[KATARIBE 29302] [HA06N] 小説:「月下乃宴」

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Date: Mon, 3 Oct 2005 00:13:03 +0900 (JST)
From: 葵一  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29302] [HA06N] 小説:「月下乃宴」
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2005年10月03日:00時13分03秒
Sub:[HA06N] 小説:「月下乃宴」:
From:葵一



 葵でっす。
 なんとなく、ちょっと遅めの中秋名月。
 行きます。

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[HA06N] 小説:「月下乃宴」
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 「それじゃ、お先します」
 「ああ、お疲れさん」

 21:00。
 キッカリにタイムカードを押して、何時ものように、何時もの挨拶に送られ、
ジャニス・ガレージを出る。
 地上へ続くドアを開けると、夕方降った雨の名残で水気を含んだ夜気がひん
やりと頬を撫でた。
 つい一週間前までは、この時間でも昼間の暑さが残っていて、少し歩くだけ
で汗が滲んだけど、九月に入ってからは暑さも和らぎ、大分過ごし易くなった。
 そんな事を考えながら軽く伸びをして、鞄の肩紐を掛け直す。
 今日は、京極夏彦さんの新作が入っているので、いつも以上に重い。
 とんとんとん、と、ジャニスの入口から階段に響く足音を聞きながら地上へ
上がると、雨上がりの空にはアンドロメダが輝いていた。
 それにしても。
 アパートへの夜道を歩きながら思い返す。
 この夏は、いろいろあった。
 あたしの話を味噌路で聞いた後、相羽さんを見極めて来ると尊さんは県警の
道場へ出かけて行ったそうなのだが。

 「相羽さんは……あの人は大丈夫です。 そりゃぁ言動や行動はちょっとア
レですけど……、お姉さんを、真帆さんを仕事のための使い捨てや、遊びとし
てでなく、本当に必要としています。 そして……」

 数日後、ジャニスを訪れた彼女はここまで言ってから、済まなそうな顔で言
い澱んだ。
 抗議の声を上げようとするあたしをを遮って。
 真帆さんも相羽さんを必要としています。
 そう、きっぱり言い切った。

 「もし、真帆さんを本気で悲しませる事になったら……如月尊の名にかけて、
地の果てまでも追い詰めて……八つ裂きにして地獄に叩き込みますから」

 だから、どうか、お姉さんと相羽さんを見守ってあげてください。
 とも。
 彼女が請け負ってくれたのは、それは確かに心強くもあるけれど。
 それを聞いたあたしは、多分、物凄く嫌な顔をしてたんだと思う。
 ひょっとしたら、尊さんを睨んでいたのかもしれない。
 一瞬、彼女は何か言いかけたけどそれを飲み込み、哀しそうな眼で、御免な
さい。 と小さな声で謝って帰っていった。

 「でも……なぁ……」

 彼女が悪いわけじゃない。
 頭ではわかっていても、やっぱり納得できない訳で。
 あれ以来、人に当たったり物に当たったり、悪い傾向だと分っていても。

 「ああ、もう」

 開けた部屋のドアを、ばしんと荒っぽく閉めて、八つ当たっても気は晴れな
いし。
 と、ドアに張り付いている郵便受けに投函された雑多なダイレクトメールの
間から、切手も消印も無い薄水色の封筒が一通、滑り落ちた。
 拾い上げて見ると、表には宛名も無く、封筒からは微かにジャスミンのいい
匂いがした。
 ポストに直接投函するなんて、一瞬、姉さん、とも思ったけど、あの筆不精
の姉さんがあたしに手紙を書くなんて、ましてやこんな洒落た封筒使うなんて。
 無いよね。と、幾分失礼な事を思ったり。
 とりあえず、ダイレクトメール類をゴミ箱に放り込んでから確かめてみると。

 「尊さん……」

 封筒裏に細く丁寧な字で書かれた差出人は、尊さんだった。
 開封してみると、封筒とあわせた薄水色の便箋には細く綺麗な文字で、こん
な事が書かれていた。

 『 明晩、中秋名月の宴を催したく

   御都合よろしければ当家へ二十時頃

   おいで頂きたく候 

             かしこ

                  如月 尊 』

 「そういえば……最近時代小説に凝ってるって……言ってたっけ」
 先日、本屋で会ったとき、彼女は時代小説の文庫本を数冊抱えて照れ笑いを
浮かべていた。
 女子高生みたいな可愛らしい封筒と文面のギャップに苦笑しつつ、あたしは
便箋を封筒に戻した。
 そう言われて、改めてカレンダーを見ると、確かに明日は十五夜満月、中秋
名月。
 彼女がこれを投函した時の表情と気持ちが、何となく判る気がして、張って
た肩から、ふっと力が抜けた。

 「バイト……早上がりにして貰わなきゃいけないな」

 ジャニスに電話を入れるため、あたしは椅子から立ち上がった。


 ==============


 「じゃ、すみません、ちょっと早いですけど」
 「ああ、いいよ。 ……それにしても、今夜はなんだか嬉しそうだねぇデー
トかい?」
 「え? そんな風に見えますか? でも、デートじゃ無いですよ。 今夜は
友達が呑みに誘ってくれたんです」
 「ほう、昨日と表情がぜんぜん違って見えたんでね、いや、こりゃ邪推だった
か」

 マスターはそういってカラカラ笑った。
 尊さんは友達、いや、先輩かな、と、独りごちてみる。
 外見が十五ぐらいで、中身が三十歳じゃ、どっちともいえないか。
 それにしても、あの外見で平気で五合くらいペロリと空けちゃうんだもんな。
 改めて、彼女が吹利に戻ってきた時を思い出してみるが、そのときも呑んで
たっけ。

 「そうか、じゃぁ、飲み過ぎないようにね、お疲れさん」
 「はい、失礼します」

 割とゆっくりめに歩いたつもりだったんだけど、尊さんの店の前で腕時計を
見ると19:45分。
 ちょっと早かったけど、店の横の鉄階段を上がりドア脇のチャイムを鳴らす
と、中からパタパタと軽い足音がして、玄関ドアから彼女がひょいと顔をのぞ
かせた。

 「いらっしゃい」
 「こんばんは、ちょっと早かったか?」
 「そんなこと無いですよ、でも、まだちょっと準備してるんで中で待ってて
頂けますか?」
 「今日はどこで? 部屋で?」
 「いえ、屋上でやろうと思って。うちの屋上、月がよく見えるんですよ」
 「へぇ、楽しみだ」

 そう言って、中に入れて貰って気づいたのだが、彼女は和服姿だった。

 「あれ? 着物?」
 「あ、コレですか? やっぱり……似合い……ませんよね」

 彼女は苦笑しつつ、袖を持ち上げてクルリと回ってみせる。
 長い髪をうなじが見えるくらいきつくアップに結い上げ、紅色の簪を横差
しに一本。
 着物は胸元の濃紺から足下にかけて群青に変わる絽の着物。
 唇の紅色がやけに映えると思ったら、薄く化粧までしている。

 「いや、そんなこと無いけど」
 「なら、良いんですけど」
 「薄化粧までしちゃって……、ちょっと珍しいなって」

 普段の快活な印象が全く変わってしまい、ついまじまじと見てしまう。

 「もしかして、わざわざ?」
 「いえ、実は昼間に新作フラワーアレンジメントの発表会があって、それで、
まぁ……こんな格好で営業って訳です」
 「なるほど」

 彼女も小さいとはいえ店を経営する身、色々苦労もあるのだろう。

 「で、せっかく着付けたし、おもてなしするのにもちょうど良いかなって」

 それだけは普段と変わらず、彼女は握った手で口元を隠して、大きな眼を猫
のように細めて、クスリと笑った。

 「でも、尊さん、この化粧は要らないと思うよ?」

 そう言ってあたしは笑いながら、彼女の鼻の頭に着いた白い何かの粉を指で
拭い取った。

 「あっ……とっ、ちょっ……その、粉使ってたんで……」

 たちまち真っ赤になって、俯いてぽそぽそと口ごもってしまう。
 こーゆーところはどう見ても、三十路の女性とは思えないんだけど。

 「と、とにかく、もう少し居間でお待ち頂けますか?」
 「いや、何か手伝うよ?」
 「んー……もう五分くらいで準備終わるから……じゃ、グラスもって先に、
上がってて頂けますか?」
 「グラスは……これ?」
 「はい、お願いしますね」

 彼女から幾つかグラスの載ったトレイを受け取り、外階段から屋上へ上がる。
 あまり高くない二階の屋上とはいえ、辺りにあまり家がないので屋上からは
割に遠くまで見渡すことが出来た。
 遠くの山に、半分ほど顔を覗かせた満月。
 そして。

 「ススキと団子じゃなくて、茣蓙に七輪、バケツに一升瓶か」

 屋上はさほど広くは無かったが、広げられたブルーシートの上に毛布、その
上に茣蓙と、コンクリートの冷たさに備えて丁寧に座がしつらえられていた。
 その脇にはすでに赤々と熾った炭の入った七輪と、バケツの氷水に無造作に
突っ込まれ、涼やかな空気の中でも冷たい汗をかいている一升瓶。

 「確かに、月見だけど、どっちかと言えば、花より団子って所か」
 「でも、ちゃんとお月様も肴にしますよ」

 クスクスと後ろから聞こえた笑い声に振り返ると、布巾をかぶせたお盆を持っ
た尊さんが立っていた。

 「さぁ、始めましょう」

 彼女は紅い唇で艶然と微笑んだ。


 ==============


 「さ、おひとつ」
 「あ、はい」

 尊さんと並んで座り、間に置かれた一升瓶から手にした薩摩切子のグラスに
注いで貰う。
 満たされたグラスを口元に近づけるだけで芳醇な酒の香りとほのかな檜の木
香が漂う。
 一口含むと口中から喉元、胃にかけて、冷たく心地よい刺激が通っていく。

 「これ……美味しい、ですね」

 実際、他のの銘酒と呼ばれる酒のどれとも違う繊細な味。
 さらには薦被りだったのか、木香までも漂う。

 「ふふ、やっぱり気づかれました? これ、実家の祖父が知り合いの蔵元さ
んから分けていただいた未発表酒の絞りたての樽酒なんですよ」

 「なるほど……どおりで、それじゃ御返杯」

 彼女の手から一升瓶を受け取り、注ぐ。

 「ん、頂きます」

 両手でグラスをそっと口元にあてがい、こくこくこく、と三度ほどで呑み切
る。

 「っ……ふう、おいし」

 ぺろりと紅い舌で唇を舐め、満足気な吐息と共にグラスを下ろす。
 そうやってどの位黙って杯のやり取りをしていただろうか。
 満月が天頂に昇る頃。

 「片帆さん」
 「ん?」
 「あの、ごめ……ん、なさい」

 驚いて彼女を見ると、ほつれた髪で俯いた目元が隠れていたが、空になった
グラスを弄ぶ手に、ポツポツと雫が落ちていた。

 「な、なに、どうし……」

 途中まで言いかけて、思い当たる。
 姉さんの……事、か、やっぱり尊さんずっと気にしてたんだ。

 「ほんとは……あたし、真帆さんを諦めさせるつもり……だったんです。 
でも……」
 「ストップ」

 あたしは、この間のお返しとばかりに彼女の台詞をぶった切って、半ば無理
やり彼女の手を取って、グラスに酒を注ぐ。

 「今夜は色々考えないで……せっかくのいいお酒が不味くなりますよ、それ
に」
 「それに?」

 彼女は涙を拭くのも忘れてきょとんと顔を上げる。

 「朴葉味噌、焦げますよ?」
 「きゃー」

 彼女は照れ隠しもあるのか、芳ばしい匂いを立てる朴歯味噌に取り付いて慌
てて火加減を調整する。

 「あの……」
 「ん?」
 「ありがとう」

 こちらに背を向けて、朴葉味噌の焼具合を見つつ背中越しにつぶやく。

 「お礼を言わなきゃいけないのは、こちらです」

 考えてみれば、彼女にお礼の一つも言っていない事に今気が付いた。
 改めて座を正し、頭を下げる。

 「ありがとう」

 背を向けていた彼女の肩から、フッと力が抜けたように見えた。

 「さ、焼きあがりましたよ、熱いうちに召し上がれ」

 振り向いた彼女の顔には、晴れやかな笑みが浮かんでいた。


 ==============


 「もう一献、如何?」

 朴葉味噌に、季節野菜の天麩羅、それに鯵の一夜干しと肴をつつき終えて一
升瓶がそろそろ空になりそうな頃。

 「いや、この辺にしておきます。これ以上呑んだら帰れなくなりそうですし」
 「あら、泊まって行ってくださいな」
 「これでも学生ですからね、明日は朝から授業なんです」
 「あら、じゃ、最後に一杯だけ」

 色々、まだ話し足りないこともあったけど。
 尊さんと、二人杯を満たし。

 「ええ、じゃ」

 く、と、喉に流し込んだ。
 帰り道。

 「そういえば」

 結局、月、眺めなかったな、と思い出して。
 一人笑った。

 了

時系列
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 2005年 中秋名月。

解説
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 やっぱり、月より酒になっちゃいますか(w

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