[KATARIBE 29124] [HA06N] 小説『行く場所・帰る場所』

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Date: Fri, 2 Sep 2005 00:12:08 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29124] [HA06N] 小説『行く場所・帰る場所』
To: kataribe-ml@trpg.net
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Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
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2005年09月02日:00時12分07秒
Sub:[HA06N]小説『行く場所・帰る場所』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
何かもそもそ書いてます。

まだ、8月のうちの話ですが。
まあ、こういうこともありました、と。
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小説『行く場所・帰る場所』
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   登場人物
   --------
    相羽尚吾(あいば・しょうご)
      :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ヤク避け相羽。
      :http://kataribe.com/HA/06/C/0483/
    軽部真帆(かるべ・まほ)
      :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に避難。
      :http://kataribe.com/HA/06/C/0480/

本文
----

『ねーさん』
 電話口から、えらい陰気な片帆の声がしたのは、お盆の日から数日経った、
夕方だったと思う。
『かーさん達にばれたくないなら、ちゃんと繋ぎ取ってよね。分かってる?』
「……ごめん」
 だいっきらい、と、その『だいっきらい』な本人に向って断言かつ公言して
憚らない妹が、わざわざここに電話してくれたのだ。申し訳無いのは確かであ
る。
『そんで、皆が集まるのが明後日の夜。おばあちゃんから伝言。真帆ちゃんも
必ず来るわよね?って』
「行きます」
 まさかすっぽかすわけにもいくものじゃない。
「ただ……さ、片帆。あんたと基が帰るのって何時?」
『ああ、基兄さん達は一泊二日よ。兄さん仕事があるっていうし』
「それ、何時?」
『…………ねーさん』
 電話口の声が、憮然として。
『また、一泊二日で逃げるわけね?』
 …………図星。



「……それで、明後日から、ちょっと実家に戻るから」

 祖母のことは、昔話したことがある。90を過ぎて、耳こそ遠いけれども、
まだまだぴんしゃんとした祖母のところに、親戚一同は年に二度ほど集まる。
基本として親戚仲は良いのだ。

「ああ、わかった」
「ええっとね、ご飯は、一膳分ずつ冷凍しておくから、電子レンジで解凍した
らいいし、あと、おかずとかタッパーに入れてあるし」
 一応、食事洗濯片付け等々が、家賃の代わりなのだ。それくらいはやってお
かないといかん。
 ……まあ、相羽さんに『自分で御飯炊いてね、作ってね』と言ったところで、
そもそも無理なわけだし。食べるかどうかは別として、置いておくと、多少は
こちらも安心出来る……気もしないではない。
「お弁当だけは、ごめん、自分で……買って下さい。ごめんっ」
「わかってるよ」
「二日分。一泊二日で戻ってくるから」
「なんだ」
 胡麻の餡と桃の餡の入った葛菓子をつついていた相羽さんは、手を止めた。
「ゆっくりしてきなよ」
「……ゆっくりなんて恐ろしい」
「ん?」
「曰く、独り暮らしはわがままになる。曰く、結婚しない女性は人類に対する
義務を果たしていない。曰く、自分勝手もほどほどにせえ」
「……こらまた手厳しいね」
「…………裏切り者だからね、あたしは」

 あれから五年。親族の殆どにとっては、既に忘れられたことである。
 ただ……少なくとも両親にとっては、そうじゃない。
 
 ふっと手が額に触れた。
 目をあげると、相羽さんの手が伸びてた。
 指先だけが額に触れる、その手を、思わず抑えた。

「軽蔑、する?」
「いや」
 間髪を居れない返事に、安堵する。
「……一泊二日で、逃げて帰ってくるってのが、ほんとなんだ」

 独り暮らしが、如何にも長すぎたと思う。あたしは多分、あの人達と一緒に
暮らすには、我侭になりすぎているのだろう。
 だから。

「ここに居るほーが、のんびり出来る、から」
 本当は、だからこそ……甘えている、と、いえるのかもしれない。
 本当にこの人は、あたしを怒らない。

「……まあ、帰っておいでよ」
 濃い目に淹れたお茶を飲みながら、相羽さんが苦笑した。
「急いで帰ってきて、いい?」
「いいよ」
 現在の大家さんは、気楽に言ってくれる。
「うるさい奴が居るとでも言って、さ」
「……言えるわけないだろうっ」
 だいたいが……

「あ」
「?」
「……あの、まだ、相羽さんとこに住んでるって、あたし、親には言ってない
んだけど」
 流石に、どう説明すればよいか判らない。
「…………あの」
「ん?」
「……言ったほうが、いい、んでしょうか」
「都合の良いほうでいいよ」
 苦笑しながら言ってくれるわけだが。
「いや……」
 都合が良い悪いで言うなら、それはもう言えないに決まってるのだ。

「あたしが、今、ここに住まわせてもらってるって、両親に知れたら」
「まずい?」
「……即、強制送還」
 グラスで空を切る。透明なグラスの中の、透明な酒が残像を描く。
「……それは」
 ふっと相羽さんの表情から笑いが消えた。
「させないよ」
「させないったって」
 入れ替わりのように、こちらが苦笑してしまう。
「ばかものー、人様に迷惑をかけるだけじゃなく、常識としてもおかしいだろ
うっ……で、一件落着。戻ってこれやしない」
「だったら」
 如何にも手持ち無沙汰というように、頬杖をついたまま湯呑みを持ち扱って
いた相羽さんが、その湯呑みから視線を上げた。
 にっと笑って。
「かっさらうかな」
「…………は?」

 冗談だよね、と、言いかけて……やめる。
 だって。

「必要だって、いったっしょ?」
「……うん」

 冗談だよね、と、訊いたら、本気だよと言われそうで。
 予想ならまだいい。それが本当になったら。

 流石に……心臓に悪い。

「……とりあえず、明後日の朝に出て、翌日の夜には戻るから」
 心臓に悪い話は、流すに限る。
「それくらいだったら、何とか誤魔化せるから」
 やはり親なのだろうと思うけど、勘が良いからな、あの人。
「ああ、わかった」

 頷いた相羽さんの前の皿は、葛団子を巻いていた笹だけになっている。
 淡い土色の皿の上で、妙にその緑が深くあざやかに見える。

「…………ほんっと……」

 手を伸ばして皿を回収しながら、ふと愚痴が口をついて出る。

「あたしが男だったら楽だったなあ」

 ネズミが出るから、友人宅に避難する。丁度相手の家も大きいから同居させ
て貰う。
 自分が男だったら……とりあえず隠すことは何も無い。

「言い訳も、問題も、無かったな」

 矛盾も悩むことも何一つ。

「…………ってのは、愚痴。ごめんね」

 集めた食器を、流しに置いて洗い出す。単純作業だから何かを考えるのには
楽だし……ぼーっとしているのにも、楽だ。
 
 ことこととお皿を洗う。
 ことことと考える。

 親の元に行くこと。
 ここに帰ってくること。
 何時の間にか……そうなっていること。


「お茶、お代わりもらえる?」
「あ、ちょいまって」

 一度手を洗って、拭いて。
 そこで考えを止める。

 明後日から一泊二日。
 それなりに……きついことになりそうだ。


時系列
------
 2005年8月16〜20日あたりのどこか。
 『片翼』の後です。

解説
----
 一族の結束の固い、軽部の家系。年に何度かは集まる場所というのは……
……親しいだけに、遠慮も無いもので。

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 てなもんです。
 ではでは。
  



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