[KATARIBE 29186] [HA06N] 小説『猫の時間(上)』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Sat, 17 Sep 2005 00:26:10 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29186] [HA06N] 小説『猫の時間(上)』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200509161526.AAA50608@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 29186

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29100/29186.html

2005年09月17日:00時26分10秒
Sub:[HA06N]小説『猫の時間(上)』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる@ろぐいっぱい です。
春日の風の話、まだ半分ですが相当長いので。
ここで切って、送ります。

**************************************
小説『猫の時間(上)』
=====================
登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ヤク避け相羽。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0483/
 軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に移住。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0480/


本文
----

 目が醒めると、真帆は、自分が一匹の猫になっていることに気がついた。


 ……などと殊更に、カフカじみて始める必要も無いのだが、事実は事実であ
る。

「…………なー」
 何で、と呟いた筈の声も、猫の鳴き声になる。
 流石に真帆も、途方に暮れた。

(原因は)
 と、真帆は考える。
(電話があって、あと一時間くらいしたら戻るって言われて)
 買い物に行く前に、忘れていた足拭きを取り込む為に、硝子窓をあけて。
 瞬間、夏の名残にしては妙に涼しげな風がくるり、と取り巻くように吹いて
きて。
(そして……眠くなったんだっけ)
 倒れ込む前に、窓を閉めて鍵をかけた。
 それが、ぎりぎり。

 そして気がつくと、履いていたスカートが、空っぽのまま妙に遠くにぺたり
と広がっていたこと。
 自分の身体にまとわりついているのが、さっきまで着込んでいたブラウスで、
それを払った手にびっしりと白い毛が生えていたこと。
 慌てた足元を払われて、転んで。
 払ったのが自分の眼鏡だと知って。
 闇雲に……それも四足で……走った先の、硝子に映ったもの。
 色こそはっきりしないけれども、頭の上のほうに、黒と茶のぶちのある、あ
まり大きくはない、猫の姿。
 それが自分だということ。

「なーーっ」
 
 視野の隅を、赤と青の色が掠めた。
 見上げると、ベタ達が逃げていった。
 魚にとっての猫である。確かに天敵なのだろう。

「……なぅ……」

 まだ長い日も、だんだんと暮れてゆく。
 電気をつけることが、そもそも出来ない。
 無論御飯も作れない。いやそれよりも猫の姿で、どうして自分と判るだろう
か。

(相羽さん、猫、好きだろうか)
 ベタを飼っているところを見ても……そう、好きとは言えない気もするし。
(放り出されたらどうしよう)
 家の中に見たことも無い猫が居たとして。
 無論、何かむごいことをするとは思わない。真帆が拾ったのか、くらいのこ
とは考えてくれるだろう。
 でも。
(わかんなくって、普通だし、なあ)

 ぺたん、と座り込んで、とうとう真帆(猫)が泣き出した時に。
 かちゃん、と、鍵が廻る音がした。
 
           **

 一見して、異常は明らかだった。
 すっかり暮れて真っ暗になった家の中に、電気がついてない。手探りで玄関
の灯をつけたところに。
「…………猫?」
 返事をするように、猫はにゃあ、と、鳴いた。

 仔猫より、もう一回りほど大きな猫である。白地に所々黒と茶のぶちのある
三毛猫は、大きな目を真っ直ぐに相羽に向けている。見据えても目を逸らす様
子さえ無い。

「……………なー」
 何か言いたげに鳴く猫を、ひょいと抱き上げる。腕の中で、猫は鳴きながら
頭を擦り付けてきた。もそもそ動くのを抱えたまま部屋に入り、電灯を点ける。
 と。

「……服と、眼鏡」

 硝子窓のあたりから、丁度人が倒れた形に服が並べてある。襟元だけが妙に
くしゃくしゃになっており、触った指に猫の毛が数本くっついてきた。
 襟元から少し離れたところに、転がっている眼鏡。そして多分髪を纏めてい
た簪。

「なーっ」
 ぢたばたと暴れる猫を、落さないように抱えなおして。
「……家にいたのはさっきの電話で確認した」
 こしこし、と、こすれる感覚に視線を下げると、猫がうんうんと頷いている。
「そして、外出した気配はなし」
 テーブルの上に財布が載っている。ちょっと出かけて、という時でも、大概
真帆は財布を持って移動する。余程のことが無い限り、財布無しで外に出ると
は思えない。
「……そして、部屋にいたのはこの猫」
 声を聴いた途端、猫がぢたばたと暴れ出した。
「なーなーなーっ」
 視線の先で、猫が鳴きながらこちらを見ている。

 流石に、まさかとは思う。そんなわけはなかろう、とも思う。
 しかし……疑念はある。それを仮定して。
 くるくる、と指を廻して、見えない……真帆が居なければ見える筈の無いベ
タ達を呼ぶ。
 ふっと赤と青の姿が、近づいてまた消える。やはり猫は怖いらしい。
 
「……奴らが実体化して、離れると消える……」
 視線を落として、腕の中の猫を見る。
「つまり」
 ひょい、と、猫を抱え上げて、その目を見る。猫もまたじっとこちらを見る。
「なーっ」
 縦に虹彩の長い目が、だんだんうるうると涙を浮かべている。その様が妙に
人間じみている。
 否。
 相羽自身がよく知っている相手に良く似ているのだ。

「……真帆?」
 途端に猫が頷いた。何度も、それこそ首が千切れんばかりの勢いで頷く。
「なーーーっ」

「なんだってまあ、猫に」
「…………みぃ」
 問い掛けると、猫は首を傾げ、そして横に振った。
「みーーーっ」
 見る見るうちに、目から涙がこぼれてくる。その目を両方の前脚でこするよ
うにする仕草は、確かに猫のものではなかった。


「さて、どうしたもんかね」
 抱きかかえた猫を撫でながら言う。と、猫がしょんぼりとした。
「…………にぃ」
 確かにどうやったら元に戻るかは、真帆にも判っていないだろう。
「……とりあえず、なにかメシくってから史の奴に相談してみるか」
 こくこく、と、猫は頷いた。

 とは、いえ。
 猫になった真帆は何を食べるのか。
 猫に準拠するのか、人間のままなのか。
「……お前、何食う?」
 訊かれて猫は、頭を上げた。相羽を見上げたまま口をあけて、また閉じる。
そのまま、またしょんぼりと頭を下げた。
 確かに……言いたくても答えられない。

「……猫缶じゃないことはたしかだな」
 言った途端、猫は両前脚を振り回した。
「にゃあっ」
 厳重抗議、の勢いである。
「ああ、わかったわかった怒るな」
 ぷん、と、頭を巡らせた猫は、ふと視線を止めた。
「ん?」
 ちょいちょい、と、前脚で相羽をつつく。その前脚を伸ばして。
「……なー」
 示した先にあるのは、酒瓶。
「猫になっても相変わらずだね、お前さん」
 溜息混じりに言うと、猫はまたしょんぼりと頭を落とした。
「……なーなぅ」
 だって呑まないとやってられるかー……と、口がきければ言うところかもし
れない。
 猫を抱えたまま酒瓶を取る。食器棚からお猪口を取り出し、酒を注いでテー
ブルに置く。
「まあ、これでいいかな?」
 すとん、と、猫を下ろしてやる。
「にい」
 お猪口に近づいて、ぺろっと舐めて。
「……にー」
 目を細めて、それはそれは嬉しそうな顔をする。
 それは確かに、いつもの真帆の仕草であり表情である。
 くくっと笑いながら、相羽は猫を撫でた。

 と。

「……にいっ」
 唐突に猫がお猪口に前脚を突っ込んだ。びしゃっと跳ねるのも気にせず、そ
のまま前脚をテーブルに降ろして、体ごと動き回る。
「…………」
 よろよろの、酒の匂いのする跡は、かろうじて文字と読めた。

『こはんかてこい』

 にゃあ、と、また顔を上げて鳴く。前脚をぶんぶん振っているのを近くのタ
オルで拭いてやって。

「……つまり、だ」

 隣の部屋から、紙とペンを持ってくる。その上に五十音を全部書いて。

「指差してみ」
「にゃあっ」
 飛び上がらんばかりに喜んで、猫が駆け寄ってくる。テーブルの上の紙をて
とてと叩いて、さて出てきた文章といえば。

『こはんつくてないのでかてきて まてます』

 ……濁音と「っ」が無かったらしい。

「……ああ、しみついてんね、家政婦が」
 思わず言った言葉に、猫は妙に落ち込んだが。
「んじゃ、メシ買ってくるけど、お前は何か要る?」
 こくこく、と、頷いてまた紙を叩く。
『おひるたへてない へたにえさやてない』
 ちょっと首を傾げて、付け足す。
『すいそうのへたも』
「わかった、やっとく」
 やっぱり家政婦がしみついてるね、と、流石に今度は口に出さず。
「お前さんは何食べる?」
 尋ねると、猫は首を傾げた。んーと、と考え込むような仕草の後に、またと
んとん、と紙を叩く。

『おにきり』
 そして、
『こめんなさい』

 口癖のようなその言葉を示してから、猫はまた、しょんぼりと頭を落とした。
「わかった、まあ待ってな」
 言いながら、頭をなでる。手の中にすっぽりと収まる小さな頭は、ほっかり
と暖かかった。
「…………なー」
 いってらっしゃい、と言ったのか。
 それにしては妙に心細いような声だった。

          **

 近くのコンビニで、弁当とおにぎりを買って、家に戻る。

「なーっ」
 玄関を開けると、猫がちんと座って待っている。
「よう、ただいま」
 靴を脱いで上がると、一緒にとてとてとついてくる。
 決して仔猫というほど小さくはないが、動きの一つ一つが妙に幼い。そのせ
いか妙に幼い猫に見えるのだが。
(成る程ね)
 良くみるとそれは、動きが幼いというよりも、『ぎこちない』のだとわかる。
首を傾げてみても、前脚を動かしてみても、結局『人間の動きを猫の身体で追
う』ことになる。それがどうにも不器用そうに、そして幼い動きに映るらしい。
 納得しながら、相羽は鮭おにぎりをお皿に置く。
「海苔は取ったほうがよさげだねえ」
 こっくし、と、頷くのを確認して、海苔を外し、おにぎりを食べ易いように
解体する。
「なー」
 頂きます、と言う代わりに、やはり一度頭をぺこりと下げて、猫はおにぎり
を食べ出す。余程空腹だったのか、頭から突っ込むような格好になっている。
それでもまあ、何とか食べられるようだ、と確認してから相羽は割り箸を取り
上げた。

(そういや史の奴は今日はあっちの仕事で出張だしなあ)
 一所懸命食べている猫を見ながら、ふと思い出す。
「史の奴が戻ったら、ちっと相談してみる」
 その言葉に猫が顔を上げた。
「………なー」
 ご飯粒があちこちについたまま頷く。黒い片耳の先っぽにも、米粒が一つくっ
付いて居るのが、妙に目立った。手を伸ばして取ってやると、猫はまたぺこん
と頭を下げる。

「この手の件は奴は詳しいし」
 せめて豆柴がいれば、と思うのだが、残念ながら彼もまた、長兄について出
張中である。
 人が猫に変じる。
 変じた猫をどうやったら元の人間に戻せるのか。

 ぱふ、と、猫が顔を上げた。どうやら十分食べたらしく、顔をもそもそとぬ
ぐっている。あちこちにくっ付いたご飯粒を取ろうとしている、その意図はわ
かるのだが、なんと言っても不器用である。せっかく取れたご飯粒が、腕……
もとい前脚にくっ付いたりして、なんともはかがいかない。
 最初はゆっくりと、そのうち段々とむきになって顔を擦っている猫に。
「ほら」
「な?」
 ぐしぐしと顔をこすって、ご飯粒を取ってやる。
「にーっ」
 目をきゅっとつぶって、猫は顔をこすられている。小さな子供が親に顔を洗
われている様子に、どこかしら似ていた。
「とれた」
「なぁ」
 手を離すと、また猫はぺっこりと頭をさげた。
「しかし、猫になっても行動はやっぱり人準拠だね」
「なぅ」
 本物の猫なら、こうはならないだろう。
 改めて思う。これは……真帆だ。

「……どうしたもんかね」
 額をかきながら思わず言うと、猫がまたしょんぼりと下を向いた。
「……にぃ」
 とてとて、と、元気の無い足取りで五十音の紙のところにゆき、前脚で紙を
抑えて引っ張ってくる。何度か転びそうになりながら相羽の目の前にその紙を
置くと、また、とんとん、と、字を叩いた。

『すと ねこのままたたらとうしよう』
 心細そうに一度横を向いて。
『すてねこにしますか』

 妙に人間じみた泣きそうな顔になって、猫が相羽を見上げた。

「必要ってさ、何回言えばわかる?」
「にぃ……」
 笑いながらぐしぐしと頭をなでる。卵の殻を思わせる、どこか脆い手触りが
あった。
「……にぃ」
 撫でている手からするりと抜けて、猫はよいしょ、と、前脚を伸ばした。五
十音の紙を引っ張り寄せて、またとんとんと叩く。

『ねこても』

 文末の疑問符の代わりに、ことんと首を傾げる。
 くくく、と、相羽は笑った。

「猫の一匹養えない男だとおもう?」
「にーーーっ」
 ぢたぢたしながら、猫が紙を叩く。

『そゆもんたいしやない(そゆ問題じゃない)』

 言い切ってぷん、と、背を伸ばしてから……猫はまたへちゃんとなった。

「…………にぃ」
「まあ、そんなにへこみなさんな」
 下を向いたままの猫を、ひょいと抱えあげる。
「…………にぃ」
 腕の中で、猫は頭を何度もこすりつけた。
「何とか、元に戻す方法探してみるから、さあ」
 ぺこんと頭を下げる猫を幾度も撫でながら。
「戻んなかったら……まあ、お前さん一匹くらいなんとかする」
「……………にぃ」
 猫はきゅっと目をつぶった。つぶった目からぽろぽろ涙がこぼれてくる。
 確かにそれは、猫の仕草ではない。

 真帆の動きの、猫によるカリカチュア。

「しかし、猫になってもかわんないね、お前さん」
 指先で顔を撫でながらそう言うと、猫は涙目のまま顔を上げた。
「……に?」
 なんで、と言いたげに首を傾げる。
「行動がそのまんま」
「…………に??」
 目をまんまるにして、傾げた首を尚更に傾ける。
 人間ならば問題の無い動きではあるのだろうが。
「……そーいうとこが」
 傾けた首の重さに引っ張られるように、こてんと倒れたところを手でうけと
めてやる。
「…………にー」
 流石に決まりが悪いらしく、受け止めた手をぽてぽてと前脚で叩いてそっぽ
を向く。
「……にぃ」
「不服?」
 その前脚をつまんで、ちょいちょい、と、指先で軽く叩く。
 猫はふるふると首を横に振った。

 みてくれは唯の三毛猫である。
 両手の中におさまるような、何でもない猫である。
 
「まあ、へこみなさんな」
 ぴんと立った耳を、そっと撫でながら言うと、猫はこくりと頷いた。


時系列
------
 2005年9月初め

解説
----
 桜姫の悪戯の、春日の風(http://hiki.kataribe.jp/HA/?KasugaNoKaze)。
 その風にあたった真帆の、一騒動のはじめ。

****************************************
てなわけで。
まだ続きます。
 ……多分明日以降に(汗

 ではでは。
 



 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29100/29186.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage