[KATARIBE 29192] [HA06N] 『よすがの時間・2』

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Date: Sat, 17 Sep 2005 18:10:44 +0900 (JST)
From: Saw <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29192] [HA06N] 『よすがの時間・2』
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2005年09月17日:18時10分43秒
Sub:[HA06N]『よすがの時間・2』:
From:Saw


Sawです。2。

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小説『よすがの時間・2』
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登場キャラクター
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九折因(つづらおり・よすが)
    :吸血鬼。少女。
六兎結夜(りくと・ゆうや)
    :吸血鬼。青年。

本編
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 夏は好きやない。嫌な夢見るもの──憎らしい太陽が地に落ちきるのをじっ
と待ちながら因は呟く。
 締め切った室内は蒸し暑く、目覚めた因は汗の不快さにどっぷりと溺れ、勢
いよくタオルケットをはね除けてわずかなりとも発散しようとする。そのまま
ベッドの中央に大の字で寝転がり暗がりの中じっと息を潜める。行儀の悪さな
ど知ったことではない。なにしろ息苦しかったのだ。
 そうして、天井をじっと睨むようにして起きる直前まで見ていたまぼろしを
反芻する。赤だけが鮮明な無彩色の光景をじっくり味わい直す、その時のこと
を少しでも忘れないために。


 まもなく、パチリという部屋の照明のスイッチの音と共に結夜が入ってくる。
右手に輸血パック、左手に薔薇を一輪携え、だけど少しも気障ったらしさがな
い。結夜は蛍光灯が何度か瞬きながら点灯する中でベッドの上で目を見開いて
いる因をみやる。
「なんや、起きてたんか」
「私、溶けてしまう……もう半分くらい溶けてもうたかもしれへん。脳味噌
減ってたらどないしよう」と、因はよくわからないことを呟く。
「血飲めば落ち着くやろ」と、結夜は言って輸血パックを投げ渡す。
「ありがとう」
 因は輸血パックに糸切り歯で穴を開け、ちゅうちゅうとうまそうに飲み出す。
口いっぱいに広がる血液はよく冷えていてすっかり因の表情を引き締める。つ
いぞ先程までは死んだ魚のようであったのだ。
 一方で、結夜は薔薇をくるりと回しじっくり香りを楽しむ。そうして指で薔
薇から生命力を吸い取る。花弁はみるまに萎れ、枝葉はぱりぱりに乾燥してい
き、しまいには花がぼとりとフローリングに落ちる。
 それを合図に因はむっくり上半身を起こして口を開いた。
「あんな、父様と母様の夢みたんや。兄様もいたかもしれへん。みんなでお買
い物行った帰りに殺されてしまう夢」
「因さんが吸血鬼になったときの話なんかな」
「うん。せやけど少しも悲しくない。私な、ヒトの頃の記憶はまるで他人事や
ねん。映画の登場人物が死んだくらいのもんや。映画見とる時は感動するかも
しれへんけど終わったらすっきりや。なぁんも残りません。ただ、懐かしいね
ん」
「懐かしい」
「せやから、あの人達のこと覚えててあげなあかんなあと思うねん。そう言う
意味ではやっぱり家族なんやね」
「そうなんや」
「うん」と言って因は放り出したタオルケットを拾い直して再び横になり「結
さん、クーラーつけて。寝苦しくて適わん」などという。
「まだ寝るんかい」
「ちょっと早起きし過ぎた気がすんねん」
 結夜が時計を見ると18時をとうに回っていて、因にとってもそれほど早起き
とはいえない。もう一度寝たら明らかに寝坊する。だから結夜は呆れたような
声で、食べてすぐ寝ると牛になんねんでなどと言いつつエアコンのスイッチを
いれて部屋を出ようとする。
「待って、結さん」と、因が再び起きあがり唐突に言った「本屋さん行こ。ま
だねむいけど頑張んねん。牛は嫌や」
「本屋、駅前の本屋なら9時くらいまでやってたかもしれへんな」
「そこ、行きたい。連れてって?」
「しゃあないなあ。そういう約束なんやったっけ? もう一人の私と」
「うん、そうやねん。そう言う約束や」と、繰り返す因──そんな約束はどこ
にもなかったが。


 因は42分かけてシャワーに入り着替えを済ます。普段の黒地の着物ではなく
コットンのキャミソールに膝丈のスカート、タイツと言った洋装で出てくる。
一方の結夜は相変わらずの黒一色であったが、因にアクセントが欲しいなどと
言われて半ば強引に上から白いシャツを羽織らされていた。
 道中、日本の文学縛りでしりとりをしながらゆっくり歩いていく。因が三度
ほどパスしてもう一度とやっきになり始めた頃に目的の本屋に到着する。本屋
には車が四台ほど止められる駐車スペースがあったが車は一台しか停まってい
ない。
「あら、思ったより大きい本屋さんやね」
「せやね、この辺は大学多いから」
 結夜は自動扉を開けて中に入っていく。客はまばらだ。そしてふと振り返る
と因は自動扉の前で待ち惚けていた。
「どないしたの?」
「……招かれてへんからはいれないんや」と、因は言う。
「はぁ、なるほど。めんどくさいなあ、君ら」
「うう、結さんが不作法やねん」
「さて、どうしたもんか。いらっしゃいませー、とか言えばええのかな。い
らっしゃいませー」と、結夜は少し声を張る。
「ありがとう」と言って因が店内に入ってくる。
 たちまち店員や客の注目を集めてしまい少々結夜は気恥ずかしい思いをした
が、まあ気にしないことにする。子供と一緒にいる大人というのは少々突飛な
行動をしても許されるものなのだ。
「ところで因さんはどんな本がご所望で? 歌劇が好きなんやったっけ?」
「漫画。漫画読みたい」といって少女漫画誌の並ぶ棚に真っ直ぐ向かう。
 結夜は因が自分の部屋にある漫画に見向きもしなかったので少し意外であっ
たが、若い人には若い人の趣味もあるのだろう思い直し新書の新刊棚に向かう。
 二三冊めぼしいものを物色したのちに因の様子を見に戻ると、因は分厚いロ
ーティーン向けの少女漫画誌を小脇に抱えて別の雑誌を広げている真っ最中。
時折うわあなどと漏らしながら仰け反っている。
「どうかしたん?」と、結夜が紙面を覗き込むと、そこには男女の営みとでも
言うべきものがしっとりと描かれている。ああ、最近の少女漫画は過激やから
なあ、などとのんびり考える。
 因は吸血鬼になってからの世相の移り変わりにしばらく硬直していたようで
あったが、ぱたんと本を閉じ、小脇に抱えていた雑誌とひとまとめに結夜に手
渡す。
「ほ、ほなこれとこれを買うてくれますか?」
「へ、私が?」
「子供やからお金ないねん……」
「経費でおちひんかなあ」などと呟きながら、結夜はとぼとぼと少女漫画誌二
冊を抱えてレジに向かう。少女漫画を買うこと自体には抵抗がなかったが、ポ
ケットマネーから出すことには抵抗がある。
 だいたい因は上に申請すればいくらかの小遣いくらい貰えるのではないだろ
うか、あとで聞いておくべきやな、などとひとりごちる。
 結夜は過激な描写のある少女漫画誌の方を下にしてレジに置く。気にはなら
ないが、こういうのは本能の問題である。そうして紙袋を因に手渡し、二人は
店を出た。


「ありがとう、結さん。漫画買うてもらたのなんて生まれて初めてや」
「ああ、ええよ」
 生まれて、のところをとりわけ強調したのは彼女が吸血鬼として生まれ直し
てからのことを指すのだろうと結夜は思う。
「父様と母様にはよく本屋さんも連れてってもらったんやけどなあ」
 二人はそれきり言葉も交わさずに、人通りのほとんどない農道を歩く。月は
少しずつ高く登っていき、木々の影はゆらゆらと不気味に揺れている。吸血鬼
には相応しい夜だろう。横を歩く因が大事そうに紙袋を抱え込んでいるのを見
て結夜は、金を使わされたのは不満だったがまあよしとすることにした。

時系列
------
 夏。

解説
----
 因、ヒトであった頃の家族の話をする。

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