[KATARIBE 29196] [HA06N] 小説『猫の時間(下)』

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Date: Sun, 18 Sep 2005 01:26:16 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29196] [HA06N] 小説『猫の時間(下)』
To: kataribe-ml@trpg.net
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Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
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2005年09月18日:01時26分15秒
Sub:[HA06N]小説『猫の時間(下)』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
猫の時間の続きです。
…………ええ、短いんですけど(滅)

Sawさん、感想有難うございます。
ええ、他にも誰か、春日の風の被害者が出て欲しいと、これは切に<被害者なんかい(汗)

**************************************
小説『猫の時間(下)』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ヤク避け相羽。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0483/
 軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に移住。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0480/


本文
----
 双方に油断があったと、あとからこれは思ったこと。
 後悔先に立たず……後悔後を絶たず、とは、実に名言である。

         **

 ご飯を食べて、久しぶりに自分で風呂を用意して。
 新聞を読むうちに、並んで記事を眺めていた猫が欠伸をした。

「眠い?」
「にぃ」
「寝よか?」
「……にぃ」

 こっくりと頷いた猫は、けれどもぺたんと座り込んだまま動かない。
 
「どしたん」

 にい、と、小さく口を開けて、猫が鳴いた。

 段々夜が更けてゆく。
 段々……不安だけが大きくなるのかもしれない。

 人ではないこと。
 猫になってしまったこと。
 これ以上の変化を、恐らくは本能的に怖がっている面もあるのだろう。

「…………なー」
 猫の大きな目が、うろうろと彷徨うように揺れた。

「ほら」
 抱きかかえて撫でてやると、猫はほっとしたように身体を伸ばした。ころこ
ろと、喉のあたりで音がする。
「にぃ」
 撫でてやると、猫は一度だけ、前脚を伸ばして手をぱたぱたと叩いた。
 そしてそのまま、大きな目をつぶってもたれかかる。猫特有の……というか
眠りかけの人の、微笑ましくなるほど心地よさそうな顔になっていた。
 それがなんともおかしくて、何度も撫でてやるうちに、ほう、と、確かに人
間臭い仕草で溜息をついて。
 ことん、と、猫はそのまま眠りについた。
 猫の体温は人よりも高い。そのほっこりとした塊をそっと抱えて、相羽はそ
のまま布団に入った。

 考えてみれば猫であっても真帆なのだから、一緒に抱えて寝るというのは問
題があるわけだが。
 これに関しては双方、油断したとしか言いようがない。このまま寝たら完全
に猫に変わるのじゃないか、と、不安で仕方が無かったのは真帆のほうだし、
それを見透かしたからこそ相羽も猫を抱いて寝たのである。
 理は、それで立つ。全面的に立つ。

 ……それでも。

 後悔先に立たず、後悔後を絶たず……というのは、実に名言なのである。

              **

 春日の風の効果は、ほぼ一日にて消える。
 桜姫の悪戯は、決して悪意のものではない。どちらかといえば好意的なちょっ
かいになるのだろうが…………

 ……大体神々のちょっかいなんて、昔から碌なことにならないのである。

              **

 と、いうわけで。
 翌日起きた途端、相羽は流石に沈黙した。

 すぐ目の前に真帆が寝ている。
 猫の状態の時に抱きかかえて眠ったのだが、それがそのまま人にすり変わっ
ている。片腕に頭を乗せたまま、それだけは猫と同じように心地よさそうな顔
のまま。

(ああ……戻っては、いるねえ)

 肌がけから肩口が除いている。解けた髪の毛が覆っているものの、何も着て
いないことが見て取れた。
(そういや服と眼鏡が落ちてたねえ)

 布団をめくらないように気をつけながら、抱え込むように廻していた手を引っ
込める。同時に肌がけをそっと巻きつけるようにしてやって。
(どうしたもんかね)
 起きるまで待っても、起こしても、多分真帆は驚くだろうし恥ずかしがるだ
ろう。どちらにしろその反応は同じことだ。

「……起こすか」

 腕枕していない方の手で、真帆の頬を軽く叩く。
「真帆」
「…………あい?」
 何となくふにゃっとした返事と一緒に、目をこする。ぼんやりとした目が、
一瞬後に、はっきりと見開かれた。
「え…………え?!」
「……起きた?」
「……っ?!」
 目の前の顔に据えられていた視線が、動く。周りに、そして自分自身に。
「って……」
「戻ったみたいだねえ」
「っ?!」
 腕枕状態なのに気がついて起き上がろうとし、そしてまた固まる。巻きつけ
られた肌がけの下には何も身に付けてないのだ。下手に動けるものでもない。
「…………ぅぁっ……」
 耳から肩口まで、真っ赤になった真帆が、泣き出しかけた時に。

「あーちょっとまってな」
 よいしょ、と、枕になっていた腕を引き抜く。肌がけをめくらないように、
そっと起きてベッドから離れる。
「向こうの部屋いってるから、着替えてきな」
「……………はい」
 かろうじて聞こえる程度の、小さな声。そしてぱたぱたと動く気配。扉が開
いて閉まる音。
「…………い、今御飯作りますから」
 半分泣き出しそうな声がそう言うまで、せいぜい15分。
 その時間が、妙に居心地が悪かった。

        **

「あの、急いで作りますから」
「ああ、そんな焦んなくていいから」
「で、でも、お弁当の用意とか出来てなくて」

 おろおろ、と、そこまで言って……真帆はそこでしゃがみ込んだ。

「…………ごめんなさいっ」
「いや、戻ってよかったから」
 しゃがんで泣いている真帆の肩に手を伸ばす。抱き寄せて頭を撫でた。
「……ごめんなさいっ」
「謝らなくていいって」

 悲鳴をあげるほど恥ずかしいのだろうとは見当がつくし、それはわかる気が
する。多分理屈では、どうしようもなかったことと判っているだろう、とも。
 それでも。

「……一応言っとくけど、見てないよ」
 泣きじゃくっていた真帆が、泣き声を飲み込んだ。
「…………ほんとに?」
「起きたときに気づいたけど、布団かぶってたしね」
 一瞬泣き止んだ真帆が、小さな声で呟いた。
「…………気付いた、の?」
「まあ、一応」
 言った途端、また真帆がぽろぽろ泣き出した。
「ご、ごめん、今お味噌汁作るからっ」
 立ち上がって手首で目をこすって、鍋に水を入れる。
「あの、着替えてるうちに……作るからっ」
 泣き止まない割に、その手際はいい。冷蔵庫から鮭の切り身を出して、鰹節
を出す。見届けて、相羽は台所から退散した。


「どうぞ」
 テーブルの上には、ご飯とお味噌汁。鮭の切り身と切干大根の煮物。
「お弁当は……間に合わなかった、ごめんなさいっ」
 言うだけ言って、部屋へと逃げる。ぱたん、と、扉が閉まった。

(無理無い、ね)

 今、何を言おうがどうしようが、言えば言うだけ泣くだろう。
 ただ、では、どうしたらいいのか……それはやはり、判らない。

「……参ったね」

 呟いた言葉は、妙にはっきりと響いた。



時系列
------
 2005年9月初め

解説
----
 春日の風の騒動の続き。
 桜姫……相当恨みを買いそうな気配です(汗)

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 てなもんです。
 ではでは。
 


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