[KATARIBE 29156] [HA06N] 小説『半身』前編

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Date: Fri, 9 Sep 2005 22:42:57 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29156] [HA06N] 小説『半身』前編
To: kataribe-ml@trpg.net
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Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
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2005年09月09日:22時42分56秒
Sub:[HA06N]小説『半身』前編:
From:久志


 久志です。 
リミッター解除始動。 

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『半身』前編 
================ 

登場キャラクター 
---------------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ヤク避け相羽。 
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0483/ 
 軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に避難。 
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0480/ 

疑問符 
------ 

 なんでかね? 
 夕べから頭の中を飛び回ってる疑問符。 

「さて、お前達」 
 狭い会議室にぎっしり座った若手連中の視線が集まる中、軽く右手でホワイ 
トボードを叩く。 
「今日の研修の講師を務める相羽尚吾だ、よろしく」 
 一瞬遅れて、大小あわせて十数名からよろしくお願いしますの返答が返って 
くる。緊張した面持ちの若手連中の中には、いつもの豆柴くんとその同期であ 
る通称土佐犬こと波佐間がひときわ真剣な顔でこっちを見てる。 
「この研修の目的は、異常事態発生から人が援助行動に至るまで段階の認識と、 
異常事態発生から援助・介入を通じての出動をいかにスムーズに行うかの各自 
意見の出し合いと考察だ」 
「はいっ」 
「ああ、先に言っとくけど、俺の講義の中で出す質問で『わかりません』とい 
う返答はないよ?おぼえておくようにね」 
 神妙な面持ちで返事をする連中を見ながら、ふと一抹のおかしさを感じる。 

 人にわからないとう返答は許さないと言っておきながら。 
 どうにも今の自分の頭の中には、夕べの疑問が解決していない。 

 夕べの出来事を反芻してみる。 
 何が気に食わないのか。 
 何故、手がでてしまったのか。 

 どうにも、わからない。 

帰り際 
------ 

 デスクに戻って、軽く伸びをする。 
 派手に動き回ったわけでもないが、講義の間中ずっと立ちっぱなしのしゃべ 
りっぱなしは中々にきつい。 

「先輩、お疲れ様です」 
「ああ、わりぃね」 
 丁度、講義の終わりのタイミングを見計らったように出された少しぬるめの 
お茶を一気に飲み干す。 
「講義のほうはどうでした?」 
「ん、ああ。なかなかいいんじゃない?むしろ連中真面目すぎるくらいだね」 
 軽く肩を鳴らして、机の上で書類の端を揃える。 
「まだ、残るんですか?」 
「あと少しね、ちょっとだけまとめたら帰る」 
「そうですか、僕はもうあがるんで、お茶お替り淹れてから帰りますね」 
「ああサンキュ、お疲れさん」 
 史の奴の背中を見送って、胸ポケットの私用携帯を取り出す。 
 帰るのは……あと三十分くらいか。 

『はい』 
「ああ、俺」 
『相羽さん……仕事終わり?』 
 言葉の間、微妙に戸惑いがある。 
「あと三十分くらいやってから帰る」 
『諒解』 
「……じゃ」 
『……うん』 

 少し歯切れの悪さを感じつつ、携帯を切って胸ポケットにしまう。 
 机に肘をついて、下に視線を落とす。 

 どうしたんだろね、一体。 
 講義の合間も、時折思い出したように疑問がよぎっていた。 
 知らずにボールペンを握った右手が動いて、メモ用紙にぽつぽつと黒い点を 
落としている。 
 昨日の出来事がゆっくりと脳裏によみがえる。 

 どーしようもない弟分。 

 あいつはそう言っていた。 
 その口調と顔は、本当にしょうがない奴だなあとでも言いたげな、相手のだ 
めな所をしっかり知りつつ、なおひっくるめて大事なのだという雰囲気が節々 
から感じられて。 
 ボールペンを置いて、手を開いて軽く握る。 

 とっさに伸びた、手。 
 頭を撫でた、手。 

 一度だけ、力を入れて抱きしめた、手。 

 どうにも、わからない。 

半身 
---- 

 帰り道。 
 結局、まとめも早々に切り上げて予定より少し早めに県警を後にした。 
 わからないことがある場合の対処。何がわからないのかをまず見極める。 

 原因がわからないのか。 
 やり方がわからないのか。 
 何がわからないかがわからないのか。 

 おそらく三番目。 

「ただいま」 
「ああ、お帰り」 

 結局、答えは出ないまま。 
 自宅に帰り着いて、差し向かいに食卓に座って、夕飯を食べている。 
 つくつくと、揚げだし豆腐の上にのったかつお節をつまむ二匹のベタを眺め 
ながら、蓮根のきんぴらを口に運ぶ。 

「ああ悪いけど、お茶もらえる?冷たい奴で」 
「わかった、ちょっと待って」 
 ぱたぱたと冷蔵庫に冷やしてあるお茶を出してグラスに注ぐ。 
 まだ、微かに喉がひりひりする。 
「先生って奴は偉大だねえ」 
「……なにをしみじみと」 
「いや、今日さあ。研修で若手連中相手に長々講義したせいで喉が痛くて」 
「ああ……って、講義?」 
「変?」 
「いや、変とは言わないけど」 
 顔に書いてあるね。 
「大変だった?」 
「まあね……どうにも豆柴くん筆頭に真面目で真剣な分余計疲れる」 
「ああ、確かに」 
「出来のいい奴が多い分、なかなかにやりづらいね」 
「いいにこしたことないと思うけどなあ」 
「だって出来が悪いほうが俺の粗がばれにくいじゃん」 
 無言でにらまれた。 
 肩をすくめて、ベタ達をどけて揚げだし豆腐をつまむ。 

 食事もあらかた終わって、ふと思う。 
 じろり、と。にらんだ目。 
 しょうがない奴だ、と。苦笑する顔。 
 どこかで見た。 
 弟分のことで愚痴っていたときと同じ。 

 ああ、なるほど。 
 心の中でわだかまって凝り固まってたものが一気にするりと解けていく。 

 俺は、その弟分に妬いていたのか。 

「相羽さん?」 
「あ」 
「……何一人で頷いてんの?」 
 いつの間にか、手をとめて真帆がこっちをじっと見てる。 
「いや、ねえ、やっと理解した」 
「……は?」 
「俺、妬いてたみたいだよ」 
「は?」 
「昨日の留守電の弟分に」 

 真帆の動きが止まる。 
 これでもかとばかりに目を見開いて、唖然とした顔をする。 
 そらまあ、驚くだろうねえ。というか言ってる自分のほうも相当に驚いてる 
んだけれど。 
 数秒の間を置いて、やっとこ口を開いた。 
「……矢木の電話のどこら辺に、妬くだの何だのの要素があったっけ?」 
「……どこら辺だろう」 
 面と向かって聞かれると、確かに不思議だ。 
 黙り込んだ自分の様子に、少し不安げな顔になる。 
「何か、悪いこと……言ったかな」 
 悪いことは何も言ってない。 
 ただ。 
「たぶんね」 
「……うん」 
「俺がすごい我侭なんだと思う」 
「え?」 
「お前さんが、その弟分を可愛がってるんだなっていうのがわかるのがね、 
どうも気に入らない」 
「…………はい?」 
 改めて考えてみると、相当に勝手極まりない。 
 さっきから輪をかけて混乱してるのが、見ていてわかる。 
「っつか……いあ、そら、留学時代から付き合い長いし、まあ弟分だし」 
 留学時代から、長いこと面倒を見て、あれこれ相談にのって。 
「考えてみれば、半年もたってないのか」 
「……え?」 
「俺らの場合」 
「……ああ」 
 目の前でひとつふたつと指を折って数える。 
「そりゃ付き合いでいったらそっちのが長いわな」 
「……うん」 
 だから、その親しさも頷けるし、理解できる。 
「……だけど……ええと、あの」 
 困ったように視線を泳がせる。 
「あの……弟分って、あちこちに散ってるの、結構居るんだけど」 

 弟分。 
 その響きに対して。 

「じゃあさ」 
「なに?」 
「……俺は、お前さんにとって何に値する?」 

 止まる時間。 
 沈み込むように黙った真帆の顔を見る。 
 視界の隅に、時折ひらひらと赤と青の姿がひらひら動くのが見える。 

「……半分」 
「え?」 
 一瞬、耳を疑う。 

「相羽さんはあたしの半分」 

 真っ直ぐにこちらの顔を見てきっぱりと答える。 
 流石に、声がでなかった。 
「あたしは、そう思ってます」 
「……なるほど」 

 半分。 

 必要だと言った。 
 ここにいて欲しいとも言った。 

 その意味は。 

「ああ……言いえて妙だ」 
 思わず、忍び笑いが洩れる。 
「……何?」 
「確かに、そう考えると納得いく」 
「……ふうん?」 
「俺も否定の余地がない」 
「…………」 
「お前さんは俺の半分だ」 

 半分。 
 だから、必要で。 
 いて欲しいと、思うわけか。 

「……だからね、弟分に妬かれても、あたしはどうして良いか判らないし」 
「いや、だから納得いったんだよ」 
「納得って?」 
「俺はお前が必要だと思ってて、でもお前が本当にそれでいいのか、まではわ 
かってなかったから」 
「…………っ」 

 ばぁん、と。 
 目の前で、テーブルを殴りつけて。 

「先には死なないって、言いませんでしたかあたしは?」 
「……言ったね」 
「いなくなったら……生きてると思うなって、言いませんでしたかあたしは?」 
「ああ……」 
「あたしは、片帆が大事だけど」 
「…………」 
「片帆にも、そうは言ったことが無いです」 
「……ああ」 
「そこまで信用されてないか、あたしは!」 
「……悪かった」 

 ばん、と。 
 さっきよりは少し小さくテーブルを叩いて、そのまま俯いた。 

「お前のことを信用してないんじゃない……ただ。俺が、俺自身を信用してな 
いだけなんだよ」 

 人として。 
 自分が信用できるかというと、さっぱり自信ってものがない。 

 お互い、黙り込んでしまったまま。 
 しん、と。降り積もるような沈黙。 

 乾いた音を立てて真帆が立ち上がった。 
「悪かった」 
「ごはんの片付け、あとでやるから。あと、お風呂湧いてるから」 
「ああ」 
 心持ち俯いた顔は、今にも崩れそうで。 
「……悪かった」 
 そのまま、逃げるように部屋へと向かった真帆を追って席をたって後ろから 
腕を掴む。 
「すまん」 
「……怒ってる、わけじゃない」 
 掴んだ腕を引き寄せて、両腕で抱きしめる。一瞬、引き寄せた体が微かに震 
えたのを感じた。 
「……悪かった」 
「違う……あたしも、自分のことは信用してない。だから、理解は出来る」 
 でも、と。つぶやくように。 
「……だけど腹立つっ!」 
「だから、俺が悪かった」 
「頭冷してくる。離して」 
「……断る」 
 引き寄せた腕に少し力を入れて、耳元に口を寄せる。 
「どうにも、ね」 
「…………」 
「俺さあ。ずっと長いことねじくれたまんまでいた分さ、考えがヘンに凝り固 
まってたみたいでね」 
 片手で頭を撫でて。 

「俺はお前が必要だし、いて欲しい……けど、本当にお前さんがそれでいいか 
どうか、俺が判断できない」 
 ここに居ていいか否か。 
 それが本当に相手に為になるのか。 
 自分からは客観的に見ることはできない。 
「俺には、自分じゃなくて他の相手も選べた、って。お前さん言ったでしょ」 
「……言った」 
「俺も、似たようなこと考えてた」 
「…………」 
 本当に自分でいいのか。 
 もっといい相手がいたんじゃないか。 

 俯いたまま、真帆の肩が小さく震えている。 
 微かに聞こえてくる、掠れた声。 

「悪かったから」 
「……ごめんなさい」 
「あやまらなくていいから」 
「……ごめんなさい」 
 声を押し殺して、震えながら、泣いている。 
「……相羽さん」 
「ん?」 
「あたし、ここに、居てもいいんだよね?」 
「居て欲しいよ」 
「半分だって、言っていいんだよね?」 
「俺もそう思っていいなら」 
 きゅっと、抱きしめた袖を掴んで。 
「……必要なんです」 
「俺も必要だよ」 
「……疑わないで下さい」 
「信じるから、さ」 
 両腕に力を込める。 
「もうあやまるのやめてくんない」 
「…………はい」 

 目をこすって、小さく笑う。 

「こちらも、でも、頼んどいていいかな」 
「何を?」 
「弟分に……妬かないでもらえます?」 
「ああ、わかった」 
「それやられると、あたしは」 
「俺なんざ言い訳のしようもないし」 
「…………ああ、そっか」 
「ん?」 
「……えっとごめん、離してもらえる?」 
「ああ」 

 腕を緩めると、ゆっくり体を離してぺこりと礼をする。 

「……片付け、ちゃんと後でやるから」 
「ああ」 

 そのまま、するりと部屋に消えて、ぱたんとドアが閉じる。 

「……真帆」 

 返事はない。 


時系列と舞台 
------------ 
 2005年8月下旬。小説『伝言(改訂版)』の後日。 
解説 
---- 
 疑問を抱えたまま、悩む相羽。その真意は。 
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
後編へ続く。 


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