[KATARIBE 29087] [HA06N] 小説:『お盆前』

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Date: Tue, 23 Aug 2005 23:32:04 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29087] [HA06N] 小説:『お盆前』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200508231432.XAA74556@www.mahoroba.ne.jp>
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Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
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2005年08月23日:23時32分04秒
Sub:[HA06N]小説:『お盆前』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ログを吸い込んで小説を吐き出すそうです。
…………己はくろろふぃるかっ!<そんな有益なものじゃあありません。

というわけで。
『迎え火・迎え酒』より、数日前の風景です。

***********************************
小説:『お盆前』
===============
 登場人物
 --------
  相羽尚吾(あいば・しょうご)
      :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
  軽部真帆(かるべ・まほ)
      :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に避難。 


本文
----

 8月に入って、十日以上。
 暑いばかりの日が続く。

「ただいま」
「あ、おかえり」
 
 このあっつい中、相羽さんという人は頑として上着を脱がない。せめて手で
持って帰れば良いと思うんだけど、まいどきっちり上着を着たまま戻ってくる。
だからといって暑くないのかと思ったら、帰った途端放り出すように上着を脱
ぐから……まあ、慣れもあるんだろうけど、暑いのは暑いらしい。

「お風呂沸いてるよ」
「ん、わかった」

 よく考えてたら『暑いの苦手』と、道場での練習に呼ばれた時に言ってたわ
けで。そう考えると……えらいものだなと思うんだけど。

「……で。あんたらが何故ついていく」

 お風呂場に向った相羽さんの後ろを、ふよふよとついてくベタ達をとっ捕ま
えて、聞きただす。途端にぷくぱた、忙しく全身を動かし始めた連中に、釘を
刺しておく。

「暴れて怒られても、それは自業自得だからね?わかってる?」

 ぷくー。ぱたたたた。

「お風呂にシャンプーとか投げ込んだら、相羽さんが怒らなくてもあたしが怒
るからね?」

 ……どうしてそこで、そっぽ向くかな君らは。


 ゆでた蚕豆。冷し汁と鮎の塩焼き。茄子の煮浸し。
 皮をむいた蚕豆を、ベタ達がつくつくとつついている。

「……えっと、相羽さん、お節介かもだけど」
 御飯の最後にお茶を出す。最近は緑茶の冷えたのも用意しているけど、『あ、
熱いのがいいな』と来る時があるので、案外油断がならない。
「ん?」
 今日も、熱いお茶がいいということで、冷凍庫からお茶を出して淹れる。一
緒にみかんゼリーも出して、言っても大丈夫だなという下準備をしておいて。

「…………お墓参り、行ってきたら?」

         **

 相羽さんの御両親とも、早く亡くなっていると聞いた。お母さんは交通事故
で、お父さんは事件に巻き込まれて。
 交通事故も酷いものだったというが、事件については麻薬中毒者の側杖を食っ
てのものだったらしい。どんな事件だったかしれないが、それについて一切相
羽さんが話さないのだから……それは本当に酷い事件であったのだろう、と、
流石にそのくらいは予測がついた。 
 あたしが居るのが、そのお父さんの部屋だと聞いて、正直最初は本当に気が
引けた。その後、ここに『無期限に居ていい』と許可をもらった時も。

「……まだ、さあ」
 
 確か、相羽さんのオフの日だったと思う。昼御飯の用意の買い物をして、戻っ
てきたら、相羽さんがどこにも居なくて……探したら、お父さんの部屋にいた。
まさか居るとは思わなかったから、かぱっと扉をあけて……ああしまった、と
思ったときには、引っ込みがつかなくて。

「…………」
「……キツイんだよね、こいつらがあるの」

 仕事に必要なPCと書類。当座必要なこまごましたもの。それらは大して場
所を取らなかったし、必要ならタンスでも何でも使っていい、とのことだった
ので、当座は全く困らなかったのだけど、ある程度長期となるとちょっと話は
変わる。それで、相羽さんが言い出したのだ。
『親父の部屋のもんとか、県警でカメラ好きの奴に引きとってもらうつもり』
 お父さんの趣味というのが、カメラだったという。だからこの部屋のあちこ
ちに、相羽さんの小さい頃からの写真がある。他にもカメラやその備品などが
色々あったのだけど、県警のカメラの好きな人に引き取って貰う、と、相羽さ
んが言い出して。
『ホコリかぶってるよりは、大切に使ってもらったほうが、親父も喜ぶでしょ』
 そう決めると、この人の行動は早い。そんな必要は無いとは言ったんだけど、
さっさと県警の誰彼に話をつけてきた……と、その数日前に言われっけ。

 だけど、それらを持ち出す前に。

「……だからね、ちょっと預かっててもらう」
「……だけど!」
「それだけ、だから」

 埃だらけになるまで、見て見ぬ振りをせざるを得なかった内心も、そして引
き取ってもらうと決めたものを、最後にこうやってぼんやりと見ていることも。
 到底、あたしには理解も判ることも出来ない、と、思ったけど。
 ただそれでも。
 ぼんやりと見ている、相羽さんの背中を、見ているだけで。
 辛くて、遣り切れなくて。
 あの時も、こちらが先に泣いてしまって、相羽さんから宥められたのだっけ。

           **

 そんなだったから、『お墓参り』と、口にするには度胸が要った。ついでに
緑茶とみかんゼリーも要った。でも、それだけ用意しても、やっぱり相羽さん
の手はゼリーの手前で止まっている。

「…………ああ」
「あ、いやその……」

 虚を突かれたような表情は、確かに『機嫌が悪い』とかではない。でも、こ
の人、本当に滅多に怒らない。というよりまず一切怒らない。人が良すぎると
いうか、寛大に過ぎるというか、時折不安になるんだけど。
 余計なこと……言ったかな。

「……いや」
 わたわたしているこちらを見て、相羽さんが少し笑った。
「……お前さんが言わなかったら、いつまでも行こうなんて思わなかったし」

 何時の間にかベタ達は、蚕豆から離れてみかんゼリーの攻略にかかっている。
相羽さんのを食べられない前に、こちらのお皿をおしやっておいて。

「……行ったら、いいのに」

 御両親の巻き込まれた事故や事件。それは本当に無惨であったろうし、思い
出したくも無いものでもあったろう、とは思う。
 だけど話の端々に聞く限り、相羽さんは、御両親自身には何も含むところが
無いみたいだし。それなら。

「喜ばれる、のに」

 少し冷めたお茶を手に取ると、相羽さんはちょっと躊躇って口を開いた。

「……ひとつ、さ。頼んでいい?」
「え?」
「……一緒にさ、墓参りいかない?」

 ちょっと……吃驚した。

「えっと……行っていいの?」
「……来て欲しい、ね」

 行きたくないわけじゃない。むしろ行ってみたい。
 でも。
 ……いいのかな。

「……無理にとはいわないから」
「あ、そうでなくて」
 
 一瞬、色々思ったけど……それでも相羽さんは来て欲しいと言ってる。
 それならそれでいい、と思った。

「ん?」
「……一緒に行きます」
「ありがと」

 相羽さんは笑って、ゼリーに手を伸ばした。こっちのゼリーを食べ尽くした
ベタ達が、ふよふよと漂ってゆく。

 …………って。

「あ」

 いけね、一つ忘れてた。

「ん?」
「……御両親……ええっとあの」
 言葉を選ぶ。何ていえば良いんだ、こういう異常体質って。
「…………幽霊とかに、なる可能性、あり、ます?」
「…………」
 流石に返事が無い。そらーそうだろうなとは思う。
 でも。
「……実体化しそうになったら、5m離れますけど、それでいい?」
「……そうして」
 何かあやふやな表情のまま、やっぱりあやふやに相羽さんが頷く。
 そいえば……説明したことがなかったか。

「いやあの、自分でも良く判らないんだけど、幽霊から5mくらいに近づくと、
幽霊が実体化するらしいんだ」


 実は自分でもあやふやだったりするこの異能は、ゆっきーさんこと本宮幸久
さんに指摘され、突っ込まれたものだ。何かを怨んでいる、妬んでいる、なん
て場合も無論だが、何かちょっとしたことでも心にひっかかったりしていると
どうやらあたしの周りで、死者たちは元の姿に戻るらしい。それも生前の元気
な時の姿に戻るらしいんで、こちらそれが幽霊であったとは気がつけないのだ。

『死因に問題のある場合、そこの葬式には出るんじゃねえ』
『実体化した挙句、生前の恨みを晴らして心残りを消して、はい昇天……なん
てことになったら、完全犯罪ですからね』
 何時だったかゆっきーさんとその飲み友達の黒尽くめの御仁とに、畳み込ま
れるように言われたことがある。そうは言われてもこちらも誰が幽霊なんだか
判らないんで、非常に困ったものだけど。

 ど。

 今回、それが困る。相羽さんの御両親が、まさかに幽霊とか怨霊になってる
とは思わないけど……でも、御両親が相羽さんのことを心残りに思ってるって
ことは、大いにありえるし。

「あ、いやでもね、元気な時の姿になるらしいけど」
 だからどうだと言われると困るけど。
「……だから」
 自分でも言ってて、すげー嘘臭い。
 相羽さんも、黙ってこちら見てるだけだし。
「…………ごめん……なんか変な奴で」
 言ってみて自分でもしみじみと、変な奴だ。

「……まあ、いいんじゃないの?」
 スプーンを持って、しみじみと、相羽さんが言う。
「そういうのでも……一緒に、行って、いいですか?」
「きてくれる?」
「……うん」

 正直……その時になったら、やっぱり一緒に来て欲しくなかったって思われ
るかもしれない、とは思ったけど。
 ただ。
 相羽さんって人は、言ったとおりの人なんだなって、それでも少し判ってき
たから。

「15日、行ける?」
「……空けようかね」

 無理しないでね、というと、ひらひらと片手を振って『大丈夫』と。
 ……じゃ、大丈夫ってことにしておこう。


「あ、お茶もらえる、今度冷たいの」
「おっけ」
「あと、ゼリーある?」
「ある」

 タッパー出して、適当に切って。


 8月の15日。
 何にも無いとは、思うけど。
 少し不安で……少し期待していたりする。


時系列
------
 2005年8月上旬。

解説
----
 どうやら長らく行っていなかった両親の墓参りに行くことを提案される相羽。
 
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 続きはまた後日。
 ではでは。



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