[KATARIBE 29254] [HA06P] エピソード『無明の天使:黒い翼、舞う』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Sun, 25 Sep 2005 01:25:38 +0900 (JST)
From: Saw <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29254] [HA06P] エピソード『無明の天使:黒い翼、舞う』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200509241625.BAA34386@www.mahoroba.ne.jp>
In-Reply-To: <200509231032.TAA60965@www.mahoroba.ne.jp>
References: <200509231032.TAA60965@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 29254

Web:	http://kataribe.com/HA/06/P/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29200/29254.html

2005年09月25日:01時25分38秒
Sub:[HA06P] エピソード『無明の天使:黒い翼、舞う』:
From:Saw


Sawです。無明の天使ちょっと続けます。

**********************************************************************
エピソード『無明の天使:黒い翼、舞う』
======================================
黒い翼、舞う
------------

 葉の大きく広がった亜熱帯の木々が並ぶ深夜の公園には、津海希の他にどん
な生き物の影もないようで、微かな風の音以外なにも耳には届かない。じっと
りとした空気はケープに覆われた肌にねっとりとまとわりつき、いくら安全の
ためとは言え、こんな時期にこんな物を持たせた前野を津海希は少し怨む。
 植物も空気も真夏がすぐそこまで来ていることを盛んに主張していて、全て
が終わったら海に行きたい、と津海希に思わせた。腰に下げた懐中時計を開く
と短針が11時を少し過ぎたところ。右手から下げた鳥籠がこれから来るかもし
れない相手を待ち受けているように見えて、津海希は、先日破れた相手を、そ
の痛みを、負わされた苦痛を思い出す。
 ケープの内側のポケットに仕込んだ携帯電話が唐突に震動し、津海希は反射
的に硬直するけれど、すぐにイヤホンマイクを左耳に付けて通話ボタンを押す。

 達大     :「津海希さん、配置にはついてますね」

 津海希はマイクを人差し指で一回叩く。

 達大     :「先程も説明しましたけどすぐ近くに煌さんと煖さんもい
        :ます。万が一そちらに目標が現れても迂闊に手を出さない
        :ように。人払いをしてその鳥籠に閉じこめるのがあなたの
        :お仕事です。わかってますね」

 津海希は頷きながらもう一度マイクを叩く。

 達大     :「津海希さんのいるポイントは中央から大分外れている。
そちらに現れる可能性はそう高くないと思いますが、万が一の時は落ち着いて
行動して下さい。それでは、健闘を祈ります──いやあ、なんだかドキドキし
ますね、これだけの人を扱うというのは。すっかり偉くなった気分だ」

 津海希は当然だが無言のまま通話を切った。
 桜木のおどけたような声で津海希の肩の力はすっかり抜ける。みんないるの
だから大丈夫──津海希は月を見上げてその時がくるのを待った。

                *

 それから五分と立たず、巨大な黒い翼を持つ人の姿が月に映りこむ。
 けして出しゃばらない。やるべき事だけを確実にやる──津海希は声を奪わ
れてからずっと決めていた今回のスタンスをもう一度反復し、鼓動を抑え込む
ようにして遥か上空を舞う天使を睨みつけた。
 津海希は茂みに隠れて中座し、まずケープの裏地に描かれた呪印を指でなぞ
る。まずは天使の千里眼に捕まらないための策。
 続いて手近な樹の幹に前野謹製の符を貼る。符は発動すると、強く意識しな
い限りこの周囲に誰も近づかせない領域を作るようになっている。一般人を巻
き込まないための安全策。であると同時にこの符は地脈を通じて仲間達に天使
が現れたことを告げる狼煙ともなる。照明弾を使ったり携帯電話でメールを入
れるより隠密性が高くて確実な方法。
 これで、みんなの持ってる符が今頃類感の法則で反応しているはず。あとは
皆がこちらに来るのを待つだけ、のはずだった。津海希は一息ついて確認のた
めにもう一度上空を見上げると──天使と視線が合った。
 津海希は背中に空寒いモノを感じて一瞬足が竦む。否、茂みに隠れていた津
海希がこの距離から天使に見つかるはずはない、津海希の方からすら大きな葉
に幾重も阻まれ天使の姿は殆ど見えない、それでもなお津海希は視線が合った
と、天使に見つかったと感じた。
 津海希は咄嗟に足下の、今なお静かにその役目をまっとうしている筈の符を
見る。津海希は愕然とする、まさかこんなものを『視た』のか。光でも電波で
もなくわざわざ地脈を経路として選んだのは、一人でいる段階で敵に気付かれ
ることが何よりも危険だからだ。倉守雛の「鋭敏感覚」に続いて氷川美琴の
「第三の目」も奪われたという情報は既に得ていた。しかし如何に第三の目と
いえど地脈の僅かばかりの変化など上空から捉えられる筈がない。
 組み合わせてるんだ──津海希は戦慄し、すぐに駆け出す。
 「鋭敏感覚」は目の見えない倉守雛が感知出来る情報、聴覚、触覚、嗅覚、
味覚を最大限まで活用するよう鍛え上げた「認識」の活用手法。「第三の目」
は千里眼、霊視を可能にする目だと聞く。だがどちらも符の微弱な反応を捉え
るには及ばぬはずだった。
 しかしその二つが組み合わさればどうなるか、符のごく僅かな反応を「第三
の目」で捉え、「鋭敏感覚」で増幅し認識に至れば──それは充分あり得る。
天使は圧倒的な速さで成長しているのだということをあらためて理解し、津海
希の額は汗で滲む。
 津海希がワンステップで樹の根を踏み越え垣根を飛び越し転がり出るように
並木道に駆け出た時、天使は明白に後ろを上空から追って来ていて、その距離
はもはや30メートルほどもなかった。木々の葉の隙間から、夜の暗がりよりな
お暗い翼と獣じみた眼光が覗くのを見る。
 津海希は咄嗟に首筋に手をやる。封印第一段階解除、首に巻いた糸、榊から
漉いた紙と女の髪を寄り合わせて作ったそれを力一杯引きちぎった。
 大きく心臓が一度跳ねる。唾液が出て、身体が血と肉を一瞬求めるが胸に爪
を立ててそういった諸々を抑え込む。言うこと聞け、カラダ! 津海希は奥歯
に力を込めて冷静さを取り戻し、全力で疾走しながらようやく見つけた適当な
茂みに身体を投げ出すと、首だけで弧を描いてバックターンした。
 視界の上下が反転する。額が強い風圧を受ける。空を切る速度に髪が大きく
なびく。猛烈な風の音の中、天使の挙げたトキの声が耳に届く。
 一瞬の対峙。
 津海希の首は天使の脇をきりもみしながら抉るように抜けた。そして津海希
は空を睨み付けた。そこに佇む月。その月に向かって一気に上昇する。天使は
一瞬獲物を見失い体勢を崩すが、振り返るまでもなく千里眼で相手の位置を把
握すると、やはり同様に上昇した。
 大丈夫、私の方が速いし小回りも効く。津海希は確信を持って大きく弧を描
きながら夜空を駈ける。視界の端に何か入り咄嗟に軌道を変える。津海希には
槍にしか見えなかったそれは鋭く尖った樹木の枝。天使憑きは飛びながらも樹
木に手を伸ばし、器用に末端の枝をつまみ取ると手の中でそれを槍に変えて飛
ばしてくる。
 これも先生の言っていたとおり。津海希はきりもみし、旋回し、落下するよ
うに飛んでそれを確実に避けていく。しかし無数の槍のうちの一本が耳を掠め
ると、耳たぶの端と頬の皮膚を切り裂かれ血が噴き出す。
 ドクン。
 津海希の遠く離れた心臓が大きく跳ねるのがわかる。一瞬意識が遠のく。み
るみる地面が近付いてくるのを津海希は呆と見る。

 煖      :「第一質量より抽出、熱とねばりの風よ舞え、闇の如き翼
の災いを巻き取り搦めてうち落とせ──」

 朗々と歌い上げるような声が夜の帳を打ち破ると、天使憑きの周囲につむじ
風が突如巻き起こり、その翼を跳ね上げ捻り吹き飛ばす。

 煌      :「はい、キャーッチ!」

 津海希の首が空中で乱暴に受け止められる。津海希は衝撃で胃の中のモノを
全部吐きそうになるが、幸いにして胃はずっと遠くで転がっている。
 津海希はやっと現れた二人を見る。
 黒い羽根がぱらぱらと降る中、スーツに身を包んだ煌と煖は並木道の中央に
悠然と立っている。闇の中でもランと輝く瞳は錬金術の黄金、頭頂部からぴん
と伸びるはその獣性を象徴する猫の耳。
 二人は不敵に、或いは穏やかに微笑んだ。

 煖      :「お待たせしました、津海希お嬢様」
 煌      :「んじゃ、おっ始めましょうかね」

 街路樹の一つに舞い降りた天使憑きは、その口を耳まで裂くかのようにして
嗤った。


 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29200/29254.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage