[KATARIBE 29306] [HA06N] 小説『これからの立場』

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Date: Mon, 3 Oct 2005 22:06:55 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29306] [HA06N] 小説『これからの立場』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年10月03日:22時06分55秒
Sub:[HA06N]小説『これからの立場』:
From:久志


 久志です。
史兄のお話、ちょぴっとだけ続き。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『これからの立場』
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登場キャラクター 
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 本宮史久(もとみや・ふみひさ)
     :吹利県警刑事部巡査。屈強なのほほんお兄さん。
 東治安(あずま・はるやす)
     :吹利県警警備部巡査。史久の同期。公安の人。

考え中
------

 小さく息をつく。

 時計の針は八時をとうに回っている。
 仕事のほうは調書と報告書は既に提出し、上司である課長補佐の奈々さんの
チェックも通っている。先輩は若手を連れ出していつものお散歩に出ているし、
他の同僚達も当直以外は既に帰宅している。

「ふぅ」

 交番勤務から零課にスカウトされ、刑事部に異動してからもう6年近く。
 今まで、刑事として心苦しい事件に担当したことは山ほどあったし、凄惨で
血なまぐさい現場も何度となく見てきた。辛いと思ったことは数え切れないほ
どある。

 それでも。

『本宮、公安へ来い』

 即答はできなかった。
 正直にいって、本音で言うと刑事稼業は好きではない。そのことを理解して
いても、いざ刑事でない自分はどんなだろうというのが、想像できない。
 無論、公安もれっきとした警察の仕事であり、市民と治安を守るための大切
な任務だということも理解している。

「どうしたもの、かな……」

 東治安。
 彼の言うことは一理あるし、理解できる。
 刑事と公安の対立は昔から解決すべき課題であるし、多少過激なところもあ
るが、彼が真剣に職務のことを考えていて、その為に僕を引き抜こうとしてい
ることも理解する。

 でも。

「はぁ」

 公安捜査員。
 諜報活動、潜入捜査……スパイまがいの行為もありえるだろう。
 無論、今の僕の立場から考えて兼任零課としての捜査活動や強襲突入摘発も
当然あるだろうし、それに加えて潜入捜査、協力者作りなどのもっと踏み込ん
だ活動を要求されるのは想像に難くない。
 表を歩けないとまでは言わないが、政治的価値のある秘密や裏の在る情報を
抱える立場になる以上、今まで以上に秘密保持と警戒とが必要になる。
 逆に考えると、価値のある情報や様々な人脈を得ることで、県警内での自分
の発言力と立場をもっと強めることもできる、という風にも考えられる。

 ……いや、違う。
 額に軽く手を当てて小さく頭を振る。
 僕は、そんな地位を得たいわけじゃない。

 全く出世をしたくない、というわけではないけれど、目標もなくただ闇雲に
昇進すればいいものではないと思うし、地位に相対した実力や采配を揮える器
が伴っていなければ昇進する意味などない。
 県警において、どういう立場でどうありたいか。
 動き易く持てる力を充分に発揮することを考えれば、零課での仕事も考慮に
入れると、今の立場は小回りが効くし動きやすい。それに零課捜査員という任
に就いた時点で、既に警部以上の権限は与えられている。

 県警における自分の立場。

 例えば相羽先輩、あの人は明確だ。
 徹底的に事件を追って、どんなに後味の悪いものだろうとどす黒いものだろ
うと、決して目を逸らさず堂々と踏み入り、事実を明かすことができる。

 これから、僕はどうあるべきか。

『本宮』
『はい』
『安全がタダで得られるものだと思っているか?』
『いいえ』

 東の言葉が脳裏によぎる。
 先輩とはまた違った意味で、真っ直ぐで信頼がおけて。職務を真っ当する為
ならばどれほどの危険も陰謀もいとわない、鋼の心。

「僕は……」

『本宮、犯罪者という人種はいない』
『ああ、わかっている』
『犯罪者は民衆の中いる』

 そして、と。小さく付け足して。

『我々は民衆を守らねばならない……だが、民衆ほど恐ろしいものはない』
『…………』
『不安、迷い、世論。不安が人を迷わせ、そしてその不安に付け入る者により
民衆はたやすく暴徒に変わる』
『それが敵か?』
『そうだ、我々が守るべくは民衆であり、恐るべき敵もまた民衆の中にいる』

 しろうと理論、というものがある。
 それは深い根拠や理屈もなく、異常犯罪や犯罪真理を独自の理論で説明付け、
心の安静を得ようとする。
 人の心理はどんなに調べても完璧には解き明かせない。理解し得ないものを
たとえば心の闇という言葉に押し込めることによって、自分に納得させる。
 残虐な事件は心の闇が原因。
 その心の闇というものが何たるかとは、明白にならなくとも。言葉に押し込
めることにより、原因はすべからくそうだとして、自分はそうでないという線
引きをする。

 人を狂わせるのは人でしかない。

『真に恐ろしいのは鬼でも悪魔でも神でもない』
『人……か』
『鏡を見てみろ本宮。この世でもっとも恐ろしい生物が映っている』
『……理解はする』

 この人は恐ろしいと思う。
 零課で相対する異形よりも怪異よりも、民衆の恐ろしさと脆さと危うさを知
りつつ、一歩も引かないこの人を。

『僕は、お前ほど強くも厳しくもなれない』
『お前に同じ強さを求めているのではない、自分を卑下するのは良くない癖だ。
お前にはお前の揺るがない強さがあるし、そしてその力を公安で奮って欲しい
と思っている。それだけだ』

 僕の強さ、か。

『お前が刑事の仕事に誇りを持っているのも知っている。無論、公安より刑事
を軽く見ているわけでもない。ただの俺の希望だ』
『ああ』

『なあ、本宮』
『なんだ』
『今は、平和だと思うか?』
『…………ああ』

 平和な、何も無い……日常。

『何も無い、という状況を保つ為に俺たちがいる』
『どんな手を使ってでも?』
『もし何かが起こってから、対処してませんでしたじゃすまないさ』
『何がお前を駆り立てる?』
『それを俺に問うか?』
『いや、すまない……聞いてみただけだ』

 世の中とは、案外脆いもので。
 人知れず起きて、人知れず解決している危機的状況はどれだけあるか。闇か
ら闇に消えたもの、発生する前に気泡のようにつぶされたもの……それを東ら
公安や、警察以外の組織がどれだけ暗躍してきたか。
 想像に難くない。

『何もないという状況の継続、これが公安の存在する意味だと俺は信じている』
『社会不安を起こしうる存在を、それを一切さとられることなく見つけ出し、
監視し、これを制する……と』
『たとえ、もし何らかの社会不安を起こしうる存在があったとして、それを公
の権力を持って制するのは既に影響を及ぼしているのと同じだ』

 犯罪とはその行為単体だけで成り立つものではない、何らかの形で人に影響
を与えて初めて犯罪になる。
 例えば危害なり思想汚染なり社会不安なり、様々な形で。

『……時間をくれ、僕の考えが出るまで』
『無理強いはしない、お前自身が納得しなければ、この誘いは無意味だ』
『ああ、わかっている』

 目を閉じる。
 浮かんでくる顔。

 奈々さん……
 父さん母さん、幸久、和久。
 先輩。

 これから、僕はどうあるべきなのか。


時系列 
------ 
 2005年9月上旬。小説『公安の誘い』の続き。
解説 
----
 公安の誘いに悩む史久。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。



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