[KATARIBE 29226] [HA06N] 小説『施餓鬼』

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Date: Thu, 22 Sep 2005 21:38:24 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29226] [HA06N] 小説『施餓鬼』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200509221238.VAA21929@www.mahoroba.ne.jp>
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Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
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2005年09月22日:21時38分23秒
Sub:[HA06N]小説『施餓鬼』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる@ぐずっぐずっ です。
(要するに風邪なんである)

で、何をかいとるねんといわれると最後ですが。
とりあえず。
 ログを切り貼りしてみました。

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小説『施餓鬼』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ヤク避け相羽。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0483/
 軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に移住。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0480/

本文
----

 伸びた手に驚かなかったのは、やっぱり少しだけ予測してたからだとは思う。
 そういうことも、あるのかな、と。

           **

 仕事が入ったから、数日戻らない、と言っていた相羽さんが戻ったのが今日
の、それも結構遅い時間で。

「……ただいま」
「おかえり」

 その声が何だかとても草臥れていて。

「ごはん出来てるけど」
「あ……うん」

 言いながら上着を脱いで、ネクタイを外して。
 そこまでは何時ものとおりだったのだけど。

「お茶いれよ」

 入れようか、と言いかけた時に。
 ふい、と、相羽さんの手が伸びた。

 背中へと廻される腕。
 肩に顎を乗せて。
 大きく、息を吐くのが……わかった。

「…………どうしたの」
「ん、いや」
 顔は見えない。ただ、溜息のような声がやはり、とても疲れていることを伝
えてくる。
「……なんか、あったの?」
 手を伸ばして、ぽんぽん、と、背中を叩いてみた。
「まあ、色々仕事がね」
 静かな声が返ってくる。
「…………しんどかった?」
「まあ、それなりにね」
 互いに苦笑を含んだ声。
 微かに、呼吸の音。

 不意に、相羽さんが頭を動かした。ことん、と、頭を肩に乗せる。

「…………おつかれ」
「ああ」

 そして、相羽さんは黙り込んだ。

 仕事の話は、聞かない。相羽さんも話さない。
 こういう仕事だから、色々守秘義務もあるだろう。言ってはいけないことも
言いたくないこともあるだろう。
 だから、向こうから言うまでは聞かない。

 それでも、やっぱり一緒に暮らしていると判ることはある。
 長く家を空けていたこと。そして今日こうやって帰ってきたこと。
 つまり、事件が一つ片がついたのだろうけど。
 ……多分。
 助けるに助けられない人が、居たのかな、と。
 
 どんな思いなのか、本当には判らない。遣り切れないのだろうと推測はする
けど、あたしは何も知らない。
 ……知らせないで居てくれるのだと……時折、思う。
 だから、何も判らないから。
 手を伸ばして、頭を撫でた。
 幾度も、幾度も。

 強面で、口が悪くて、冷静に判断をする人で。
 自分の弱味とか痛みを、人に見せることがなくて。
 でも決して、痛まない人じゃないから。
 ……でも自分にも何も、できなくて。

「…………何にも出来なくて、ごめんね」
 
 思わず呟いたら。
 相羽さんが腕にぎゅっと力を込めた。

「これで、充分なんだけどね」

 何一つ、出来ないから。
 抱きしめられているだけだから。
 何度も頭を撫でた。背中を撫でた。どうにかしてこの人に被さる重荷や痛み
を払えないものかと。
 幾度も、幾度も。


「……あ、なんか腹減ってきた」

 ふい、と、顔をあげて相羽さんがそう言うまで、実際にはどれだけの時間が
かかったのだろう。

「御飯できてるよ」
「じゃ、食べよっか」

 するりと腕をほどいて、あとはいつものようににやっと笑って。
 だからいつものように御飯を用意したのだっけ。

            **

 それでもやっぱり相羽さんが寝込むのは早かった。御飯の最中も殆ど話すこ
ともなく、お風呂に入ってそのまま。

「こっちもさっさと寝ようか」
 ベタ達に声をかけて、今日は二匹ともあたしのほうで寝ることにして。
「さーねようねよう」
 ぷくぱたしている二匹を軽く撫でて……


 そして、不意に、袖を引っ張られて起きた。

「…………?」
 枕元の眼鏡をかけながら、目を凝らす。
 小さな、影。
「ん……っと?」
 起き上がると、人影は少しだけ後退った。

 小さな、子供である。電気の無い中でも、がりがりに痩せているのがわかる。
その細い手を伸ばして、こちらの袖を引っ張っている。
「どうしたの?」
 訊きながら、電気をつけた。その子はひゃっと小さな声をあげて、また数歩
後ろに下がった。
 灯の元で、本当に無惨なほどにがりがりの体が見える。何かいいたげに、そ
の口をぱくぱくとさせていた。
「…………おなかすいた?」
 眼鏡をかけながらそう言うと、初めてその子がこっくりと頷いた。
「……うん」
 かすれるような、小さな子供の声。
「…………ずっと、たべてへん」
 眼鏡をかけてきちんと見ると、無惨さが尚更に明らかになった。
 少年、だと思う。短く切られた髪はざんばらで、細い手も顔も皺だらけ。そ
の顔に泣きそうな表情を浮かべたまま、その子はこちらを見ている。
「ちょっと待っ……ああ、おいで」
 ベッドから降りて、台所に向う。と、きゅ、と、何か引っ張られる手ごたえ
があった。
 振り向くと、男の子が服の裾を握り締めていた。
 痛ましくなるほど、小さな握り拳だった。

「えっとね……お菓子、ある筈なんだ」
 相羽さんは和菓子が好きだけど、無論のことケーキなんかも好きで。
 特に疲れてるとよく食べるから、冷蔵庫の中には結構色々なお菓子が常備さ
れている。確か大きいシュークリームが、中にあった筈だと……
 あ。あったあった。
「はい、おまたせ」
 シュークリームの袋を破ってお皿に出して。
 ついでに牛乳を出して、コップに入れて。
「とりあえず、どーぞ?」
 黙って待っていた男の子の頭を、ついつい撫でた。
 高すぎる椅子に座って足をぷらぷらさせていた男の子は、にーっと笑った。
 ものすごく嬉しそうな……でも、この年の子供には不釣合いなほど、妙に老
いた笑い顔だった。
 その笑い顔のまま、その子はシュークリームをばっくりと咥える。がつがつ、
と形容するしかない勢いで食べ終わると、手についたクリームも残さず嘗め尽
くして、最後に牛乳をごくんと飲み乾した。
「……おいしい」
「おなかすいてた?」
 口の周りには真っ白なひげ。タオルでそっと拭いてやると、その子は細い顔
の中、ことさらに目立つ大きな目をこちらに向けた。
「…………おいしい」
 腕や足のあちこちに、傷やあざが残っている。腕の赤く腫れた跡は、あれは
まだ新しい火傷の跡だろうか。
「それは……よかった」
 傷はどうしたの、と、尋ねることはしなかった。
 訊けば訊くだけ……この子にも辛いことになりそうな気がしたから。
 はい牛乳とれた、と、タオルを外すと、ぽろ、と、子供の目から涙が零れた。
「……どしたの」
 頭をそっと撫でる。撫でた手に、時折ざらりとした異様な手ごたえがあるの
に、出来るだけ気付かなかった顔をして。
 (多分殴られた傷)

「……こんな、おいしいもん……はじめてくうた」
 どこか緩慢な動きで、その子はタオルを手に取り、涙を拭いた。顔を覆って
いたタオルが外れると、でも、その子は満面の笑みを浮かべていた。
「おいしい……」
「まだ、あるよ?」
 ことさらに明るい声で言ってみた。
「牛乳とかも……あ、ジュースあるかも」
 安かったんでついつい買ってしまった桃のジュース。それにどらやきとロー
ルケーキ。
「たべる?」
「うん」
 受け取ったジュースを、子供はくーっと一息で空けてしまった。もう一杯入
れてやると、やっぱり半分をくーっと飲んだが、ようやく満足したらしく、ど
らやきにかぶりついた。
「……おいしい」
 同じ言葉を何度も繰り返す。
 もしかしたら、その言葉しか……知らないのかもしれない。
 そんなことを考えている間に、やっぱりあっという間にお皿は空になった。
「…………おいしい」
 皺だらけの顔の、大きな目。
 そこから、ぽつん、ぽつんと涙が落ちた。
 思わず手を伸ばして、抱きかかえようとした。
 伸ばした手の向こうで、その子の身体は半ば透明になっていった。

 何となく判っていた。
 疲れ切っていた相羽さんの様子。
 一つ仕事が終わって……なお、その結末に、どうしても納得の行かないもの
があったのだろうなということ。 
 がりがりで傷だらけの、小さな子供。

「…………おかあちゃん…………」

 ふと、子供が呟いた。
 大きな目はどこか虚ろに、焦点の合わないまま……それでも何かを見ようと
しているように、動いていた。
 その手が、ふと、伸びて。

 そしてそのまま、ふっと。

 消えた。

 残っているのは白いお皿。
 すっかり空になったコップ。
 落とした屑まで舐めるように食べてしまったから、食べた跡さえ殆ど残って
ない。
 
 ぱたぱた、と、涙がテーブルに落ちた。
 慌ててタオルで抑えたけれども、ああ、このタオルでさっき拭いてやったっ
け、と思ったら。
 尚更涙が止まらなかった。

              **

 翌日、相羽さんはいつものように出かけていった。
 後で、PCをつけたついでに、ニュースの欄を見てみた。
 幾つも並んだ一行記事の中に、ぽつん、と、それらしい記事があった。
 母親は情夫と共に逮捕。
 死後……3ヶ月。

 
 
 あれから寝る前に、テーブルの隅にお皿を用意している。
 時にはエクレア。時にはロールケーキ。時にはプリン。
 それと牛乳を一杯。両方に軽くラップだけ被せて。
 
 相羽さんは何も訊かない。
 だからあたしも何も言わない。

 あの子は、あの時食べたことで、少しでも満足してくれたろうか。
 あれだけがりがりに痩せてしまったあの子が太るには、とてもとても足りな
い量なんだけど。
 でも。
 でもまた、おなかがすいて、泣くと……あまりに。
 むごい、から。


 相羽さんは何も訊かない。
 だからあたしも何も言わない。
 もう少し……続けてみようと、思っている。

時系列
------
 2005年8月終わり〜9月初め頃

解説
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 何となく日常の中の一挿話。
 相羽さんの仕事柄……こういうこともあるのでしょう。

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 ほんではほんでは。
 


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