[KATARIBE 29402] [HA06N] 小説『心残りの缶ジュース』

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Date: Mon, 17 Oct 2005 23:36:08 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29402] [HA06N] 小説『心残りの缶ジュース』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年10月17日:23時36分08秒
Sub:[HA06N]小説『心残りの缶ジュース』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
30分一本勝負、今回も後出しですが、
苦手っぽいのを選んでみました。
一応、本文はぎりぎり28分。
危なかったー(汗)

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小説『心残りの缶ジュース』
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登場人物
--------
 軽部片帆(かるべ・かたほ)
  :目立たない毒舌大学生。姉のこととなると顔色が変わる。


本文
----

 古びたもの。錆びたもの。壊れたもの。
 汚れていて、崩れていて、元には戻らないもの。

 それでも。

           **

 大学構内には不要な『大型ゴミ』を捨てる場所がある。タワー型PCの外殻
だけ残ったもの、ステンレスの本棚、穴が空いたソファー。しまいには、幾つ
かボタンが残っているだけのテレビとか、真っ黒な染みのついた冷蔵庫とかま
で転がっている(どうやってあの黒い染みがついたかは……考えたくない)。

 で、どうしてか、どういう訳か。

 そこに今回、ジュースの自販機が転がっていたりするのである。



「ああ、あれね、運動場の端っこにあったやつでしょ」

 同じクラスの子が鞄を肩にかけながら言う。

「あれ、捨てるほど壊れてたっけ」
「なんかね、運動場の整備をやってる時にぶっ壊れたとか聞いたよ」
「あらら」

 それは大層不運な話だ。

「ってことは、自販機なくなったまんま?」
「いや、結構需要があるらしいから、また設置されるんじゃないかな」


 まあ、そう聞けば……そういうことかという話なんだけど。
 ただ……やっぱり夜中にこの横を通ると、何と言うか………

 変、である。

            **

 そしてその夜も、へろへろと歩いている時だった。
 実験。要領がよければ早く終わったろうが、ちょっと失敗して二度目に突入、
結果倍の時間が掛かったわけで。

『よっしゃかえろー』
『おー』

 共同研究の面々がぐてーと答えたものだ。

 へろへろ、と、歩いて。
 途中にあるブロック塀。その中が大型ゴミ捨て場。
 ……しかし。

(あれ?)

 何となくブロック塀の向こうに、灯がともっている……ような気がする。

(えーと)

 確かに時折、サビがちょっと浮いただけのステンレスの本棚、とか、拾って
使えるものも捨ててあったりする。無論持って帰っても誰も文句は言わないだ
ろうが、しかしやっぱり気が引けるだろうし、あたしだってもし持ち帰るなら
夜だろうなとは思う。
 だから、そういう人が来て、懐中電灯でも使っているのかな、とか思った。

 のだけど。

「…………へ?」

 脅かしちゃいかん、と、少し故意に靴音を立てて、横をとおりすぎようとし
て。

(誰もいないじゃん)

 でも、やっぱり何となく頼りない灯はともっている。何だろう、と、思う間
もなく正体は明らかで。

(えーーー)

 自販機。
 割れた透明窓の中の、少し汚れたサンプル商品。
 それがはっきり見える。
 ……つまり、そこに灯がついているのだ。

 思わず電源を確認。ねずみ色のコードは見分け難いが、確かにそこにあって。
 そして……二股の先端を、灰色のコンクリートの上にのたくらせていて。
 つまり。

(……電気入ってないのに、電気付いてる?!)

 
 たとえばそれが幽霊なり何なり、もう少し生身っぽいものだったら。
 あたしはもう少し、迅速に行動したと思う。
 ただ……何というか。
 おまぬけ、で。

 ついた灯が見せているのも、汚れた見本。
 傾いた自販機は、電気がついていてもわびしいばかりで。

 ……それでも。

 左右を見回す。と、白い小さな球が足元に転がっているのを見つける。拾い
上げてわかる、これはピンポン玉だ。
 それを二三度、手の上で弾ませて加減を見て。
 振りかぶって。
 
 えい、と、投げた玉は、自販機の窓の下に並ぶボタンに当たった。
 ……無論偶然もいいところ、だったのだが。

「え?!」

 がっこん、と、それはいつも良く聴く音。ごろごろと余韻。
 そして。

「……え」

 取り出し口に頭を覗かせた、缶。

 慌てて近寄って、手を伸ばした。何となく不気味で、指先だけを取り出し口
に近づけて、爪を引っ掛けて取り出す。
 缶は良く冷えていたけれども、多少ひしゃげていて。
 持った感触は……確かに普通の、缶ジュースのそれで。


 不意に。
 ぺかぺか、と、窓の光が明滅した。

「……もらっていいってこと?」

 思わず声に出すと、光はゆっくりと消えて、またゆっくりと灯った。

「…………じゃ、ご馳走になります」

 言っただけで嘘だと思われたら困るから、プルトップを引っ張って開けた。
 炭酸が少し弾けて、中身が出たけれど。
 確かにそれは、普通の缶ジュースで。

 へこんだ缶の分、少し泡だっていたかもしれないけれども。


「ありがと」

 そう言って一口飲むと、窓の光は少し明るくなり……そして丁度蛍光灯が切
れる時のようにふつふつと途切れ。

 そして、また、消えた。


 もしかしたら、と思う。
 もしかしたら、中に一個だけ係りの人が忘れてたジュースがあって。
 これごと捨てられたら、廃棄されるに廃棄され切れない、みたいな気分だっ
たのかな、と。

 何だか判ったような判らないような、得手勝手な理屈をつけながら缶に口を
つける。

 ジュースは充分に、冷たかった。


時系列
-------
 2005年10月はじめ。

解説
----
 30分間一本勝負の、お題は『ピンポン玉が潰れたジュース缶をくれた』です。
実際にうちの近くにある大学には、こういう大型ゴミ捨てる場所があります。
……流石に自販機は捨ててないが。

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 てなもんで。
 ではでは。
 


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