[KATARIBE 29117] [HA06N] 小説『蝉時雨の日』

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Date: Thu, 1 Sep 2005 01:12:55 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29117] [HA06N] 小説『蝉時雨の日』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年09月01日:01時12分54秒
Sub:[HA06N]小説『蝉時雨の日』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
がんがん書くぜの奴です(なにそれ)

えっと、かなり前になりますが、エピソード『お迎えに参りました』を読んでて、
思いついた話です。
六華の一人称ですが、問題等あればどんどんご指摘お願いします。
>きしとさん、ふきらさん。

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小説『蝉時雨の日』
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  登場人物
  --------
   津久見神羅(つくみ・から):フィルオナの持ち主(になる予定)
   <http://kataribe.com/HA/06/C/0077/>

   佐上氷我利(さがみ・ひがり):佐上雑貨店の店番。
   <http://kataribe.com/HA/06/C/0497/>

   六華(りっか):佐上雑貨店のアルバイト。
   <http://kataribe.com/HA/06/C/0481/>

   フィルオナ:好奇心旺盛な人形の九十九神。
   <http://kataribe.com/HA/06/C/0504/>

本篇
----

 からからと硝子戸を開けて入ってきたその人は、店の中を興味深そうに眺め
やった。

「いらっしゃいませ」

 今日は佐上さんも用事がないらしく、棚の品を並べ替えている。その手を止
めて、不思議そうに振り向いた佐上さんは、しばらくの会話の後で、ああ、と、
深く頷いた。


 フィルオナさん。
 店番をしている時に、時折見かけたことがある。黒い髪の毛の、可愛らしい
女の子。
 ……少なくともそう見える。

「六華さん、お茶、飲みますか?」
 佐上さんの居ないお昼頃、時折そうやって声をかけてくれて、実際何度か頂
いたことがある。ふんわりとしたスカートを翻しながら、彼女はよくぱたぱた
と動いていたっけ。


「あー。そう言うことですか」
「まあ、そういうことらしいのです」

 つまり、彼女を引き取りに来た人、なのだろう。
 
 九十九神、という。
 長く現世に在り続けるモノは、それだけで意思を持ち、時に人とも変ずる。
 ……長く居なくても、そういうことはあるのだから。
 
「六華さん、しばらく奥に行ってますので。よろしくお願いします」
「はい、確かに」
「では、こちらに」

 そういう意思を持ち、姿を変じ、自由に動く道具達が、この店の奥の倉庫に
は多く居る。佐上さんがよく店を留守にするのは、そういう道具達の行く末を
決める為なのだ…………と、これは時折倉庫から出てくる人達が言っていたこ
となのだけど。

「そういうの、秘密にしないといけないんじゃないですか?」
「でも、貴方も同類じゃないですか?」

 そんな風に訊いたら、そんな風に答えられた。
 ……いやそのとおりでございます。

 天使往来。
 お店にお客さんは居ない。
 硝子戸の外から、染み入るように、蝉時雨が聞こえてくる。

 と。

「マスター!」

 奥の居間と、その奥の庭。それらの距離を吹っ飛ばして。
 ほんとうに、嬉しそうな声が。

「あぁー、マスターだー」

 解放。
 ふっとそう思って、苦笑する。フィルオナさんは最初から解放されてる。
 じゃ、どうしてそう思ったろう。
 少し、考える。
 そして……思い出す。

「…………あは」

 嬉しそうに、主を呼ぶ声。
 ああ……そうだ。
 身請けされた子の……声を。
 あたしは、どうやら連想していたらしい。



 どれだけか知れないほど昔。
 ある子が身請けされたのだった。
 水揚げされて、大して経ってなかった。可愛らしいと、あたしの目には映っ
たけど、口の悪い妓達は『あれは愛嬌だけで保ってるのよ』と陰口を叩いてた。
うちの見世では……まあ、普通かそこらだったと思う。
 でも、可愛かった。
 禿の頃から、愛嬌があって一所懸命で。
 だから、まだそれなりの借金があった筈なんだけど、身請けした旦那はざっ
くりとそれらを払ったという。

『あの子が来てくれたら、何だかうちが繁盛する気がするんだよ』
『……ああ、それは確かでございます』

 一度わざわざあたしのところに来て、そんなことを言っていたっけ。
 
『雪野太夫が可愛がっていたと聴いたからね』
『あの子なら……大丈夫でありましょう』

 そう。
 それは羨ましいと思った。なんと幸運な、とも。
 でも、何故かそれが妬みには……あたしにとっては、ならなかった。

『ほんとうでございますかっ?!』
『ほんとうに、ほんとうでございますかっ?!』

 叫んだ声の……嬉しさと、同時に不安と。
 申し訳なさやら何やらもう複雑に絡んだその声。

 
 ……ああ、そうだ。
 マスターと叫んだ、あの声は。
 それに、似ていたのだ。

 どれだけ馴染んでも、見世は苦界。
 そこから出ること。
 そして……どこかに属し、そこに『帰る』ことが出来るようになる。

 …………帰る場所を、多分。
 あの子も……フィルオナさんも、見つけた、のだろう。



「じゃ、また」
「お世話になりましたなのです」

 じきに、奥から出てきたフィルオナさんは、先のお客さんの腕にしっかりと
しがみついていた。
 本当に、嬉しそうに。
 帰る場所を、見つけた子供のように。

「宜しくお願いします」

 佐上さんが花嫁の父みたいな顔して、頭をさげる。

「また、お邪魔するのです……六華さんも、またお会いしましょうなのです」
「はい、是非また」

 ……ああ。
 こんなに嬉しい時に、偶に会うあたしにも、きちんと挨拶をする。
 やっぱり少し、あの子に似ているのかもしれない。

「では、失礼します」
「では」

 ぺこり、と、揃って二人が頭を下げて。
 そして硝子戸をを開いて出て行く。

 蝉時雨がひときわ、店の中に染み入るような。


「…………ろ」
「はい?」
「あー……そろそろ、閉店にしましょうか」
「あ、はい」

 ぼそぼとっとなる声を、ことさらに張り上げるようにして、佐上さんが言う。
 まだ少し早いですよ、と、言うのは容易いのだけど。

 まるで自分の娘を、送り出したような顔してるから。

「はい、じゃ、表片付けてきます」
「あ、台片付ける時呼んで下さい。片方持つから」
「はい」


 硝子戸を開くと、押し寄せるような蝉時雨。
 夏は……まだ続く。


時系列
------
 2005年8月初め。エピソード『お迎えに参りました』の、六華視点からの風景。

解説
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 保護者の氷我利から神羅へと、フィルの居場所が変わるのを見つつ。
 ふと、六華の思い出す風景。

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 ってなもんで。
 ではでは。




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