[KATARIBE 29206] [HA06N] 小説『後悔後を絶たず』

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Date: Tue, 20 Sep 2005 00:35:35 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29206] [HA06N] 小説『後悔後を絶たず』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200509191535.AAA93697@www.mahoroba.ne.jp>
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Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29200/29206.html

2005年09月20日:00時35分34秒
Sub:[HA06N]小説『後悔後を絶たず』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
難儀コンビとかなんとか、色々言われてるこの二名。
とにかく行き着くとこに言って貰わねば。

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小説『後悔後を絶たず』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ヤク避け相羽。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0483/
 軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に移住。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0480/


本文
----

 顔から火が出る、って言うけれど。
 あの時ほど実感したことはない。


「お弁当は……間に合わなかった、ごめんなさいっ」

 言い捨てて、部屋に逃げ込んだ。とてもじゃないけど相羽さんの顔を見れな
かった。
 部屋の隅に座り込んで、額に爪を立てる。
 顔の皮膚を根こそぎ剥いでしまえたら、少しは気が楽になるだろうか。

 ぱたぱた、と、小さな音。そしてひんやりとした気配。
 ベタ達がいるのが、判る。

「……ごめん。大丈夫だから」
 
 
 誰が悪いわけでは、無い。
 それは判る。強いて言うならあたしが猫に変わった、その原因が悪いけど。
 無論相羽さんが悪いわけじゃない。昨日の夜、あれで放り出されてたら、多
分あたしは寝付けなかったと思う。
 寝付けないあたしが悪かったか。
 ……うん、それは自分の根性が座ってないわけだから、悪いかもしれない。

 だけど。
 ……それでも。


 玄関のほうで、扉の閉まる音がした。

            **

 ぱたぱたと。
 薄く透ける鰭が、空を柔らかく叩く。

「……ごめんね」

 頬を撫でるように、ベタ達が飛ぶ。

「ごめんね」

 迷惑をかけたのは一方的に自分。油断して甘えたのも自分。
 だけど、理屈以上に……顔から火が出るほど恥ずかしくて。
 なんであんな風に甘えたろう。なんであんな。
 なんで。

 拳を作って、こめかみに押し付ける。痛みで記憶が止まらないだろうか。
 記憶を再現する、この思考が止まらないだろうか。

 額を、はたはたと柔らかく鰭が叩いている。
 慰めるように、宥めるように。

「……ほんとに、ごめん……」

 情けなくて、辛くて、恥ずかしくて。
 どれだけ忘れようとしても。
 どれだけ……考えるのをやめようとしても。

             **

 ご飯の用意は、完全に済ませた。
 千切りのサラダ。秋刀魚の塩焼きに大根おろし。なすと茗荷の味噌汁。ごぼ
うの煮物。
 お茶もお湯を入れればよいようにして。
 お菓子も即出せるようにして。
 お風呂もきっちり用意して。
 新聞もきっちり用意して。

 何時ものとおりに、おかえり、と言って。
 何時ものとおりに、ご飯をよそって。

「…………」
 
 相羽さんは、何も言わない。
 こちらも、何も言わない。

 ……とてもじゃない、顔を合わせられない。

「…………おかわりあったら言って下さい」
「……ああ」
 下をむいたままぼそぼそ言ったら、やっぱり何となくぼそっとした声で返事
があった。

 ……ああ、申し訳無いことをしている。相羽さんに全く非はない、むしろお
世話になったっていうのに。
 でも。

 かたん、と、箸を揃える音がした。

「……お茶、入れますか」
 ご飯を食べ終わったらしい、と、判断してそう言ったのだけど。
 数瞬の沈黙。

「…………気にしてる?」
「…………っ」
 かっと顔に血が上るのが判った。こめかみの辺りがきん、と張り詰める。
「ちがう、相羽さんには感謝してる、ほんとにっ!」
 謝っても無い、考えれば無礼極まりない振る舞いしかしてない、等々。
「申し訳無いんですっ」
 下を向いたまま、半ば怒鳴るように言った自分に、なだめるような声で。
「いや、そういう問題じゃないしょ、お前さんの場合」
 何か……涙がこぼれた。

 くしゃっと、頭を撫でる手。

「悪かった」
「わ、悪くないっ」
 言ってみて確認する。悪いどころの話じゃない。
「お世話になったのに、全部お世話になったのに」
 あたしだと見抜いてくれて。
 ご飯の用意から何から、全て面倒見てもらって。
 怖がってたのを判ってくれて。

 なのに。

「……迷惑ばっかで、ごめんなさいっ」
「いや、まあ、それとは別だし」
「ほんとに、ごめんなさいっ」

 手首の内側で、目を抑える。何とか泣き止まないかあたしは。
 泣けば泣くだけ、相羽さんに悪い、のに。

「ごめんなさいっ」

 ふっと。
 腕の気配。背中に廻される手。
 抱きかかえられる。

 猫の姿で心細くてならなかった時と同じように。
 
「謝らなくていいから」
 何度も何度も、頭を撫でる手。
「お礼、言いたかったのに……っ」

 猫の姿なのに、あたしだと見抜いてくれたことに、どれだけほっとしたか。
 猫でも必要、と、言ってくれたことがどれだけ嬉しかったか。
 どれだけ言っても……足りないのに。

「まあ、とにかくさあ」
 ぽつん、と。
「戻ってよかった」
 相羽さんが、そう言った。

 そういえば、昨日の今頃、一生猫のままだったらどうしよう、と、本当に怖
くてならなかったのだっけ。
 一日や二日は珍しくておいてもらっても、結局何も役に立たないまま、捨て
られても文句は言えないのだ、と。
 必要、と言って貰ったのは本当に嬉しかったけど、ただでさえ役立たずがこ
れ以上役立たずになったらどうしよう、と。
 そう、思ったのだっけ。

「……猫のまんまだったら、御飯作れない、しね」
「まあね」
 振動ごと伝わる苦笑。
「捨て猫に、なるか、って、おもったし」
「捨てないっていったっしょ」
 
 どうしてだろうと思う。
 口が悪くて皮肉交じりで……そもそも刑事課では『ヤクよけ相羽』、強面が
見ただけで逃げるこの人が。
 苦笑交じりのあやすような声で、どうしてこんな風に言ってくれるのか。

「だって、猫、だったしっ」
「猫一匹くらい、なんとかできるって言わなかった?」
「そうだけどっ」

 今でも役に立つとは言えないけど、それでもご飯くらいは作れる。
 お風呂の掃除も出来る。
 猫にそんなことが、出来るわけもない。

「……役に立たない、から、猫なんて」
「役に立つ立たないじゃなくて、お前が要るっていわなかった?」

 どうして、と思う。
 何を見て、この人は、あたしにそれだけの価値を見出しているのか。
 どうして。

「……猫でも?」
「猫でもなんでも」
 理屈は何一つわからないけど。
 その言葉に、全く嘘が無くて。
 何だか……笑いが込み上げた。
 
 けど。
 ふと。

『大なる愚かより小なる愚かのほうがまだ良し』
 そんな言葉が、ふと脳裏に流れて。

「……猫のまんまのほうが、良かった、かな」
 呟いた声に、即疑問形の返事があった。
「なんで?」

 役に立たなかったかもしれないけど、猫なら言葉を喋らない。
 碌なことを言わない自身より、まだ可愛げがあったかもしれない。
 何より、人間としたって……あたしは出来損ないで。

 塊のように流れた思考は、どう言葉にして良いかわからない。その代わりに
止まっていた涙がまたこぼれた。
 解決には程遠い思考。
 泣くのだって解決に何にも役に立たない。
 ……泣くのは卑怯だと、思っていたのに。
 否、今でも思っているのに。
 
 と。
 頭から手が離れて、背中に廻されていた手が離れて。
 その代わりのように、手が頬を撫でる。軽く握った手の指で涙を払うように
幾度も。
 そして。


 相羽さんは何も言わなかった。
 ただ、そのまま泣き止まないあたしを、あやすように抱きかかえてくれた。


 何度も何度も、頭を撫でる手。
 それが、その日の最後の記憶だった。


時系列
------
 2005年9月初め。『猫の時間』の直後

解説
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 問題山積みの状態で終わった猫騒動。
 まだまだ余波が残るようです。

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 てなとこです。
 であであ。
 


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