りを光る魚の群れが流れてゆく。
「善でもなく悪でもないだけで」

 時には人を巻き込むかもしれないが、しかしそれは悪意でもなく善意からで
もなく。
 ただ……人が勝手にその流れに引き込まれるだけの、もの。

 高く低く、調子を変えながら笛の音が響く。

「……祭の氏子達かね、この光魚も」

 微かに大気が濃度を増す。
 考えてみれば……空に落下するのも久しぶりかもしれない。

 ゆっくりと水に潜るように、緩やかに。
 胸元にベタ達を抱えたまま。
 空に、落ちる。

 ぷくぱたぷくぱた。
 薄い鰭がぱたぱた動き回っているのがわかる。
 見ると、鰭を動かしているのは主に赤いベタで、青いベタのほうはぺったり
胸元にくっついている。
「大丈夫。怖くないから」

 光魚の流れに沿うように、ゆらゆらと流れながら落ちてゆく。
 こうやって群れに沿って流れてゆくと、確かに彼等が祭囃子に合わせて動い
ていることを実感する。

 祭とは、地鎮。
 神の化身を神輿に担ぎ、担いだその足で練り歩く。
 掛け声をかけて足並みを揃えて、練り歩くその道に。
 禍々しきものを鎮め、清めてゆく。

 この光魚達もまた、遠く響く祭囃子に合わせて泳ぎ、この大気を鎮め、清め
てもいるのだろうか。

 ……そんな、連想。

「だから、怖いものじゃないよ」
 何時の間にか、二匹ともぺったりと胸元にくっついている。
 そのまま、こくこくと頷くものの……やっぱりくっ付いたまま。
 大きな目をきょときょとしている様が、妙に愛らしい。

「ねえ」
 きょとっと、大きな目が一度にこちらを見上げる。
「どこからあの笛の音がするんだろうね」
 流れに沿って響く音。
 まるで……月から響いてもいるような。

「聞こえる?」
 ぷくーばたばた。
 胸元で二匹は大きく頷く。
「……月まで落ちたら、笛方に会えるかね」

 無論それは、夢物語のようなものだけれども。
 これだけ濃厚な月光の元では、可能のような気もする。
 そしてこれだけ沢山の、光魚と一緒ならば。
 (そういう意味では既にあたしも、引き込まれているのかもしれない)

 と。
 ぢたばたぢたばた。
 急にベタ達が暴れ出した。

「……ん?」
 ゆるゆると、落ちる速さを少し留めて、二匹を手の上に載せてみる。
「なに、やなの?」
 ぢたばたぢたばた。
 何だか訴えるような目をして、二匹が鰭をぱたぱたさせている。
「ああ……相羽さんのとこ、戻りたいよね」
 それはそうだ。落ちるならば一人で行くべきだ。
 ……とか思ったら。
「……??」

 掌の上のベタ達が、鰭を大きく広げた。そのままぺったりと掌にくっ付く。

「えーと?」
 何なんだ一体。
「相羽さんとこに、戻りたい、よね?」
 ぷくー。ぱたた。
 はっきりとYesの返事をしながら……手の上にひっついたまま。

「おちてゆくの、怖いんだよね?」
 ばたばたばた。
 手の上で揺らめく鰭の感触。
 腹を、それでも掌にぺったりとくっ付けたまま。
「うーむ……」

 いまいち、何が言いたいのか、判らないんだけどなあ。

「とりあえず、行ってみようかな……」

 どうしたいか判らないから。
 一度大きく手を開き、そっと弾ませるようにしてベタを放つ。二匹はそれぞ
れの掌の上で、少し戸惑うようにも見えたけれども。

 ふい、と。
 急に青いベタが地上を目指して飛んでゆく。
 赤いベタはそのまま手の上で、ぱたぱたと鰭をひらめかせる。

「……?」

 明らかに。赤いベタは片方の鰭をえいえいと突き出してみせる。まるであっ
ちあっち、と子供が示すように。
 そして、その方向……地上のほうを見ると。

「……あれ」

 青いベタは、必死の様子で地上に降りているようだった。
 それが、途中でふっと消える。
 けれども、その先に。

「…………相羽さん?」

 正直。
 一瞬だけど、あ、まずいなと思ったのは確か。
 怒られるなあ、というか……絶対に止められるな、というか。

 思わず、だから、静かに、とベタに合図したのだけど。

 ばたばたばた。
 ……ここぞとばかりに暴れてくれるし。

 さらさらと、光魚は流れてゆく。
 笛の音は先程より遥かに鮮明に耳に響く。
 鐘と太鼓の音。
 どこか哀愁を帯びた、祭囃子。

 視線の先で、相羽さんは立ち止まった。左右を見回すのが判る。

「…………相羽さん」
 呟いた声は、届かなかったようで。
 それでも、相羽さんはそこから動かない。

 ぱたぱたぱた。
 手の中の赤いベタ。

 引きずられる……この得体の知れない祭囃子に。
 でも同時に、留め置かれている。
 まるで……碇のように?

 とん、と、宙を蹴って弾みをつける。そのまま地上へと『上昇』する。
 手の中の赤いベタが、元気良く跳ねている。

「……相羽さん」
 さっと、相羽さんが空を振り仰いだ。
「真帆!」
 近づくにつれて、青いベタの姿がふっと見えてくる。くるくると相羽さんの
周りを廻って。
 赤いベタがふわりと手から離れて、青いベタのほうへと向う。

 す、と。
 相羽さんが手を伸ばす。

 手を伸ばせば、その手に届く。
 ……でも。

「真帆、どうした?」
 少しいぶかしげに、尋ねる声。
「…………行き損ねた、かな」
 口の中で呟く。
 もう、祭囃子は遠い。

「……真帆?」
「相羽さん、聞こえない?」
「え?」
「祭囃子」

 それでもただ懐かしく。
 引き込まれるようなその音。

「笛?」
「……行き損ねた、かなあ……」
 それでも。
 その音は遠くて。

「……手を貸して?」
 手を伸ばすと、しっかりと捕まえてくれる。その手を基点にして、くるりと
向きを変えて……着地。

「おかえりなさい」
「……お前ねえ……」

 一瞬、相羽さんの表情が歪んだように見えた。
 え、と、思う間もなく。
 両手が背中に廻されて、そのまま抱き寄せられた。

「……あんまり俺のこといじめないでくれる?」
「え?」
 ざらざらとした上着の手触り。
 それが……微かに。
 震えてる?

「お前さ……ほっといたら、そのまま飛んでくんじゃないか、ってさあ」
 言葉が、無い。
 沈黙の意味を察したように、相羽さんの腕の力が強くなって。
「だからね、捕まえてないと」
 震えを抑えるようにも。
「……不安になる」
「…………ごめんなさい」

 もしかして……とても怖かったのかもしれない。
 この人は。

「……いや、あの、飛んでいく、というか」
 思った途端、こちらも同時に不安になってしまって。
「帰らないとか考えてたわけじゃなくて!」

 帰らないとは、決して考えていなかった。それは確か。
 でも。

 ……何にも考えてませんでした、というのが本当だけど。
 でも。

 相羽さんはただ、じっと見ている。
 その視線が……痛くて。

「…………ごめんなさい」
 返事は、無い。
 ただ、大きく息を吐く感覚だけが、背広越しに伝わってくる。

「……あのさあ……」
 ゆっくりと。決して厳しくも怒っているようでもない、その声に。
 思わず見上げた。
「……ここに居たいって言葉は信じるよ」
「うん」
「俺も信じるからさ」

 ふっと。
 相羽さんの表情が動いた。
 信じるからさ。
 それでも……
 ……不安で不安でならないというように。

「……ごめんなさい」

 上着の袖を握り締めた。
 何をどう言っても足りない気がした。
 
「……ちゃんと帰ってきてくれればいいよ」
「ごめんなさいっ」
 
 言い訳をどれほど並べても、この人の不安は消えないだろう。
 不安にさせたのは……自分の身勝手さ、だ。

 ふっと、片手が背中から離れた。
 殴られるかな、と、一瞬。相応だと一瞬。
 それでもつい、身を縮めた……その頭の上に。
 ふわと、その手が乗って。

「…………っ」

 相羽さんは殴らなかった。
 ただ、何度も何度も頭を撫でた。

 殴られて当然と思った。怒られて当たり前と思った。
 だから余計に……痛くて。

「心配かけて……ごめんなさい」

 相羽さんは、何も言わない。

「……あたし、さ」
「ん?」
「ずっと……自由に空に落ちてて」
 しゃくりあげそうになるのを、止める。
「あのね、戻らないってことじゃない」
「ああ」
「でも、誰かが心配するって……考えてなくて」

 落ちてゆくことも、流れてゆくことも。
 
「ごめんなさい……」

 言葉の前に、小さく息を吐く気配があった。

「……今までは、ね」
 頭を撫でていた手が止まる。
「これからはさあ、ちょっとだけでもいいから」
 躊躇うように……まるで自信なんて少しもないように。
「……俺のことも考えといてくれる?」

 その言葉が……突き刺さった。

 
 一番大切な人。
 誰よりも大事な人。
 その人すら、あたしは大事に出来ないのか……って……

「ごめんなさいっ」
 どう言っても……言ってどうなるものでもないけど。
「二度と、こんなこと、しません」
「……いや、空に落ちるのはいいよ」
 微かに、苦笑が声に混じった。
「ちゃんと、俺んとこ帰ってきてくれればね」

 他に戻る場所は無い。それは誰にどう言われても確か。
 ……だけど。

「……あの」
「ん?」
「相羽さんを誘って、いいですか?」
 どれだけ謝っても、確かにあの時、自分は引き寄せられていた。
 二度とそんなことになりたくない、と思ったから。
 でも……それでも申し訳無い、駄目って言われて当然なのに。
「いいよ」
「……ごめんなさいっ」
 
 どうしてかな、と、思う。
 どうしてこの人は、ここまで許してくれるのだろう。

「迷惑言って、ごめんなさい……」
「俺がいけるときでよければ、いくらでもつきあうから」

 だから、と。
 そっと揺するように。

「……約束します、尚吾さん」
 名前を呼んでいいと言われた。
 家族だから良いんだって。
 だから。
「二度と、こんなことはしません」
「……ああ」
 溜息のような、応え。
 少しだけ安堵を含んだ、と聞いたのは……やはりあたしがずるいからかもし
れなかった。

「…………あの」
「ん?」
 言うのは卑怯、でも言わないと……辛い、から。
「…………ゆるして、くださいますか」
「……許すよ」
 抱きしめられていた手を、少し緩めて。
 覗き込むようにこちらを見ながら。

「俺はお前がちゃんと俺のとこにいてくれればいい」

 この人が願っているのはそんな小さなことで。
 たったそれだけのことさえ……自分は不安にさせてしまうのかって。

 相羽さんは何も言わなかった。
 一度だけ、頬を滑るように撫でて。
 そして。

 
「……帰ろっか」

 重ねた唇を離して、そっと腕をほどいて。

「ご飯、出来てる?」
「…………うん」
「じゃ、帰ろ」
「……はい」

 小さな花火のように、ベタ達が飛び上がる。そのままぷくぱたと周りを巡る。
 時折月に向うように飛び上がる小さな姿を目で追って。

「……相羽さん」
「え?」
「…………光魚」

 月に向って流れるその光。
 それでも。

 右の手を包み込むように握る手。
 この人は確かに、あたしの碇なのだ。


「ご飯なに?」
「秋刀魚の綺麗なのがあったから、お刺身」
 

 頭上には光魚。
 周りには赤と青のベタ。


 頭上には名月。
 隣には……あたしの家族。



時系列
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 2005年9月半ば。中秋の名月の夜。

解説
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 プロポーズの直後の風景です。
 独りに慣れきった人間というのは……まあ、なかなかに手におえないもので。

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参考のログは、
http://kataribe.com/IRC/KA-02/2005/09/20050919.html
あたりです。
 ではでは。

 


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