[KATARIBE 29110] [HA06N] 小説『空蝉の音・彼岸の色』

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Date: Sat, 27 Aug 2005 02:51:35 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29110] [HA06N] 小説『空蝉の音・彼岸の色』
To: kataribe-ml@trpg.net
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Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
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2005年08月27日:02時51分34秒
Sub:[HA06N]小説『空蝉の音・彼岸の色』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
えっと、関口君の話です。
ダブルたくみーずとの、掛け合いのその一(なんだそれ)。
http://kataribe.com/IRC/HA06/2005/08/20050822.html#210000
から、台詞とってきました。

一応似非だけど三人称です。
巧君のチェック、お願いします>ひさしゃ

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小説『空蝉の音・彼岸の色』
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 登場人物
 --------
  関口聡(せきぐち・さとし)
   周囲安定化能力者。高校一年生。見えないものが見える。
  蒼雅巧(そうが・たくみ)
   霊獣使いの家の一員。高校二年生。非常に真面目。

本文
----

 ころりと左の、目が落ちて。
 砂にまぶされて、まるで鈴型の一口カステラみたいになって。
 ついつい手にとって、食べようとして目がさめて。
 ああ、夢か、と思ったんだけど。

        **

「……巧先輩」

 渡り廊下を通ろうとした巧は、足を止めた。

「ちょっと質問なんですけど」

 廊下の隅で膝を腕で抱えていた後輩は、手を解くとひょいと立ち上がった。

「「はい、どうされました?」
「僕の、左の目、まだここにありますか?」

 左の目尻に指を当てて、聡は目を見開いてみせる。ひどく真面目な、そして
どこか切羽詰ったような表情のまま。

「はい」

 よく見ると、この後輩の目は少しだけ日本人離れしている。普通日本人は、
虹彩の色合いが茶系統なのだが、この後輩の目は灰色なのである。それも、一
見しただけでは虹彩と瞳の区別がつき難いくらい、虹彩の色が濃い。
 ただ無論、目、それ自体は、いつもと変わらず存在している。
 視線の先で、聡は少しだけ、困ったように笑った。

「……こっちの目、今朝から、世界が見えないんです」
「……え?」
「ってか、見えるべきものが、見えない、のかな」
 あはは、と、笑う声が妙に幼い。
 にしても、言っている内容はかなり問題である。

「私の姿は見えますか?」
 問い質した巧の言葉に、聡は交互に目を瞑ってみてから言った。
「……右の目では、見えます」
「左の目は」
「左の目では……先輩の感情が見えます」
 思わず口をつぐんだ巧を見て、後輩はまた笑った。
「……うわ、先輩、無表情ですごい驚いてる」
 ころころと笑い声が響く。

「……姿は、お見えになりませんか?」
 静かな問いに、笑いをふと収めて、聡は右の目を瞑ったまま暫く相手を見た。
「……秋芳君は、見えます」
 ただ、と、少しおぼつかなげに言葉をついで。
「何だか……ピカソが描いた秋芳君みたいです」
「……秋芳は、本来実体をもちませんが」
 こっくり、と、聡が頷いた。
 
「…………感情がお見えになると、いままでおっしゃっておりましたね」
「はい」
「その目が、とらわれてしまっているのでしょうか……」
「……よく判りません」
 苦笑交じりに、聡が応じる。

 人の感情が、見えるという。
 色や光に、それらは置き換わるという。
 それは以前から、この後輩の主張していたところではあるのだが。

「ただ、一昨日、片目を夢の中で落しちゃったんです」
 淡々と言ってから、後輩は首を傾げた。
「……あれを、食べようとしたのがいけなかったかなあ」
「……夢の中で」
「はい」

 普通、夢の中とはいえ、落っこちた自分の目を食べようとするだろうか……
とは、巧は言わなかった。

「……夢は現実ではありません、ですが」
 すっと手を上げると、後輩の左の目に軽くあてる。驚いたように目をつぶる、
その目蓋の震えが手に伝わった。
「心は……それほど現実と夢とを区分けしてはくれません」
「…………ああ」
「その目はあなたの中で、目としてつながっていた。ですがそれが落ちるとい
うことで中途半端にそのつながりを失ってしまった」
 小首を傾げたまま、聡は聞いている。ただ、どこか納得したような表情が、
片目を隠されたままの顔に浮かんだ。
「……どう正せばよい、ということまではわかりません」
「はい」
「あなたの中で不安定になっている何かがあなたにそのような夢をみせている
のならば」
 言葉をゆっくりと選びながら。
「……その元を、少しづつでも組み立ててゆけば」
 すっと手を離す。頼りないような熱が、指先から離れる。
「あなたの中で混沌としているものが組みなおされて、ふたたび、あなたの繋
いでいるものが治る、ように思います」
 生真面目な顔で聞いていた後輩の表情が、少し歪んだ。
 どこか、困ったように。

「……不安定、と、混沌、ですか……」
 やっぱり困ったような顔のまま、彼は続ける。
「僕の見えるものを秩序だててしまえば、僕はこの世に居場所が無くなる」
 無造作に。
 そんな言葉を。

「秩序立てろとは言いません」
「?」
「ひとつだけでも、あなたが確固としたものを見出せばよい」
「…………確固としたもの」
「全くの不安定の中だけでは何もかもが一定しない」
 少しおぼつかなげに呟く後輩に。
「でも、たったひとつだけでも動かぬ確かなものがあれば」
 恐らくは、不安定なまま日々を渡り続けている後輩に。
「……それは不安定な中にも安定をもたらす鍵なのではないかと思います」
 断言、する。

「巧先輩」
 にこにこ、と、聡は笑っている。
 どこかしら……寂しげにも見える笑いである。
「はい?」
「僕の世界は、今までずっと、不安定で流動的で、混沌としています」
 右目を閉じたまま、左目だけで世界を見ながら。
 その、左の手がすうと動く。
「僕はその中を、飛び石を踏むようにしか、立ち行く方法を知らない」
 動作で示すように、指をぽんぽん、と、跳ねるように動かしながら。
「安定のある世界なんか、僕は、知らないんです」
 最後には両眼をしっかりと開いたまま。
 安定の或る世界を知らない。
 そんな不安定な台詞を、この後輩はひどく確信を持って述べる。

 ……故に。

「ならば、私はどうでしょう?」
 投げかけた言葉に、目前の相手は生真面目に答えた。
「先輩は……綺麗です」
 綺麗、という意味が良く判らなくて、問い直す。
「……聡殿からみた私は、混沌としていますか?」
「いえ」
 右の目を閉じ、左の目だけをこらしてこちらを見る後輩を、巧はじっと見る。
 
「透明できらきらしていて……でも沢山の色が」
 言葉はぽつぽつと、紡がれていく。
「色が変わる。くるくる」

 虹彩と瞳が同質の黒の、奇妙に引き込まれるような目。
 引き込む強さと……しかし相反する、不安定さ。
 放っておくと危なっかしそうな。
 だから。

「……私は確固としたものになれませんか?」
 巧はじっと、相手を見る。
 後輩のほうは、やはりどこか飄々とした表情のまま、首を傾げる。
「…………もしかしたら」
 そうなれるかも、とは口はせず。
「でも、まだ、僕は、この左の目だけで先輩を見つけられるかどうか、わかり
ません」
 はっきりと言う、後輩の右の目はまだ塞がれたままである。
「すぐにでもとは申しません」
 現実の見えない相手の、しかし耳は確かに現実の声を拾っている。
 それに向って、巧は断言する。
「ただ、私は常に私でありつづけます」

 開いた聡の左目には、見事に透明な硝子の球が映っている。
 ゆっくりとしたリズムで、その球は廻っている。廻るごとに中に流れる蒼や
金の細い色の帯が、やはりくるりくるりと向きを変え色調を変えている。
 言葉と共に、その内部に光が灯る。眩しくはないが、はっきりとした光。

「はい」
 だから、頷いた。
 それだけの力強い何かが、確かにこの先輩の精神の中にあった。
「そういう私が、あなたにとって確固としたものになるのなら、それでよいか
と思います」
「…………はい」

 その中に、やはり円錐や三角柱などを組み合わせたような鷹が浮かんでいる。
 羽根の色は微かに金を帯びていた。

「……ああ、秋芳君は、見える」
 ほっとしたように言った聡は、その鷹……秋芳……に向って、手を伸ばす。
 秋芳は少し頭を下げ、その頭を軽く聡の手に触れさせた。

「ピィッ」
「金と朱の火花だ」

 秋芳の声が届くとほぼ同時に、感嘆するような聡の声が続く。
 恐らくそのように『見えた』のだろう、と、巧は推測した。

「…………有難うございます」
 伸ばした手を下ろして、聡がぺこりと頭を下げる。
「いえ、お役にたてましたなら」
 微笑しつつ、巧は答える。
 どうやらクラブ活動の途中らしい生徒達が数人、渡り廊下を通っていった。

「……僕は、怖かったんです」
 ふと。
 ぽつん、と投げ出すような言葉。

「見えないことが、怖いってことが……怖いって思う自分が怖かったんです」
「……」
「でも、左の目でも、秋芳君は見えた」
 ほっとしたように笑う後輩に、念を押す。
「……私も、感情ならばお見えになるでしょう」
「はい」
「私は変わりません」
「……」
「あなたが私の感情を見て奇麗だとおっしゃってくださったのは、正直うれし
いです」
 生真面目に見ている後輩は、ふと右の目を開いた。
「私は変わらずにいましょう」
「……ありがとうございます」
「はい」
 両目を開いた後輩は、不意にいつもの元気と勢いを取り戻して、ぺこり、と、
頭を下げた。
「今日は、有難うございました」
「いえいえ、私にできることならば」
 作為の無い言葉に、聡はやはりにこりと笑った。

「……先輩は、いまからクラブか何かですか?」
「はい、剣道部の助っ人の練習に参加する予定です」
「先輩なら、大丈夫だと思います」
 何が、の部分がころっと抜けているのだが、聞いている巧のほうもあまり気
にしていない。
「ありがとうございます、力を尽くしますゆえ」
 その言葉にやはりにこにこと笑うと、もう一度勢い良く頭をさげて聡はまた
走り出す。
 その姿にやはり会釈して、巧は剣道部のほうに足を向ける。

「ピィッ」

 高い声が、その肩の上から響く。見ると秋芳が首をめぐらして、走ってゆく
後輩を見送っている。
 やはり……心配であるのか。

         **

 落っこちた目は、まだ元に戻らない。
 そのうち、落ちた耳も異界の音しか聞こえないようになるんだろうか。
 もげた左の手は、あやかしだけに触れるのだろうか。
 
 ……それでも、少しだけほっとした。
 巧先輩は、見える。
 何より、秋芳君は……わかる。


 それだけでも。
 それだけのことでも。


時系列
------
 2005年夏休み。『夏の校庭・闇の夢』の2、3日後です。

解説
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 夢が現実にこぼれてきたのか、現実が夢に左右されるのか。
 夏の校舎での風景です。

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 というわけです。
 ではでは。



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