[KATARIBE 29387] 小説『ある指の最期』

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Date: Sun, 16 Oct 2005 16:22:14 +0900 (JST)
From: Saw <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29387] 小説『ある指の最期』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年10月16日:16時22分14秒
Sub:小説『ある指の最期』:
From:Saw


Sawです。30分一本勝負初参加。20分オーバーでした。
お題は「HA06event: 腹を空かせた手の怪が音を立てた ですわ☆」
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小説『ある指の最期』
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登場人物
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 九折因(つづらおり・よすが)
     吸血鬼。少女。

本編
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 三日月が伏し目がちに瓦礫の山を照らす。
 十年も前に打ち捨てられた山荘の二階。天井は抜け屋根が崩れ、木や多分ア
スベスト混じりのスレートの資材が降り積もって子供の背丈ほどの小山になっ
ていた。
 その小山の頂点に人型の影。それは幾千もの蝶が群がる人の死体であった。
死体は今もなお苦悶の呻きを喉を引き絞るようにして漏らしていた。しかしそ
れも蝶が肺に潜り込むと静かになる。蝶達が蠢くたびに蝶の口のストローから
死体の血が奪われ、ぐじゅぐじゅという音を立てる。
 時折筋肉のみが反射して痙攣運動を起こして震える。神経系はとっくに壊疽
し痛みはない。或いはそれは蝶の持つ毒の効果かもしれないが、死体にはわか
らない。
 しかしその状態からなお、その死体はこの場から逃げようとしていた。月を
睨む眼球は赤く光を灯し、理性の影をわずかばかり残していた。死体は必死で
考える。
 霧になって逃げる……もう無理だ。コウモリになるのも不可能。影に潜り込
むことすら不可能。クソ。何をするにも血が足りない。血が、血さえあれば。
血を、乾きが──
 死体は吸血鬼だった。生き血を啜り霧となり蝙蝠と共に舞う夜の住人。血さ
えあれば死体は肉体を再生して逃げ切る自信があった。しかしその力の根元た
る血を、今吸血鬼は蝶に蹂躙され、奪われてその全てを封じられつつある。死
体から血を奪うたびに蝶の羽根の黒い紋が赤く染まっていく。
 吸血鬼は小山に憎い敵が登ってくるのを視認する。忌々しい蝶の紋様の入っ
た黒い着物の娘。手には何処から拾ってきたのか鉄のパイプを持っている。
 娘は光を失った眼で死体を見下ろし、サヨウナラ、と唇を形作る。
 そうして大きく振りかぶると、死体の中央、心臓を鉄パイプで刺し貫いた。
 死体は薄れゆく意識の中で最後に自分の左手を見た。薬指には白金で縁取ら
れたルビーの指輪がはまっていた。その指輪が誰との約束を示したものだった
のか、死体にはもう思い出すことも出来なかった。

「同族殺し、嫌な仕事や……」
 感情の籠もらない声で九折因は呟く。
 因は黒い着物の裾から扇子を抜き取ると月に向かって掲げ、舞うように一振
り。
 途端に死体に群がる蝶の群れが夥しい数の赤い紙片となる。
 すっかりミイラ状になった死体に生前の影はない。死体は──彼はこの界隈
に最近移り住んできた若い吸血鬼だった。そして生きるために少し人を殺しす
ぎ、因の属する吸血鬼の機関に目を付けられ、たまたま因が派遣された。

 因が哀れみの篭もった視線を一瞬死体に向けしばし黙祷する。と、その手が
かたりと動き瓦礫の山を這い出そうと始めた。
 指輪のはまったその指を必死に動かし、手だけでその場を逃げようとする死
体。人差し指と拇指の合間の腱から蝙蝠の翼が伸びる。既に脳を失った身であ
れど死ぬ前にどう動くかをプログラムさえされていれば意志ある行動は可能で
ある。
 死ぬ前に残った血を手に回していたんかな──因は紙吹雪を撒き扇を一振り。
紙吹雪は蝶の群れとなって手にまとわりつき残った血を吸い尽くす。後に残さ
れたのはルビーの指輪だけだった。

「何処に行こうとしとったの? あんたの物語なんて知らないねん」

 因は指輪を拾い上げて呟いた。

解説
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HA06event: 腹を空かせた手の怪が音を立てた ですわ☆



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