[KATARIBE 29335] 小説『よすがの時間・3』

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Date: Tue, 11 Oct 2005 14:58:39 +0900 (JST)
From: Saw <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29335] 小説『よすがの時間・3』
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2005年10月11日:14時58分39秒
Sub:小説『よすがの時間・3』:
From:Saw


Sawです。

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小説『よすがの時間・3』
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登場キャラクター
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九折因(つづらおり・よすが)
    :吸血鬼。少女。
六兎結夜(りくと・ゆうや)
    :吸血鬼。青年。

本編
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 夏である。
 日が落ちきると同時に部屋の窓を盛大に開け放ち、団扇片手に窓枠に腰か
けて因は遠い喧騒を望んだ。そちらの方角には神社があって、たくさんの人
間たちが祭りに興じているはずだった。吸血鬼の優れた視覚を凝らすと山中
にある神社の境内に開かれた屋台の灯火一つ一つがかすかに見える。

「アレは金魚すくいの屋台かな。あっちは焼きそばでその隣はお好み焼き、
輪投げ、そして見世物小屋ってとこかなぁ──適当やけど」

 因は独り呟く。
 こんな夜は明りを点けずに窓の外でも眺めていた方が気持ちがいいと因は
思う。結夜は今ごろ一階の居間で家族とともに夕食を食べているはずで、一
人残される因は暇な時間。
 揺れる山中の灯を頼りに、因は祭りの様子を想像する。人でごった返す神
社の境内、いくつも並ぶ屋台、どれを選ぶか悩ましい綿飴の袋の図柄、売れ
そうになさそうね変なお面。
 因は思い返す。想像ではなくそれは記憶。
 父様母様と呼んだ人たちに連れられて祭りに行った遠い遠い夜。
 人ごみに脅える因を肩車してくれたあの大きな背中が父であったか。映像
は鮮明に思い出せるのにその周りにはブラウン管の枠がついているようで、
因にはまるで他人事に思えた。

 山中の屋台の光の中から吸血鬼の目が「りんご」という文字を勝手に拾い
とる。

 因は林檎飴を買ってもらったことを思い出す。再び脳内のフィルムがから
からと回りはじめる。林檎飴は甘くて紅くてなかなかに気に入ったが、半分
あたりでその大きさにうんざりしてしまった。結局因はもういらないと言い、
母に怒られ、兄が仕方なく引き取った。
 兄はその頃から因よりずっと大人で、射的も輪投げも上手にこなして因の
欲しがったものを取ってみせてくれたように思う。
 一方の父はあまり体力がなかったのですぐに肩車に疲れ果ててしまい、境
内の隅のほうで煙草など吸っていた。
 厳しい母、優しい兄、のんびりした父、それぞれ好きだったように因は思
う──

 その時空気が微かに振動し、花火が一発夜空に散った。

「たーまやー」

 誰に言うでもなく因はつぶやいた。
 京都にいた頃古株の吸血鬼が言っていた掛け声だ。なんでも花火にあわせ
てそんな声を上げるのが東京もんの流行りらしいと神妙な表情で教えてくれ
た。

「ああ、花火か。お祭りやったね、今日は」

 唐突に因の背後からそんな声がかけられた。
 いつの間にか部屋の暗がりに結夜が戻ってきていた。

「あれ、因さん──泣いてる?」
「へ? 何言うてはるの結さん」

 言われて初めて因は気づく。涙が一筋だけ頬をつたっていた。

「あら、変なの。なんでもあらへんよ。別に──うん。なんでもあらへん。
ちょっと昔のこと思い出しとっただけや」
「昔──」
「うん。小さい頃のこと」
「小さい因さんが今より小さくなったらいなくなってしまうんじゃない?」
「大きなお世話や。もうええわ」

 因は下唇を少し突き出して窓の外に視線をやる。結夜は軽く苦笑する。
 しばし無言で祭りの方角を二人して見やった。
 祭りの喧騒までは吸血鬼の耳をもってしても聞こえないが、ゆらゆらと山
中に揺れる光が因の脳裏で遠い昔の記憶と現実とをつなげる。
 因は時折ぱたぱたと団扇で自分を煽り、そのたびにうなじにかかる長い髪
が揺れた。結夜もまた、ただ無言で因の後ろ姿を通して祭りの方角を眺める。
 二発目の花火が上がった。部屋の中まで赤や紫に一瞬照らされる。
 窓枠に腰かける因の肩を結夜は叩いた。

「お祭り、行こうか」
「え。ええよそんなん。子供っぽいわ。こういうのはねぇ、結さん。遠くか
ら見てるから風流なんやで」因は人差し指を立てて、わかった風な事を言っ
てみせる。
「うん、私が行きたいねん。ちょっと付き合って」
「──まったく、結さんは子供っぽいなあ。まあええわ。そういうことやっ
たらお付き合いします。いつもお世話になってる結さんの頼みは断れへん」
「へえ。せやけど犬の散歩は代わってくれないよね」
「犬はいささか苦手なんや」
「そう?」
「そうや」
「まあええか。ほな行こう。今から行けば花火も近くで見られる」
「うん!」

 そうして二人は出かけた。

                 *

 夜の住宅街。因は黒い着物の袖をなびかせ、結夜はTシャツ一枚のラフな
格好で家々のすき間を抜けていく。祭の影響か町全体がなんだかそわそわし
ていると因は感じた。
 吸血鬼と言うものは蝙蝠になって飛んだり影から影へと渡り歩いたりする
ものだが、二人は出かける時だいたい歩く。時間をかけて月と星空を眺め風
の流れを感じながら歩く。
 そしてこれはだいたい因がお題を決めて、古今東西やしり取りなどをする。
 今日のお題は「お祭りに関係するもの」しりとり。

 祭、林檎飴、酩酊──酩酊? 酔っぱらいは付き物。そっか──衣装。薄
化粧。うたかた──祭はうたかたや。お、うまいこと言うね因さん。ふふん
──七夕祭。立秋。うしおに祭──また「り」や。り、り、り──

 結夜は時折地方の、因が聞いたこともない祭の名前を言う。「そんなん嘘
や」と因が言うと「あるんやって、そもそもこの祭りの起源は国譲りにまで
遡ってな──」などと嘘だか本当だかわからない解説までつけて因を打ち負
かす。
 それが続くと因も口からでまかせを言いだすが、結夜は「聞いたことない」
と説き伏せ、さらに嘘である証明など始める。
 だから因は神社に近づくにつれて肩を怒らせ、結夜の10歩程先を歩くよう
になる。もちろん会話はすっかり打ち切られている。

 しばらくそのまま二人が歩くと、道が舗装されてない山中に入り、神社の
赤鳥居といくつもの提灯がその先に浮かんでみえる。前方からはっきり太鼓
の音や人々の会話の声などが聞こえはじめて祭りの存在が確かなものになる。
 因は鳥居の近くで立ち止まり、遅れて結夜が追いつく。

「ふー、到着っと。因さん?」
「結さん性格悪いわ……」
「なんだ、まだ機嫌損ねてるん? ほら、行こ。階段上ればお祭りや」
「根性ねじくれすぎて片結びになってん……」

 因がぶつぶつ何か言いながら鳥居の下に座り込んでしまったので、結夜は
後頭部を軽く掻きしばらく因の様子を見るが、動く気配がないので無視して
上っていくことにする。
 結夜が十段ほど上った所で背中に衝撃。危うく鼻から階段にキスしそうに
なるも片手で身を支える。わざわざ見るまでもなく背後に因が立っていた。

「金魚すくいしたい。五回」
「それで手打ちってことかな? ええけど、金魚ちゃんと面倒みなあかんよ」

 結夜が肩ごしに後ろを見ると、因は口をへの字にして大きくうなずいた。
「あとな、綿飴欲しいの」
「食べれないやん、あなた」 
「ええねん。それでも欲しい」
「──ま、いいでしょ。せっかくの祭りやもんな」

 再び因が大きくうなずく。への字口も幾分そのカーブをやわらげていた。
 結夜は立ち上がり左手を軽く後ろに差し出す。
 因がその手を握る。
 そして階段を上りはじめる。

 因がひい、ふう、みいと階段の段数を数えているのが結夜の耳に入り、苦
笑してしまうが、いよいよ祭りの喧騒が肌に伝わってくるとまあこれも悪く
ないか、という気分に結夜も変わってくる。
 境内は家族連れや恋人達でごった返しており、屋台が道なりにいくつも立
ち並んでいる。無数の提灯が夜の暗がりを追い払い、結夜の目には眩しすぎ
るくらいであった。吸血鬼は夜目の利くものだ。サングラスをもってくれば
よかったかなと後悔する。
 とにかくここではぐれると面倒なことは確かなので結夜は自分の左手を握
る因を振り返った。

「──あら、因さん?」

 見ると、因は玉のような汗をかき、肩を上下して、そのまま足元にへたれ
こんでしまった。結夜ははたと気づく。
 すぐさま因を抱き上げ来た道を駆け足で引き返していく。因は元より青白
い顔をさらに蒼くし、眉間に皺を寄せて呼吸を荒げている。結夜は何が起き
たかはわかっているので心配はしていない。ただ迂闊だったなあと自分を笑っ
てしまう。
 神社は神道の聖域。穢れを清め払う場所。吸血鬼の進入など認めるはずは
ないのである。

 階段を下りきり、因を背中におぶって山道を歩く。ゆらゆらと揺れる提灯
たちが吸血鬼二人を笑っているように見えて疎ましい。

「あかんやん、私」やっと呼吸を整えた因が結夜の背中で呟く。
「神社もだめとは思わなかった。ごめん」
「前神社来た時は大したことなかったんやで……」
「お祭りってのもあるだろうし、神社によって相性もあんのかもしれへん。
私はどこもへっちゃらやからよくわからんのやけど」
「ずるいわ、結さん。同じ吸血鬼なのになんでなんともないねん」
「私はちょっと、変わり種やからな」

 鼓膜が震え、腹に響くような音と共に、再び花火が上がりはじめる。
 結夜は振り返り「ああ、花火でっかく見れたのはよかったな」などと呟く。

 おそらく境内の裏手でも上げているのだろう。二発三発と打ち上げられて
いく大玉の花火を真下から見上げ、結夜も因もしばし言葉なく見入った。
 大きな花が咲いた後に周辺で小さな花を咲き散らかす。緑や紫が複雑に入
り交じる。ひたすらに大輪の花を咲かす。一発一発芸を競うように花火は上
がっていく。

 結夜はしばらく空の様子に感心していたが、ふとTシャツの背中に染み込
む湿り気に気づく。薮蛇やったかなあと軽い後悔を覚え、振り返らないでお
く。

「──帰ろっか」

 因が首肯し、結夜の背中に頬が押しつけられた。



時系列
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 夏。

解説
----
 祭に行きそこねる。

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