[KATARIBE 29130] [HA20N] 小説『図書室通信・其の四』

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Date: Sat, 3 Sep 2005 01:30:04 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29130] [HA20N] 小説『図書室通信・其の四』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年09月03日:01時30分03秒
Sub:[HA20N]小説『図書室通信・其の四』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
のたのたながら、何とかかんとか、一日一作品。
…………(そのうち潰れるほーに500円<まて)
というわけで、西生駒。
ログおこして話にしてみました。

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小説『図書室通信・其の四』
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 登場人物
 --------
  石雲悠也(いしくも・ゆうや)
   :西生駒高校一年生。図書委員。石化能力者。
  火渡源太(ひわたし・げんた)
   :西生駒高校二年生。図書委員。図書室の本を知悉している。
  真越倫太郎(まこし・りんたろう)
   :西生駒高校二年生。重度時間流動障害を持つ少年。あだ名はマコリン
  毒島博士(ぶすじま・ひろし)
   :西生駒高校三年生。化学部部長。
  御厨沙織(みくりや・さおり)
   :西生駒高校二年生。化学部の人。
  真越誠太郎(まこし・せいたろう)
   :西生駒高校化学教師。真越倫太郎の父。息子命。

本文
----

 図書委員というものがあり、図書委員会というものがある。
 当然ながら、図書委員長、副委員長なんてものいるんだけど。
「火渡先輩、どっちでもないんですね?」
「うん、僕は善良な一委員だから」

 ……そこで、僕だけじゃなくて、2年3年の先輩達までが目を逸らす現状を
先輩はどう認識してるか、時折ほんとに謎になるんだけど。


 図書室の七不思議。
 そのうちの一つが……もしかしたらこの先輩かもって、最近思う。


         **

 図書室の使用者には、当然ながら先生も入る。

「せんせー、薬品ぶっこぼして本を駄目になさらないで下さいー」
 毎度変わらない人の良さそうな笑顔で、火渡先輩が言った相手は、化学の真
越先生である。
 確か……化学部の顧問でもあるし、図書室常連の真越先輩のお父さんである
という。本当に真面目で一所懸命な先生だ、と、結構生徒の間ではそれなりに
受けがいい。ただ『化学部の顧問なんかにまともな先生がなれるわけないじゃ
ん』という非常に根強い意見もあり、ここのとこは微妙ではある。
「大丈夫、ちゃんと実験用機器は隔離してあるし、必要箇所はすべてメモにま
とめて腐食に耐えられられるようにするからね」
 ある意味遠慮のない先輩の言葉を、先生は別に咎めることもなく、淡々とご
く普通に返す。
 ……しかし。
 腐食って何だ一体。

「宜しくお願いします」
 淡々とした返事に、また淡々と先輩が返す。言いながら先輩はカードに書き
込みをしていたが、
「あ、先生、そういえば化学部部長に貸し出し超過の本があるんですが」
 と切り出した。
「ああ、毒島君か」
「はい」
 ……見たことある。つかはっきり言って相当有名な人である。去年の文化祭
では、あるクラスの出し物として映画を作製したらしいけど、その効果音に、
この先輩の笑い声がしっかり使われたらしく……その結果、相当恐ろしい映画
に様変わりしたという噂が聞こえている。
「本の取立て、かね?」
「はい、今日くらいに特捜部が化学部に行くと思います」
 特捜部。妙な名前だけど……つまりは貸し出し超過な本を回収する係である。
ちなみに営業部は本の修理や整理、カウンターに於ける業務を言う……とは、
最初の図書委員会での委員長の発言である(もしかしたら火渡先輩だけがおか
しいわけじゃないかもしれない、図書委員って)。
 とりあえず、図書委員特捜部、と言えば、ある程度の常連には通じるらしい。
「ああ、そう言っておこう」
「そうして頂けると、助かります」
 にこにこっと、火渡先輩が笑って、手元のカードをとんとんと揃える。
「まあ真越君に特捜部に加わって貰ってますんで、宜しくお願いします」
「!」
 真越先生の表情が、変わった。

 真越先生の、生徒内での評判は基本として悪くない。教え方上手いし、何か
一所懸命だし、真面目だし、判らないって聞きにいくと丁寧に教えてくれるそ
うだし。
 でも、悪評もまたある。先刻言った『化学部の顧問』ってとこが一つ(まあ、
化学の先生だから、これは仕方ないっていう意見も無論あるんだけど)。
 で、もうひとつは。
『せんせーって真越君一筋だよねー』
 なんである。

 真越先輩は、身体が悪いらしい。
『あー、だいじょぶだいじょぶ』
 その一言で片付けられるし、後輩からするとあまり深く聞けないけど、そう
いう話は幾らか聞こえてくる。だからだとは思うんだけど、真越先生は相当に
『先輩が大事』らしい。
 無論、それで授業だの成績だのが左右するような先生じゃないし、それだっ
たらもっと露骨に皆から嫌われると思うんだけど。
 ……えっとええと。
 つまりがとこ。
 時折、漫画に描いたオヤバカ状態に、なる、らしい、という噂があって。
 んで、それが現在、僕の目の前で実現してるというかなんというか……


「毒島先輩が借りてるんですか」
 呆れたような声が、カウンターの左のほうから聞こえる。見ると女の、どう
やら先輩が本を抱えてこちらを見ている。
「それはもう本は死んだと思った方が」
「いや、案外借りた本はきちんと返すんだよ、あの人」
「えー」
「ただ、ちゃんと催促しないと、大概借りたの忘れてるけど」
「ああ、そうかも」
 いや先輩達、先生がなんかふるふるしてるときに、そんな呑気な。
「それに、本が戻らないままにしておくなんて、そんな無責任なことをする真
越君じゃないし」
 うんうん頷きながら……だから先生の顔色がますます悪くなるようなことを
そやって平気で言うし、この先輩は。
「真越君、責任感あるし、本好きだし、特捜部に自発的に加わってくれるんで
すよ」

 それは……実際、本当のことだ。

 図書委員以外の図書室常連を、結構この先輩はこき使う(というと語弊があ
るが)。その中でも真越先輩はしっかりと腕章まで貰った人で(いや、そうい
うシロモノが特捜部用と営業部用にあるんだ、この委員会には……)これまで
も貸し出し超過の本を探すのを手伝ってくれてたりする。
 いや、だから本当では、あるんだけど。
 でも。
 ……このタイミングで言うあたり、火渡先輩悪党だ。

「……そうか、倫太郎はいい子だ……任せなさい」
 あぜーんとして見ている、さっきの女の先輩を完全に無視した格好で。
「その任、父である私が責任を持って果たせるよう最善をつくす」
 何か背後に、稲光が走りそうな勢いだなあ。
「有難うございます」
 思いっきり深々と、先輩は頭を下げるし。
 何となく……悪徳な庄屋さんとか悪徳な店の大番頭さんとかを連想したのは
僕だけじゃないと思う。うん。

 ふふふふふ、と、肩を震わせて笑いながら、真越先生は出て行った。


「さて、これで、当時の値段5000円、現在絶版の本が一冊戻る……と」
『特捜部資料:貸し出し超過本』と銘打ったノートを開きながら、火渡先輩は
もそもそと呟いている。
「にしても、部長さんも、コピーして製本するなり何なりすればいいのに」
「……ん?ああ、あの本数箇所コピー不可能なとこあるから」
「…………は?」
「何かね、『そういう』本らしいよ……一部だけど」
 『そういう』本ってどういう本なんだか……。
「そこが勘所だー超科学だーとか言ってたけどね……あああったあった」
 いや、あったあったじゃなくて。
「だいじょぶだよ。さっき言ったように、基本として毒島先輩って本返してく
れるからね」
「……どっからそういう自信が出てくるんですか」
「経験則」
 そんなあっさりと。
「心配なら見てきたら?」
「……怖いからいいです」
「ん、まあね……あと三十分か一時間くらいしてから行った方がいいよね」
「なんですかそれ」
「うん、毒島先輩もしくは真越先生が、本を発見するまでの時間ね」
「…………」
「まあ、面白いから見とくといいよー」
 ……先輩怖い。

           **

 で。
 ここからは多少伝聞になるんだけど。

「ふむ、本……」
 カウンターで呆れ顔になってたのは、化学部の人だったらしい。そこから伝
言された毒島先輩の最初の反応は、そう呟いてしばらく考えた挙句、
「ハッハッハ、内容は思い出せるが、在り処さっぱり覚えておらん」
 ……とのことだったらしい。
「それじゃ困るじゃないですかー」
「うーむ」
 それでもしばらく、先輩は真面目な顔をして黙っていたらしいんだけど。
 途端に、クックックッと笑い出したらしい。
「イバラギ君……アレかね」
「おそらく、試験胎・零の核の台替わりに使用したものと思われます」
「ならば、今頃は素式癒着を起こし既に……ククク……カカカカカカ」
 周りに居た化学部部員がゆっくりと後退するのを尻目に。
「“今の在り処”は判らんな……クックック……ハーッハッハッハッ」

 伝聞の出所、つまり化学部の人曰く。
『まだ明るいのに教室の中が真っ暗になって、窓から雷光がぴかーんと光る…
…それくらいのエフェクトがある笑い声だったわね』
 ……どんなんだそれ。

「在り処はおそらく、隣の準備室だとは思われますが」
「そうか」
 で、それを聞いてた真越先生がどうしたかっていうと……何でも八面六臂、
背中に珍妙な発明品を山ほど背負って。
「……倫太郎、パパはやり遂げてみせる……」
 そう言って、混沌の支配する部屋へと向った先生を見送って、毒島先輩は一
言。

「ま、倒せば無事だろう。一応コンビニ袋で包んでおいたしな」

 ……そういう問題、かなあ。


          **

「んー」
 さて。
 図書室のやり取りから、ほぼ一時間くらい経った頃だろうか。
「……そろそろかなあ……えっと、真越ー」
「なになにー?」
 おいでおいで、とされて、素直にてててっとやってくる真越先輩。
 絶対に火渡先輩にうまいこと使われてる気がするんだけど。

「化学部部長から、本取り上げてきて。多分みつかったの読み直し開始してる
筈だから」
 片手に『特捜部』と書いた腕章をひらひらさせながら、火渡先輩は、何かや
たらに状況を特化させてる。
「はーい」

 てこてこてこ。
 真越先輩は出て行く。
 火渡先輩はまた、カウンターで何やら書き物をしている。

 大丈夫かなあ、真越先輩。

「……先輩」
「なにー?」
「いや、大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫だと思うよ?」

 だからその不思議かつ根拠がない筈なのに根拠がありそうな発言はどっから。

「そんなに心配なら見にいく?」
「……怖いからいいですっ」
「そんな、怖い人じゃないよ?」
「十分怖いです」

 ……自分も相当、何か口が悪いなあ。

           **

 さてところで。
 後から真越先輩や化学部の先輩に聞いたところによると。
 真越先輩がてとてとと出てった丁度その頃に、少し焼け焦げとかかぎ裂きと
かのできた白衣に片手にメスを持った真越先生が、片手にコンビニ袋を持って
準備室から出てきたそうである。
 ……そういう意味では、確かに火渡先輩の時間判断は確かだったわけで、やっ
ぱこの先輩は並じゃないと思うんだけど。

「……化学の……勝利だ」

 そう言ってばったり倒れた先生も……やっぱ並じゃない。色々と。

『そんで出てきた先生が、
「……倫太郎、パパは……やったよ……」
 とか呟いてるのに、毒島先輩ったら、
「ふむ、読み直すのもまた一興……」
 なんつって、倒れた先生から本を取り上げてたし』

 …………死して屍拾う者無し。
 
「こんにちはー」
「む、顧問息子」
 そしてぴょこっと入っていった真越先輩に、毒島先輩は本を読みながら。
「顧問であれば、そこで力尽きているぞ」
「って、パパっ!」
「はっ、倫太郎!」

『もーね、漫画かと思っちゃった。がばって音がしそうなくらいの勢いで先生
復活するんだもん』
 とは、やっぱり化学部の人の言葉で。
『あの先生も、結構超化学ってか、便利な身体をしてはるよねー』
 ……どんなんだ。


「パパ、大丈夫?どうしたの?」
「倫太郎……パパはやったよ」
 周りの部員の様子を完全に無視して、先輩をぎゅっと抱きしめて。
「……科学は、偉大だ……」
「…………むー?よくわかんないけど、パパがんばったんだね♪」
「ああ、パパはいつまでもお前の味方だ」

 なんてやってる横で。

「では、本は返してきますね」
「あ、この本もついでにお願いします」
「はい」
 と、本を回収する人あり。
「ふむふむ、今日もよく研究をした。さてイバラギくん、1分後に合流としよ
う……征きたまえ」
 と、白衣を翻し不適に笑い、腕を振る人あり。

『速攻で日常に回帰するあたりが、化学部のいいところやね』
『……それ、ほんとに日常なんですか?』
『化学部としては、日常』

 ……化学部ってやっぱり変だと思う。

            **

 真越先輩を見送って、約15分。

「……さて、先生が真越への愛情ゆえに、本のことを忘れてるほうに一票」
「はい?」
「ついでに、真越も忘れてるほーに一票……本戻ってくるのかなあ」
 いや、そこ、唸ってる場合じゃないと思うんですが……っていうか、それだ
け分かってるなら、自分でとりに行けばいいのに……
「自分で取りに行けばいいのに、とか思ったろ、今?」
「えっ」
「まあ、あと一度超過やったら、貸し出し拒否するぞ、とはこの前言ったから、
向こうも分かってるとは思うんだけどなあ」
「それでも忘れるんですかね」
「それでも忘れるんだと思うよ」
 あーあ。

 と。

 しゅん、と、細い筋のような風が、流れた。
 
「こちら、お返しします」
 気がつくと、20才くらいの女の人が、本を抱えてカウンターの前に居た。
「あー……はい、返却ですね」
 くるくる、と、先輩が本を手の中で廻す。
 本の題名を確認して。
「はい、確かに」
「はい、それでは失礼」

 ひゅふっ。

「…………先輩」
「うん、消えたろ。いつもなんだよね」

 ……動じない人だなあ、この人も。

「あーあ、今回も駄目だったか」
 カードに書き込みながら、先輩は実に残念そうに言う。
「って、何がですか?」
「さっきも言ったけど、あの部長、返却期限のデッドラインを越したことは無
いんだよね」
「デッドライン?」
「うん。いっつもぎりぎりまで返さないし、言わないと返さないから、貸し出
し停止……って、一度宣言したいもんだけどさー」

 鉛筆の後ろで、とんとん、と、カウンターを叩いて。

「残念だ。本が戻ってきたのはありがたいけど」

 ……この風景を見て。
 その一言で終わることが出来る先輩って。



 図書室の七不思議に、この先輩が加わっててもおかしくない。
 否、積極的に加えるべきじゃなかろうか。

 そんな風に……最近つくづく思ってたりする。

解説
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 図書委員と化学部の攻防。
 ……うん、ある意味、七不思議より怖いですね。
参考ログは、
http://kataribe.com/IRC/HA07/2005/07/20050719.html#230000
http://kataribe.com/IRC/HA07/2005/07/20050720.html#000000
です。
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 てなもんです。
 ではでは。
 


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