[KATARIBE 29125] [HA06N] 小説『片翼』

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Date: Fri, 2 Sep 2005 00:13:32 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29125] [HA06N] 小説『片翼』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年09月02日:00時13分31秒
Sub:[HA06N]小説『片翼』:
From:久志


 久志です。
 先輩と真帆さんのお話です。
お墓参りいった次の日あたりの会話でしょうか。

ああああ、もう、埋まりたい。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『片翼』
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登場キャラクター 
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 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ヤク避け相羽。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0483/
 軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に避難。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0480/

手の平
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 手を握り締めて開く。
 つい先日、真帆と一緒にいった両親の墓参り。
 そも墓参りなどここ数年どころか、前に行ったのいつだったかもう思い出せ
ない程に前で、やっぱりというかなんというか、見事なまでに雑草で荒れ放題
だった。お陰で散々親不孝もの呼ばわりされたものだが。
 それにしても、軍手をはめていたとはいえ、流石にあれだけの雑草を無造作
に引き抜いたせいか、手ががさがさになっている。それに昼日中外にいたせい
で腕がうっすらと日に焼けている。

 テーブルの上では、赤と青のベタ二匹がお茶請けに置かれた羊羹をつくつく
とつついている。
 台所で食器を洗いながら、真帆がぽつりとつぶやいた。
「……そいえば、さ」
「ん?」
「この前、お墓参りに行った時……御夫婦で来てる人達が居てさ」
「ほう」
 彼岸の日。
 自分らだけでなく、結構入れ替わり立ち代り人が来ていた。
「息子さんに会いに来た……って」
「……ああ」
「多分、あたしと、そんなに年齢変わらないくらいの人で」
「…………」
「……それで、息子さんに……って」

 ひと口、冷たいお茶を飲む。
 二匹揃って羊羹をつつきあっていたベタが、食べるのに飽きたのか、互いに
ヒレをばたつかせながら威嚇を始める。
「なるほど、ね」
 ひらひらと揺れる、青と赤。
 こいつらも本来ならば、この世にはいないはずの存在であって。
「何かそう考えると」
「辛いねえ」
「……うん」
 そのまま言葉をきって、食器を洗い始める。
「……なんかさ、大往生するなら、いいんだけど」
「そう……だねえ」

 不意に襲う望まない死。
 そういうものを、さんざん見てきて。
 自分自身もそんな大往生ができるか、と言われたら。そうもいかない職につ
いていることも自覚してる。
「まだ先があって、これからって人が、突然亡くなるのって……」
 ぽつん、と。つぶやくように。
「残るほうも、きついよね」
「確かにね」

 ふと、思い出す。
 中村のダンナのこと。
 ダンナは一度だって死にたいなどと思ったことはないだろう、奥さんと可愛
い娘を置いて逝く気など欠片もないはずだ。
 だが、それでも。

「……そうならない為に、努力はするけど」
 右手でこめかみを撫でる。
 どうしてあの時、自分は真っ先にやられてしまったのか。
「……けど?」
 手を止めて、静かな……妙に落ち着いた声で真帆がつぶやいた。
「……でも、身を守るために人死にがでるんだったら……」

 ごわごわとした包帯の感触、ワイシャツの襟と袖にしみこんだ血。
 手術中のランプが照らす中、両手で袖を掴んで「お父さんは!?」と泣きな
がら叫んでいた……小さな女の子。
 その問いに答えることもできず、歯を食いしばって手術室のランプを見てい
ることしかできなかった。

「俺も、中村のダンナと同じことをするだろね」
 ふ、と。
 背中を向けて食器を洗っていた真帆が動きを止めた。
「盾になるのは自分ってか?」
「……そう、なるね」
 ぴしり、と。響くように。
 一瞬、真帆を取り巻いていた空気が変わる。
「……あのね、相羽さん」
「何?」
 その声は穏やかだが。
 だが、その奥には鋭いなにかがあって。

「自分が思うほど、相羽さんの価値は、低くないってのだけは自覚しといてね」

 その言葉が、妙に胸に刺さった。
「わかった」
「…………ほんとかね」
 止まった手を動かしてお皿を洗い始める。だが取り巻く空気は変わらずぴん
と張り詰めたままで。
「……ベタ達は、相羽さんが居なくなれば泣くし、下手すると消えるし」 
 テーブルの上をふよふよと漂うベタ二匹。
 曰く、今まで飼っていた歴代のベタ達の霊が寄り集まって、一種アヤカシの
ようなものになったものだという。
 こんな小さな魚達が、この世に残した未練とは……自分のこと、か。

「…………あたしも」

 視線をテーブルに落とす。
 威嚇しあって転がる二匹の青と赤。
 初めてこの二匹を見たあの日。

 あの日。
 あいつが空に消えることを考えただけで、心の奥底から恐怖を感じた。

「あのね、相羽さん、貴方が殉職するなり死ぬなりは、ええどうぞ勝手です」 
 手を止めて下を向いたまま。
 だが、ハッキリと通る声で。
「葬式の手配やら、お墓はどこやら、そういう事務はやってやるよ」 
「ああ」
「……ただ」
 背中を向けたまま、その顔は見えない。
 だが。

「それが終わったあとに、あたしが生きてるとは思うな」
「…………」
「そこまで勝手を押し付けるなっ!」 

 一息で言い切ると、また止めた手が食器を洗い始めた。
 時折、泡のついた手の手首で目をこすりながら。

「…………わかった」 

 それきり、真帆は背中を向けたまま口をつぐんだ。
 テーブルに肘をついて、後姿を眺める。

 生きてるとは思うな。

 重い言葉では、ある。
 その重さが……なぜか妙に沁みる。


時系列と舞台
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 2005年8月中旬。小説『八月十五日』の後。
解説
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 自分が思うほど、自身の価値は低くない。その言葉の意味と重さと。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
以上 



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