[KATARIBE 29329] [Ha06N] 小説『 Wish 』

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Date: Sun, 9 Oct 2005 22:37:19 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29329] [Ha06N] 小説『 Wish 』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年10月09日:22時37分18秒
Sub:[Ha06N]小説『Wish』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
赤ペンせんせーひさしゃをころころ転がしつつ、書いております。
……ええ、そゆ話です。
ちなみに題名は、中島みゆきさんの曲から。サビの部分でついつい連想。

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小説『Wish』
===========
登場人物
-------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ヤク避け相羽。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0483/
 軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に移住。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0480/

本文
----
 
 鯵のたたき。千切り野菜のサラダ。
 お味噌汁には大根の千六本。

 自分に出来ること。
 この家に居る、自分の存在価値。


 惚れてるから、と、相羽さんは言った。
 でも一瞬――――

 ――――つらい、と思った。

 自分がでは、無論無い。
 このひとが。

 
 ころころと手元から逃げる茗荷を千切りにする。
 次に胡瓜、次に人参。
 大根の葉は別に刻んで、乾煎りして鰹節を混ぜて醤油をかけまわす。
 
 料理が出来て良かったと思う。
 あたしが認め得る、ここに居る価値があって。

 本当に、良かったと、いまさらながら思う。


             **

 そして今度は、相羽さんの仕事も順調というか何と言うか。
 よっていつものように、相羽さんは戻ってくる。

「ごはん、出来てるよ」
「……ありがと」

 一瞬、それでも見た顔は、何かを言いたげにも見えたけど。
 すぐに。

「お茶……もらえる?」
「冷たいの、熱いの?」
「冷たいの」
「わかった」

 手元のグラスにお茶を淹れる。だんだんと指先に冷たさが伝わる。

 綱渡りのような、と、ふと思った。
 危うい、危ない……だから、怖い。

 でも同時に。

 ……どちらにとってだろう、とも。
 ふと。


 千切りのサラダに鯵のたたき。
 片付いていく料理。
 ただただ、互いに沈黙したまま。

 何か話そうとは思ったのだ、確かに。
 でも、何を話して良いか、判らなかった。
 ……多分、相羽さんも同じだったんじゃないかと思う。
 お味噌汁と、御飯と。
 最後にお茶と。

 ことん、と、湯呑みが置かれる。
 片付けよう、と、こちらが手を伸ばした時に。

 手首を握る、手。

「……嫌、だった?」

 一瞬……混乱して、思わず相羽さんの顔を見た。
 やっぱりいつもの無表情が、こちらを見返していた。


「……嫌、とは言わない。嫌じゃない」
 言葉を選んで、選んで。
 でも大したことを言えるわけじゃない。
「……わかんないだけ」
 
 手首を握っていた腕が、少しだけ緩んだ。

「…………そう」
 少しだけ困ったような……そんな表情で相羽さんがこちらを見る。
 いや、だって。
「だって、わかんないんだよ」
 嫌も何も。
 ……どう説明したらいいのかな。

「……あのね、あたしにさ、弟分が居るじゃない」
「ん、ああ」
「それも全国あちこちに山ほど」
 流石にこちらに来てからは、あまりかかってきていないが、それでも時折留
守電に電話が入っている。

「日本人の人口は、最大でも200人を越すことの無い国で、あちこちで恋愛沙汰
の起こる年齢層が集まってて」
 恋愛は御法度、と、先輩から言われたことがある。
 せっかくこんな妙な国に学びに来て、恋愛で悩んで時間潰したら勿体無い、
と。
 確かに、そのとおりだったなと思う。
「でもね、その中で、あたしには弟分が居たわけ。それも常時複数」
 お金を借りたら、姐貴分。そう言ったのは誰だっけか。
『女には金借りれないけど、真帆姐には借りれるもんな』と……そいつ曰く、
誉め言葉らしかったけど。
「それが可能なくらい……廻りもあたしも、『こいつは恋愛無関係』って徹底
してたの」

 年齢がどうこうではなかったろう、と、今にして思う。
 恋愛の対象には絶対にならない人間。他に居る彼女との折り合いがおかしく
なった時に、相談した挙句『そらーあんたが悪いわ、彼女怒るの当然だよ』と
がんがん言ってくる相手。

 それが可能なくらい……とにかくあたしは恋愛に関係が無かったのだ。

 何時の間にか、手首を握っていた手はほどけている。
 黙って聞いていた相羽さんが、ふと、口を開いた。

「……で、俺がでてきたわけか」
「だって、相羽さんだって、最初は恋愛無関係と思ってたでしょうが」
「そだね」
 少しだけ無表情が崩れて、苦笑の欠片が浮かんだような気がした。


 惚れる、と、実は言われたことは、ある。
 ただ……それですら恋愛じゃなかった。
『真帆ってさあ、あれだよな、明治時代とかに男で生まれてたら男に惚れられ
たかもな』という……つまり男が男に『いい奴だなあ』と惚れ込む、あのノリ。
 そう、考えると。
 この人は……でも、『女性』が必要な人なのだろう、と、思うから。


「…………迷惑?」 
 時折ふと思う。自分が居なかったらこの人、ちゃんと普通に女性やってる女
の人から彼女選んだんじゃないかなって。
 居なかったら、というより。
 もしも自分が男だったら、とは。
 (だから猫のほうが良かったのじゃないかと、思ってしまうのだけど)

 そんなことを考えて、ついついそう言ってしまったのだけど。

「俺は……正直、嬉しいけどね」
「……?」
「お前がいて」

 さらっ……と。
 なんかこう……この人、ほんっとに、おネエちゃんとか片手でたらし込んで
たろうな、とか、ついつい思ってしまった。

「…………あのね」
 とはいえ。
 ここまで話したら、最後まできちんと説明しないと、と思う。
 これ以上、今日みたいに沈黙し続けるのは……流石に辛い。
「ん?」
「だから…………嫌とか何とか言う以前に、わかんない」

 ほんの少し、相羽さんの表情がほぐれたような気がした。
 それはもしかしたら、こちらの気分がほぐれたせいかもしれなかった。

「……なら、わかってからでいい」
 真っ直ぐにこちらを見て。
「嫌ならちゃんと言ってくれればいい」
「嫌じゃない」
 即答して、自分でも困る。
 嫌ではない、けれども。
 ……多分、それ以前。ぶつけられる感情の全てに眩暈がするばかりで。

「……迷惑じゃないの?」
「俺は迷惑じゃない」
「相羽さんを……縛ってない?」
「縛ってなんかないよ」

 上手く、言えないけれども。
 もしも自分が……せめてこの人の姉かなんかだったら、もう少し話は楽だっ
たろうなと思わないではない。
 御飯作って、片付けて。
 相羽さんが連れてくる彼女と、やっぱり一緒に話したりして。
 
 自分は、この人の友人である自信はある。それは揺るがずにある。
 でも……自分には、そもそも女性としての資格さえ欠落してるんじゃないか
と、考えないでは、ない。
 でも戸籍上は女性だ。血の繋がりの無い、一応ではあるが女性が一緒にここ
で暮らしていて、となったら……それは普通、ここに他の女性を連れてはこれ
ないだろうし、多分この人はそういうことをしない。
 否、それ以前。
 何をどうしたらいいか判らないけど、でも、相羽さんを縛る権利だけは、絶
対にあたしには、無い。
 ……なんてことを考えていたのは、一瞬。
 じっと見ていると、相羽さんが一つ溜息をついた。

「そりゃ惚れた女には触りたいし手だしたいよ」
 少し、ふてくされたように。
「でも、それで嫌がってたり困ってたりしたら、手ださないよ」

 困ってるのは……そうなんだけど。
 嫌、なのかな。

 ふと、思い出す。
 本当に嫌ならば、触れるのも嫌だ、と。
 ……それはどこかで読んだ文章。

 手を伸ばして、相羽さんの手を軽く叩いてみる。
 ……うん、平気だ。
 
「……ん?」
「……平気」
 相羽さんがこちらを見た。かすかに目を細めて、見据えるように。

 手を伸ばして、相羽さんの手の上に載せてみる。
 微かに熱が、掌に伝わる。

 うん……平気だ。

 と、相羽さんの手がふわりと開いた。
 そのまま、載せた手を掴んで、何か問うようにこちらを見る。

「……平気、だよ」

 確認して、言う。うん、何も無理にはなってない。何も無理はしていない。
 相羽さんが小さく笑った。
 そのまま掴まれた手がゆっくり引っ張られる。
 相羽さんはじっとこちらを見ている。
 
 無表情で、笑うわけでもなく怒るわけでもなく。
 それでも……何となく。

 何度も思う。嫌なのかどうか。
 嫌なら言っても、これは問題ないだろう、と。
 でも、嫌、とは思わなかった。何度問い直してもそうは戻ってこなかった。
 だから、そのまんま、引っ張られて。

 何か……気が付いたら、目と鼻の先に、相羽さんの顔があって。

 ぽつん、と。
 やっぱり先刻と同じ問いを。

「嫌?」
 
 どうしてと問われても困る。それで正しいのかと言われてもやっぱり困る。
 ただ。

「……ううん」
 
 言い終わらないうちに、相羽さんの手がふわりと伸びた。


 例えば恋愛どうこう以前の問題。
 もしも一度でもこの人を拒絶したら、それが何であっても多分、致命傷になっ
てしまう。
 
 どうしてそう思ったのか判らない。もし、そう思ったのが正しくても、じゃ、
どうして相羽さんがそんな風に思うのか、やっぱりこれも判らない。
 それでも。

 本当に嫌なら、それは仕方が無い。でも、そうでないなら。

 ……相羽さんを傷つけることだけは、したくない。

 傲慢かもしれない。そんな風に思うなら、最初から手を離せと言われるのか
もしれない。それでも。

 抱きしめてられていた腕が、少しだけ動いて。
 ゆっくりと、頬から顎に触れて。
 
 ……思わず、目を閉じた。

 
 
 どうしてそんな風に思ったろう。
 どうして、そんな風に感じ取ったろう。

 ……この人も、震えるほど、怖かったのだ、と。
 (何が、どうして、そんなことは判らないまま)

 でも、怖かったのだ、と。
 否、今でさえ、多分、怖くて怖くて仕方ないのだ…………と。

  (何がそんなに)
  (どうしてそんな風に)
 
 まるで抱え込むように、幾度も頭を撫でる手。
 しがみつくように。
 (どうしてそんな風に思ったのか)
 (何でそんなことを考え付いたのか)
 

 …………ただ。
 ふと、思ったこと。

 自分が相羽さんにとって、必要か不要は判らない。いや、相羽さんは必要と
言うけれど、あたしにはそれが……わからない。
 自分から手を伸ばすことが許されるほど、自分は必要とされることがあるの
かどうか。
 
 (でも、もし、許されなくても)

 手を、広げて。
 相羽さんの服の裾を、掴んで握り込む。

 (もしも駄目だって言われても)

 ……それでもここに居たいと思った。
 それでもここに……居たいのだ、と。

 千夏さんがあの時に叩きつけてきた言葉の、どれ一つをとってもあたしは敵
わない。あんたなんか、と言われる言葉全てに、頷くしかない。
 …………それでも。


 ふと。
 服の裾を掴んだ手を、そのまま握り締める手。
 痛いほど、強く。
 ……その痛みに……安堵した。



 千夏さんに会うことがあったとして、そして同じ言葉をぶつけられたとして。
 多分、何一つ言い返せないだろうなと思う。
 何一つ、彼女に勝る論理を、あたしは自分に見出せない。

 それでも。

 ……多分それでも。

 ここに居たいと思う。
 あたしはここに、居たいと思う。


時系列
------
 2005年9月。「一線」の翌日くらい。

解説
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 混乱しつつ、それでも繋ごうとするもの。
 細い糸の上を辿りつつ手繰りつつ進むような風景です。

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 てなもんで。
 ではでは。
 


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