[KATARIBE 29082] [HA06N] 小説『夏の校庭・闇の夢』

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Date: Mon, 22 Aug 2005 01:01:00 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29082] [HA06N] 小説『夏の校庭・闇の夢』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年08月22日:01時01分00秒
Sub:[HA06N]小説『夏の校庭・闇の夢』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる@誰が書かないんだって? です。
えっと、久しぶりの関口君です。
以前のログから起こしてます。
ひさしゃん、巧君、お借りしました。

**************************************
小説『夏の校庭・闇の夢』
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 登場人物
 --------
  関口聡(せきぐち・さとし)
   周囲安定化能力者。高校一年生。見えないものが見える。
  蒼雅巧(そうが・たくみ)
   霊獣使いの家の一員。高校二年生。非常に真面目。

本文
----

 夢を見た。
 一日目には、左手が肩から落ちた。
 一日置いて、その次の夜には、右の耳が落っこちた。

 ことろんことろん。
 落ちた腕と、落ちた耳。
 持ち上げると、夢の中でも重かったりひんやりしてたり。

 そして昨日の夢では、左の目がころんと落ちた。ぽってりと落ちた目は、足
元の白い砂にまみれて、何となく大きな飴玉に見えた。
 ざらめをぎっしりまぶした、鈴の形の大きな飴。
 ぽん、と、口に入れて……

 ……みようとしたところで、目が醒めた。

       ***

「……それは、また、奇妙な夢ですね」
「なかなか、楽しいです」

 夏休みの校庭の周りの常緑樹の下には、運動部の連中や何かの用事で学校に
来た生徒達がぺったりと腰をおろしている。空気自体が熱せられているから、
それでも決して涼しくは無いのだが、炎天下、遮るもの無しで立っているより
かは流石に楽である。

「何だかどんどん解体されてるのかもしれません」

 ぽつりと放つ言葉に、鋭い目元の先輩は、少し困ったような表情になる。

「それもまた、面白いですが」

 肩の上の鷹が、片方の羽根を少しだけ広げて身震いした。


 つい最近、一学年上に転校してきたのが蒼雅巧である。真っ直ぐで裏表の無
い、そして飾るところの無い性格は、球形として目に映る前から既に、明らか
で……故に聡としては、非常に一方的ながら、この一学年上の先輩のファンで
あったりする。
 巧が転校してくる前は、聡は三十郎先輩のやはり一方的なファンで、今もそ
れは変わっていない。何と言っても三十郎は見惚れるほどのマイペース、多少
の歪んだ安定感や、不安定感など跳ね飛ばしてくれる。

 ただ、この巧という人は、またそれとは違う。

「巧先輩って、何か、話しやすいから困りますねー」
「そうでしょうか?そういっていただくのは嬉しいことです」
「ついつい、心配させるようなことまで言っちゃってる気がする」

 暑い中、彼はそれでも凛として立っている。心頭を滅却すれば火もまた涼し、
との諺を、見事に体現している人間である。

「何かの夢占なのでしょうか……」
 考え込むように、巧が言う。
「うーん、もっと単純に」
 常緑樹の陰にしゃがみ込んで、膝を抱え込む。いつもの格好のまま聡は首を
傾げた。

「……巧先輩には、僕の左手は、見えてますよね?」
「ええ、見えます」
「……そっかあ」

 共働きの両親は、朝が早い。それでもいつもは母親がきちんと御飯を作って
くれるのだが、夏休みの間については、聡のほうがこれを断わった。『どうせ
お父さんは食べないんだもの、お母さん手を抜いたらいいよ』との提案と、説
得半時間。何とか母親は折れて、それでもパンと夜の残りをテーブルに用意し
ていってくれる。
 本当は自分が早く起きて、用意しないといけないんだろうな、と。
 パンを見るたびに、少しだけ辛い。

 とにかくそうやって、特に夏休みの朝は親と会わない。だから夢で落とした
部位が、本当に落ちていても不思議ではないように……思えてしまって。

「……亡くなってしまってるのかと、思いました」

 自分の腕と、耳と、目と。
 人の見ないものをごく自然に見、ごく自然に触れることが出来る者としては、
夢の中の体験のほうが現実である、と、言われることは別に不思議でも何でも
ない。むしろそう考えて『不思議である』と思うほうが不思議なのかもしれな
い。

「亡くなりはしません、聡殿がそこにいらっしゃる限りは」

 不思議なほどはっきりと、巧が言う。

「……うーん」

 巧の肩の上の鷹を見て、聡は苦笑する。
 秋芳と名付けられた鷹は、巧と運命共同体で……そして普通の人には見えな
いという。『皆に見えるもの』が全てではなく、また見えるものは人それぞれ
異なるであろう、と、恐らく実感として知っているこの先輩でも。

 夢よりは、現実が確かか。

「僕の夢のほうが、僕の現実よりもリアルなんで、時々」
 少し目を細めて、聡は巧を見上げる。
「……そっちが本当じゃないのかって、心配になりますね」

 樹冠の向こうの空は、油絵具で塗りこめたように青い。

「夢は現実の中にしか存在しません」
 暫く考えて、巧は言葉をゆっくりと紡ぐ。
 今まで結構話せば話すほど、得体が知れないと言われた聡にすると、それだ
けでも申し訳無いような、有難いような話である。
「夢だけでは現実たりえませんから」

 この人の世界は、凛としている。
 この人を包む意識の球は、突き抜けるように透明で、時折それに稲光のよう
な金の色や、深海を思わせる深い蒼の色が混ざる。
 肩の上の秋芳も、やはりその中で不思議と透明に、そして凛として見える。

「無論、それはそうです」
 一瞬、その妙に見惚れつつ、けれども話の筋を静かに辿って。
 聡は口を開く。
「ええ」
「でも、僕が現実を現実とは捉えず、夢と勘違いすること。それはありえるこ
とです」
 巧が、少し困ったように首を傾げる。

「……どっちでも僕には、あんまり問題がないですけど」

 べかべかと。
 巧の周りの透明な球が、蛍火のような光を浮かべる。この暑い夏の日中、そ
の光は天河の星のようにも思えた。
 心配。何かとても気にかかる、と。
 そんな、自分に対する打算の無い好意の発露。

 膝を抱えていた腕をほどくと、聡はすた、と立ち上がった。

「そういえば巧先輩、剣道の助っ人、頑張ってくださいね」
「ええ、全力をつくします」

 剣道部の部長達を薙ぎ払った美人女子生徒の話。次から次へと届く果たし状。
そして急遽助っ人として巧が引っ張り込まれたこと。そういうことは、例え夏
休みでも、噂としてしっかり流れたりするものである。

 咄嗟に頷いて……そして巧はちょっと不思議そうな顔になる。
 ああ、この先輩にもわからないことがあるんだな、と。
 そんな小さなことが、微笑ましくもあり、可笑しくもあり。
 ついつい笑いながら、聡は立ち上がる。

「秋芳君も、頑張って」

 肩の上の鷹は、今度こそばさりと大きく羽根を広げて、それに答えた。



 そしたらまた、と、その一言で挨拶を終えて。
 鞄を背負いなおして。
 聡はまた、とんとんと走りはじめる。


 夏の間の学校の校庭は、じりじりとゆっくり焼き焦がすように暑くて。
 走っていても、風の味さえ忘れるようで。
 油絵具の空。油絵具の大気。

 (巧先輩なら……まあ、勝つだろうけど)

 やはり太陽の色は金。大気の色も金。
 ……そういう、ことなのだと思う。

 とんとん、と、スニーカーがアスファルトを叩く。
 大気の熱で、アスファルトがぬめるようにも見える。
 熱発する世界。熱発する大気。

「……先輩、熱中症には気を付けて」

 既に聞く人は居ない。けれどもぽん、と、それだけ言って。
 聡はまた走り出す。

 落ちた片手。
 落ちた片耳。
 落ちた片目。

 それらもまた、この夏の大気の中に、どろりと溶け込んでいるようで。


 スニーカーとアスファルト。白と濃灰の間を、埋めるような熱波の中を。
 
 走ってゆく。
 走ってゆく。


時系列
------
 2005年夏休み

解説
----
 夏休み中の、断片の風景。
 関口聡の、それなりの日常です。

********************************************
てなもんで。
 ではではです。




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