[KATARIBE 29078] [HA06N] 小説『情けなくもあり……怖くもあり』

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Date: Sun, 21 Aug 2005 01:19:17 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29078] [HA06N] 小説『情けなくもあり……怖くもあり』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年08月21日:01時19分17秒
Sub:[HA06N]小説『情けなくもあり……怖くもあり』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
魔道におっこった気分です(おい
書いても書いても尽きないログから、また一部引っ張り出します。

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小説『情けなくもあり……怖くもあり』
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 登場人物
 --------
  相羽尚吾(あいば・しょうご) 
      :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。先天的に手が早い。
  軽部真帆(かるべ・まほ) 
      :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に避難。


本文
----

 土を、掘っている。

 神社の境内、だろうか。人気の無いその場所の、土の色は煉瓦色、多少赤の
勝った色をしている。

 土を、掘っている。
 
 急がないと、と、思っている。大きなシャベルで土を引っくり返しては、こ
れでは壊れてしまう、危ない、とも思っている。とすると、土の中の何かは、
恐らく壊れ物であるらしい。

 土を、掘っている。
 
 何度目かに差し込んだシャベルを押し込んで押し上げる。と。その下から何
やら白いものが見える。
 シャベルを手放し、しゃがみこんで、手で土を払う。ああ出てきたと、どこ
かで思っている。出てきた、早く助けねば、と。
 ……助けねば?

 土を払っていた手をどける。とそこにあるのは。

 (相羽さん?!)

 白々とした色は、どう見ても生命があるようには見えない。しかし左のこめ
かみからは、赤黒いものがまだどくどくと流れ、周りの土へと染みこんでいる。
 (撃たれたんだ)
 閃くようにそう思い、それが正しいのだと思う。撃たれて埋められている。
でもまだ血が流れている。だから。
 (早く!)
 掘り出さなければ、と伸ばした、手に。

 ちい。
 
 濃い灰色の、毛の塊。

 ちい。
 反射的に引っ込めた手を掠めるように。
 
 ちい。ちい。

 まだ助かると判っている。今土の中から掘り出せば助かる、と。
 でも掘った穴の、相羽さんの顔の周りを。

 ちい。

 片手にシャベルを握る。ネズミは逃げる様子もなく、無表情な顔をこちらに
向けている。
 一匹。二匹。そしてそれ以上、数えたくも無い数のネズミが。

 (……駄目)
 このネズミ達が何を狙っているのか。そのことをうっすらと判っている。

 (……駄目……)

 振り上げたシャベルを避けて、ネズミはさっと動く。しかしそのうち数匹は
そのまま穴の中に鼻面を突っ込み。
 その無表情な顔を、そのまま。
 赤黒く染まった、土の中に突っ込んで。

 (…………喰らう……気だ!)

 シャベルで叩けば、その下の相羽さんまで傷つく。でも他に使えるものは何
も無い。半ば目をつぶって土に顔を突っ込んだネズミを払おうと手を伸ばすと。

 ちい。
 たた、と、その灰色の塊が手の上に飛び上がり、悲鳴をあげる前に肩の上に
まで走って上がってくる。助けを求めてあげようとした声は、喉のどこかに引っ
かかって、出てこない。
 ちい、ちい、ちい、ちい。
 湧き出すように増えるネズミは、足に絡みつき手によじ登る。必死で払った
ネズミが、そのまま相羽さんの顔の上に落ち、そして。

 動く鼻と、その下の白い歯。

 それがそのまま、傷口に吸い込まれるように。

 (駄目……駄目っ!)

 必死で手を伸ばす。何時の間にか灰色のネズミ達は、相羽さんの傷口にびっ
しりとたかっている。
 払わないと。払いのけないと。
 伸ばした手に、くるりとネズミは振り向いて。
 五本の指から五本のネズミが。

 ネズミが。


            **

 音が、していた。
 どんどん、と、間の詰った音。重なるように別の音。
 どん、と、最後に音が一つ。
 そして、金属音。軋む音。
 誰かの、声。

「…………っ」
 息を呑んで、初めて、それまで自分が声をあげていたことに気がついた。
 そして足音。
「真帆、どうした?」
「…………あ……」

 暗がりの中、眼鏡を外した目には殆ど何も見えない。ただ、白くぼんやりし
たものが屈み込むようにこちらを向いているのだけは、判った。

「どうした?」

 瞬間。
 憑き物が落ちたように、はっきりと目が醒めた。
 そして『目が醒めた』ことで、わかる。

「…………夢、見てた」

 喉から声を押し出す。喉は乾いて少し痛む。

「夢?」

 少し怪訝そうな響きを含んで、声が届く。

「うん、夢」

 夏がけの手触りと、枕のふくらみ。
 それを手で、そして目で確認して初めて、がっくりと力が抜けた。

 ……夢、だ。今の。
 

「って、ごめんっ」
 そこまで考えて、そして思い至る。何で相羽さんがここにいて、こちらを見
ているのか。
「ご、ごめん、起こしちゃった?」
 夏がけの上に、小さく黒く見えるのは、多分ベタだ。鰭らしきものがちらち
ら動いているように見えるのは、あれはこちらの目がおかしいからだろうか。
「……いや、なんともないならいい」
「…………大丈夫」
 大丈夫、大丈夫。さっきのは夢で、ここに相羽さんが居るということは相羽
さんは生きていて。
 大丈……

「ひっ」
 かさ、と、小さな音。
 咄嗟に肩が跳ねる。
 ネズミが、動く、音……

 ふと、とん、と、頭の上に温かいものが載った。
 声をあげかけて……その正体に気がつく。

「……そう、見えないけど」
 
 大きな手。

「……ゆめ、だからさ」
 ゆっくりと息を吐く。ここにはネズミは出ない。
「悪夢、だっただけ」
 相羽さんは生きてる。ここにネズミは居ない。
 
「……やな夢だった?」
「…………」
 極めつけの厭な夢だった。言おうとして、その前に身体が震えた。
 駆け上るネズミの、その感触。
 思わず手を払った時に。
 
 払った手が何かにぶつかる。ぶつかった何かはそのまま手を巻き込み、腕を
巻き込んで、そのままぐっと身体を押した。倒れるかと一瞬思ったけど、その
まま何かにぶつかって、支えられている。
 微かに、煙草の匂い。
 ゆっくりとした呼吸音。

 ……大丈夫だ、と。
 ようやく……そう思えた。


「………ごめん」
「……いや」

 大丈夫、と、思った途端、眠気が押し寄せた。

「起こしちゃって、ごめんなさい」
「気にしなくていいよ」

 指にひっかかる何か。袖。
 握りこむように、それを掴んだ。

「……良かった。いきてて」
 喉の奥で笑う音。振動。
「死なないよ」
 そして苦笑混じりの声。

「俺、悪運強いからさ」

 つぶった目の裏に、一瞬だけ夢の残滓が映る。
 血の気の無い、白い顔。

「……死なないでよ」
 眠気に任せて、わがままを言っている。どこかでそれをも自覚している。
 けれど。
「悪運が無くなっても、死なないで」
「死なないよ」
 本当にあっさりと、そんな答えが戻ってきて。
 念を入れるように、一言付け加える。
「絶対」
「……約束?」
「ああ、約束する」

 一瞬たりとも迷う気配もなく、声がそう言う。

 握った指の中の、布の感触。
 うん、ネズミじゃない。これは違う。

 ほっとした。
 大きく息を吐いた。
 
 ……そこまでは、憶えている。


        **

 大概小さい頃ってのは、兄弟一緒の部屋で寝てることが多い。ついでに小さ
い頃ってのは寝相がとことん悪いから、起きたら目の前に足があったり手があっ
たり、時には頭突きを食らわされて起きることもある。だから、起きたら目の
前に頭があった、というのは、当時だと案外まともな部類に入る。少なくとも
どっちも回転していないし転がっても無い(いや、回転して転がった結果、元
に戻っただけかもしれないけど)。

 ……なんてことを、一瞬にして思い出したのは。
 つまり目の前に、頭があったからである。

「…………へ?」
 肘で身体を起こそうとして、気がつく。右の手で何かしっかり握っている。
「え?」
 服の、袖。
 袖には中身が入っていて、中身はそのまま肩に繋がって……ってまて。
「うそっ」
 慌てて手を離す。思わず呟いてしまって口を抑える。
 ってか、何で。
 いや、来てくれたのは知ってる。話したのも憶えてる。でも。
 手とか掴んでないよな、服だけだよな、それもそんな相羽さんみたいに万力
のよーな力で掴んでないよな?
 ……なんで。
 
 掴んでた袖のほうの腕を伸ばして、もう片方の肘をつくようにして、相羽さ
んは眠っている。熟睡はしてるけど、どう考えてもこれ、眠り易い格好じゃな
い。
 一体、何で。

「…………ああ」

 わしゃわしゃと考えていた時間は、多分実際には10分も無かったと思う。た
だ、考えてもどもならんうちに、相羽さんが起きた。2、3度頭を振る仕草を
して、顔を上げる。
 目が合った途端、いつものようににやっと笑って。

「おはよう」
「…………ぁ」

 そのままさっさと立ち上がる。ごく当たり前のように。
 ……って!

「ごめんなさいっ」
「まあ、いいよ」
 ぱたぱた、と、手を振って、そのまま相羽さんは部屋から出て行く。
 ほんとに……どうしようと思った。申し訳無い、何てことしたんだ、と。
 ……でも朝ごはん作らないといけないから。
 作ってから落ち込もう。作ってから謝ろう。
 まず御飯作らないと。

 ……我ながら、ふと。
 家政婦が大分板についてる気がする。

          **

 茗荷と豆腐の味噌汁。鯵の干物。
 あくび一つして、相羽さんは箸を取る。

「…………ごめんなさい」

 完徹ではない、とは思う。ただなんか微妙に寝不足のような……てゆかあん
な姿勢じゃ、眠ろうったって眠れないよなあとか。

「ほんとに、ごめんなさい」
「ん?ああ、いいよ」

 本当に、申し訳無いんだけど。
 でも。
「……寝てくれればよかったのに」

 正直、袖握ってたのは確かだけど、取ろうと思えば幾らでも取れたと思う。
流石に相羽さんほど、こちら腕力ないし。

「必要っていったでしょ」
「…………え」
「辛そうにしてたらさあ、その分ひきとるよ」

 …………この人はっ!

 お碗を持ったまま、にやっと笑って。
 相羽さんはまた黙って御飯を食べ出す。

 何でまたそんな台詞を、この人はさらっと言えて、また平気な顔で言えて。
 もうすっかり眠気とか飛んだような顔になって。
 なんか、こう。
 絶対相羽さん、こっちのこととか片手であしらえる人だよな……。
 ……なんて考えてると、段々情けなくなる。
 力量が、違いすぎる。

「ごちそうさま」

 何だかぼけっとしている間に、相羽さんは御飯を食べ終えてた。
 ……あ、いかん、今日、いつもより少し遅かったのか……ってか、何を一体
自分は考えてるんだ、頭の中だけわたわたと……って。

 ひょい、と。
 手が伸びてくる。

 つん、と、額をつついて。

「んじゃ、いってくるわ」

 そのまんま、席を立って、玄関に向って。
 後をぱたぱたとベタ達がおっかけてく。

 鍵を開ける音。扉の閉まる音。


「…………ったくっ」



 何だろうなと、思う。自分でも。
 情けないくらい、多分あたしは、相羽さんに甘えているのだと思う。

 …………必要、って言葉が、時折。

 ほんの少し、重いかもしれない。

「……つよくなりたいね」

 ぱたぱたとはためいているベタ達に、ついそう言った。
 ベタ達はぷくぱたと、大いに賛成してくれた。

「がんばろっか」

 ぷくー。
 ぱたぱたぱた。

 ……さてはてどこまで判っているのやら。

 夢の中まで、浸食されてゆく。
 怖くもあり、情けなくもあり。

 情けなくもあり……少し怖くもあり。


時系列
------
 2005年夏休み。『必要と役割と』の、割と直後。

解説
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 割と、この時期の日常の風景でしょうか。
 今一つ、かみ合っているようで噛みあっていない……そんなような。

***************************************
 
 ちなみに、冒頭の夢の部分。
 土に埋まってる人を見て「うを、これ先輩だ、ねたにせねばっ!」と
夢の中で握り拳になったのは己です。
 ……極道ここに極まれり(おい

 ではでは。



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