[KATARIBE 29405] [HA06N] 小説『家族の呼び名』

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Date: Tue, 18 Oct 2005 00:43:02 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29405] [HA06N] 小説『家族の呼び名』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年10月18日:00時43分02秒
Sub:[HA06N]小説『家族の呼び名』:
From:久志


 久志です。
もう書くしか!

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『家族の呼び名』
====================

登場キャラクター 
---------------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ヤク避け相羽。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0483/
 軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に移住。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0480/

一枚の賞状から
--------------

 何気ない、言葉。
 だが、その何気ない一言が、人を追い詰めもするし、生かしもする。

           **

「ただいま」
「あ、おかえりー」

 いつもの時刻というには一般的より比較的遅めの時間に相羽は帰ってくる。
もっとも仕事柄勤務時間が不規則なので、ある程度帰宅時間が把握できるとい
うのは良いことなのかもしれないが。
 ネクタイを緩めながら片手にもっていた紙筒をテーブルに放り投げた。

「……なにこれ?」 
「ああ、賞状」 
「賞状?」

 ネクタイを外して上着を脱ぎながら答える。テーブルの上、とても賞状とい
う扱いに思えないほど適当に丸められた紙筒を見て真帆は思わず苦笑する。

「…………粗末にしてんなあ」 
「まあ、結構もらってるし」

 気安い返答にさもありなんと思いつつ、淹れ立てのお茶を手渡す。手を伸ば
して無造作に丸められた賞状を広げた。
 かなりの達筆で書かれた名前を何気なく読み上げる。

「あいば、しょうごさま……かあ」 
 いかにも読み慣れない様子の声に、不意をつかれたように相羽が顔をあげた。
「まあ、こないだの事件でね」
「うん……ああ、そいえば名前、尚吾だったね」
「まあ、そだね」 
 一瞬、相羽の顔が微かにこわばる。
「あんま使わない名前だからねえ」
「まあ……呼ばれなれないけどね」 
 賞状を眺めたまま、相羽の複雑な表情の変化に気づかず、ちょっと冗談めか
して真帆がつぶやいた。
「じゃ、呼んでみよーか?」

 途切れる会話。
 不意に黙り込んだ相羽に、少し不思議そうな顔になる。

「……相羽さん?」
「ああ、名前呼ばれるのあまり好きじゃないんでね」 
「…………あ、ごめん」 
「いや、いいよ」 
「すみません」
「そんなに気にしなくていいから」
 素直に頭を下げる真帆に小さく手を振る。

「……名前……嫌いなんだ?」 
「俺の名前呼ぶ奴は家族しかいないしね」
 ふと、少し遠くを見るような目で相羽が小さく笑う。
「もう、いないしね」
「…………」

 何気ない、言葉。
 だが。

 その言葉が意味すること。

 名前で呼ぶ人は家族しかいない。
 そして、家族はもう居ない。

「………………そだね」
 それはつまり。
「ごめん、ほんとに」

 つまり、それは。


 お前は他人だ、と。


「ん?」
 急に抑揚のなくなった声に、思わず顔をあげる。
 ふわふわと、笑う顔。だがその顔は笑顔を浮かべていても、どこか無機質さ
を感じる奇妙な印象を受ける。

 その笑顔に相羽は見覚えがあった。

「いや……ごめん、気をつけるよ」 
「…………真帆?」 
「ん?」
「どうした?」
「……いや、どうもしてないけど?」 

 感情全てを斬りおとしたような、こちらを見透かすような鮮やかな笑顔。

「真帆……」
 思わず伸ばした手で腕を掴む。
「あのさあ……お前わかってないと思うけど」 
 凍りついたままの真帆の両腕をつかんで、目を見据える。
「お前がそういう顔してるとき……さあ。ものすごく自分を殺してるときの顔
だよ……」
「…………」
「真帆?」 
 相羽の呼びかけに、一瞬口をぎゅっとつぐむ。
「なんでもないよ」
「嘘……下手だね」 
「嘘じゃないよ」 
 微かに眉を潜める。心外だなあ、とでも言うように。
「相羽さんは、正しい」 
「……だから」
「言ってることも、正しい」 
「あの時と……同じこといってるね」 
 掴んだ腕が震える。
「…………でも、正しいから」 
「俺の言ったことが気に障った?」 
「……どうして?」
 心底不思議そうに聞き返す。
「家族だけに、名前を呼んで欲しいって言ったよね?」 
「……ああ」
「どうしてそれが、問題があるの?」 

 名前を呼んで欲しいのは家族だけ。
 そして、家族はもう居ない。

 発した言葉の意味。

「真帆……」
「相羽さんには、家族が居ない」
「…………」
「だよね?」
「ああ」
「……………あたしは、さ」
「……お前は」

 自分にとって真帆は。

「友人兼、家政婦、だから」
「違うっ」
「違わないよ」 
「あのさあ……」 
「…………何?」
 すらり、と、見据える目。

「……俺ねえ、本当どうしようもない奴でね」 
「…………」
「お前にここにいて欲しくて、惚れてて。それでも……まだ、自信が持てない
んだよね」
「…………っ」 
 ぐっと口を一文字に引き結ぶ。
「…………うぬぼれていい?」 
「聞きたくない」
「こうして、一緒にいて」 
「……それ以上言わないでよっ」 
「なんで?」
「あたしは相羽さんを、相羽さんて呼ぶ。それでいいでしょうが!」
「……莫迦みたいだけどさ、怖いんだよ」 

「否定されるのが」 

「否定なんかしてないじゃないかっ!」
 叩きかえすように、言葉を返す。
「相羽さんは相羽さん、それでいいでしょうっ」 
 目じりに浮かんだ涙もそのままに。

「でも……」
「何?」
「家族にくらいは名前呼んで欲しいんだよ」 
「…………っ」

「家族じゃ、ないでしょう、あたしは!」 
「だから……」
「だから、呼ぶなって言うんでしょうっ」 
「真帆……」
 両肩を掴む。
「俺の家族になってくれ、って」 
「…………」 
 その言葉を問い返す勇気はなかった。

「……相羽さん」 
「何?」 
「あたしの傷のこと……憶えてる?」 
「五年前の……傷?」 
「…………うん」 

 五年前。
 義理と恩義とで、親からすすめられた縁談。
 拒む為に、命をも捨てる気だったと。

「死のうとおもった。期待になんてもう二度と沿えないって思った」
「…………」 
「五年で人は、変わらない」 
「……真帆」
 頬を撫でて、目を見つめる。
「変われない?」 
「……呼ぶなって、言ったのは相羽さんだ」 
「呼んで欲しい、って。言ったら?」 
「…………」 
「裏切ったらどうするの?期待に沿えなかったら、どうするのっ?!
「裏切られても、後悔しない」 
 きっぱりと告げる相羽に、意表をつかれたように真帆がつぶやく。
「…………どうして?」
「なんかね、自分でも莫迦みたいだけどさ」 
 肩を押さえた手を離して、頬を撫でる。
「惚れてるんだよ」 
「…………」 
 ぐっと噛み締めた唇に涙が伝う。

「……ずっとここに居て欲しい」 

「俺の家族になって」

 黙りこんで、じっと相羽の顔を睨み据える。
「…………なって、いいの?」
「なって欲しいんだよ」

 短い沈黙。
 じっと相羽の目を見据えたまま。

「…………尚吾さん」 
「…………」
 ふっと、相羽の頬に赤みが走る。
「呼んで、いいのね?」 
「……呼んで欲しいよ」
「呼んでも……怒らないよね?」 
 半ば涙交じりの声で。
「……だから、家族には呼んで欲しいんだよ」 
 赤面した顔を誤魔化すように、額をつける。
「……ずっとここにいます」 
「ありがとう」 
「……だから」 
「なに?」 
「家族に、して」 
「ああ」 

 涙を浮かべたまま笑った真帆の頬を指先で撫でて、そのまま顎を持ち上げて
唇を重ねる。強張った背中を軽く叩いて体を離した。

「愛してるよ」

 にやっと、調子を取り戻したように笑う。

「ちゃんと言おか」
「…………なに?」
「俺の嫁になって」
「…………」
 一瞬、俯いて黙り込む真帆を見つめたまま、じっと答えを待つ。
「………………はい」 
 微かに俯いたまま、蚊の鳴くような声。

「……ありがとう」


時系列 
------ 
 2005年9月中旬。
解説 
----
 思わぬ事態からプロポーズにまでいたる二人。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。




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