[KATARIBE 29233] [HA06N] 小説『公安の誘い』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Fri, 23 Sep 2005 00:54:28 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29233] [HA06N] 小説『公安の誘い』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200509221554.AAA31684@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 29233

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29200/29233.html

2005年09月23日:00時54分28秒
Sub:[HA06N]小説『公安の誘い』:
From:久志


 久志です。
へろへろっと流れに無関係な史兄の話を書いてみる。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『公安の誘い』
====================

登場キャラクター 
---------------- 
 本宮史久(もとみや・ふみひさ)
     :吹利県警刑事部巡査。屈強なのほほんお兄さん。
 東治安(あずま・はるやす)
     :吹利県警警備部巡査。史久の同期。

引っ張りだこ
------------

 ぱちりと、テーブルに置かれた碁盤に黒石を置く。

「ほう」
 目の前で腕組みをしながら半分埋まった碁盤をじっと見つめているのは。
 白髪を奇麗にバックにまとめた……吹利県警警務部長。

 昼もとうに過ぎて、微妙に日も陰ってきた時間、あれこれと書類整理をして
いた僕は、突然警務部長に呼び出された。

「いや、これはまいったな」
「警務部長……そろそろ終わりにしませんか?」

 ええと、いい加減、職務に戻りたいんですけど。このお呼び出しは単に碁の
相手が欲しかったというだけなんですか?
 いくら警務部長殿が休憩中で、僕も手待ち状態とはいえ、勤務時間中に昼日
中から碁に勤しむというのは職務怠慢な気がします。

「……さて、まいったな」
 僕の問いには答えず、ひとしきり碁盤をにらんだあと。一つ白の碁石を手に
取った。
「ところで本宮」
「はい、なんでしょう?」
 ぱちりと、白碁石が盤上に置かれる。
 ふむ、そうきますか。

「警備部へ行ってみる気はあるかね?」

 黒石を持った手が止まった。

「警備部……ですか?」
「そうだ」
 視線は碁盤に向けられたまま、僕の反応を待っている。
「それは、正式に決まったことでしょうか?」
「いや、まだ内々での話だ、正式なものではない。それにこれまでにも何度か
打診がきたこともある」
「はい」
 淡々と告げる声が妙に耳にはっきりと残る。
「今度は、警備公安の中堅から、特にお前をという意見がでてな。お前の意向
も考慮するが、どうかね?」
「辞令ならば従います」
「いや、この話はまだ水面下でのことだ、刑事部もみすみす有能な人材を簡単
に手放しはしないだろう」
「買いかぶりすぎですよ」
 ぱちん、と。黒石を碁盤に落とす。
「お前は、どうだ?」

 警備公安、公安警察と刑事警察。
 犯罪捜査、被疑者逮捕が発生してから動く司法警察としてだけでなく、犯罪
の発生を未然に判断し、予防する行政警察。
 どちらも、根本的に考えと立場が全く違う。

「すみません……少し、考えさせてください」
「そうか」
「はい。すみません、そろそろ職務に戻ります」
 音を立てずに席を立って深く一礼する。
「失礼しました」

 ドアの前でもう一度頭を下げて部屋を後にする。

 閉じたドアの前、ひとつ小さく息をついた。

 さて。
 どうしたものか。

同期の桜
--------

 夕暮れ時もとうに過ぎた県警屋上。
 ほんのり薄紫に染まった空が、じわじわと濃紺の夜の闇に飲まれていく。

 警備公安。
 正直、自分自身警察官という立場にいながら、公安というものをいまいちよ
くわかっていない。
 協力者を通じての情報収集を主に、組織の駒として動く公安警察。
 対して、刑事警察は個人個人が一匹狼の捜査員として動く。
 そんな程度にしか知らない。

『警備部へ行ってみる気はあるかね?』

 しかしまた急な話だなあ。
 でも、今までも水面下で何度か警備部からそんな動きがあったことは一応僕
も知っている。そして、そのいずれも裏で糸を引いていた人物のことも。
 警備部の中堅から僕を推薦した者。

 おそらくは。

「東さん、いるんでしょう?」
「……気づいていたか」

 ゆらりと背後に感じる気配。振り向きもせず、屋上から外を眺めたまま目を
細める。

「暫くぶりですね、東さん」
「ああ、久しぶりだな、本宮」
「ええ、あなたは、同期の集まりにもさっぱり顔を出しませんからね」
「立場上しかたないんだ、悪いとは思っている」

 東治安。
 僕とは同期にあたる、警備部公安調査員。
 不思議なほどに存在感がなく。顔をあわせた直後でもなぜかその顔を思い出
すことができず、その場に居るはずなのにさっぱり感づかせず私生活を全く読
ませない、そんな人物だった。

「ところで、既に聞いていると思うが」
「……例のお話ですね」
「そうだ、推薦したのは俺だ」
「やはり、あなたでしたか」

 そして、存在感以上に恐ろしいのが。
 治安と平穏を守るためならば、どれほどの危険も陰謀もいとわないという、
徹底した――踏み外したらテロリストともなりかねない――信念。

「何故、僕を?」
「それを聞くか?本宮」
「……東、何を企んでる」
「企みなど無い」
「…………」
「刑事と公安とが、何かと対立しやすいのはお前も周知のことだろう」
「ええ」
 立場も性質もまったく違う上に、未だに警察内部での公安上位の考えはなか
なか根強く。刑事の連中全てとは言わないが、秘密主義で刑事を見下す公安を
嫌う者いる。
「だがな、あらぬ対立で対応が遅れ、取り返しのつかぬ事態に陥ることだけは
避けねばなるまいよ」
「それは同意です」
「つまり公安は刑事の手法を取り入れて、刑事は公安のやり方を習う。だから
こそお前に白羽の矢が立った」

 わずかな間の後、再び東が言葉を続ける。

「そして……零課との絡みもある」
「ああ」

 表の顔、県警刑事。
 裏の顔、零課捜査員。
 どちらも、欲しい情報であることは僕でもわかる。

「刑事としての経験も手腕も確かで、零課の任務にも詳しく実戦経験もあり、
なおかつ若手や熟練者らの人望も厚く、かつ生え抜きの県警警察官である、と。
本宮、お前はもっと自分の立場と能力を正しく評価すべきだ」
「買いかぶりすぎだ」
「本宮、公安へこい」
「即答はできない」
「こちらとしても、有能な人材は喉から手が出るほど欲しい」
「……僕はお前が思っているほど、万能でも超人でもない」
 期待を寄せられること、信頼されること。
 それは確かに嬉しいし、必要とされることはありがたいことだ。
「なぜ、僕か?」
「さっき述べたままだ、もっと自己評価を正しくしたほうがいい」
「僕より有能な人材はいくらでもいるはずだ」
「たとえば、相羽さん。か?」
「…………」
 あの人ならば。
 きっと何処へ行ってもうまく立ち回るだろう。
「わかっていないな、あの人は表に出るべき人だ。どす黒いところに踏み入る
ことができ、批判や逆恨みの矢面に立つ覚悟のある人だ。なぜ、そんな度胸が
ある人をわざわざ闇に隠す?あの人は前面に立つべきだ」
「……理解します」
 あの人は生粋の刑事だ。
 どす黒いモノから目を背けず、批判も逆恨みも全て受け止めて、躊躇わずに
踏み込んでいける。

「本宮」
「はい」
「安全がタダで得られるものだと思っているか?」
「いいえ」

 空気と安全はタダ。そんな時代はいっときたりとも存在しない。
 今の安全を維持する為に、どれほどの犠牲と努力と規制があったか。警察だ
けでなく、今まで積み重ねてきたもの全て。

「安全神話などというものは、はじめから存在しない」

 きっぱりと、断言する。

「何事にも、欲しいものには対価を支払わねば得られないはずだ」
「ええ」
「今の民衆はゆりかごに揺られすぎたんだよ、守ってもらうことが当たり前に
なりすぎた」
「…………」
「守られることが当然になりすぎて、危機に対する自警能力を失念した時点で、
既に……崩壊は見えていたんだよ」

 自警能力。
 町の安全に対する責任を住人自身も負うということ。

 今は、どうか?

「それでも、俺達は支えねばなるまいよ」
「……はい」
 小さく、息をつく。
 この人の言葉は、鋭く、厳しく……そして痛い。

「本宮」
「はい」
「時代の寵児などいない、神風など吹かない。すべては後付で言い伝わる都合
のいいものだ」
「自ら立てと?」
「そうだ、自ら動け風を起こせ。お前には期待しているんだ」

「本宮、公安へ来い」

 僕は、どうすべきか。

「……考えさせてくれ」
「わかった」


時系列 
------ 
 2005年9月上旬。
解説 
----
 同期い公安に誘われる史久。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。



 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29200/29233.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage