[KATARIBE 29419] [HA06N] 小説『よすがの時間・3』

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Date: Wed, 19 Oct 2005 12:28:53 +0900 (JST)
From: Saw <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29419] [HA06N] 小説『よすがの時間・3』
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2005年10月19日:12時28分52秒
Sub:[HA06N]小説『よすがの時間・3』:
From:Saw


Sawです。やっとこリライト。我ながらおせー。

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小説『よすがの時間・3』
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登場キャラクター
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九折因(つづらおり・よすが)
    :吸血鬼。少女。
六兎結夜(りくと・ゆうや)
    :吸血鬼。青年。

本編
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 夏である。
 太陽が落ちきるのを見計らって因は窓を盛大に開け放った。なにしろ空気が
篭もって暑かったためだ。
 因は大きく息を吐き、外の澄んだ空気を肺に一杯に取り込む。そうして着物
の裾を少し上げ、窓のサッシに横座りして乗り上げた。少し行儀が悪いかと考
えたが因は気にしないことにする。窓から舞い込む夜気は湿度も低くていい塩
梅であった。
 和紙の張られた団扇で軽く扇ぎながら夜の風景を眺める。山の方角にいつも
と違う光がゆらゆらと浮かんでいることに因は気づいた。

「ああ、今日はお祭りなんやね」

 人間であれば山が微かに華やいでいるようにしか見えない光。それを吸血鬼
の視覚は鮮明に捉え、祭の灯であることまで意識に伝達する。人ならざるもの
の特権、その代償に失ったモノの方がずっと多いのだが。
 赤、橙、黄緑、紫。色とりどりの光が山の木々の合間で鬼火のように揺らめ
いている。

「アレは金魚すくいの屋台かな。あっちは焼きそばでその隣はお好み焼き、輪
投げ、そして見世物小屋ってとこかな──ってぇ見せ物小屋なんて今時あるか
いな」

 因は独りでぼけてつっこんだ。どうにも暑いので寒いネタくらいが丁度いい。
 こんな夜は部屋の明りを点けずに窓の外でも眺めていた方が気持ちがいいと
因は感じる。結夜は今ごろ一階の居間で家族とともに夕食を食べているはずで、
一人残される因にとっては暇な時間。
 揺れる山中の灯を頼りに因は祭りの様子を想像した。人でごった返す神社の
境内、いくつも並ぶ屋台、どれを選ぶか悩ましい綿飴の袋の図柄、売れそうに
なさそうな変なお面──想像を契機に昔の記憶が断片的に降り落ちる。

 因は静かに目を閉じた。
 瞼の裏側にはまだ祭の光が残っている。
 脳内の海馬領域にある映写機がカタカタと回り始め、人であった頃の因の記
憶を再生する。
 父様母様と呼んだ人たちに連れられて祭りに行った遠い夜のフィルム。
 人ごみに脅える小さな因を肩車してくれたあの大きな背中。あれは父だった
だろうか、兄だっただろうか。光景は鮮明に思い出せてもそれは所詮映写機の
投影。人であった頃の記憶は何をとっても因には他人事だった。
 因は林檎飴を買ってもらったことから思い出す。
 一緒に歩いていた兄にねだり、小さな因はそれをようやく手にしたのだった。
屋台の青年が気安い調子で「お嬢ちゃん美人さんだね」と言って林檎飴を手渡
してくれた。きっと誰にでも言っていたのだろうが、そんなことでも大層誇ら
しかったことを因は覚えている。
 兄の手を左手に、林檎飴を右手にして人混みの中を連れられて歩く。兄はそ
の頃から随分大人で、射的も輪投げも上手にこなして小さな因の欲しがったも
のを取ってみせてくれた。そうしていると自分がどこぞのお姫様のような心持
ちになり、さらに兄を困らせるようなことを言った気がした。
 一通り屋台を見て回り、境内の端にいた父と母と落ち合う。林檎飴は甘くて
紅くてなかなかに気に入ったが結構大きく、小さな因は途中でうんざりしてし
まった。小さな因は「もういらへん」と言い、母に怒られた。そうして兄が
笑って仕方なく引き取ったのだった。
 一方の父はあまり体力がなかったのですぐに喧噪に疲れ果ててしまい、境内
の隅のほうで煙草など吸っていたように因は記憶している。
 優しい兄、厳しい母、のんびりした父、それぞれ好きだったように因は思う。
今はもう記憶の映写機の中だけにいる人々。

 その時空気が微かに振動し、花火が一発夜空に散った。意識が現実に引き戻
される。

「たーまやー」

 誰に言うでもなく因はつぶやく。
 京都にいた頃古株の吸血鬼が言っていた掛け声だった。なんでも花火にあわ
せてそんな声を上げるのが東京もんの流行りらしい、と彼は神妙な表情で教え
てくれたものだ。

「おお、花火。お祭りやったな今日は」

 唐突に因の背後からそんな声がかけられた。
 いつの間にか部屋の暗がりに結夜が戻ってきていた。

「あれ、因さん──泣いてる?」
「へ? 何言うてはるの結さん」

 言われて初めて因は気づく。涙が一筋だけ頬をつたっていた。

「あら、変なの。なんでもあらへんよ。別に──うん。なんでもあらへん。
ちょっと昔のこと思い出しとっただけや」
「昔──」
「うん。小さい頃のこと」
「今でも十分小さいのに、そらまたよっぽど小さかったんでしょうな」
「大きなお世話や。もうええわ」

 因は下唇を少し突き出して窓の外に視線をやる。結夜は軽く苦笑する。
 しばし無言で祭りの方角を二人して見やった。
 祭りの喧騒までは吸血鬼の耳をもってしても聞こえないが、ゆらゆらと山
中に揺れる光が因の脳裏で遠い昔の記憶と現実とをつなげる。
 因は時折ぱたぱたと団扇で自分を煽り、そのたびにうなじにかかる長い髪
が揺れた。結夜もまた、ただ無言で因の後ろ姿を通して祭りの方角を眺める。
 二発目の花火が上がった。部屋の中まで赤や紫に一瞬照らされる。
 窓枠に腰かける因の肩を結夜は叩いた。

「お祭り行こう」
「え? ええよそんなん。子供っぽいわ。こういうのはねぇ、結さん。遠くか
ら見てるから風流なんやで」因は人差し指を立てて、大人の素振りで言ってみ
せる。
「いや、私が行きたいねん」
「──まったく。結さんは子供っぽいなあ。まあええわ。そういうことやった
らお付き合いします。いつもお世話になってる結さんの頼みは断れへん」
「へえ、その割に犬の散歩は代わってくれへんねんな」
「犬はいささか苦手なんや」
「そう?」
「そうや」
「まあええか。ほな行こう。今から行けば花火も近くで見られる」
「うん!」

 そうして二人は出かけた。

                 *

 夜の住宅街。結夜はTシャツ一枚のラフな格好。横を歩く因は黒い着物の袖
をなびかせている。二人してわざわざ細い道を選び家々の隙間を縫って歩いて
いく。祭の影響か町全体がなんだかそわそわしていると結夜は感じた。
 吸血鬼と言うものは蝙蝠になって飛んだり影から影へと渡り歩いたりする
ものだが、二人は出かける時だいたい歩く。時間をかけて月と星空を眺め風
の流れを感じながら歩く。
 そしてこれはだいたい因がお題を決めて、古今東西やしり取りなどをする。
 今日のお題は「お祭りに関係するもの」しりとり。

「ほな私から行こうか。祭、と」結夜から切り出した。
「ほな、りんご飴」
「酩酊」
「結さん、めいていってなに?」
「酒に酔うこと。お祭りに酔っ払いは付き物やろ」
「そっか。ほな衣装、と」
「薄化粧」
「うたかた。お祭りはうたかたや」
「うまいこと言うね因さん」
「ふふーん」因が得意げに微笑む。
「ほな七夕祭、と」
「り……立秋?」
「ほい。うしおに祭、と」
「なにそれ」
「あんねん。愛媛の方に」
「うー。また『り』かいな。り、り、り」因は腕を組んでしばし考え、しまい
に立ち止まる。
「はやっ。因さんもう負け?」
「待って! そや、力士。お相撲さん」
「ほい。渋川ヘソ祭」
「なにそれ!」
「あんねん。群馬やったかな。なにしてんのかまでは知らんけどいかにも楽し
そうなお祭りやん」六兎結夜。妙な雑学に富んだ男だった。
「聞いたことないもん。なんとか祭禁止!」
「えー、しゃーないなあ」結夜は一思案する。
「ほな『鹿の角切り』と──あら、因さん?」
「もうええです」

 因は早足で歩いていってしまう。斜め後ろから見ても頬の端に尖らせた唇が
見え、結夜は少し笑ってしまった。
 相棒の少女はそれきり押し黙ってしまい、結夜もまたそれ以上声をかけるこ
となく後を追う。しりとりはこんな調子で中断。
 しばらく二人が歩くと、道が舗装されてない山中に入る。そのままわずかば
かり山道を進むと神社の赤鳥居といくつもの提灯がその先に浮かんでみえた。
前方からはっきり太鼓の音や人々の会話の声などが聞こえはじめ、祭りの存在
が確かなものになる。
 因は鳥居の近くで立ち止まり、遅れて結夜が追いつく。

「ふー、到着っと。因さん?」
「結さん性格悪いわ。根性ねじくれすぎて片結びになってん」因は口をへの字
にして恨めしげに結夜を見る。
「なに、まだ機嫌損ねてるん? ほら行こ、階段登ったらお祭りや」
「金魚すくいしたい。五回」
「それで機嫌直してくれますか。いいけど、水槽あったかなあ……」

 結夜は元より自分の財布がアテにされていることは知っていたので、素直に
条件を飲むことにする。

「あとな、綿飴欲しいの」
「食べられへんのに?」
「ええねん。それでも欲しい」
「――ま、いいけどね。せっかくお祭りやもんなあ」

 言った途端、因のへの字口がにんまりと横に広がり、その現金さに結夜は苦
笑する。
 結夜は何の気なしに左手を後ろに向けて開く。すぐに因が握ってくる感触。
そうしてゆっくりと神社の境内に続く石段を登り始めた。
 因がひい、ふう、みいと階段の段数を数えている声が耳に入る。いよいよ祭
りの喧騒が肌に伝わってくると自然と結夜の気分も高揚してきた。
 境内は家族連れや恋人達でごった返しており、屋台が道なりにいくつも立ち
並んでいる。無数の提灯が夜の暗がりを追い払い、夜目の利く結夜には眩しす
ぎるくらいであった。サングラスをもってくればよかったかなと結夜はひとり
ごちる。
 とにかくここではぐれると面倒なことは確かなので結夜は振り返る。

「──あら、因さん?」

 見ると、因は玉のような汗をかき、肩を上下して、そのまま足元にへたれ
こんでしまった。結夜ははたと気づく。
 そしてすぐさま因を抱き上げ、結夜は来た道を駆け足で引き返していった。
因は元より青白い顔をさらに蒼くし、眉間に皺を寄せて呼吸を荒げている。結
夜は何が起きたかはわかっていたので冷静である。ただ迂闊だったなあと自分
を笑ってしまう。
 神社は聖域。穢れを清め払う場所。吸血鬼の進入を認めるはずもなかったの
だった。

 階段を下りきり、因を背中におぶって山道を歩く。ゆらゆらと揺れる提灯
たちが吸血鬼二人を笑っているように見えて疎ましい。

「あかんやん、私」やっと呼吸を整えた因が結夜の背中で呟く。
「神社もあかんとは思わんかった。ごめん」
「前神社来た時は大したことなかったんやで……」
「お祭りってのもあるし、神社によって相性もあるか知れんな。私はどこ行っ
ても平気やからよう分からんけど」
「ずるいわ、結さん。同じ吸血鬼なのになんでなんともないねん」
「私はちょっと、変わり種やからな──」

 鼓膜が震え、腹に響くような音と共に、再び花火が上がりはじめる。
 結夜は振り返り「ああ、花火でっかく見れたのはよかったな」という言葉が
自然に口をついた。なんの慰めにもなっていないと思いながらも。

 おそらく境内の裏手でも上げているのだろう。二発三発と打ち上げられてい
く大玉の花火を真下から見上げ、結夜はしばし言葉なく見入る。背中の因もま
たそうしているようであった。
 大きな花が咲いた後に周辺で小さな花を咲き散らかす。緑や紫が複雑に入り
交じる。ひたすらに大輪の花を咲かす。一発一発芸を競うように花火は上がっ
ていく。

 結夜はしばらく空の様子に感心していたが、ふとTシャツの背中に染み込
む涙の熱に気づく。

「──帰ろっか」

 因が首を縦にふったのが背中越しに感じられる。そして二人は神社を後にし
た。涙に感化されたか、祭の喧噪がいささか恨めしかった。

                *

 因が目を覚ますと結夜の部屋だった。いつの間にか眠ってしまったらしい。
時計を見ると5時。そろそろ陽の昇る時間だ。身を起こすと結夜がベッドにも
たれかかるようにして眠っていた。
 因は先程の祭での出来事を思い出し、しばし羞恥をともなって自責する。

「まるきり子供やん。みっともないとこ見られてもうた……」

 結夜を起こさないようにそっとベッドから立ち上がる。着物のまま寝ていた
ので少し体が痛む。大怪我をしてもすぐに再生するくせにこんなところは生身
の人間のままなことを、因はいつも不思議に思う。
 寝間着を求めて締め切った暗い部屋を歩く。ふと見ると結夜の勉強机の上に
何かアニメの絵柄がプリントされた袋が転がっている。綿飴の袋だった。因は
しばしぼうっとそれを眺め机に向かって足を忍ばせる。机のパソコンモニタの
脇にはチープなヘリコプターの玩具や、花火のパックなどもあった。そしてビ
ニールにくるまれたままの林檎飴。
 因は眠る結夜を見やる。おそらく気まぐれで買ってくれた林檎飴。しかし因
は映写機の中の兄と結夜を重ねずにはいられない。
 自分が寝ている間に一人で買ってきてくれたのだろうか。結夜が一人で綿飴
やら林檎飴を買ったり輪投げだか射的だかに興じている姿を想像し、因は声を
押し殺して笑う。屋台の人達に寂しい男と思われなかったか心配する。

「──にしても、いいとこあるやん。結さん」

 因は寝間着に着替え終えると結夜をそっとベッドに押し上げる。結夜は熟睡
しているようで反応はない。因は結夜を仰向けにして、その両手を死者のよう
に交差させる。そして自分も同じ姿勢で脇に横になった。吸血鬼らしくていい
具合と満足。
 昔、兄がそうしてくれたように結夜の手をとって寝ようかと逡巡し、結局押
し留まる。宙を彷徨った右手をタオルケットの中に押し隠す。
 因が目を閉じるとすぐさま眠気が押し寄せて来た。一言「おやすみ、兄様」
と天井に呟いて因は眠りに落ちていく。それが実の兄に向けての言葉なのか、
結夜への言葉なのかは因自身にも判然としない。ただそれらが一体となって心
の空白にはまりこんでいくような安心感だけは、確かに感じられた。
 海馬の中にある映写機はもう回っていない。

時系列
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 夏。

解説
----
 吸血鬼、祭に行きそこねる。



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