[KATARIBE 29295] [HA20N] 小説『図書館通信外伝〜忍法帖と大泣きの子』

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Date: Fri, 30 Sep 2005 22:13:01 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29295] [HA20N] 小説『図書館通信外伝〜忍法帖と大泣きの子』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年09月30日:22時13分01秒
Sub:[HA20N]小説『図書館通信外伝〜忍法帖と大泣きの子』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
今日が、期限一杯です(とてもなぞ)
……うーむ、それでも24番目の話。あと一つ〜(ごろごろ)。

とりあえず、描き易いとこから書いてみました。
至君映画に行く、の風景です。
****************************************
小説『図書館通信外伝〜忍法帖と大泣きの子』
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 登場人物
 --------
  石雲悠也(いしくも・ゆうや)
   :西生駒高校一年生。図書委員。石化能力者。
  火渡源太(ひわたし・げんた)
   :西生駒高校二年生。図書委員。図書室の本を知悉している。
  蒼雅至(そうが・いたる)
   :西生駒高校一年生。霊鴉使い。忍者同好会所属。 

本文
----

「……あの、悠也殿」
 いつもの生真面目な顔で、至君が言いにきたのはつい数日前。
「悠也殿は、映画はお好きでしょうか」
「えっと、普通に好きだけど」
 それならば、と、至君は身を乗り出す。
「忍者の映画なのです、見に行きませんか?」

            **

 蒼雅至君を図書委員に迎えて、2ヶ月足らず。
 その間それはそれは色々あったし、それは別に話したいと思う。とりあえず、
至君とは相当親しくなったな、と、これは自分のひいき目(?)を除いてもそ
う思う。

 で、普通それくらい親しい場合、僕は相手の姓を呼び捨てにする。だから普
通なら『至君』じゃなくて、『蒼雅』になるわけだけど。
 でも、どうしても彼の場合、『至君』と言ってしまう。一つには彼が『悠也
殿』と名前で呼ぶせいもある(んで、まさかに『殿』なんて呼称は使えないし
使いたくないし)。

 あと、もう一つの理由としては。
 …………なんてか……至『君』なんだよなあ……。

            **

「忍者映画?」
 まあ、忍者研究会だかなんだかに入っている至君なら不思議は無いかもとは
思ったけど。
「はい、そうなのです」
 律儀に頷いて。
「兄上をお誘いしたのですが、都合が悪いといわれてしまいました」
 ……しょんぼりするし。

「えっと、なんて映画だろう」
「『SHINOBI』と申すのでございますが」

 うっわ、あまりにも至君『らしい』題名だ。

「券を、二枚買ってしまいましたので……」
「えっと……何時かな、見にいくの」
「今週の日曜日」

 ああ、その日ならヒマだな。

「あ、だいじょぶだと思う」
「真でございますかっ」

 ……そこまで嬉しそうにするかなあ。

「えっと、場所何処?」
「え?」
 いやその、え……って。
「映画館、どこ?」
「……ああそういえば」
 …………。
「わかった、至君、こちらで調べとくから後で集まる場所とか決めよう」
「はっ、お手数をおかけしますっ」

 ……至君を見ていると、時折『箱入り息子』という単語がちらつく。決して
莫迦じゃないし気が付かないわけでもない、だけど妙なところがすこーんと抜
けているというかなんというか……
 だから無論、彼に任せておいても映画館の場所くらい調べてくれるんだろう
けど、何となく見ていて『ああ、危ない』って気分になる。
 そういう意味では……彼自身の意思で『箱入り息子』になるというより、周
りがついつい『箱入り息子』状態に拍車をかけているという気が……しないで
もない。
 まあ、そんなこんなで映画館を調べ、時間も決めて。

「楽しみです、本当に楽しみなのですっ」

 前日、そういいながら撥ねるようにして図書館から帰っていく至君を見送っ
て。
 
「で、何を見にいくの」
「……『SHINOBI』って映画ですけど」
「ああ、甲賀忍法帖の映画版?」

 ……ほんっとよく知ってるよな、火渡先輩って人は。

「先輩、見たんですか?」
「見てないけど……」

 先輩はちょっと首を傾げた。

「ああ、でも、石雲、ハンカチ最低2枚ね」
「は?」
「多分、必要になると思うよ」
「…………そんなに感動的な映画なんですか?」
「石雲にとってどうかは、知らないけど」

 ちょっと待て。

「じゃ、至君に言えばよかったじゃないですか」
「そんなの言ったら大変だよ」
 火渡先輩は、大真顔で言う。
「蒼雅君、今から泣き出しちゃうじゃないか」

 ……その一言に思わず納得した挙句、ハンカチを二枚用意してしまうあたり、
火渡先輩ってのは、怖いなと……つくづく思ったものである。


           **

 日曜日、待ち合わせの場所に10分前に行くと、至君は既に『待ちぼうけ』
な顔でそこに居た。

「行こうか」
「参りましょう」

 こくこくと頷く顔に『楽しみ』と大きく書いてある気がして、思わず苦笑し
てしまったけど。

「楽しみでございますね!」
「……うん」

 半ばスキップで映画館に向うのを見ていると……『SHINOBI』を作った人達の、
ある意味夢の観客ってのが至君じゃないかな、とか思った。
 

 原作は山田風太郎の『甲賀忍法帖』。
 先に原作を読むべきかどうか迷ったけど、財布からちょっと文句が出たのと、
図書館では(やっぱり映画になったせいか)原作が『貸し出し中』だったのと
で、結局読んでないまま映画館に行った。
 山田風太郎の作品は、2冊くらい読んだだろうか。だから原作は面白いだろ
うと思ったんだけど、それを映画にしたらどうなるかわからない。実のところ
それもあって、原作を後回しにしたってのもあるんだけど。
 実際には……結構面白かった(って言ったら、映画作った人に失礼かな)。
映像が綺麗だったし、SFXも見事だったし。
 ただ、何より……ええと面白い、じゃないよな、印象的だったのは、残念な
がら映画ではなくて……至君だった。

 もう、最初に見る姿勢から違うのだ。椅子から身を乗り出し、もう少しで前
の席の背もたれを掴みそうなくらいに前のめりになって。
 こちらは、だから彼の顔が良く見える。最初のほうではほこーとしていた顔
が、話が進むにつれ真剣そのものになり、斬り合いだの忍法合戦になると文字
通り息を呑む。
 そして忍法合戦の末、死亡者が出た途端。
 ……あーあ。
 ぽろぽろーと涙がこぼれたかと思った途端、肩が撥ねる。ぐすぐすと、頑張っ
て声を殺してるのはわかるんだけど。
 ここで泣いたら、ラストなんてどうなるんだろう……と思うこちらに構わず、
至君はポケットからハンカチを出して顔を一度乱暴に撫で回した。
 
 で……まあ。
 予想通りになるわけで。


「えっ……えぐっ……」

 クライマックスからラストに至るまで、何というか全編泣きっぱなし状態。
一所懸命声を殺して、涙をハンカチで拭いているのはわかるんだけど、そのハ
ンカチもぐしょぐしょって感じで……やっぱ、火渡先輩流石だなというか。
 とんとん、と肘を軽く叩いて用意してきたハンカチを渡すと、ぺこりとシル
エットだけが一礼する。そのままどうするかなーと見ていたら、ハンカチを口
元にもってって。
(え)
 ぱくっ……と。
 いや、確かにそうすれば声は出ないよね。泣き声も止まるよね。
 でも噛み付くかな普通……。

 
 エンドロール、スタッフの名前等々が流れるなか、会場の灯がついた。
「……大丈夫?」
 明るくなると流石に恥ずかしいのか、噛み付いてたハンカチを広げてかぱっ
と顔を覆う。それでも尋ねると、こくこく、と、小さく頷く。
 ……大丈夫と違うだろそれ。
「顔、ちゃんと拭けた?」
 至君は小柄で、どっちかというとほそっこい。顔立ちは結構きりっとして、
誰がどう見ても女の子には間違えられないんだけど。
 でも、その顔を完全に覆って、えぐえぐされてると……何か次々立ち上がっ
て出てゆく人の視線が痛い。
「……いこうか、至君」
 声をかけて立ち上がったけど、至君のほうは頷くばかりで動かない。仕方な
いんで片方の肘を掴んで軽く引っ張ると、ようやくハンカチで顔をこすりなが
ら立ち上がった。
 出てきた顔半分。目が真っ赤である。
「ええと……見に来て良かったね」
「……はっ……」
 油断してると、また目をつぶってぼろぼろ泣き出すんで、仕方ない、肘を掴
んで映画館の外に出ることにした。視線が痛かったけど、これはもう我慢する
しかない。
 手を引きながら、それでも至君は素直にとことこついてくる。
 外に出る。と、空の色が目にうずくように青かった。

           **

 自動販売機で、缶ジュース二つ。

「……落ち着いた?」
「も、申し訳ありませんっ」

 よっぽどきりきり噛み付いてたんだろう。ハンカチには歯型がくっきりと残っ
ている。洗ってまいります、申し訳が無い、としきりに至君は言うが、現在独
り暮らしの彼に洗濯させるのも気が引けて、そのまま引き取った。
 どうせうちだと、洗濯籠に入れるだけのことなんだし(後で自分の洗濯物を
畳むくらいで)。

「見に来て良かったね」
「……もう、本当にっ……!」
 ああ、そこでうるうる目で叫ばないで欲しいんだけど……。
「本当に来て良かったのです!悠也殿、一緒に来て頂き、本当に有難いのです!」
「いや、誘って貰って、僕のほうも面白かった」
 確かに、至君ほどぼろぼろになることはなかったけど、それでも期待してい
たより面白かったのは確かだ。
「お兄さんにもさ、面白かったって言うと、次行きたがるかもね」
「は、はいっ、是非伝えますっ」
 両手握り拳で。
「ほ、本当に、感動いたしまし……」

 ああああ。
 またぼろぼろ泣き出すし、なあ……。


 少し遅めの昼を、近くのファストフード店で一緒に食べて。
 何とか落ち着いたかな、という感じだったんで、駅まで一緒に行って、切符
も確かめて買って。
「じゃ、また明日」
「ありがとうございました、悠也殿!」
 ぺこりん、と、頭を下げると同時に、突っ立った髪の毛も一緒にぺこんと揺
れる。
「気をつけて」
「はっ」

 じゃあ、と、こちらも一度頭を下げて上げると、至君はぶんぶんと手を振っ
ていた。何だか申し訳なくて、こちらも一二度だけ手を振って……後はそのま
ま帰ったんだけど。

 しみじみと。
 こう言うと、とても無礼な話なんだろうけど。

『蒼雅』じゃなくて、『至君』。
 誤解必須な表現なんだけど……なんかすごく素直なちっちゃい子、みたいな
ところがあって、可愛いといえば可愛い。

(だからだろうなあ……)

 忍者研究会の安西先輩の妹。何度か図書室でも見かけたし、校庭で至君と話
してる(にしては至君が一方的に怯えてたけど)のも見たことがあるけど。

「……こわいのです」

 しゅん、と、下を向いて、カウンターの前で小さくなってる(それでなくて
も小さいけど)姿を思い出す。面倒見が良いとはお世辞にも言えない僕ですら、
彼を見ていると『ああ危ない』と手を出してしまう。まして女の子だと余計に
そうなんじゃないだろうか。
 そして多分、過剰に手を出されることで。

『こわいのです』

 …………なんかつくづく。
 大丈夫かなあ、至君。あらゆる意味で。
 そこまで考えて、ふとおかしくなる。多分火渡先輩なら『まず自分のことを
心配しようね』なんて言いそうだ。

 何となく。その情景が頭に浮かんで。
 笑いかけて……笑えなかった。

           **

 そもそもさ、と、火渡先輩は肩をすくめる。

「男二人で映画を見にいくってのが、かなり不毛だろ?」
「……先輩は彼女と行くんですか?」
「居ないよ彼女なんて」

 当たり前のように、さらっと一言で片付けて。

「万が一彼女なんて居ても、見たい映画なら一人で行くさ。感動するにしろ期
待外れにしろ、そういうのを人に見られるのってきもちわるいだろ?」
「……はあ」

 この先輩のことが、時折怖いと思うのは、こういう時かもしれない。下手に
表面に出して反抗したりとげとげしくしない癖に、見えない線から内側には一
歩も立ち入らせないところがある。否、そもそもそんな線があることすら、人
には滅多に見せないようなところがある。

「で……ハンカチ、どうだった?」
「二枚もってって、良かったです」
「やっぱりー」

 にぱっと、笑って。

「で……至君どうだった?」
「どうしてそこで、映画どうだった、って訊かないんですか?」
「だって映画の話は、多分至君に聞いたほうが面白いだろ」
 いやそうかもなんだけど。
「で、至君、どんな風だった?」
 
 わくわーく、と、顔中に書いて、先輩が身を乗り出す。
 話そう、と、思って口を開いて…………

「……秘密です」
「えーっ」
「知りたければ、先輩が至君と一緒に映画に行ったらいいじゃないですか」

 あの調子なら、多分もう一度見にいこうって言っても、乗ってくる気がする。

「ふーーーーーん」
 気が付くと、火渡先輩が頬杖をついてこちらを見上げている。カウンターの
向こうで、微妙な笑みを浮かべたまま。
 ……こ、こわいっ……


「火渡先輩っ」

 あの沈黙があと数秒続いてたら、僕が何を口走ったか分からない。でも、危
ないところで最大の助け手が登場してくれた。
「ああ、蒼雅君」
 ひょい、と、向きをかえて、火渡先輩がにこにこと至君を見やる。
「映画、どうだった?」
「すっごく、すっごく良かったのですっ!」

 最初はこうでして、それがこうなりまして、と、それこそ身振り手振り、全
身をぱたぱた動かして報告する至君と。
 にこにこと、それを聞いている先輩と。

 横目で見ながら手近の本の山を手に取り、本棚に片付ける作業にとりかかる。
 出来れば遠くにて見ているほうが……身のためだと思いつつ。


 図書委員になって二ヶ月。
 至君は…………それはもうしっかりと、図書委員に順応している気がしてな
らない。


時系列
------
 2005年9月の17日以降。

解説
----
 『SHINOBI』という映画は本当にあるわけですが。
 天性の主人公な至君と、基本脇役狂言回しの悠也と。
 まあ、日常の……一こまです。

***********************************************
 てなもんです。
 ではでは。
 


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