[KATARIBE 29427] [HA06N]小説『金木犀の香は落ちて』

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Date: Fri, 21 Oct 2005 01:00:24 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29427] [HA06N]小説『金木犀の香は落ちて』
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ふきらです。
一連の金木犀の話。とりあえず、これが最終日ですが、一日目と最終日の間の話は
いくつか書くつもりです。

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小説『金木犀の香は落ちて』
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登場人物
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 津久見神羅(つくみ・から):http://kataribe.com/HA/06/C/0077/
  何げに陰陽師な大学院生。

 金木犀の少女:金木犀の精。

本編
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 秋の雨はことさら身にしみる。
 しとしとと静かに降る雨は木々の葉や神社の屋根に当たり規則正しい音を奏
でていた。
 神羅が傘を差し、その隣に金木犀の少女が並んで歩いている。
 二人は境内をゆっくりと歩いていた。ときおり、金木犀の少女の姿が揺らめ
く。
「……雨やから、か」
 神羅がぽつりと呟いた。
 本宮の裏に回ると一本の金木犀の木がある。地面は橙色の花で覆われてい
て、ごくわずかな数の花だけが木に残っていた。
 数週間ほど前にはむせるほど香っていた、あの匂いはもうほとんど消えてい
る。
「今年もこれで終わりやね」
 少女が木を見上げて言った。
「そやな……」
 二人とも黙って金木犀の木を見つめていた。雨に打たれて葉が小刻みに揺れ
ている。 
「そういえば、結局今年も名前を付けてくれへんかったね」
 少女は神羅の顔を見る。神羅は気まずそうに笑ったまま目を合わせようとは
しなかった。
「一白には名前がある。あのお人形さんにも名前がある。あなたにも名前があ
る。……じゃあ、私は?」
 神羅は何も答えない。少女は神羅の腕を引っ張った。
「何で私には名前がないの?」
「うーん。どう説明すればええかな……」
 少し上方を見上げて自分の考えをまとめる。
「名前を付けるってことは程度の差はあれ、名付けられたものを縛り付けるっ
てことやから」
「縛り付ける?」
「そう。支配する、とかいう解釈もあるけど。特に式神を使う者は名前によっ
て式神を使役するからな」
「……私は式神やないから、名前を付けてくれへんの?」
 神羅は苦笑いを浮かべる。
「そうやねえ。式神として呼んだわけやないから」
「じゃあ、なんで私を呼んだの?」
「……あれはほんまに偶然やったんやろうな。たまたまにまぐれが重なった、
という感じの」
 少女が少しだけ俯く。
「なんや、よお分からへん……」
「まあ、式神にするつもりもないし、出てくるのも自由にしたらええと思っ
てたからな。ワシが名前付けると、束縛がかかるから」
「……式神になったらあかんの?」
 神羅はここでやっと少女の顔を見た。
「なりたいんか?」
「式神ゆうても、一白みたいなもんやろ。別にこき使われる訳でもあらへん
し」
「式神をこき使う術師もおるで?」
 神羅がそう言うと、少女は意地悪そうに笑った。
「そんな性格やないくせに」
 少女の言葉に、神羅は頭を掻く。
「ま、そこまで言うんやったら名前を付けたげよか」
「へへ…… 変なのやったらあかんで」
「わがままな奴やな……そんなんやったら自分で付ければええやん」
「それやったらあかん」
 きっぱりと言い切る少女。神羅は難しい顔をしてじっと考えている。
「はよせんと、ぼちぼち消えるで」
「脅すか、普通…… ゆきってのはどうや?」
「どんな字?」
「結ぶ黄色と書いて結黄」
 神羅は空中を指でなぞって漢字を書いた。
「黄色い花を咲かすって意味と、散った花が雪のようやから、結黄」
「結黄……えへへ」
 何度か自分で名前を言ってみて、そのたびに照れ笑いを浮かべる。
「なあ、呼んでみて?」
「む…… それは恥ずいな」
 神羅が難しい顔をし、結黄は口をとがらせる。
「ええやん。減るもんやないんやし」
「はいはいっと…… 結黄?」
「うん」
 神羅の呼びかけに、彼女は嬉しそうに微笑んだ。そして、ふ、と真顔に戻
る。
「ほな、今年はもうぼちぼち消えるわ」
 金木犀の木を見ると先ほどに比べて、花の数が減っている。話している間
にもいくつか雨に打たれて散ったのだろう。
「さよか…… で、今年は楽しかったか?」
「そやね。今年は今までで一番楽しかったわ。新しい人とも会うたし、名前
も付けてもらえたし」
「それは重畳」
 結黄の答えを聞いて、神羅は安心したように微笑んだ。
「ほんじゃ、また来年」
「じゃあ、またな。結黄」
 彼女はずっと掴んでいた神羅の腕から手を離すと、少し微笑んで金木犀の
木の方へと駆けていった。
 途中で振り向いて、もう一度神羅に向かって微笑むと、結黄はゆっくりと
その姿を消した。
 気がつくと、いつのまにか金木犀の花は全部落ちている。
「また、来年……と」
 二人で来た道を一人で戻りながら、神羅は一瞬、ほんの少しだけ寂しげな
表情を浮かべた。

時系列と舞台
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2005年10月、金木犀の花が散る頃。帆川神社にて。

解説
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とりあえず今年の金木犀のシーズンも終わりです。

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