[KATARIBE 29086] [HA06N] 小説『 Wish You Were Here 』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Tue, 23 Aug 2005 19:46:23 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29086] [HA06N] 小説『 Wish You Were Here 』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200508231046.TAA61248@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 29086

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29000/29086.html

2005年08月23日:19時46分23秒
Sub:[HA06N]小説『Wish You Were Here』:
From:久志


 久志です。

先輩と真帆さんの話。
小説『必須条件』の続きです。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『Wish You Were Here』
==========================

登場キャラクター 
---------------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ヤク避け相羽。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0483/
 軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に避難。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0480/

以前の会話
----------

「おネエちゃん相手だと、俺作りこんでるからねえ」 
 一口、お茶を含んで。
「素の俺だと、大抵のおネエちゃんに嫌われるよ」 
 向かいに座ったあいつが、箸を止めて不思議そうな顔でこちらを見る。
「こやってる相羽さんは、素じゃないの?」 
「素だよ」 
 小さく首をひねって右手を挙げる。
「……嫌ってませんが」 
「お前さんはおネエちゃん違うし」 
「…………おネエちゃんの定義を聞いてみたいんだけど」 

 ふと、考える。
 おネエちゃんの定義とは。
 今まで自分がやってきたことを考えて、なんとなくはわかる。
 だが、おネエちゃん以前にこいつも女性であることは確かなのだ。
 思い返せば、最初に会った頃からこいつにはずっと素のまま接している、
それがなぜか不思議に感じない。
 どうしてここまで取り繕わずに素で振舞っているのか。

「情報もっててたぶらかせて切り捨てられる子」 
 言い終わらないうちに頭をはたかれた。
「いて」 
「……今のは、千夏さんの分」 
 ぼそりとつぶやく言葉は、流石に少し刺さった。
「それは、痛いね」 
「相羽さんが切り捨てた積りでも、相手は切り捨ててないことだってあるんだ
から」 
 霧雨の日の出来事が脳裏によぎる。
 切り捨てられない想いを、自らへし折れる程に思い知らされた件。
「……だから」 
「全部斬るよ」 
「…………え?」
「おネエちゃんも、俺のこと怨んでる輩も」 
 たっぷり一分、動きを止めて。
「……えっと」 
 少し慌てたように右手を挙げて。
「……仕事に支障でるじゃないかそれ」 
「俺、別におネエちゃんだけで仕事してるわけじゃないよ」 
「そりゃそうだけど、おネエちゃん情報網、相当だったじゃない」 
「まあね」 

 おネエちゃん情報。
 正確さと内容の充実さについて言えば、かなり胸を張れる情報網だった。

 でも。

「……斬ることないよ」 
「無理だからさあ」 
「何で!」
「俺が」 

 騙して、惚れさせて、情報を引っ張り出して。
 今まで、ずっとそうやっておネエちゃんを利用してきた。
 心がまったく痛まないとは言えなかったが、いや、本当の痛みを知らなかっ
たと言ったほうが正しいか。

「…………今のうちきいとく」 
 すっと、真帆が目を細める。
「あたしが、邪魔してるのか?」 
「いや」 
「じゃ、何で!」 
「…………へし折れたから、かね」 
「悪辣なことしてたし、平気で利用してたし」 
「…………」 
「でもねえ、今の俺だと無理」 
「……平気で利用するように、見えたことは無かったよ」 
「……」
「悪辣だとも、思ったことは無い」 
「そりゃ、心は痛んだよ」 
「…………」 
「でも、突っ走ってる間は痛んでも平気だった」 

 熱で倒れそうな時、熱を測ってしまうと。
 熱があるという事実で参ってしまうことがある。
 痛みを痛みとわからずに、走っていたからこそ。

「…………あの」 
「何?」 
「……ごめんなさい」 
「なんで、謝る?」
「…………仕事の邪魔に、なってるね」 
「……いや」 

 目の前で苦笑してる姿。
 こうして差し向かいでいる相手。

「……あのまま、お前さん帰らなかったら……そも、まともに仕事できてたか
もあやしかったしね」 

 それは本当に心から偽らざる言葉で。


「……負担にならないってことは、不可能なのかな」


あなたがここにいて欲しい
------------------------

 あなたがここにいて欲しい。
 ピンクフロイドの『炎』最高傑作の呼び名の高い『狂気』も好きだが、個人
的にはこっちのほうが好みだった。

『ここにいてほしい』

 それは確かに心からの本音だけれど。
 だが、それは自分の一方的な言い分でしかなく、相手に拒否されてしまえば
それきり行き場を失くしてしまう。

『お前さんじゃなくて、他の相手でいいってことかと思ったけど』

 仕方ない、とは思った。
 自分は今まで散々必要と言われた相手を斬り捨てて、いまさら自分が拒否さ
れたくないなどと言うのは身勝手だ。

 だから。

「違うっ」

 一瞬遅れて、伸びる手。

 目の前に見える黒い髪。
 頬に感じる耳の感触。
 背中に回った手がしっかりとシャツを握り締めているのがわかる。

「…………」

 なんだか、莫迦みたいに呆けていた。
 不意をつかれた、というか。そもこいつがこういう行動をとるなどと今まで
予想したこともなかった。

「必要無いっていつ言った」
 湧き上がってくる何かを抑えるように。
「いつ言ったっ?!」
 かすかに震えた声が耳元に響く。
「……いや、言ってない」

 相手が激した分、逆に自分が落ち着いていくのがわかる。
 手を伸ばして、黙り込んでしまった体を確かめるように背中を撫でた。

「…………どうにもね、小心者なんだよ」
「小心者ってなら、あたしだって同じだ」
 怒鳴っているのに、その声は震えていた。
「おネエちゃんをいっぱい納得させてきただろう、相羽さんは!」
「…………」
「必要だって言えば、何人だって集まるだろ」

 ゆっくりと身体を離して、じっと目を睨み据えた。

「誰も必要とはするものかと思った。必要としたって、どうせいざとなったら
誰も居ないと思った」
 必要とした時に、誰もいない。
 切れ切れに聞いた会話のなかから、おぼろげにわかる過去。
「…………なんで」
 目じりに微かに浮かんでいるのは。
「だから、さあ」
 両手で目元をぬぐって頬を押さえる。
「他のおネエちゃんはどうでもいいんだよ」
「…………」
「俺が必要だって言ってるのはお前さんなんだよ」

 両手で覆った頬に微かに震えを感じる。

「……だけど」
「だけど?」
「……無期限で、ここにって…………わかんない」

 Wish You Were Here
 あなたがここにいてほしい。

「必要だから居て欲しい」

 それが、本音。

「……何で必要」
「へし折れたから、さあ……そこにいて蹴っ飛ばして欲しいんだよ」

 するりと、背中に回されていた手から力が抜けた。
 そのまま拳を握り、目を押さえる。

「……真帆?」
「……千夏さんのこと、理解できる、んだ」
「必要だって言って届かないってのは、辛いってね」
「必要だって思ってるから、ここに、いたのに」

 ああ。
 なんとなく、理解できた。
 二人揃ってさっぱりかみ合ってないことに。

「言い方、変えようか」
「…………」
「ここに居て、不自由はない?」
「……変だって思うくらいに、無い……だから、甘えたくないって思った……」

 だんだん、声がかすれていって。
 拳をつたって、落ちる、涙。

 反射的に、身体を引き寄せていた。
 他にどうすればいいのか、どう伝えればいいよか、まるでわからない。
 散々悪辣なことを平然としてきたくせに、どうしてこんな時に、ここまで何
もわからなくなってしまったのか。
 ゆっくりと頭を撫でながら、反芻する。

「……本当に、役に立たないよ?」
「役に立つたたないじゃないんだよ」
「……信じられない」
「……俺が?」
「違う」
「相羽さんがあたしのどこ見てそんなこと言うのか、わかんないよ」
「どこがいいとかじゃなくて……お前がいい」
「…………わかんない」

 必要だと。
 いて欲しいと。

 どれだけ言えばいいのか。
 どうすれば伝わるか。
 今まで自分が踏み潰してきたものに、逆に自分が捕らわれたのを感じた。

「……わかんない」

 わからないと言いながら、握りこむように袖を掴んだ手。
 矛盾した、言動と行動。
 こいつも、自分と同じような迷路にはまっているのだろうか?

「わからない?」
「だってわかんないものっ」

 小さく息をついて、袖を握りこんだ手に手を重ねて、握り締めた。

「何ができるとか役に立つとかじゃなくてね」
 ひとつ、息を吸う。

「ここに居て欲しい」

 びくり、と。腕の中で震える。

「……それだけだよ、俺は」

「…………失敗しても、許してくれる?」
「ああ」
「死んでしまえって、言わない? 期待はずれだ、死んでしまえって言わな
い?!」
「言わないよ」

 随分過激な発言だと思いつつも。
 かつてこいつが母親に言われたという言葉を思い返した。

「……言われたもの……五年前に」

 死ぬ勇気があったなら何でもできたはずだ。
 何故お前は生きている。

 それが、傷。

「…………言わない?」
「言わないよ」

 握り締めた手に力を込める。

「期待になんか答えなくていいし、負担に思わせるような期待なんかしない、
何かできるできない関係ない……居ればいい」

 抱き寄せた手を少し緩めて、目を見る。

「それじゃダメなん?」

 長いようで短い沈黙。
 ことん、と。肩に額をのせてもたれこんでくる。

「…………ありがとう」
「ああ」

 何度も、何度も、頭を撫でる。

「……相羽さん」
「何?」
「越してきて、いい?」
「いいよ」
「迷惑になったときは、言ってくれるよね?」
「言うよ」
「……ありがとう」

 それきり、真帆は口をつぐんだ。


時系列と舞台 
------------ 
 2005年7月上旬。ネズミ騒動よりしばし後。 小説『必須条件』の続き。
解説 
---- 
 ここにいて欲しい相羽と、役に立てないことを思い悩む真帆。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
いじょ。

(ごろごろごろごろごろ)




 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29000/29086.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage