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Date: Wed, 31 Aug 2005 00:48:40 +0900 (JST)
From: いー・あーる <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29114] [HA06N] 小説『散乱する曲解・転がる風聞』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200508301548.AAA25772@www.mahoroba.ne.jp>
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Web: http://kataribe.com/HA/06/N/
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2005年08月31日:00時48分40秒
Sub:[HA06N]小説『散乱する曲解・転がる風聞』:
From:いー・あーる
ども、いー・あーる@ねづみなんてきらいだ です。
……夜中に叩き起こされるし(えぐえぐ)。
という、とても哀しい状態ですので、たまにはこー明るい話を!
…………ま、暗くは無いね、うん。
というわけで、だぶるたくみーずの、もうお一方。匠君を引っ張り出しました。
一応、聡の一人称なんで、問題あったらがすがすゆーてくらさい>ねこやさん
*********************************
小説『散乱する曲解・転がる風聞』
===============================
登場人物
--------
関口聡(せきぐち・さとし)
:周囲安定化能力者。高校一年生。見えないものが見える。
:http://kataribe.com/HA/06/C/0533/
桃実匠(ももざね・たくみ)
:桃実一刀流小太刀術を伝承する家の長男であり、伝承者……というと
:ギャップが激しいかも。
:http://kataribe.com/HA/06/C/0539/
本文
----
「銀英伝ってあるでしょ」
そう教えてくれたのは、確か異能のお姉さん。僕より9才年上のその人は、
今に至るまで年に一度か二度、ちょこちょこと会っている。そういう時に、結
構自分の好きな本とか教えてくれたんだけど、銀英伝もその一つだったと思う。
「一度笑ったんだけど……何か、ファンの子が銀英伝のキャラクターでやおい
本作ったんだって」
やおい本なるものが何かを、説明されずに知っている自分が何か哀しいなあ
と、時々思う。
「でも、よくあるんじゃない?」
「本自体は結構あるんだけどね、その子、何を血迷ったか、田中芳樹さんにそ
の本を贈ったんだって」
「うわー」
「噂では田中さん激怒して、『これは銀英伝を誤解してる』って言った……と
言われてるんだけど」
「うん」
確かに、嫌いそうだ、何となく。
「それに対してある人が言うのに、『田中さんそれは違う。それは誤解じゃな
くて曲解というものだ』……って」
「……あ、なる」
山と積まれた本を、片付けるでもなく読むでもなく。
開いたり閉じたりしながらの。
……そんななんでもない会話。
**
最初、自分が呼ばれたとは、気がついてなかったというのが本当。
「あ、図書室のヌシやん」
確かに図書室に向っているところだったから、少し驚いたけれども、まさか
自分のこととは思わない。だからそのまま走っていたら。
「ヌシやんヌシやんっ、ちょっ、待って」
「……あ、僕ですか?」
慌てて立ち止まると、相手は走って近寄ってきた。
「そうそう。一年でも有名な図書室のヌシやん」
「……へ?」
いや、一度そう言われたことはあるけど、無論この学校、本が好きな一年生
なんて腐るほど居る。僕一人のことではないと思ったんだけど。
それにしても……この人、見かけたことはあるけど……
妙に飄々とした印象のあるその人は、ポケットから何やら引っ張り出した。
「この本、探してんねんけど、ちょい手伝ってくれん?」
「……はい?」
ほらこれこれ、と差し出される紙を見てみる。
『吹利の民俗−5 食と呪術』
『山の神と猟師料理』
えっと……見たことある、確かに。
どこだっけ……あ。
「えっとですね、最初のは、これ、確か禁帯出の棚に……」
言いかけて、頭をあげて、相手を見て。
初めて気がつく。
「おーっ、さっすがヌシやん」
呑気に言ってる相手の、その色というか何というか。
食欲を示す、何かやたらと威勢のいいピンクの小さな三角が無数に、クレヨ
ンをそのまんま塗ったような緑のジグザグ。
ピンクの食欲と、緑の物欲。
それらが透明球の中を跳ね回るように動いている。
「………うっわ」
思わず、声にでてしまった。
「……すっごい……そんなに食べたいんですか?」
「なっ、シッツレイやな。オレが食欲だけの男やと思わんといてや」
「……物欲もスゴイです」
左の目に映る色合いは、日に日に鮮やかになるように思われる。
思わず……だからついつい、そういう余計なことを言ってしまうんだけど。
「そら、そういうこともあるかもしれへんけどな」
少々不満そうにそう言ってから、でもその人はにっかと笑った。
「たまには剣道部でサワヤカに汗流したり、家業と自分の夢のハザマで悩んだ
りもするねんぞ?」
ころころ、と、左目の先で、透明球が転がる。
ぽぽんと跳ねるような、金と銀の火花。
……毒が……そりゃあるのかもしれないけど。
今は、無い。
「あかんよ。オレ、女の子の方が好きやもん」
……はい?
慌てて左目を抑える。右目の先で、その人は妙なしなをつくってた。
冗談めかしてるけど、どこまでおどけなんだろう、と、ふと不安になって、
左目を開いてみると。
「……女の子より食欲」
うん。とても健康的なピンク色が、元気に跳ねてる。
「──ちっちっち。同じモノ食べても女の子と一緒の方が美味いに決まっとる」
「はー」
「たくみセンパイとちゃうねんから」
ふっと、真顔になってその人は付け加える。
しかし。
「……?」
巧先輩?
「先輩には、彼女いるでしょ?」
だから当然、先輩だって女の子のほうが好きに決まってるだろう、と、言外
に言った積りだったけど。
「あれ、知らんの?」
とても意外そうに、その人は言う。
「女子剣道部のセンパイたち、きゃーきゃー言うとったやろ?」
「言ってるみたいですね」
この学校に転校してくるってだけでも、それなりに話題になる。それに加え
て、口調も行動も雰囲気も巧先輩は目立つ。加えて先輩は親切だし、礼儀正し
い。そりゃ女の子にきゃーきゃー言われて不思議じゃない。
それにまた、先輩の彼女って言われてる人は、あの有名なSS部の副部長さ
んで、相当美人だ。色んな意味で噂になる要因は揃ってると思う。
「なんや、知っとってとぼけとるんの? ヒト悪いなぁ」
「でも、先輩に何ら波及しない感情や行為なら、無いのと同じじゃないですか?」
取り合えずきゃーきゃー言われても先輩が動じるとは思わないし……そもそ
も巧先輩だと、気がつかないほうが確率高いと思う。だから女の子達が何を言
おうと、びくともしないだろうなと思ったんだけど。
けど。
「ヒト悪いなぁ」
「…………?」
……何でそうなる。
「あ、分かってへんのかな」
「……かもしれません」
話が妙にかみ合ってない。
うーん、と、髪の毛をわしわしと引っ掻き回しつつ、その人は、しかしどう
考えてもとんでもないことを言ってくれた。
「あんな、きゃーきゃー言われてんのは、巧先輩とヌシやで?」
「はあ?」
**
『わたし見ちゃったのっ。渡り廊下で二人が見つめあってるのっ。それでねっ、
関口君、真っ直ぐ巧さんの顔見て『綺麗です』ってっ!』
『それでそれで、巧さんはなんてっ?』
『嬉しい、ってっ』
**
「──っちゅぅ話でもちきりやねんぞ?」
「……はあ」
いや、もちきりはいいんだけど、女の子達の声色真似て、ついでに仕草を真
似て再現してくれなくても良かったのになあ、と。
これは切実に思った。
「で、それ、僕を見て、信じるだけの情報だと思われましたか?」
苦笑しながら言うと、相手はにかにか笑いながら返してくる。
「最初から本気になんかしとらんよ」
……ほらみろ。
「んー、じゃ、いいです」
それこそ、誤解じゃなくて曲解なんだと思う。言われてみればそういう会話
をしたのは事実だし、意味合いは全然違うけど、曲解を元にしている限り、そ
のように聴き取っても仕方が無いのかもしれないし。
「で、ですね、この二冊目の本は『山の神』で分類されちゃってるんで、料理
のとこにないんですよ」
そう、誰かが引っ張り出して、あれっと言ってた憶えがある。
あれはっと……
「えっと……よく番号とか憶えてないや。でも、『遠野物語』の近くにあった
と思います」
と、人が説明してるのに。
「くーるやなぁ」
本を探してるご当人は、これだし。
「噂の当事者がそんなんやと、こー、イマイチ盛り上がりに欠けるやんかなぁ」
ぶつぶつ言うたびに、小さな打ち上げ花火に似た光の花が、ぽぽん、と跳ね
ては消える。
「ほら、ここは噂の当事者としていっそう噂をあおるとか、必死になって否定
するとか──なぁ」
そうは言うけど。
「……僕が否定したら、噂が止まるわけでもないし」
誤解なら否定して止まるだろうけど、曲解なら止まらないだろう。
「巧先輩がもし迷惑なら、先輩は「迷惑です」ときちんと言う人ですし」
少しだけ、怖いなと思う。
その『迷惑です』という言葉が、どれだけ真実味を帯びるだろう、と考えて
しまうと。
……だけど、だからこそ。
「……それもまた面白いかもしれないし」
何だか可笑しくなって、笑いながらそう言ったら……またもや誤解されたら
しく。
「──なんやヌシやんも楽しんでるやんか。やっぱヒト悪いなぁ」
「……そうじゃないですよ?」
誤解なら解ける。
曲解ならそのまま。
……でも、誤解を解くのは、それはそれは困難なんだっけ。
「あ、それで二冊目の本ってどこにあるん?」
……この人、さっき言ったことを、全然聴いてないな。
「……えっとですね」
えい、とことん丁寧に教えてやるっ。
「はい、図書室に入って、まず左の本棚の列を進みまして、一、二……えっと
二番目の棚の、入り口側のほーの、上から2段目、結構端っこ」
今度は、ふんふん、と、真面目に聞いていたようだが。
「んー? あっち、料理本のコーナーと違うやんか」
「……料理本じゃなくて、『山の神』……古典や伝承と一緒にされてますから」
「あー、そうなん? 」
ほんっとに……さっき言ったこと、まとめて聴いてなかったなこの人。
「でも、さっすがヌシやん。データベースみたいやね」
「本は、綺麗ですから」
書いた人の意識の残滓、と。
読んだ人の意識の残滓、と。
書いている話も、愉快なばかりじゃない。読んだ人の意識も楽しいばかりじゃ
ない。でもそれらがまるで残り香のようにうっすらと本の周りを取り巻いてい
る。それが綺麗で。
「──きれい、なん? うーん」
何だか考え込まれてるな。
「世界は綺麗です。世界の中の知識も綺麗です」
「まあ、料理本の写真はたしかに美しいけどなぁ」
「文章だって綺麗です」
「そうなん?」
「……大概の本はね」
食欲が元気良く意識内を行進している人だけある。
「あー、わかった」
数秒間、うーんと首をひねっていたその人が、急にぽん、と手を叩いた。
「?」
「腕のいい料理人とかおかんが、台所で料理してる姿が美しいのんと一緒やろ?」
「ああ……情報伝達の状態としては、似てるかもしれません」
「あと達人が剣振ってるのが美しいのとも一緒やな」
「うん、情報が極限まで集中してますからね」
腕のいい料理人は、誰かの為に自分の中の情報を凝縮して料理を作る。
達人もまた、自分の中の情報を凝縮して剣を振る。
そういう意味では……似ているのかもしれない。
「……で、質問はそれだけですか?」
「あー、うん。そんだけ。ありがとさんな」
「いえいえ、じゃ」
さて、図書室に行こう、と走りかけたら。
「ちょっ、待ちっ」「…………?」
「図書室は走ったらいかん」
なんか腕組みして深く頷きつつ、そんな風に。
急に何だか、おじさんみたいになるなあ、この人。
「ああ、大丈夫です。図書室の前で停止しますから」
それでも。
左目に映るこの人の球は、やはり元気で跳ね回ってて。
思わず笑みほころんでしまうような、そんなやんちゃ坊主のような色調で。
「御忠告、ありがとう」
手を振って、走り出す。
数歩、走った後で気がつく。
そういえばあの人の名前を知らないや。
でも、大丈夫だろう、と、思って……ついついおかしくなる。
元気で真っ直ぐなやんちゃ坊主のような球。
あれならば、見分けることは容易いだろう。
……もしも。
右目もまた、現実を見ることが出来なくなったとしても。
図書室への階段を、僕は一気に駆け上った。
時系列
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2005年夏休み。『空蝉の音・彼岸の色』の、数日〜一週間ほどあと。
解説
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如何にもあぶなっかしい聡と、それをついつい護ろうとする巧君と。
ついでにそれを煽る匠君。
ああ……ひどいめにあってるかも>巧君(平謝)
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てなもんで、ええ。
ではでは。
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