[KATARIBE 29102] [HA06N] 小説『八月十五日』

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Date: Thu, 25 Aug 2005 21:02:04 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29102] [HA06N] 小説『八月十五日』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年08月25日:21時02分04秒
Sub:[HA06N]小説『八月十五日』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
『お盆前』の続き、いっきまーす。

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小説『八月十五日』
================= 
   登場人物
   -------- 
    相羽尚吾(あいば・しょうご) 
      :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ヤク避け相羽。
      :http://kataribe.com/HA/06/C/0483/
    軽部真帆(かるべ・まほ) 
      :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に避難。
      :http://kataribe.com/HA/06/C/0480/

本文
----

 軍手とゴミ袋と帽子。
 何処に行くんだって気がしたけど、確かに言って貰って良かったと思う。
 ……言って貰って良かった、という感想が出てくるこの状況については、ち
と横に置くとして。

         **

「……親不孝者ー」
 雑草の太い茎を持って、引っ張る。どろっとした緑の匂いが、周囲に満ちる。
 蝉の声が響く。中で一匹、どうやらかなり近いところで鳴いているようで、
妙に鳴き声が鮮明に聞こえる。もしかしたらどこかの草の中に落っこちている
のかもしれない。
「……それ言われると痛いねえ」
 やっぱり草をむしりながら、相羽さんが苦笑した。
「まあ、これだけ来てなきゃ……ねえ」

 まあ、ある意味無理は無いのかもしれない。言われるまでその気にならなかっ
たっていうことは、これまで相当長いことお墓参りに来てなかったんだろうし。
 ……しかし。

「一緒に来いって言った理由、なんかわかったぞ」
 よいしょ、と、雑草を引き抜く。ごぽっと土ごと抜けたのを揺すって、土は
落すようにして。
「草むしり要員?」
「……実質そうなったねえ」
 溜息混じりの声が、何だか可笑しい。
「まあ、俺も相当に親不孝者だったから」
「何年くらい来てないの?」
「…………」
 つまり、黙り込むくらい来てないってことだろうな。
「……諒解」

 まだ午前中、そんなに遅くはない時間だってのに、陽射しは強い。出掛けに
気がついて、長袖の上着を取ってきたから、こちらはいいけど。

「……相羽さん、大丈夫?」
「何が?」

 あんまりけろっとした声だったんで、思わず顔を上げる。

「暑くない?」
「暑いねえ」

 ……しみじみと。
 刑事さんは頑丈である。


 それでも草取りは、正味一時間ちょっとで終了した。


「――終わったっ」
 草取りをしている間にも、何人かの人を見かけた。一年に一度、やっぱり皆
こうやってこちらに来るのだろうか。
「あづいー」
 軍手を外して、手を振る。
「相羽さん、軍手下さい」
「ああ、うん」
 鞄の中をかきまわしてビニール袋を見つける。束ねた軍手を入れて、鞄に放
り込む。

「……………ね」

 ふ、と。
 小さな声を聞いた気がして、顔を上げた。
 相羽さんは黙って、お墓を見ていた。

 どんなことを思っているのか。
 
 それでもその雰囲気は、決して切羽詰ってもおらず、危なっかしい気もしな
かったから。
 手を伸ばして、肩を叩いてみた。

「ん?」
「せめて一年に一度は来たら?」
「……まあ、そうしとく」
 って……そうしとく……って。
「親不孝者ー」
「……返す言葉もないね」
 苦笑しながらの言葉に、苦笑しながらの返事が戻ってきた。

         **

「ちょっと水、とってくるわ」
 その間、そっちの日陰にベンチあるから座ってて、と、相羽さんは指差して、
そのまま踵を返して歩いていった。
「……あーつい」
 日陰と言ってもやはり暑い。ただここに居ると時折ふっと冷たい風が吹いて
くるのが判る。
 ふと蝉時雨に気がつく。じいじいとせわしない声は、けれどもぼんやりとす
るうちに、やたらと青い空に吸い取られていくようにも思えた。
 かすかに、風。

「すみません、こちら少しよろしいですか?」
 ふと気がつくと、目の前に人が立っていた。
「あ、どうぞ」
 慌ててベンチの端に寄る。
「ああ、すいません」
 長い髪の綺麗な女の人と、多分その御主人だろう男の人。あたしより多分数
歳年上なのだろうその方達は、軽く会釈するようにして、ベンチに座った。
 この人達も、お参りに来たんだろうな。

「暑いですね、本当」
 女の人がふっとそう言った。
 優しい声だった。
「……ほんとに」
 苦笑して応じる。
 凪ぐと、本当に暑い。

「あなたもお参りですか?」
「あ……友人のお参りに、一緒に」

 友人のお墓参りに付き合ってきまして、と言いかけて。
 付き合うってこういう場合言うの、なんか無礼な気がして、思わず語尾を誤
魔化す。誤魔化しても大概意味が通じるところは、日本語は便利だ。

「あら、そうなんですか」
  
 穏やかな顔のその人は、少し頷くようにしながらそう言う。その向こうに座っ
ていた男の人が、ちらっとこちらを見たようだった。

「お参りに、いらっしゃったんですか?」

 無論、今日みたいな日に……そもそも墓地に居るんだから、そうに決まって
るんだろうけど。

「……ええ、息子に」
 あ。

 しまった、と、思った。
 穏やかな顔の女の人と、終始無言の……気詰まりではなく、ごく自然に……
男の人と。
 まだ、息子さんに会いにここに来るには、如何にも若いご夫婦で。
 ……悪いこと聞いた。

「いいえ、でも」

 何だか申し訳なくて……でも、申し訳無いと言うのもなおのこと申し訳無い
気がして、思わず頭を下げる。その人は言わなかった言葉を慮って下さったよ
うだった。

「こうやって、会いにいけるのは、幸せですよ」

 ふわっと笑って、そんな風に言われる。

「…………はい」

 もう一度頭を下げると、その人はにっこりと笑った。
 綺麗な、そして穏やかな。
 そして。

 (あれ?)

 ――そしてどこかで見たことのあるような。

 そんな文章が頭に浮かんで、少しうろたえた。
 その人の向こうで、男の人が少しだけ、目を細めた。

「お友達は……」
「今、水を取りに行ってます」
「あら」

 今度ははっきりと、その人は笑って。
 奇妙な……既視感。

 (……あれ……?)

 この人に会ったことは、決して無い筈なのに。

「そろそろ、いくぞ」

 声がした。
 反射的に顔を上げた。
 相羽さんはまだ戻ってない。
 男の人はもう席を立っている。

「ああ、はい。じゃあお邪魔しました」
「あ……お邪魔しました」

 一瞬混乱して、何だか鸚鵡返しに発してしまったけど、二人は軽く会釈して、
そのまま行ってしまった。

 ベンチに座りなおして、厚く重なった樹冠に目をやる。
 蝉時雨が、ことさらに耳に響く。


 
「悪い、待った?」

 ふと、声がした。
 反射的に顔を向けた。

「あ、いや」

 柄杓と手桶を持った相羽さんが、そこに居る。

「丁度今、ご夫婦で来られてた方と、話してたし」
「そう」

 …………そして、そこでようやくあたしは気がついた。
 さっきの男の人の声に……相羽さんが居ない、と思った理由。

 (声が、似てる)

「ん?」

 笑った女の人の、少し細められた目元と。
 男の人が無造作に言った、その声と。

「…………いや、なんでもない」

 多分……偶然だ。


         **

 相羽さんの御両親に、当然ながら会ったことは無い。
 お参りって言って、何をどうしたら良いか、ちょっと困ったけど。

  ……息子さんに本当にお世話になってます。
  お部屋、お借りしています。
  多分まだまだお世話になります。
  ……いい友人かどうかは……自分でも怪しいんですが。

 手を合わせてる間に、何だか段々申し訳なくなってきて、思わず最後に一礼
してしまった。
 御両親生きてたら、かなり仰りたいことあるんじゃないかなあ。

 合わせていた手を下ろした後も、相羽さんは暫く手を合わせていた。
 長く来なかった分を、取り戻すかのように。

 何を言ってるのか。
 どんなことを伝えてるのか。

 少しだけ知りたいと思った。
 ほんの少しだけ。


「……帰ろっか」

 暫くして、相羽さんが手を下ろしてそう言った。

「うん」

 備えた花に、もう一度最後に水をやって。
 空になった手桶に、柄杓を戻して。

「これ、返すの入り口んとこ?」
「そ」
「諒解」

 手に持った、とこで。

「ありがとう」
 
 ふっと耳元で声がした。

「……どういたしまして」

 そう言って見上げた先で、相羽さんはやっぱり少し笑っていた。

「ね、相羽さん」
「ん?」
「来年もまた来よう?」

 来年のことを言うと鬼が笑う。
 そんな風にも思ったけど。

「そだね」

 そんな風に。



 一年に一度、確かにあたし達は彼岸の人達に近づくのだと思う。
 現世と彼世。
 一年に一度の、その逢瀬に。
 その人達を想って、こちらから手を振る。
 多分、向こうからも手を振っているのだろう。

 そんな風に、思ってみる。

 この夏の日差しと、絶えることの無い蝉時雨の下で。


時系列
------
 2005年8月15日

解説
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 或る、8月15日の風景。
 順序としては『お盆前』『迎え火・迎え酒』の続きになります。
 
*************************************

 てなもんです。
 ではでは。



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