[KATARIBE 29323] [HA06N] 小説『かんくさんでの風景』

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Date: Sat, 8 Oct 2005 23:38:13 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29323] [HA06N] 小説『かんくさんでの風景』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年10月08日:23時38分12秒
Sub:[HA06N]小説『かんくさんでの風景』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ええと、時間をしばし遡りまして、7月の風景です。
実は、形埜千尋って、ここでこういう形で作ってたんです。

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小説『かんくさんでの風景』
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 登場人物
 --------
  形埜千尋(かたの・ちひろ)
   :吹利県警総務課職員。県警内の情報の元締め
  相羽尚吾(あいば・しょうご)
   :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
  本宮史久(もとみや・ふみひさ)
   :吹利県警刑事課巡査。屈強なのほほんおにいさん。昼行灯。
  軽部真帆(かるべ・まほ)
   :自称小市民。多少毒舌。七月上旬より相羽宅に避難中。
  
本文
----

 一家の大黒柱兼母親を続けてると、やはり疲れることがある。
 有難いことに子供達もある程度大きくなっており、月に二三度くらいは途中
下車することも、今では大目に見てくれる。
『かーさんも疲れるよね』
 上の子はそう言う。遠くの国立大学に入学して家を出た途端、やたら物分り
が良くなったもので、下の子がふくれることも多い。
『毎日だとそりゃ困るけど、週一くらいはありだよなあ』
 
 そんなこんなで、かんくさんに来ている。
 同僚がごちゃっと居るこの居酒屋は、それでも互いに『三猿』を徹底するこ
とが言わば無言の協定みたいなもので、それなりに気楽に呑める場所ではある。
 丁度子供も、昨日から始まった部活の合宿とやらで、明日までは帰ってこな
いし、それなりに今日は楽だな、と、立ち寄って、まずは冷酒を注文して。

 ふ、と。

 笑う声が聞こえる。
 如何にも思わず吹き出した、というような声は、すぐに小さくなる。けれど
必死で我慢している様子で、くつくつと笑い声だけは続く。
 聞き慣れない声。女性の、少し低めの……響かない分耳に穏やかな声。
 そして同時に聞こえる、これは知っている声。

 …………ふむ。

 こっそりとそちらを見て確認する。三人のうち二人は確かに良く知っている
顔、そして一人は知らない顔。
 ただ……多分名前は、判る。
『あの人』で定着した……彼女に相違無い。

 メニューを見て、冷酒を幾つか、つまみと合わせて頼む。
 これは長丁場になりそうだ。

         **

「つかねえ、ホントもてたよねえ」
 くっくっと笑いながら相羽さんは言う。
「……あなたに言われたくありません」
 憮然として本宮さんが応じる。
 この二人の表情が、おかしくておかしくて。
 身体を二つ折りにするくらい、おかしい……んだけど。

「だ、だってもてかた全然違いそうだもの」

 もてる、という点からすれば、相羽さんも昔から相当もてたと思う。ただ、
本宮さんのもてかたと、相当違ったろうなってのも、思うわけで。

「そらもう、こいつクラスメイトにお父さんにしたい人と公然と言われてたし」
「……そう言われる身にもなってくださいよ」
 憮然として、本宮さんは言うけれど。

「でっ……でも、本宮さん」
「はい?」
 必死で笑いを堪えて、口を開く。
「相羽さんの彼女にいいって、言われたりしなかった?」

 言い終わるまで何とか噴き出さずに耐えたけど、そこが限界。
 流石にお店なんで笑う声は抑えようと頑張ったんだけど。
 ……遠慮無く大笑いしてる人が居るし。

「言われたねえ、そこかしこで」
 けたけた笑いながら、あっさり肯定する一名。
「あーやっぱー」
「……勘弁してください」
 溜息混じりに呟いて、本宮さんがグラスを空にした。
「……だって、お似合いだもの」
 がっくりと本宮さんは肩を落とした。

「県警でも噂流れてたよ」
 笑いながら、相羽さんが後押しをする。
「婚約してるって話はあるけど、相手がわからないからさあ」
 4月に入籍。そのことは皆に話したらしいんだけど、その相手が奈々さんだ
ってことは、それから暫く隠してたから。
「…………ってことは、その相手が」
「それはフェイクで俺とデキてるんじゃないかとかいう噂が」
 あーあーあ。
 思わず笑い転げてしまう。
 本宮さんは、はぁ、と溜息をついた。
「…………どうしてそういう滅茶苦茶な噂が」
 いやだってそりゃあ。
「だって、本宮さんだったら、相羽さんにとことん付き合えそうだし」
 指を折って数えてみる。
「気遣いは万全だし、世話はきっちり最後までって人だし、いい奥さんになれ
る素質一杯の上に、相羽さんに耐えられる人だもの」

 そこまで数えて……ふと思う。あ、確かにでも、これは相羽さんには勿体無
い女性だったかも(我ながら失礼な感想である)。

「嫁にしたい男ナンバーワン不動だったし」
「あ、それわかる」
「……すごく微妙なんですけど」
「あたし的には誉めてる」

 きっぱりと断言すると、本宮さんは空になったグラスの底を眺めながら、ぼ
そぼそと何やら呟いた。
 奈々さんへのフォローが大変なんですから、と、聞こえた。
 ……まあ……それはそうかもしれないけど。

「そうそう、最近の赤丸急上昇は豆柴くんね」
 烏龍茶のグラスを軽く揺らして、相羽さんが楽しげに言う。
 本宮さんの溜息が、更に深いものになる。
「……ああ、最近は」
 しかしそう考えるとすごいよな。
「……本宮兄弟って、奥さんにしたら良い人が揃ってるの?」
「三男はのぞくでしょ」
「三男も……女性だったら可愛いかもよ?」

 確かに、本宮さんみたいな『どこに出しても恥ずかしくない良妻賢母』には
ならないと思うけど。
 でも、あちこちで突進しては自爆する、ああいうところは女性でも可愛いん
じゃないかな。

「……まあ、まっすぐなとこは良いとこだとは思いますが」
「少なくとも、女性であってももてると思うよ」
 消極的な賛成と積極的な賛成。
 相羽さんは食べかけていた茄子の揚げ浸しを一旦置いて、考え込んだ。
「ああ、ある意味真っ直ぐで不器用で暴走しがちなところは、おネエちゃんだっ
たら可愛いかもね」
 何かいまいち誉めてないというか……その表情が悪いというか。

「…………あ、やっぱ女性じゃなくて良かったかも」

 女性で、本宮家として相羽さんに会ってたとしたら……と考えると怖い。今
でさえ豆柴君は、相羽さんには相当心酔しているのだ。
 本宮さんは無言で肩をすくめた。

「……でも残念だ」
 こちらも茄子を小皿に取りながら。
「本宮さんが女性だったら、あたし心配ないんだけどなあ……」
 溜息混じりに言った言葉に、本宮さんはかなりきっぱりと反応した。
「それは勘弁してください」
「いや、本宮さんにはえらい迷惑だろうけどさ」
 げんなりしている本宮さんの顔を見て、相羽さんはひとしきり笑ってから。
「どっちにしても競争率高いよね、史の字だと」
「……でも、競争率とか無視して、相羽さんなら欲しければかっさらうでしょ
うが」
「まあね」
 えらくきっぱりとした返事が戻ってくる。
「だから……本宮さんが女性だったら、って思うんだよなー」
 憮然とした本宮さんを見て、相羽さんはまた笑った。

「まあ、でも」
「ん?」
「それ、警部殿にはあんまり言わないほうがいいよ」
「……ああ、奈々さんか!」
「……まあ、付き合いは長いですから。わかってはいますよ」
「あ、いや、奈々さんは、お似合いだと思うけど」
 ああ、本宮さんが男性だったら、奈々さんが困るなあ……なんて考えてたら。
「あとでスネられるからねえ」
 多分その原因は、相羽さんだと思うんだが。


 それにしても。

「……本宮さんと似た女性って居ないかなあ……」
 呟いたら、相羽さんがちょっと肩をすくめた。
「……この腹黒にねえ」
「腹黒?」
 おやびっくりだ。
「誰が腹黒ですか」
「……腹黒、なの?」
 改めて尋ねなおすと、相羽さんは苦笑した。
「いや、黒さもひっくるめないとできないよ。この稼業」
 似たような笑みが、本宮さんの顔にも浮かんでいる。
「……いや、それはわかるけどさ」
 蚕豆を手の上に取って、転がしながら。
「だって相羽さんも本宮さんも、別に腹黒じゃないよ」
「ほう」
「少なくとも、腹黒のところを、あたしは知らないからね」
 断言すると、後の二人がやっぱり苦笑する。
「出しませんからね」
「まあ、わざわざ屋根に寝てる野良猫脅さないしね」
「……いや、そうじゃなくてさ」

 言葉を選びながら、ころころと手の上の蚕豆を転がす。
 若緑の色と、くっきりとした黒の色。

「腹って……一番、奥底でしょ」
 確かに目の前の二人は、優秀な刑事さんで。
 問題の解決の為に必要なら、容赦をしない人達だけど。

「黒くないでしょう、二人とも」
 やっぱり手の上に幾粒かの蚕豆を取っていた相羽さんが苦笑する。
「まあ真っ直ぐ過ぎるだけかもね」
「…………ああ……ある意味に於いてはね」
「どんな道に踏み込もうと、ね」
 独り言のように、本宮さんが付け加える。
「うん」

 ころころと。
 何となく三人で、掌の蚕豆をもてあそんでいる。

 相羽さんが少し笑った。

「まあ、そういう器用なことできない豆柴くんは豆柴くんで、そういうとこが
好かれるんだろうけどね」
「……ほんとにね」
 本宮さんが何も言わずに笑った。
 困ったような、嬉しいような……少し微妙な笑顔だった。

「豆柴君の世界は……吉野の山だよね」
 みよしの。何時だったか春の桜の終わる頃に行ったことがある。
「空気が澄んでて、深呼吸したくなる」
 ああなるほど、と、相羽さんが笑う。
「それは、言えた」
「……羨ましいなあ」
「そういうところは、僕らはちょっとないですから」

 彼の世界はとても綺麗なのだと思う。
 裏切られてもなお、彼の目に映る世界は綺麗なのだと……

「まあ、適材適所だよ。表に出すなら豆柴くん」
「……うん」
「裏で暗躍するなら俺ら、とね」
 かろく言われて。
 それはちょっと……辛い、な、と。
「そういう稼業ですし」
「……うん」
 やっぱり苦笑したまま、相羽さんが烏龍茶のグラスを取り上げた。

「俺が表にでて、俺は優しいお巡りさんですって言って」
「…………へ?」
「どうおもう?」
 少し覗き込むように、聞かれる。
 でも……なあ。 
「言えないんじゃない?最初からその台詞」
 相羽さんが少し首を傾げた。
「茶化して『優しいお巡りさんです』って、おネエちゃんに言えても、小さい
子にその台詞って、相羽さんいえないと思う」
 くすくす、と。
 背もたれに少しもたれるような姿勢で聞いていた本宮さんが笑い出した。
「子供は正直ですからね」
 ひょい、と身を起こして頷く。
「だから、正面から当たんないとだめなんだよね」
 反対に相羽さんは、溜息交じりの声と一緒に、後ろにもたれかかった。
「手練手管きかないからさあ、自信ないね」
 辟易したような表情が、おかしくてつい。
「うん、子供って怖いと思うよ」
 思わず駄目押ししてしまう。
「相羽さんが『俺は優しいお巡りさんです』って言ったら、多分うんっって
頷かれるから」
「見抜かれますね」
「そう思う」
「だね」
 肩をすくめて、相羽さんは笑う。

 ああ。
 だからこの人は、何だかんだと言っても……ベタ達に懐かれるわけだ。

「はい、命題」
「なに?」
「俺は偽善者だって言い張る奴って、偽悪者ってことにならない?」
 本宮さんが苦笑する。
「……やってることがどうこうじゃないよ」
「まあ、偽善を知りつつ、って奴か」
「うん」
 相羽さんが少し笑った。
「……二人とも、あたしよりか遥かに……善良だもの」

 それは本当にそう思うのだ。
 半端ではない覚悟で悪党をやれる人達だ。
 その本性は、己より遥かに、善良に近いだろう。

「腹黒って思ったことは無いよ」

 喉の奥で刻むように、相羽さんが笑う。
 何となく微妙な笑みを、本宮さんが浮かべる。

 県警きっての名物コンビ……って、言ったのは確か豆柴君。
 得意そうに……そしてどこか悔しそうに。

 何となくその気持ちが……判るような気がした。

         **

 そろそろ帰ろうかね、と、一名の声。
 そして一斉に立ち上がる、ざわっとした感覚。

「あっと、相羽さん、途中でコンビニ寄ってもらっていい?」
「何か買うもんあるの?」
「ゴミ袋。明日は生ゴミの日だし」
「……そだっけ?」
「ゴミの日くらい覚えてないかな普通」

 当然のように言う声と、当然のように返す声。
 しかし。
 
 無論彼女が相羽君のすぐ近くに住んでいる可能性は高い。ただそれにしては、
彼女の口調が、いかにも『自分の家のことじゃないか』的なのが。

 あのコンビをとっ捕まえて『善良』と言い切るあたりもすごいなと思ったけ
ど、またそれに二人が苦笑している雰囲気からも、余程に親しいのだろうと判
る。
 それに。

 五月の連休にあった、或る事件。
 その前から、相羽君が食べていたお弁当。

『あの、相羽さんが』
 妙な顔をして石垣君が言ってたっけ。
『友人がトラブってるからって、定時にばたばた出て行くって……変じゃない
ですか?』

 会計を済ませたのか、三人が出て行く。

「ごめん、すぐ戻るから。鞄置いとくから」
 少し間を置いてから、通りがかった店の人に声をかけて、席を立つ。
 ドアを押し開けて、そろっと店の外に出て。

 相羽君とさっきの彼女が、一緒に歩いている。話している雰囲気が、あれは
相当親しいのだろうな、と…………

 と。

 とんとん、と、肩を叩かれた。
 え、と振り返ると。
「何をしてらっしゃいますか?」
 ああ、本宮君か。

「いや珍しいものを見てたんだけどね」
 ああ……そこで溜息ついてがっくりしなくてもいいから。
「あの二人、一体?」

 一瞬。
 ひどく、困ったような顔を、本宮君はした。

「……歩く火薬庫みたいな人達なんです」
 言葉を選ぶように、押し出しながら。
「そっとしておいてあげてください……」

 冗談にならないんです……とは、まあ。
 口には出してなかったけど。

「…………あんたがそう言うならね」

 有難うございます、と、まんざら嫌味でもない口調で、本宮君が言った。


 席に戻って、すいませんね、と店の人に声をかける。
「えっと……霧島の白、もらえる?」
「はいっ」

 これを飲んだら、こちらも引き上げよう。
 しかし……ねえ。

 化粧っけの無い顔に地味な眼鏡。後ろで纏めた髪の毛。
 相羽君のお仕事関係の人達とは、まあ見事に違う人だけど。

 鱧の湯引きの最後の一切れを、霧島と一緒に食べて。

 なるほど、ね。
 面白いことに、なりそうだ。


時系列
------
 2005年7月半ばくらい。

解説
----
 県警総務課、無敵の事務おばさん、こと、形埜千尋の見た風景。
 県警内情報把握/操作:13 が、はてどのように活用されますか……
 って書かないといかんのだが(滅)

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 てなもんで。
 ではでは。
 


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