[KATARIBE 29157] [HA06N] 小説『半身〜真帆の視点から』

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Date: Sat, 10 Sep 2005 02:22:14 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29157] [HA06N] 小説『半身〜真帆の視点から』
To: kataribe-ml@trpg.net
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Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
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2005年09月10日:02時22分14秒
Sub:[HA06N]小説『半身〜真帆の視点から』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
久志さんの書いて下さった、半身。
ほぼ同じ時間軸で、真帆の立場から書いて見ました。

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小説『半身〜真帆の視点から』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ヤク避け相羽。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0483/
 軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に避難。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0480/
 


綱渡
----

 咄嗟に思った。
 考えるな、と。

         **

 お弁当作って送り出して。
 ぷくぱたと跳ね回るベタ達を横に、パソコンのスイッチを入れる。
 濃灰色の画面に、飛び回るベタ達の影が映る。

 大分古くなったな。これ。立ち上がるのに時間が掛かりだしてる。
 

 とっさに伸ばされた、手。
 頭を撫でる、手。

 一度だけ、抱きしめた腕に力を込めて。


 怒ったのか、何か気に障ったのか、不安だったのか。
 ……意味が、わからない。

 
 パスワードを放り込んで、また数分。
 ベタ達がショートカットの記号をつくつく突付いている。
「……それつついても、何にもならないんだけど」
 毎度のことながら声をかけるんだけど。
 やっぱり毎度のことながら、きょとっとこちらを見るばかりで。
「ぶつかってたんこぶ作らないようにねー」
 ぷくー。ぱたたたたた。
 ……返事だけはいいよなあ……


 何があったかなと思う。
 特別何かって言ったら……矢木の電話くらい。
 
 電話の内容が気に食わない、ということなんだろうか。でも奴さん結婚した
ってだけの電話だったし。
 以前の話は……確かに碌でもないことしてるけど、でも、今更相羽さんがそ
ういうことに目くじら立てるかっつったら……それもなさそうだし。

 意味が、わからない。
 なんだろう、な。

 
 …………でもどこかで思っている。判っている。
 これ以上、突付くな。これ以上考えるな。

 
 常識外れだとは、自分でも少しだけわかってる。
 正直、相羽さんと居るときは気にならない。というより気にする必要も無い
のだろう。話してれば楽だし、適当に御飯作って片付けるだけのことだし。
 黙っていて苦にならない。話していても気が楽だ。

 ただ。
 多分それが可能なのは、それでもどこかからは踏み込まないからじゃないか
とは思う。
 言わないことは聞かない。知らないで良いことは知らないままにする。
 それだけの、割と単純なルール。


 多分、何らかの意味はあったんだろうとは思う。
 でも何も言わないから。

 気に食わない何かがあれば……多分言うだろうし。
 言わないうちは、本当にはならない。

 本当に気に食わないことがあったとしても、知らないうちは本当じゃない。


 …………逃避だ。完全な。


「こーら、そこなお二人さん。ちょっと退いてよ」
 ふに?と、ベタ達がこちらを向く。
「あのね、そこ居ると見えないから」
 ふよふよふよ、と、案外おとなしくベタ達は退散する。程なくして隣の本棚
あたりで何やら落っこちる音がぽすぽすしているのを、これは完全に無視して
おいて。

 分からない 
   (考えるな)
 何が気に食わなかったのか
   (それ以上は考えるな)


 ふと横を見ると、ベタ達は落っこちたクマのぬいぐるみの上で、くるくると
飛び回っていた。



認識
----

「って、講義?」
「変?」
「いや、変とは言わないけど」

 ……意外というか……いやでも教えるだけの内容はあるし、豆柴君を鍛えて
る、その実地をまんま喋ればいいのか……ってそういう問題でもないし。

「大変だった?」
「まあね……どうにも豆柴くん筆頭に真面目で真剣な分余計疲れる」

 確かに、電話の予告よりも多少早く帰ってきた相羽さんは、何か妙に考え込
んだような表情のまま、揚げだし豆腐を食べている。かといって何か機嫌が悪
いわけでもない。いつものように話して、いつものようにつまみ食いをしてい
たベタ達をひょいと手で押しやって。
 押しやられたベタ達が、こんどはこちらの皿をぢっと見てる。
「……さっき、食べたよね?」
 そんな恨めしそうな目をしなくても……

 そうやって、いつものように食事をして。
 いつものように何となく話して。
 そろそろ、片付けるかな、と思ってたら。
 ふと。

「相羽さん?」
「あ」
「……何一人で頷いてんの?」

 お箸もって、何を深々と頷いてんのやら。
 
「いや、ねえ、やっと理解した」
 何だか妙に晴れ晴れとした顔で。
「……は?」
「俺、妬いてたみたいだよ」
「は?」
「昨日の留守電の弟分に」

 …………は?

 
 かなりの間、思考が止まってた気がする。
 というかその。

 ……妬く?

「……矢木の電話のどこら辺に、妬くだの何だのの要素があったっけ?」 
「……どこら辺だろう」 
「何か、悪いこと……言ったかな」 
 そらまあ矢木とは長い腐れ縁だし、会えば『おう生きてたな』とやるし。
 何かあれば向こうから電話がひょこっと来る、けど。
 それにしても。
 少し困ったような顔で、考え込んでいた相羽さんがゆっくりと口を開いた。
「たぶんね」 
「……うん」 
「俺がすごい我侭なんだと思う」 
「え?」 
「お前さんが、その弟分を可愛がってるんだなっていうのがわかるのがね、 
どうも気に入らない」 
「…………はい?」 
 気に入らない、と、言われてみても。
「っつか……いあ、そら、留学時代から付き合い長いし、まあ弟分だし」 

 同じ理系だったせいもあるけど、入学願書からテストの際の『学費払込み
証明書の取得』まで、一緒にチラシを解読してたし。
 友人から送ってもらった蕎麦を分けて、泣くほど感動されたりもしたし。
 ……それって妬かれる話なのか?

「考えてみれば、半年もたってないのか」 
「……え?」 
「俺らの場合」 
「……ああ」 
 勘定してみる。2月の途中からの付き合い。ぎりぎりで半年……行くか行か
ないか。
「そりゃ付き合いでいったらそっちのが長いわな」 
「……うん」 
 いや、納得したなら……何でそこで改めて不機嫌そうになるのだ。
「……だけど……ええと、あの」 
 その仏頂面が、何となく怖いというか、困るというか。
「あの……弟分って、あちこちに散ってるの、結構居るんだけど」 

 てか。
 本当の弟が居て。
 弟分が、言わば全国各地に散る形で居て。
 理由はともかく、そんなもんにいちいち妬かれたらたまったもんじゃない。
 何なんだろう一体。

「じゃあさ」 
 困惑していたら、不意に相羽さんが口を開いた。
「なに?」 
「……俺は、お前さんにとって何に値する?」 
 
 虚を……突かれた。


 あのとき。
 恋愛なんて呑気なものには、思えなかった。
 手を離せば多分崩れる。手を離されたら多分崩れる。
 ぎりぎりの、どうにもこうにもならない……相手。
 半分。

 どう言えばいいかと思った。でも。
 言って説明しないと納得しない人、とも思った。

「……半分」 
「え?」 
「相羽さんはあたしの半分」 
 この人に、下手な誤魔化しやその場しのぎは通用しないから。
「あたしは、そう思ってます」 
「……なるほど」 
 少し考え込んでいた相羽さんは、不意にくつくつと笑った。
「ああ……言いえて妙だ」 
「……何?」 
「確かに、そう考えると納得いく」 
「……ふうん?」 
「俺も否定の余地がない」 
「…………」 
「お前さんは俺の半分だ」 

 気圧されるほど、あっさりと。
 そんな、風に。

「……だからね」
 何だか慌ててしまって。
「弟分に妬かれても、あたしはどうして良いか判らないし」 
 話を進めかけたこちらの言葉を遮るように。
「いや、だから納得いったんだよ」 
「納得って?」 
 訊き直した途端……訊き直したことを後悔した。

「俺はお前が必要だと思ってて、でもお前が本当にそれでいいのか、まではわ 
かってなかったから」 

 一瞬。
 目の前が、暗くなった。
 
 泣きたいと思った。この野郎と思った。
 人の言うこと、何を聞いてるんだと思った。

 ……でも。

「お前のことを信用してないんじゃない……ただ。俺が、俺自身を信用してな 
いだけなんだよ」 

 その理屈は全くもって、あたしのもので。
 情けないほど。


 自分の半分。
 自分にとって大事な相手が、そこまで己を卑下するということ。
 でも、同じことを自分がしていて、自分を見るにその卑下は正しいとしか思
えなくて。
 大事な大事な友人をけなされることは、その本人にであっても辛い。
 でも、逆もまた真なり、と、言われてしまえばそれまでで。

 つらくてつらくて。
 だから逃げようとした。せめて部屋に入ろうとした。

「……悪かった」

 掴まれた肘を引っ張られて、そのまま抱きしめられた。
 
「すまん」


 耳元で、とつとつと語られる、声。
 何度も頭を撫でる手。
 つらいと思うのは間違えてる。まして怒るのは完全に筋違い。
 同じことを……それも先に言ったのは、自分だ。
 

「俺はお前が必要だし、いて欲しい……けど、本当にお前さんがそれでいいか
どうか、俺が判断できない」
「俺には、自分じゃなくて他の相手も選べた、って。お前さん言ったでしょ」
「俺も、似たようなこと考えてた」


 ……謝るしか、出来なかった。


 半分。
 自分で言っといて何だけど、この人の反応は時折、頭痛がするほど自分と似
てる。
 だから、半分なのか。
 半分だから……そうなってしまうのか。
 
 似ている。とても。
 ……でも。

 …………でも?
 (一瞬、考えるな、と、反射的に)
 (でも一体何を考えるな、と?)



「こちらも、でも、頼んどいていいかな」
 それでもこれは、先に言っとかないといけないことで、言って全く問題が無
いことだから。
「何を?」
「弟分に……妬かないでもらえます?」
 思わず苦笑する。
 相羽さんも……少し笑った。
「ああ、わかった」
「それやられると、あたしは」


 ――あ。


 相羽さんが話している。
 その言葉の意味がわからない。
 
 否…………




 相羽さんは、弟分に、妬いた、と言った。
 それをやられると、あたしは。

 時にそっくりな、半分のあたしは。

 (彼女は綺麗で、頼りなげで、泣いていて)
 (怒った顔も、化粧が半分取れたような顔さえも)
 (人に頼ることを、自在に可能にする人で)

 彼女に。

「…………ああ、そっか」
「ん?」
 不思議そうな声に、現在出来る限りの、普通の声で答える。
「……えっとごめん、離してもらえる?」
「ああ」

 ふっと手が緩んだ。
 手から抜けて。一度、頭を下げる。

「……片付け、ちゃんと後でやるから」
「ああ」


 急ぐな、と、何度も呟きながら。
 自分の部屋の扉を開ける。
 急ぐでもなくことさらゆっくりとでもなく、扉をあけて。

 閉めて。


 膝が、崩れた。



 あのとき。
 あたしは、千夏さんに断言した。あなたのほうがあたしよりも相羽さんに近
い。どうしてあたしと変わりたいと思うのか、わからない、と。
 だって彼女は女性だったから。相羽さんの『彼女』になりたくて、それで勘
違いしてあたしを刺したのだから。

 でも。
 相羽さんがあたしの弟分に対して妬いたというなら。
 あたしは、千夏さんに向って嫉妬するのだろうか。

 綺麗で。素直で。
 泣いて怒って。
 
 嫉妬と言うべきかは知らない。でも。
 
 (かのじょのほうがはるかにふさわしいではないか)


「…………っ」

 耳を抑える。丸くなって、頭を膝につける。
 

 怖いのは。
 相応しいと、思うことではない。
 (それは多分、単なる事実)

 怖いのは。

 相応しい、と、思ったことに、反発する。
 自分自身。


 女でもなく男でもない、と。
 だから……半分たり得ている自分が。

 反発するなら。
 相羽さんに執着するなら。


「…………っ」


 斬られる。

************************************

…………てなわけです。
 ではでは(脱兎)

 


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