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Date: Mon, 26 Sep 2005 19:24:14 +0900 (JST)
From: Saw <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29263] Re: [HA06P] 『無明の天使:黒い翼、舞う - 夜に踊る猫姉妹』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年09月26日:19時24分13秒
Sub:Re: [HA06P] 『無明の天使:黒い翼、舞う-夜に踊る猫姉妹』:
From:Saw
Sawです。無明の天使ちょっと続けます。
hariさんチェックお願いしまっさー。
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エピソード『無明の天使:黒い翼、舞う-夜に踊る猫姉妹』
====================================================
登場人物
--------
煌
煖
桜居津海希
無明の天使
桜木達大
黒い翼、舞う
------------
葉の大きく広がった亜熱帯の木々が並ぶ深夜の公園には、津海希の他にどん
な生き物の影もないようで、微かな風の音以外なにも耳には届かない。じっと
りとした空気はケープに覆われた肌にねっとりとまとわりつき、いくら安全の
ためとは言え、こんな時期にこんな物を持たせた前野を津海希は少し怨む。
植物も空気も真夏がすぐそこまで来ていることを盛んに主張していて、全て
が終わったら海に行きたい、と津海希に思わせた。腰に下げた懐中時計を開く
と短針が11時を少し過ぎたところ。右手から下げた鳥籠がこれから来るかもし
れない相手を待ち受けているように見えて、津海希は、先日破れた相手を、そ
の痛みを、負わされた苦痛を思い出す。
ケープの内側のポケットに仕込んだ携帯電話が唐突に震動し、津海希は反射
的に硬直するけれど、すぐにイヤホンマイクを左耳に付けて通話ボタンを押す。
達大 :「津海希さん、配置にはついてますね」
津海希はマイクを人差し指で一回叩く。
達大 :「先程も説明しましたけどすぐ近くに煌さんと煖さんもい
:ます。万が一そちらに目標が現れても迂闊に手を出さない
:ように。人払いをしてその鳥籠に閉じこめるのがあなたの
:お仕事です。わかってますね」
津海希は頷きながらもう一度マイクを叩く。
達大 :「津海希さんのいるポイントは中央から大分外れている。
そちらに現れる可能性はそう高くないと思いますが、万が一の時は落ち着いて
行動して下さい。それでは、健闘を祈ります──いやあ、なんだかドキドキし
ますね、これだけの人を扱うというのは。すっかり偉くなった気分だ」
津海希は当然だが無言のまま通話を切った。
桜木のおどけたような声で津海希の肩の力はすっかり抜ける。みんないるの
だから大丈夫──津海希は月を見上げてその時がくるのを待った。
それから五分と立たず、巨大な黒い翼を持つ人の姿が月に映りこむ。
けして出しゃばらない。やるべき事だけを確実にやる──津海希は声を奪わ
れてからずっと決めていた今回のスタンスをもう一度反復し、鼓動を抑え込む
ようにして遥か上空を舞う天使を睨みつけた。
津海希は茂みに隠れて中座し、まずケープの裏地に描かれた呪印を指でなぞ
る。これは天使の千里眼に捕まらないための一応の防御策。
続いて手近な樹の幹に前野謹製の符を貼る。符は発動すると、強く意識しな
い限りこの周囲に誰も近づかせない領域を作るようになっている。一般人を巻
き込まないための安全策であると同時に、この符は地脈を通じて仲間達に天使
が現れたことを告げる狼煙となる。照明弾を使ったり携帯電話でメールを入れ
るより隠密性が高くて確実な方法。
これで、みんなの持ってる符が今頃類感の法則で反応しているはず、津海希
は頭の中で確認する。あとは皆がこちらに来るのを待つだけ、のはずだった。
そういう段取りであったのだ。
津海希が一息ついて確認のためにもう一度上空を見上げると──天使はじっ
とこちらを見つめていた。視線がまじわった気がした。
津海希は背中に空寒いモノを感じて一瞬足が竦む。茂みに隠れていた津海希
がこの距離から天使に見つかることはないと踏んでいた。津海希の方からすら
大きな葉に幾重も阻まれ天使の姿は殆ど見えなかった。それでもなお、津海希
は視線が合ったと、天使に見つかったと感じた。
津海希は咄嗟に足下の、今なお静かにその役目をまっとうしている筈の符を
見る。津海希は愕然とする、まさかこんなものを『視た』のか、と。光でも電
波でもなくわざわざ地脈を経路として選んだのは、一人でいる段階で敵に見つ
かることが何よりも危険だからだ。倉守雛の「鋭敏感覚」に続いて氷川美琴の
「第三の目」も奪われたという情報は既に得ていた。しかし如何に第三の目と
いえど地脈の僅かばかりの変化など上空から捉えられる筈がない。
組み合わせてるんだ──津海希は戦慄し、すぐに駆け出す。
「鋭敏感覚」は目の見えない倉守雛が感知出来る情報、即ち聴覚、触覚、嗅
覚、味覚を最大限まで活用するよう鍛え上げた「認識」の活用法。「第三の
目」は千里眼、霊視を可能にする目だと聞いていた。だがどちらも符の微弱な
反応を捉えるには及ばぬはずだった。
しかしその二つが組み合わさればどうなるか。符のごく僅かな反応を「第三
の目」で捉え、「鋭敏感覚」で増幅し認識に至るのだとすれば──それは充分
にあり得る。天使は圧倒的な速さで成長しているのだということをあらためて
理解し津海希の額は汗で滲む。
津海希はワンステップで樹の根を踏み越え、垣根を飛び越し、転がり出るよ
うに並木道に駆けでる。あの符の微弱な反応にまで気付いているのだとしたら、
千里眼を遮るはずのケープもおそらく役には立っていないだろう。
津海希は走り続けながら汗を拭い、万が一単身気付かれた時どうするか、桜
木はなんと言っていたか思い返す。とにかく仲間が来るまでの時間稼ぎする、
逃げられるのならば可能な限り逃げる、私ならできると津海希は自分に言い聞
かせた。
天使がこちらを追ってきているのはもう明らかで、木々の葉の隙間から夜の
暗がりよりなお暗い翼と獣じみた眼光が覗くのが見える。
津海希は咄嗟に首筋に手をやる。封印第一段階解除。首に巻いた糸、榊から
漉いた紙と女の髪を寄り合わせて作ったそれを力一杯引きちぎった。
大きく心臓が一度跳ねる。唾液が出て、身体が血と肉を求めるが胸に爪を立
ててそういった諸々を一瞬で抑え込む。言うこと聞け、カラダ! 津海希は奥
歯に力を込めて冷静さを取り戻し、全力で疾走しながらようやく見つけた適当
な茂みに身体を投げ出すと、首だけで弧を描いてバックターンした。
視界の上下が反転する。額が強い風圧を受ける。空を切る速度に髪が大きく
なびく。ごうという猛烈な風の音の中、天使の挙げたトキの声が耳に届いた。
一瞬の対峙。
津海希の首は天使の脇をきりもみしながら抉るように抜ける。そして津海希
は空を睨み付けた。そこに佇む月。その月に向かって一気に上昇する。天使は
一瞬獲物を見失い体勢を崩すが、振り返るまでもなく千里眼で相手の位置を把
握すると、やはり同様に上昇した。
大丈夫、私の方が速いし小回りも効く。津海希は確信を持って大きく弧を描
きながら夜空を駈ける。視界の端に何か入り咄嗟に軌道を変える。津海希には
槍にしか見えなかったそれは鋭く尖った樹木の枝。天使憑きは飛びながらも樹
木に手を伸ばし、器用に末端の枝をつまみ取ると手の中でそれを槍に変えて飛
ばしてくる。
これも先生の言っていたとおり──津海希はきりもみし、旋回し、落下する
ように飛んでそれを確実に避けていく。しかし無数の槍のうちの一本が耳を掠
めると、耳たぶの端と頬の皮膚を切り裂かれて血が噴き出す。
ドクン。
血を見た瞬間、津海希の遠く離れた心臓が大きく跳ねるのがわかる。一瞬意
識が遠のく。みるみる地面が近付いてくるのを津海希は呆と見る。
煖 :「第一質量より抽出、熱とねばりの風よ舞え、闇の如き翼
の災いを巻き取り搦めてうち落とせ──」
朗々と歌い上げるような声が夜の帳を打ち破ると、天使憑きの周囲につむじ
風が突如巻き起こり、その翼を跳ね上げ捻り吹き飛ばす。
煌 :「はい、キャーッチ!」
津海希の首が空中で乱暴に受け止められる。津海希は衝撃で胃の中のモノを
全部吐きそうになるが、幸いにして胃はずっと遠くで転がっていた。
津海希はやっと現れた二人を見る。
黒い羽根がぱらぱらと降る中、スーツに身を包んだ煌と煖は並木道の中央に
悠然と立っている。闇の中でもランと輝く瞳は雷火の紫と錬金術の黄金、そし
て頭頂部からぴんと伸びるはその獣性を象徴する猫の耳。
二人は穏やかに、不敵に微笑む。
煖 :「お待たせしました、津海希お嬢様」
煌 :「んじゃぁ、おっ始めましょうかねぇ」
夜に踊る猫姉妹
--------------
翼に絡み付くつむじ風を力尽くで振り払い、新たに現れた二人の女を見みや
ると、天使憑きはすぅっと目を細める。
その闇色の翼を夜に溶け込ませ、並木道の木々にすっかり隠れてしまう。
煌と煖は互いに互いの背中を預け、身構える。
煌 :「ちっ、正々堂々と来いよメンドクサイ」
煖 :「津海希お嬢様、今のうちにお身体に」
津海希は頷く代わりに目を一度瞑り、全速で自分の身体が転がっている方向
へ飛び出す。
直後、木々の枝間の暗がりから空を切る音と共に幾本もの枝の槍が飛んでく
る。咄嗟に互いに反対の方向に跳躍してそれらをかわす二人。先程まで二人の
立っていた道に槍は深々と突き刺さる。
間髪入れず、チャクラムのように研ぎ澄まされた無数の木の葉が二人を執拗
に追うようにして降り注ぐ。二人は互いに弧を描くようにして園内を駆け抜け、
その全てをかわし、居場所のわからぬ天使憑きを、その気配を頼りに追いかけ
る。
並木道を逸れ、林を抜けると、クヌギの樹の点在する運動用広場に出た。土
は青々とした芝生と雑草に覆われている。
煌が、その紫の瞳を光らせて呟いた。
煌 :「みぃつけた」
走る勢いをそのままに眼前のクヌギの樹に向かって煌は飛びつく。そしてそ
のまま猫のように四つ足で樹をするすると登っていく。果たして天使憑きはそ
こにいた。
相手が来ることはとっくに理解していた天使憑きは、翼を羽ばたかせ飛び
去っていく。
木々のまばらな広場では枝を伝って追ってくることもできまい、ニタリと笑
う天使憑き。が、その笑顔が驚愕に変わる。
煌は樹の末端の枝から空を舞う天使憑きに向かって躊躇なく跳躍した。一瞬
で天使憑きの頭上にまで移動し、その細い肩を両手で掴むと、膝を突き立てる
ようにして天使憑きの頭蓋に叩き込む。咄嗟に両腕を交差して防ぐ天使憑き。
骨が軋む音がする。
天使憑きの顔を見て、今度は煌がニタリと笑う。
煌 :「視えるだけじゃぁ、だめだね」
天使憑き :「──ッ! 墜ちろ!」
天使憑きはがむしゃらに暴れて煌を振り落とす。煌は身体を捻り三回転して
10メートルの高さを難なく着地し、すぐさま上空を見上げる。と、輝く槍を両
手に構えた天使憑きが急降下を始めていた。
煌 :「ん、アレだけはやばいんだっけか」
煌はその直線的な攻撃を半身ずらして危なげなくかわす。天使憑きは芝生の
上に突き刺さるようにして着地すると、すぐさま槍をしならせるように振り上
げ追撃する。それもまた身体を捻りかわす煌だが、何かに足を取られて転倒す
る。見ると、大量の芝生や雑草が煌の足に絡み付いていた。
天使憑きはすぐさまに腰を上げ、必殺の一撃のために右足を踏み出す。その
視線は煌を見据えると同時に、自分の背後に現れた煖にも向けられていた。
煖 :「ノームさん、おねがいします!」
煖が左足で大地を踏みしめる。煌の足もとの大地が振動と共に急激に隆起し、
見る間に巨大な土の柱となる。天使憑きの突き出した槍がその柱に突き刺さっ
た。
詠唱を省略され、一言一挙動で発動された精霊術は煖の身体を急激に蝕む。
踵から踝にかけて皮膚が一直線に裂け、スーツの裾に血の染みを作る。
天使憑きは怒りの声を上げると光の槍を引き抜き、煌を追って飛ぶ。柱の上、
すっかり足に絡み付いた草を引きちぎった煌は、腰に下げていた革の長い鞭を
抜き、天使憑きの槍持つ右手を打ち叩いて絡め取った。
途端に引っ張り上げられる格好になる天使憑き。煌は思い切り鞭を振り上げ
て天使憑きを上空に放り投げる。
煌 :「今だつみきっち!」
やっと身体を取り戻し必死に煌と煖に追いついた津海希に、煌が思い切り叫
ぶ。
つみきは肩で大きく息をしながらうなずき、右手に持った鳥籠を高く掲げ、
目を閉じ意識を鳥籠と同調する。
一瞬フレームに焼き付けられた呪印が発光すると、持ち手の輪っかを残して
鳥籠は消え失せる。
一瞬の静寂の後、広場には矢継ぎ早に突き出す無数の細い柱が現れる。黄金
に輝くそれは順に円を描くようにして、津海希も煌も煖も、そして天使憑きも
囲いこみ、上空で一点に結ばれる。
──もう、籠の鳥は逃げられない。
つみきはその時前野の声が聞こえたような気がした。
上空に放り投げられた天使憑きは黒い羽を撒き散らしながらも体勢を立て直
し、周囲の異変に気付く。自分を多い囲む無数の柱。否、それは黄金に光る檻
だった。試しに檻と檻の隙間に槍を突き出すと激しい火花が散り、天使憑きは
思わず槍を手放す。持ち主を失った光の槍はすっと消え失せる。
先程隆起した土の柱の上で、煌が身構える。その距離はいくらもない。飛べ
ることの利はすっかり消え失せていた。そしてその下には津海希とそれを守る
ようにして立つ煖。
天使憑きは檻に囲まれた狭い空間を確かめるように一周すると、ぎりぎりま
で距離を保って再び光の槍を出現させる。
煌はそれを静かに追いながら牽制するように鞭を飛ばす。
煖 :「大丈夫。単純な身体能力ではあの天使憑きを姉さんは上
回っています」
地上で煖が津海希に向かって呟く。小さく頷く津海希。状況は前野の狙い通
りの型にはまった。
煌 :「いやあ、いい眺めだね、これ。さあて、どんな踊りが見
たい? ほら、なんでもリクエスト聞くよ天使さん」
天使憑き :「フン、外道が。優位に立ったつもりか? ならこういう
のはどうだ」
天使憑きが人差し指を向けると、煌の足下に残っていた芝生が一斉に針とな
りて襲いかかる。が、煌は鞭の一凪でその大半を打ち落とし、いくらか身体に
突き刺さった鋭い緑をものともしない。
煌 :「で?」
煌は左手でヒョウと呼ばれる投げナイフを抜き出すと、それを次々天使憑き
に投げつける。赤い飾り布が真紅の直線を宙に描き、天使憑きの黒い翼を襲う。
天使憑きは当たらない軌道をすぐさま見切り、舞うが、檻の狭さに遮られ避け
きれない。黒い翼に血が滲んだ。
煖 :「おかしいですね。すぐに姉さんに見切りをつけて私か津
海希お嬢様を狙ってくると思ったのですが」
煌と天使憑きの応酬を見ながら煖は呟く。
その時のために煖は足下に防御のための陣を引いて備えていたのだったが、
天使憑きはまったくこちらを無視している。
その時、津海希が煖の袖を強く引き、土の柱の一点を指さした。煖が見やる
と、細いシダの茎がするすると煌めがけて柱を登っていくところだった。
煖 :「──厄介ですね、この能力。封じてしまいましょう」
煖はスーツの内ポケットから小瓶を取り出しその封を切る。辺りに強い硫黄
の匂いが漂う。
煖 :「姉さん! 左後方に跳躍。耐術式防壁レベル2」
煌 :「あいよ!」
煌は丁度天使憑きの反対側にバク転して舞う。
煖 :「第一質量及び、土と全ての草木、そしてイオウより乾き
と熱を抽出──」
煖がポケットから取り出したジッポライターを擦った瞬間、土の柱が爆散し
た。飛散った土は分解し炎となり、その炎が地に落ちると同時に青々とした芝
生は油でも巻かれていたかのように燃え上がり、しまいに爆音と共に盛大な火
柱が檻の中を舐め尽くした。
煌 :「あっちー! 熱い! 死ぬ!」
前野謹製の防御符を貼り付けた煌が悲鳴を上げながら着地し、髪に降りかか
る火の粉を払う。津海希はケープを防災頭巾のように被って煖の足下にうずく
まっている。
煖 :「あら、一応手加減したのですけど。さすがにいい触媒を
使うと違います──ヤキトリになってはいませんよね?」
三人は、眼前にうずくまる天使憑きを見た。引火こそしていないが翼はとこ
ろどころ焼けこげ、爆風の衝撃であたりに大量の羽根を撒き散らしている。辺
りには燃えかすが散乱し、その全てに小さなサンショウウオのような生き物が
張り付いていた。
天使憑きはぐぐっと上半身をもたげ、先頭に立つ煌が呼応するように身構え
た。しかし天使憑きはそれきりうごかない。どころか、肩を震わせていた。
煌は身構えたまま天使憑きに近付く。
天使憑き :「い、痛い、痛いよ。ここ、何処? あなた、誰?」
震える声で天使憑きは煌を見る。その声も表情も先程までとうって変わって
見た目のままの少女のものである。
微かな残り火に照らされた少女は痩せ細り、髪の艶をなくして大層弱ってい
た。
煌 :「あら? どしたん?」
煌が警戒しつつも声をかける。
天使憑き :「ヒッ! 私の中に誰かいる──殺される!」
天使憑きは焼け野原となった檻の中で頭を抱えてうずくまる。
炎は完全に消え、辺りは元の闇に戻った。天使憑きの武器となっていた草木
は全て燃え尽き、雑草一本残ってはいなかった。或いはその優位が煌を油断さ
せてしまったのかもしれない。
あいつ、自分を人質にしようとしている──津海希は咄嗟に思うが声が出な
い。
一瞬煌は煖に確認を求めるようにして振り返る。
煖 :「姉さん駄目ッ──」
煌 :「え?」
煖の悲鳴があがった刹那、抜き打ちで投げ放たれたジャベリンが、煌の肩口
を貫いた。
天使憑き :「ク、クククッ、ハハハハ……よくもやってくれたな異教
徒共。この屈辱忘れぬぞ異教徒共。さあ、どうして欲しい、磔がいいか、焼き
討ちがいいか。選べ、異教徒共」
天使憑きが狂気を孕んだ震える声で凄みを利かせた。
煌は目を見開いたまま崩れ落ちる。
煖 :「ノーム、檻となれ墓となれッ」
煖は咄嗟に身構え、インスタンスで分厚い土くれの檻に天使憑きを埋没させ
る。踝の傷は脛全体まで広がり痛覚が悲鳴を上げるがそれを煖は構わない。
煖 :「──いいですか、すぐに檻を解除して逃げて下さい。姉
さんの力が奪われた以上、この狭さは私達に不利です。そしてお守りすること
も難しい。敵はおそらく私の力に興味を示すでしょう。言ってること、わかり
ますよね」
津海希は眉をしかめるが──頷く。
煖 :「大丈夫、まだ策はありますから。手札は多いんですよ、
私。それにもうそろそろ他の皆さんも到着するはず。それまでの辛抱」
津海希は煖の左足の出血に気付き目を見開く。
煖 :「そんな顔なさらないで下さい。これも、仕事の内ですか
ら。マスターにも津海希お嬢様をお守りするよう言いつかっておりますし─
─」
煖はそれだけ言うと、とんと津海希の肩を押して走り出した。
津海希もまた言われたとおり鳥籠を元の姿に戻し、反対方向に走る。悩んで
いる余裕はない、言うことを聞くと誓った以上今は煖の判断に任せるべきだと
思った。それは酷く胸が痛む決断であったが。
そして焼け野原になった円形の広場に静寂が戻る。
盛り上がった土くれから腕が付きだし、天使憑きが力尽くで這い出す。
ふと見下ろすと先程槍を突き刺した赤毛のスーツの女、煌がうずくまってい
た。
天使憑き :「うまかったぞ、貴様」
天使憑きはそれだけ言うと煌の身体を思い切り蹴飛ばす。煌はゴム鞠のよう
に飛ばされる。が、既に喰ったモノにそれ以上の興味を示す天使憑きではな
かった。そうして『第三の目』でそれぞれ北と南に逃げた二人を追う。
一度喰った飛び首の小娘と、妙な術を使う銀髪の女──天使憑きは再びその
手に光の槍を携え、先程自分の巻き込まれた火柱を思い返すと、舌なめずりを
した。
葬儀屋
------
煖は暗い森を駆けていた。左足は一歩踏み出すごとに出血の度合いを深める
が、今はヒーリングに回す力も惜しかった。
手頃な樹の幹に身を預け、樹の精霊と相談し、僅かばかりの力を貸して貰う。
そしてネクタイを抜き取り、腿に力強く巻いてとりあえずの止血をする。途中
話を付けたシルフ達が、天使憑きがすぐ間近にまで迫ってきていることを教え
てくれる。
煖 :「さて、困りました。どうしましょうか。私まで力を取ら
れちゃうとまずいですよね」
煖は一人ごちると、フフっと微笑んで立ち上がった。
時系列
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決戦中、書きかけ。
解説
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狭間06Wiki:無明の天使
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長編エピソード『無明の天使』シリーズのtopic速報サイト。
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