[KATARIBE 29303] [HA06N] 小説『味噌路の断片』

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Date: Mon, 3 Oct 2005 02:01:38 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29303] [HA06N] 小説『味噌路の断片』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年10月03日:02時01分37秒
Sub:[HA06N]小説『味噌路の断片』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
なんか眠いので、流します<まてそれ、『ので』で繋ぐか普通??

とりあえず、かなり以前のログをおこしてみました。
ちなみに元のログは、以下のとこにある筈です。
http://kataribe.com/IRC/HA06-01/2005/07/20050730.html#210000
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小説『味噌路の断片』
===================
登場人物
--------
 如月尊(きさらぎ・みこと)
  :外見15、6になって吹利に帰ってきた中身三十路な花屋のお姉さん。
 軽部片帆(かるべ・かたほ)
  :違和感の無い毒舌大学生。でも姉には負けっぱ。 
 十六夜静音(いざよい・しずね)
  :小料理屋『味噌路』の女将。尊の叔母

本文
----

 ほてほて、と歩く。
 姉に聞いた道は……あの方向音痴が教えてくれるだけあって、結構それなり
判り易い。
 ほてほて、と、歩く。
 そろそろ暗くなりかけた店の、暖簾にはそれでもくっきりと店の名前が書い
てある。

『味噌路』

 勢いのある字。
 ……ここなの、か、な。
 でも店の中はまだ何となく静かで、少し薄暗いようでもあって。
 まだ、かな。開店するの。


「あれ、片帆……さん?」
「……?」
「おーい、片帆さーん」

 明るい声に振り返ると、そこには美少女が一名、ぱたぱたと手を振っていた。
 正確に言うと、美少女に見える美女、らしい。
 彼女がこの町に戻ってきた時に、偶然うちに泊めることになった。家に帰る
道すがら、彼女がぽつぽつと話してくれたのが、そこらの説明ではあったのだ
けど。
 如月尊さん。身体年齢十五歳の、三十歳。
 苦労されてるなあ、と、ふと。
 尊さんはぱたぱたと走って近寄ってきた。

「どしたんです?一人ですか?」
「……はあ……」
 ああ、ほんとなんかやばいな。気が緩んだ途端涙腺が緩んでる。
「……って、あ、尊さんも、ここに呑みに、ですか?」
「あー……ええ、ここ母方の叔母がやってるんです。よかったら、ご一緒にど
うですか?」
「あ、はい」
 少しだけ、心配そうな顔をした。
 でも尊さんは、それ以上訊かなかった。
 そのことが、尚更にありがたい。

 からからと、尊さんが引き戸を開けた。
「んじゃ、しずねー来たよ〜」
 カウンターの中の女性が、くるりとその声に振り返る。
 どうやら開店直後だったらしく、お客さんは他には居ない。
「いらっしゃ……あら、みこちゃん、いらっしゃい」
 しずねーっていえるくらい、近しい人なのか。
「あら」
 おっとりした表情のその人は、ふいと小首を傾げた。
「そちらの方はこの間の……」
「え?」
 ここ、今日が初めてなんだけど。
「あれ?片帆さん前にも?」
「いえ、あたしじゃないですが」
 ……あ。
「…ええと、眼鏡かけてて、後ろで髪を団子にした……」
 思わず手まねで説明する。
 その人はこっくりと頷いた。
「そうそう、もしかして御姉妹かしら?」
「……妹です」
「あら、そうなんだ」
 そうか、って思った。
 当たり前だけど、あの人ここに来るんだ。
 ……誰と?

「……嬉しいわ、姉妹そろって来ていただけるなんて」
 ほわっと、カウンターの中の人は笑う。
 ほんわりと、柔らかな笑い顔だった。
「静姉、カウンターいい?」
 気が付くと、尊さんは、そのカウンターの一番隅に陣取っている。
「ええ、良いわよどうぞ座って」
「ありがと」
 おしぼりとお箸をさっと受け取って、ぽんぽん、と並べて。
「さ、片帆さん」
 如何にも『勝手知ったる』といった感じで座ると、ぽんぽん、と、隣の席を
叩く。その仕草が明るい。
「……ども、すいません……」
 のろのろとその席に座る。と。
「はい、御通し」
 とん、と、小鉢が出てくる。
 青柳とわけぎのヌタ。
 ……これ、ねーさん好きなんだよな。酒に合うって言って。

 あの人、作ってるんだろうか。
 あの家で。

「で、片帆さん」
「……はい?」
 目を上げると、尊さんは微笑っていた。
 少し困ったような、そして様々なものを呑み込んだような。
「今日は、呑みたいんでしょ? みーんな忘れるくらい」
「…………」
 ……駄目だ。
 何だかもう、勝手に涙が出てくる。
 慌てて目を抑えた時に、頭の上にふわりと手が乗った。
「……話したいことがあるなら聞きますし、言いたくなければ呑みましょう」

 ああ。この人は、確かに。
 三十年の時を過ぎた人なんだな、と。
 何だかそう思った。

「あの……愚痴っても、良いでしょうか」
「私でよければ。そのかわり、『しっかり』呑んでくださいね」
 小さな笑い声と一緒に、そう返される。
 笑うな。いつもならそう言うだろうけど。
 頑張れ、と、その笑い声が聞こえて。

「あらあら、どーしちゃったの?何かあったの?」

 と。
 カウンターのほうから、驚いたような声が聞こえた。
 驚いているけど。
 でも……ひどく優しい声音で。

「…………っ」

 つっかい棒をかって、きっちりと閉じて。
 今まで我慢してたものが、何だかもう止めようがないくらい一挙に噴出して。

 あらあら、と、小さく呟く声が聞こえた。軽い足音、そしてからっと引き戸
が開いて閉じる音。
 何度も何度も、あたしの頭を撫でる、細い指。
 ほんのりと、その指は温かかった。


「で、どーしちゃったんですか、いったい」
 しばらくして、尊さんはそう言った。
「……あ、あのっ」
 泣くだけ泣いたと思ったのに、口を開くとまだ涙が出てくる。
「姉から、電話あって、今日っ」
「お姉さん……、うん」
 静かな、いらえ。

 どこから話せばいいんだろうと思った。
 何だかもう、頭の中もぐちゃぐちゃで。

「あのっ……姉、ネズミ苦手なんです」
 ねずみ、と、尊さんの叔母さんが呟いた。
「でも、うちにネズミが一杯でて」
「え……一杯って……」
「数十匹って、姉が」
「っ!?」
「すっ……」
 二人が、息を呑んだのが判った。
 ……うん。初めに聞いた時は、自分も同じ反応になったもの。

「だ、だから、姉は、その家出て、避難したって、いうんですけど」
「そ、それは……なんと言って良いか……」
「…………ちがうの、それはいいの!」
 逃げて当然。避難して当然。それは認める。
「でも!」
 思わず拳を握る。叩き付けたいほど、胃の腑に突き刺さるほど。
 悔しいことが。
「ひ、避難した、のが」
「したのが?」

 あの……と、言いかけて。
 どうしても言葉が出ない。
 代わりに涙が出てくるばかりで。
 
 ふっと、肩が暖かくなった。
 肩に廻された手が、ぽんぽん、と、軽く弾むように叩く。
 よしよし、と、まるで宥めてくれるように。

「…………あ、あの、尊さん」
「ん?」
 何とか目をこすって、顔を上げる。尊さんはほんのりと笑ったまま、こちら
を見ている。
「おネエちゃんマスターって言ったら、何を連想しますっ?!」
「へ?」
 目をぱちくりとさせた尊さんは、数瞬沈黙した。
「……お、おねえちゃんますたー?」
 力いっぱい頷くと、尊さんはうろうろと視線を動かした。
「お、あっちこっちの女の子に手を……」
 ええとええと、と、言葉を捜しているようだけど、でも、要するに、判って
貰えたのだと思う。
「う、うちの姉、ネズミが怖いって、その挙句」
 情けない。本当に悔しい。
 だけど。
「……その、おネエちゃんマスターんとこにっ……」

 親にも黙っていた。兄夫婦にも黙っていた。
 言ってしまえば、取り返しがつかなくなるくらい本当になる気がして。

「え゛……それって」
 すっと、尊さんの目が細くなる。
「あ、姉は、友人って言うんですっ」
 単に空いている部屋を借りているだけ、と。
「でもっ!!」
「でも?」
「……あの」

 深呼吸する。確かに、すごく誤解される状況では、ある。

「た、確かに、姉を女性として騙したりはしてないみたいだし、それはそうだっ
て姉も言ってます」
「ん……で」
「でも!」
 このことは、譲れない。
「そんな危ない奴のとこに、避難とか言って行く莫迦居ますか?!」
「ま……普通は、いないでしょうね」
「な、なのに、姉ってばっ!」

 拳で、目を抑える。泣いても泣いても、涙が止まらない。
 
「ね、片帆さん、一つ聞いてもいい?」
「…………はい」
「お姉さん、好き?」
「はいっ」
 それだけは、まがいもなく。

「ん」
 まだぼやける視野の中で、尊さんはにこっと笑った。
「片帆さんはお姉さんをどんな人だって思ってるの?」
「……人が、いいんです。姉って」
 どんな人って言われると困るけど。
 人間苦手、とか言う癖に人との関係にのめり込んで。
 変なとこでお人よしで。
 ……いつだって、損ばっかりで。
 
「ん、片帆さんのお姉さんだもんね」
 するする、と、尊さんの指が動く。
「……だ、だって!」
 腹の底から、湧きあがる悔しさと悲しさ。
「普通やりますか?彼氏でもない相手のとこにいって、友人だって納得して!」
「ご飯つくって掃除して、洗濯して……あまつさえ刺されて!」
「普通はね……って、さっ…刺され……」
 尊さんの顔から、一瞬血の気が引いた。

 ゴールデンウィークの、あの時。
 あたしも聞いた時は、血の気が引くのが判ったものだ。
 
「そういう奴だから、姉、そいつのだまくらかした女性に刺されました」
「……なるほど」
「…………なのに」

 あ。何かまた涙出てきた。

「でも、さ……」
「……はい?」
 手の中のグラスを、少しだけ困ったように眺めてから、尊さんは口を開いた。
「でも、さ、何処の馬の骨ともわからない輩に簡単について行っちゃって騙さ
れて、その上刺されてなお一緒に居ようと思う人って、どんな人だと思う?」

 …………痛かった。
 自分の頭では何度も言ってることだけど。
 人の口から聞くときに、余計に。

「……姉が莫迦なんですっ!!」

 言った途端。

 だんっ。
 カウンターに小さな拳が叩きつけられた。

「この世でたった二人の姉妹がそんなに信じられないかっ!」
「あのお人好しの人間判定眼、素直に信じるほどあたしは愚かじゃないっ!」
 咄嗟に言い返す。
 尊さんは、一瞬……黙った。

「……で」
 冷酒のグラスを空にするまでのしばらくの間、尊さんもあたしも黙っていた。
「確かめた……んですよね?相手がどんな人間か」
「……2、3度は、話しました」
 ジャニスガレージで、数度。

「それで? 何が判りました?」

 わかったこと。
 姉に平然として電話して。
 
「……ご飯を作らせるのって、何ですか」

 ちょっと目を丸くした尊さんは、けれどもあっさりと言った。

「彼女、恋人、女房、あたしの発想なら」

 一度抑えた涙が、また出てきた。

「……嫌われて怨まれて、平気な相手ですかそれ?」

 見据えた視線の先で、尊さんは首を傾げた。

「……もし」
「はい」
「あたしが、本当に大事だと思った人がいたとして」
 丁寧に言葉は選んでいるけれども。
「その人が、なにかの理由であたしを嫌ったり、怨んだら」
 言いたいことが、何となく判るような気がして。
「その理由があたし自身とあたしによる理由なら」
 大きな、目尻のきりっとした目でこちらを見据えて。
「……従容と受け止める」
 少しだけ口元に笑みを浮かべて、最後に一言。
「あたしなら、ね」

 思わず知らず、カウンターを叩いた。
 がつん、と、厭な音。

「う、受け止めたなら!」
 留守電の、妙に明るい声。
「どうして姉は、そんな奴の為に死にかけますかっ!」
 尊さんはすい、と、視線を動かした。
「……お姉さんにも、大事な人になったんじゃないかな」
 ぼんやりとカウンターの向こうを見ながら。

 ……姉にとって大事な人。
 聞きたくない言葉。
 知りたくない事実。

「…………だいっきらいっ!」
「片帆さんが、でしょ?」
「嫌いなんです、大嫌いっ」
 止まりかけた涙が、また出てくる。
「姉を泣かすし、殺しかけるし!」
「でも、さ、そうやって……お姉さんの一生を縛って、お姉さんのお相手まで
…片帆さんが見つけるの?」
「……ち、ちがいますけど!でもっ!!」
「片帆さんの御眼がねにかかった人じゃないとダメなんでしょ?違う?」

 ……そりゃ、あたしの好き嫌いだけなら、いいけど!

「……じゃ、尊さんならどうしますかっ」
 ぐっと身体をよじって、尊さんを真正面から見る。

「あたしの眼鏡に合うとかどうとか、そんなのは知らないです。でもその男の
せいで姉は刺されて、刺した女性は逮捕されて」

 会ったよ。綺麗な人だった。
 一度だけ、ぽつんと姉が言ったことがある。

「おネエちゃん情報っつって、彼女一人どころじゃない、山ほど女性をたらし
こんだ相手に、尊さんの親しい相手がたらしこまれたらどうなさいます?!」

「ストップ」
 すい、と、尊さんが細い掌をこちらに向けた。ひどく冷静な声と視線がこち
らに向かう。
「で、お姉さん以後も、他の女の人たぶらかしてるの?それを聞かせて」
「……それは、流石にあたし、聴いてません」
「聞きなさい。確かめなさい」
 きっぱりとした声で。
「もし」
「はい」
「お姉さん以後も他の人に手出しをして泣かせてるなら」
 きゅ、と、伸ばした掌が拳に握られる。
「片帆さんより先に」
 その拳が一閃して空を切る。
「このあたしが八つ裂きにして地獄に叩き込んでやるっ!」
「…………」

 ぼろぼろ泣くってこういうことかな、と、ふと思った。
 涙が止まらなかった。
 
「だから、ね、もう少し、見てあげよ」
「……はい」
 握り拳になってた筈の手が、ふわりと頭にのっかる。
 ああ、この人本当に、あたしより年上なんだなって……何だか思った。

「…………でもっ」
 何だか安心したら、本式に涙が止まらない。眼をこすりながら必死で尋ねた。
「あ、あたしへんですか?」
 くす、と、笑った気配があった。
「……変じゃ、無いわよ?ぜんぜん」
 声は、カウンターからのものだった。
「…………っ」
 慌てて泣き声を飲み込んで、そちらを向く。確か『しずねー』と呼ばれたそ
の人は、くすくすと笑った。
「だって、この、みこちゃんだって、昔……」
「……え?」
「っ!? だっだめだめだめ〜」
 わたわたわた。両手をぶんぶん振り回してるから、てっきり。
「…………尊さんも、誰かにひっかかりました?」
 ポケットからハンカチを出して、目を拭きながら尋ねると、
「ううん、そうじゃなくてね、あたしが」
「え?」
 カウンターの中の人が、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。反対に尊さんは
うー、と、小さく唸って顔を手で覆う。
 隠しそびれた耳が真っ赤だった。

「料理学校当時にね、いいなって思う人がいて、付き合い始めたの」
「……え」
「しずねぇ……」
 えらく怨めしそうな尊さんの声をあっさりと無視して。
「そしたらね、みこちゃん、今の片帆さんとおんなじ事してたわ」
「…………え」
 思わず尊さんのほうを振り返ると、やっぱりうう、と唸りながら、尊さんは
カウンターに突っ伏してしまってた。
「しずねえにはあんな奴相応しくないっ、ってね、そのまま切り込みにでもい
きかねなかったわよ?」
「だってあの時は」
 がばっと起き上がって、尊さんが半泣きで抗議する。
 やっぱり顔が真っ赤で。
 
 ああ、だからだ、と思った。
 だから、この人の厳しい言葉も、あたしの耳に届くのだ、と。

「……でも、不安なんですよね」
 そりゃ、この人だったら、姉みたいに、どうしようもない奴に引っかかった
りはしないだろうけど。
「「いっくら、信用してても、不安ですよねっ?!」
 尊さんの肩に、手を置いたら……何だか尚更涙が出てきて……。
 少し、照れくさかった。

「はいはい、判ってたわよ?みこちゃんがあたしを心配してくれてたのは」
 優しい声と一緒に、頭をそっと撫でられる。
 ふと、そこで声の質が、ほんの少し変わった。

「でもなぁ……あたしだって騙したって判ったら……」
 思わず顔を上げて、『しずねーさん』を見る。
 ほんのりと笑いながら、彼女はやっぱり優しい声で、言ってのけた。
「相手の喉笛喰らいついて噛み切るくらいするけどね?」

 そう、言い切るだけの強さと、多分その裏切りや騙しを見抜くだけの目。
 本当に女性らしい顔立ちに、不釣合いなほどの強さ。

 ……何だか、また涙が出てきた。

「姉、それ、できないです」
 あら、と、彼女が首を傾げるのが、涙越しに見えた。
「だ、だって、前から女性扱いされてないし!」
 女性の手練手管なんて、どこの世界のことってくらい知らない人なのだ。
「だから、どれだけ相手が彼女もちだろうが何だろうが、愚痴なら聞くよって
聞くひとで!」

 何だか。
 自分でも途中から、ああ矛盾している、と思ったけれども。
 でも……哀しくて。
 
 何度も何度も、頭を撫でる手。
 ……あたしはずっと、泣きたかったのだ。

         **

「だいぶ、すっきりした?」
 カウンター越しに、『しずね』さんが笑っている。
「……はい」
「しずねぇ……アレは人にはばらさない約束だったじゃない〜」
「いーじゃない、ねぇ?」
 くす、と笑っていった言葉に思わず頷いた。
「もう……ま……いか」
 そっぽを向いて、ぼそっと尊さんが呟く。


「でも、ほっとしました」
「なんかね、あったらいらっしゃい、相談乗るから」
「……お願いします」
 『しずね』さんの言葉に、尊さんが身を乗り出す。
「あたしも相談のるし、話聞くから、ね」
「……有難うございますっ」
 なんかほんとに、有難いなって……思ったのだけど。
 尊さんは、くすっと笑った。

「片帆さんや、お姉さんみたいな人を泣かせる奴がいるなら……」

 一瞬、見間違いかと思った。それくらいに尊さんの手の動きは速かった。

 そして。
 つるりと両断された、コップ。

「……ただじゃ置かない……」

 うわああ。
 何か……感動。自分の姉にそこまでして下さることと……何かこう、忍者映
画の実写版の一コマみたいな風景に。

 ……とか思ってたら。

「コラ」
 ぺちん、と、妙によく響く音。
「あたっ……あ、ごめ」
「むかっしからこの娘は思い込んだらまっしぐらなんだから……もう」
「……でも、嬉しいです」

 まっしぐらになる、その理由が、姉にあると思ったら……嬉しくて。

 ん、と、『しずね』さんが笑った。
「さ、落ち着いたところで……」
「はい?」
「腕、振るうわよ?」
「わ」

 きゅ、と、和服の袖を、たすきで絞って。

「やった、おごり?」
「ん、『今日は』奢っとくわ」
「……有難うございます」

 てか。おごりっても、そんなのなって思ったし、別におごりなんて思わなかっ
たけど。
 嬉しくて。

「まずは……手早いところで……はい、これ」

 あ、ほんとに早いや。

「あわびの蒸しきりね」
「わあっ」

 薄切りのあわびに、とろりとしたタレがかかっている。
 思わず尊さんと二人、ぱくっと食べて。

「ん〜……んまい」
「あ、おいしー」

 お料理そのものは無論なんだけど。
 なんてか……うちの味付けに、近い、のかなあ。

「もう、お酒はデキャンタで良いわよね?で、あたしも頂いていいかしら」
「あ、はいっ」
「って……しずねぇ……そのカウンターの下のグラスは?」
 じとーっと怨めしげに見る、尊さんの視線の先で、ひょい、と、しずねさん
は肩をすくめて。

「あら、ばれてたか」
「……お強いんですね」
 そういえば、尊さんも強かったよなあ……とか思ってたら。
「しずねぇはねぇ……あたしより強い」
 それは、相当すごい。
「そんなこと……年の功よ、年の功」
 ぱたぱたっと手を振って、しずねさんは言うのだけど。
「……ぐ」

 ……尊さんは、時々謎かもしれない。

「……そのうち、姉と一緒に呑んでください」
 カウンター越しに、綺麗な人がほっこりと笑う。
「喜んで。良い材料そろえてお待ちしてますわ」
「有難うございます」
「さー、片帆さん」
 くい、と、グラスを空にした尊さんが、小首を傾げてこちらを見る。
「今夜はあたしんち泊まっちゃえば?そしたらとことん呑めるし」
「あー……はいっ」


 グラスの最高に美味しい冷酒と。
 最高に美味しいお酒のおつまみと。
 そして何より、尊さんと『しずね』さんと。

 グラスは何度も空になる。
 お皿も何度も空になる。


 多分。
 あたしはとても、長いこと。

 泣きたかったのかもしれないなと、思った。


時系列
------
 2005年7月上旬。『常識と非常識』の続きです。

解説
----
 偶然の出会いより以降、尊さんと静音さんにお世話になる片帆。
 ……いーなあ<こらPLがやっかんでどうする(汗)

*****************************************************:

 てなものです。
 であであ。






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