[KATARIBE 29077] [LG02N] 小説『バードライン』前編

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Sun, 21 Aug 2005 01:17:11 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29077] [LG02N] 小説『バードライン』前編
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200508201617.BAA27853@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 29077

Web:	http://kataribe.com/LG/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29000/29077.html

2005年08月21日:01時17分10秒
Sub:[LG02N]小説『バードライン』前編:
From:久志


 ども、久志です。

 半年前にとまったまんまのバードラインです。
スペオペはサパーリですが見よう見まねでそれっぽくしてました。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『バードライン』前編
========================

登場キャラクター 
---------------- 
 阿古崎陣内(あこざき・じんない)
     :父の整備工場を手伝う少年。宇宙船操舵手にあこがれている。
 ミハエル安東(みはえる・あんどう)
     :陣内の友人、同じく宇宙船操舵手を夢見ている。
 阿古崎徹宵(あこざき・てっしょう)
     :陣内の父、寡黙な純日系頑固親父。整備の腕はピカイチ。
 トム爺さん
     :陣内父の旧知でもある元船乗りのパーツ屋。

DREAM CHASER 〜 夢追人
----------------------

 膝を軽く曲げて、足の親指に力を入れる。 
 地面を蹴るというより、押し出すように足を伸ばす。
 力が足りないと目的の位置までたどり着けず、逆に力が強すぎると目的地に
到着した時に余分な反射ダメージが残る。
 無重力空間移動での基本作法。
 こればっかりは理論だけでなく実際に何度も実践して距離感の把握と力の調
整をしっかりと積まないと身につかない。
 惑星コーべ中央ステーションにある、小さな整備工場。ドックに収まってい
るのは中型の貨物運搬船、船体上部に二つの船外監視窓があり、小さくコック
ピットが見える。レイラインから辺境への貨物運搬を目的としたスタンダード
な流線型宇宙船。対外攻撃装備は少なく、居住区も限りなく最小限にとどめて
船体の大部分が運搬用のコンテナになるよう設計され、その外見はまるで喉を
大きく膨らませたカエルのようにも見える。
 右腕で宙を泳ぐ体の舵をとりつつ、ところどころ塗装が剥げた船の右の横腹
部分にあたる目的の場所へと近づく。手が届くぎりぎりの距離まで近づくのを
待ってから、左手を伸ばして船外装甲に手をついて、ゆっくり衝撃を受け流す。
そのまま船外装甲に軽く足をつけてツナギのベルトにつながってる作業用固定
吸盤を船外装甲に貼り付けて位置を固定し、左手で軽く船の側壁を撫ぜる。
「結構やられてんな、こりゃ」
 宇宙啄木鳥にでもやられたのか、船の右側側面外装甲に数え切れない程の穴
が無数に開いている。外壁装甲は剥がして交換すればいいが、穴の深さや数を
見る限り損傷が内壁のセンサー経路や内部制御機器にまで達している可能性も
ある。損傷具合によっては、最悪ここら一面の外壁をすべて剥がしてから内壁
を総張替えせざるを得ない。無数の損傷箇所をひとつひとつ仔細に確認しなら、
サブ脳に情報を逐一保存する。
 一通り、情報を保存した時点で、こめかみの通信ポートを開く。ドッグのす
ぐ隣にある中央統御室で船体全体をチェックしている親父にメッセージを送る。
『親父、こちら陣内。船壁損傷箇所確認。損傷箇所情報転送します』 
『わかった』
 一言で答えると、黙って通信経路を開く。それきり情報を転送している間、
ずっと黙っている。親子でも夫婦ですら必要最低限な言葉しか言わない岩のよ
うに無口な親父。転送したデータを受け取るが早いか、さっさとポートを閉じ
て損害状況の分析をはじめた。外壁に手をついたまま親父の分析を待つ、もの
の数分もしないうちにふたたび通信が再開された。
『内壁のセンサー経路三箇所に損傷がある、内部制御機器には達していない。
外壁を剥がして作業にはいれ、修復位置と対応処置内容はすぐ転送する』
『了解』
 転送されてきた破損位置を受け取り、サブ脳に情報転写してポートを閉じる。
外壁を軽く蹴って体をゆっくりと移動させる。
 長年、整備士としてこの小さな整備工場をきりもりしている親父は、どんな
に軽微な損傷だろうと、見る影もない損傷だろうと、果てはどう整備するかも
わからない異星機関船だろうと、恐ろしいほど正確にその損傷状態や整備すべ
き点を見抜く目を持っている。元々大手の整備工場で働いていた親父が、ほと
んど裸一貫でこの整備工場を興し、資金と顧客を集め、船舶の行き交いも多く
競争も激しい惑星コーベ中央ステーションで、整備の腕一本で生き抜いてきた。

 母親はいつも口をすっぱくして言う、父さんが心血を捧げて育てあげた工場
なんだからお前がちゃんと守っていけ、と。親父も口には出さないながらも、
同じことを考えてるんだろうと思う。 
 けど。自分には、もっとやりたいことがある。 

 穴の開いた外壁を一つ一つ剥がしながら、ふと見える文字。
 サイクロン号。
 船の名前、この船はどこまで行く船なんだろう。
 不意に鼻の奥がむずむずする、最近親父の手伝いで船を見ているといつもこ
んな感覚をおぼえる。体中がぞくぞくするような震えと胸の高鳴り。
 塗料が少しはげかけた名前を手のひらでゆっくり撫でてみる。
 こんな船を、いつか自分の手で駆ってみたい。
 遠い、宇宙で。

 ふと気がつくと、モニタの前に突っ伏していた。
「あ……」
 つけっ放しのモニタには船舶操船の詳細手順、緊急時問題対処一覧、機器系
統図詳細がずらっと並んでいる。
 昨日、親父の手伝いが終わって家に帰ったのが夜九時、それから夜食を食べ
シャワーを浴びてから部屋にこもったのが十時過ぎ、試験勉強の合間にチラ見
したときには二時半過ぎだったところまで覚えている。
 モニタの上の時計は朝六時、いつの間にか寝入ってしまってたらしい。
「……やべ」
 コンソールについたよだれをあわてて袖でこする。
「……六時か」
 今日の待ち合わせ時間は九時。ひと寝入りするには少々足りないし、寝ずに
いるには時間が少々余る。腕を組んだまま机に突っ伏す、このところ、ずっと
寝付けない日が続いている。でもその理由はわかっている。
「来週か」
 来週、友人と一緒に星間アジサシの集団超高速飛行を観察に行くという名目
で二泊三日の旅行にいく約束をしている。母親は渋い顔をしていたけど、必死
の頼み込みでなんとか許可をもらえた。
 親指の爪を噛む。
 自分は嘘は嫌いだ。けど。
 けど、それが本当に自分がやりたいことで、どんなに反対されても絶対に貫
きたいことだから、親に嘘をついた。
 来週は船舶操船免許の二次試験。惑星コーベ周辺宙域で実際の船舶を使って
の初めての実地試験。一次の筆記試験とシミュレータ試験はなんとかパスした
けれど、まだまだ本当の本番はこれからだ。
 これからのことを考えると、絶対に二次実地試験はパスしなければいけない。
一次試験費用や今までのシミュレータ使用料金を考えると、そろそろ資金もか
つかつになってきてる。だからといって親に借りるわけにもいかない、母親は
猛反対するだろうし、頑固者の父親がそんなお金を都合してくれるわけがない。
 でも、今は不安や焦りよりも。ただ、どきどきしてる。
『知ってるか?ジンナイ』
 小さい頃からずっと同じ夢を抱えて、船舶操船免許を取るべく共に勉強をし
てきた友人の言葉を思い出す。
『この宇宙世紀の世の中で、本当に宇宙へ出る人はすべての人口の比率から見
ると驚くほど少ないんだよ。実際のところ、一生宇宙にでることもなく惑星や
コロニーの中だけで生涯を終える人のほうが圧倒的に多いんだ』
 たしかに、自分の両親もこ惑星コーベに生まれて、この星から離れたことは
ほとんどない。ひとつ所に腰を落ち着けて生きてく分には、この星は充分に発
展しているし、職にだって不自由しない。
『もし宇宙へ出たとしても近隣の宙域だけで、更に遠くの星団や遠くの銀河へ
いくのはほんの一握りの奇特な奴らばかりなんだ』
 知らず握りこんでいた手を開く、手のひらは汗で少し湿ってた。
『君はもっと遠くへ行きたいかい?』
 大きく息を吐き出す。
 鼓動が早まってるのが、自分でもわかる。ぎゅっと親指の爪を噛む。さんざ
ん母親になおせと言われているのに、まだこの癖はなおらない。

 星間アジサシ。
 ペルセウス腕宙域に生息する星間渡航生物の一種、体長は約二m程。
 巡回性宇宙エイの一種で、三十〜五十万にも及ぶ大集団を形成し、一定周期
毎に多数の星域を群れを成して巡る。
 かつて地球に生息していた北極圏から南極圏にかけて往復で三万五千キロの
距離を越冬した渡り鳥キョクアジサシにちなんでこう呼ばれている。
 彼らの移動は常に同じ期間の決まった特定の星域で座標誤差はほとんどなく、
非常に正確に目標地点に到着するという。
 最大で五十万に及ぶ純白の一団が一斉に数百光年先の宙空へと超高速飛行す
る様は非常に幻想的で、この集団飛行時に見られる光の筋は通称バードライン
と呼ばれる。彼らがなぜ大集団で星間を行き来するのか、どうやって位置を把
握しているのかは、解明されていない。

 なんのことはないただの図鑑の説明。
 でも、子供の頃この図鑑を読むだけで楽しかった、図鑑に載せられた至近距
離で撮影された白いアジサシ達の映像を再生するのが好きだった。白い軌跡を
描いて、一斉に宇宙の遠い彼方へ飛ぶアジサシ達を何度も思い描いてわくわく
した。何度も何度も読んでもう説明文を暗記できそうなほど読み返して。
 自分も遠い宇宙へ行きたい、と。切に思った。

 待ち合わせ時間の五分前。
 練習が終わってすぐ親父の手伝いにいけるよう作業用のツナギにキャップ姿
のままで、友人を待つ。かっきり九時丁度、少し長めの亜麻色の髪を揺らして、
小走りでこちらに向かってくる姿が見える。
「おはよう、早いねジンナイ」
「早くいこうぜ、ミハエル」
「やれやれ、せっかちだね君も」

 少し中心通りから外れたところにある小さなビル。三階建てのその雑居ビル
の一階は、殆ど寂れたジャンクメモリーショップ。階段を登ると、二階には、
動いてるのがプレミア級な古い基盤しか置いてない、不良すら足を運ばない小
さなゲームセンター。そして目指す先は、三階にある小さなパーツショップ。
入り口から入ってすぐ、足の踏み場もないほど乱雑にパーツが詰まれ、天井か
ら床までところ狭しと並べられた機器の中に埋もれるように、一人の老人が手
にした人工知能統合制御機器と自分の右目に取り付けられたポートとを連結し
てダイレクト通信をしている。
「トム爺さん、おはようございます」
「トムじい、今日もヨロシクお願いします」
 自分らの挨拶に一瞬遅れて、白髪に顎鬚に覆われた顔が動いた。老人の右目
に取り付けられた義眼の紅い光がゆっくりと点滅する。
「おうおう、お前たちか。かまわんさ、奥へお行き」
 トム爺さん。
 長いことベテラントレーダーとして若い頃の親父にはお得意様だったという。
自分はトム爺さんが隠居してからの頃からしか知らないけれど、小さい頃は近
所にすんでいたミハエルと一緒に、よくトム爺さんにせがんで船乗り時代の話
を聞かせてもらったものだった。
 店の奥、様々なパーツに埋もれるようにして置いてある宇宙船シミュレータ。
すこし古い型ではあるけれど、トム爺さんの好意でタダで使わせてもらってい
るのだ、贅沢は言えない。普通に訓練場にある最新式の使用料金を考えると、
多少の型の古さに目をつぶっても回数をこなす為には必要だ。

 シートに腰をかけてベルトを締め、こめかみのポートと通信を開始する。
 接続完了を告げる音とともに、視界が一変する。

 目の前に広がる吸い込まれそうな漆黒。
 あちこちにビーズを撒き散らしたように星々が光って、まるで黒いビロード
の生地を一面に広げたような錯覚をおぼえる。

 コックピットに座り、眼下に広がる宇宙空間を感じながら。各状況を告げる
モニタをチェックする。コンソールを操作しながら、出航準備完了のグリーン
ランプが点灯するのを確認して、感触をしっかり確かめるようにゆっくりと船
を起動させる。
 幾通りものルートを算出、判断、再計算を繰り返しながら、モニタに提示さ
れた練習メニューの目的地へと舵をとる。航行の合間、不意に計算外の流星群
に差し掛かり、腹に重い衝撃を感じながらルート計算と退避を何度も繰り返し。
また、航行途中で他の船舶とすれ違い、小さな合図信号を点滅させ。最後の宙
空到達の際の案内のアナウンスに耳を傾ける。
 そして次のメニューへと移り、再び船を起動する。

 繰り返し、繰り返し。
 パターンは決して多くはないが、何より基本をしっかりと叩き込まなければ
いけない。見て考えて覚えるのではなく、即座に判断行動できるよう、空気の
ように自分自身の体に覚えさせなければならない。

 実地試験は来週。
 失敗は、できない。

 練習メニュー終了のアナウンスが響く。
 同時に通信が切断され、目の前に広がっていた闇が晴れる。
 一瞬、眩しさに目を細める。
 ようやく目が慣れて息をつくと、顔を覗き込む鳶色の瞳が見えた。
「お疲れジンナイ。ランクSだ、いい調子じゃないか」
「ああ」
「さあて、気を抜くのはいいが、僕の番なんでね。早く降りてくれないか」
「あ、すまん」
 足のフックと腰のベルトをはずしてシートから起き上がる。ふらつく体を揺
らして少し勢いをつけて飛び降りる。まだシミュレータ操作時の浮遊感がまだ
わずかに足に残っている。
 人の体って、適応力が高いようで案外そうでもないんだよ。とはミハエルが
何かにつけてよく言っていたような気がする。でも、だからこそ負けるものか
と工夫を凝らして頑張れるんだろうけど、と、付け加えてもいたけれど。
 ミハエルがシミュレータで操作をしている合間、トム爺さんの店の中を軽く
見回す。足の踏み場もないほどに置かれたパーツは、今ではまずお目にかかれ
ない旧式のものや、自分では価値すらわからないレアパーツや、用途もわから
ない機密電子機器であふれている。父の整備の手伝いでそれなりに船舶知識は
積んでいるつもりだが、それでもまだ自分は取っ掛かりの位置にしかいないの
だということを痛感する。
 ぼんやりと立ち尽くしていると、ふわりと目の前に白い湯気が舞った。
「ほれ、陣内」
「あ、すいません」
 差し出されたマグカップを両手で受け取る。じわりと手のひらに熱さが伝わ
り、コーヒーのやわらかい香りが鼻をくすぐる。
「もう、来週かの?」
「はい、ミハエルの奴も一緒に」
「そうか」
 一口、トム爺さんがコーヒーを口に含む。
「親父さんにはなんて言った」
「……両親には」
 思わず言いよどむ。両親が自分が宇宙船乗りになることをずっと反対し続け
ていることを、トム爺さんは知っている。
「秘密か?」
「はい……」
「陣内、おまえさんどうして宇宙へ行きたい?」
「え?」
「船乗りなんざ、夢があるように見えて現実は過酷なもんばっかだ。下請けで
使い倒されて海賊崩れに成り下がっちまう奴もいれば、夢見て飛び出したもの
の、飼い殺しで一生会社に食われっぱなしで終わる奴だっている」
「はい」
「それでも、おまえさんは船乗りになりたいかい?」
 なぜ船乗りになりたい?
 ミハエルにも聞かれたことがある。
 昔に両親にも聞かれたことがある。
 何度か自分で自分に問うたこともある。でも、なんとなく漠然とした答えし
かでてこなかった。
「理由は、うまく言えないんです。ただ」
「ただ?」
 星間アジサシのことを思い出してみる。彼らがなぜ大集団で星間を行き来す
るのか、どうやって位置を把握しているのかは、解明されていない。
 自分も似たようなものなんじゃないのだろうか、とも思う。
「ただ、それでも。俺はこのままじゃあいたくなくて」
 親父の仕事が嫌なわけでも、跡を継ぎたくないわけでもない。
 それでも。
 理性では納得しているのに、心が氾濫を起こす。
 宇宙を夢見て眠れない日をすごして。
 ミハエルと一緒にトム爺さんの運び屋時代の話を聞いて心を躍らせて。
 船乗りになることを考えるだけでどきどきする。

『子供の夢だよ』
 ミハエルは言う。
『無邪気にあこがれて、でもいつかは卒業するはずの夢』
 少し遠くを見るように。
『でも、時々いるのさ。その夢に捕らえられてしまう者がね』
 僕らみたいなのがねと、どこか切なげに笑いながら。

「俺はもっと遠くへ行きたい、自分の手で」
「そうか」
「おまたせ、ジンナイ。いつもの夢語りがはじまったかな?」
「ミハエル!」
 いつの間にか訓練を終わらせたミハエルがにやりと自分の顔を見て笑った。
練習での緊張のせいか、そばかすを浮かべた頬がかすかに赤い。
「おまえさんも終わったか。待っていなさいコーヒーをいれてこよう」
「どうぞ、おかまいなく」

 トム爺さんが戻る間。
 すとんと、パーツの上に腰掛けて。
「調子はどうだ?」
「まあまあかな、やっぱり大事なのは慣れだしね。実技まで間がないんだ、
しっかり叩き込んでおかないとね」
 ミハエルとは小さい頃からの長い付き合いだ。どちらも両親が共働きで家に
ほとんどおらず、いつも二人でトム爺さんの話を聞きに足を運んだり、ステー
ションに船を見に行ったり、いつも一緒だった。そしてジュニアスクールへ通
い始めた頃から、お互い家族に隠してずっと船乗りになるための訓練を続けて
きた。自分が両親から父の工場を継いで整備士になることを期待されているよ
うに、ミハエルも父親が経営している船舶売買の会社を継ぐことを期待され、
二人してずっと自分の希望を周囲に隠し続けていた。
「なあ、ミハエル」
「なんだい?」
「お前は試験をパスしたらどうする気だ?」
「気が早いね、もう受かったつもりかい」
「そうじゃなくって!」
「わかってるって、単純だね君も」
 からからと笑う。
「僕は試験をパスしたら真っ先にママに報告する。パパの説得に協力して欲し
いしね、まあ説得できようとできなかろうと僕はさっさと飛び出してしまう予
定だけれど。それより心配なのは君だよ。君の融通のきかなさと君のママの口
うるささと君のパパの頑固さとで大激戦になるんじゃないかな?」
「それは……」
「ははは」
 口ごもっている間にトム爺さんがコーヒーとあぶったソーセージを皿にのせ
て戻ってきた。
「そら、朝も大して食べてないんだろう。食べておけ」
「あ、ありがとう、トム爺さん」
「サンキュトムじい」

 膝に毛布をかけ、フォークに刺したソーセージをほおばりながら、ミハエル
と一緒にトム爺さんの船乗り時代の話を聞く。自分達が小さな頃、家に帰って
も誰もいない時、何度と無く二人でトム爺さんの店に足を運び、トム爺さんの
語る話を聞いた。
「おまえさん達は勘違いしているかもしれないが、宇宙を飛ぶのは機械だけ
じゃない、飛ぼうという気があれば誰だって飛べるさね」
「けど、僕らはまだその域にいない」
「そうさね。それを補佐するために誰でも飛べるように機器があり資格がある。
まずお前さんらはそこからだの」
「はい」
 想いがあれば誰でも飛べる。
 現に機械でなく、想念能力だけで宇宙を飛ぶのは可能であり、父の整備工場
にも思念動力の船は何度となく整備に来たこともある。

『飛ぼうという気があれば誰だって飛べる』
 トム爺さんの言葉。
『けど、僕らはまだその域にいない』
 ミハエルの言葉。

 親指の爪を噛む。じりじりと焦げるようなもどかしさを胸に感じながら。

『俺はもっと遠くへ行きたい、自分の手で』
 自分の言葉をかみ締める。
 もうすぐ、行ける。
 きっと。

Endless Challenge 〜 果てしなき挑戦
-----------------------------------

 惑星コーべ。
 ペルセウス腕、第三新神戸星系でも有数の交易の中心地。
 その名称からもわかるとおり日系移民が非常に多い惑星でもあった。
 しかし、今では経済の急速な発展とともに流入する移民も多様多種に富み、
日系以外の人口も次第に増え、星系人種が入り乱れる混沌とした交易地として
さらなる発展をしつつある。
 曽祖父の代、超高度経済発展の只中にあったこの星に移民として移り住み、
祖父、父ともにこの星で生き続けてきた自分の家系。今となっては四世代続け
ての純日系である自分はめずらしいと、ミハエルは言う。
『そして、その純日系四代目が、先々代から長年育ててくれた星を捨て飛び出
そうというんだ、皮肉なものだよね』
 代々、親父や祖父達がこの星で生きて培ってきたすべてを否定するつもりな
んてないけれど。
 親指の爪を見つめる。
『ジンナイ、その爪を噛む癖は子供だと思われるよ、なおしたほうがいい』
 いつまでも子供じゃない。
 考えて、望んで、行動して、やりたい事は自分で決める。
 そのためならば、どんな苦難にも負けずに、飛び込んでいく覚悟もする。

 袖の裾を少し引っ張る。淡いブルーに白いラインの入った試験受講者用の機
内服は、着込んだ際少しゆるく感じたが、ステーション内を移動する間次第に
体に馴染んできた。
 惑星コーべ中央ステーション。
 港湾ゲートにはいかつい係官が目を光らせ、広い窓の向こうには入港してく
る輸送船に貨物監視船、水先案内船が案内灯を点滅させながら行き来している
のが見える。中央ステーション港湾ゲートには親父の仕事の手伝いで何度か訪
れたことはあるが、その時とはまた違う空気を肌で感じていた。
 行き交う船を見ていると、不意に二の腕をつつかれる。
「ぼんやりするなよ、ジンナイ」
「わかってる」

 今日から軌道上の中央ステーションで二泊三日で船舶免許取得の二次試験が
行われる。受験者は自分らとそう変わらない年頃からかなり年配まで幅広い。
中には一目で異星の者とも思われる異なった外見の者もいる。
 実地試験といっても、船舶操作自体はシミュレータでの操作とそうそう変わ
るものではないという。あるのは自身のプレッシャー。
 それと、もうひとつ。

 実地には落とし穴がある。

 毎回、実地試験の際、どこかでかならず想定外の出来事が起こる。
 それは別段試験側で意図的に含ませた出来事ではなく、ただ本当に偶発的に
発生する。それがなぜかはわからない、実はそれはまことしやかな噂に過ぎず、
ただの偶然の積み重なりかもしれない。だが、そんな思いを狙いすましたよう
に思いもしない出来事は発生する。過去には実地試験中の想定外の事故で死亡
者が出たことも何度かある。
 実地には落とし穴がある。
 それがどういう状況でどういう判断を迫られるかはまったく予想がつかない。
頼りになるのは、ただ培った慣れと己の判断力。

「いよいよだね」
「ああ」
「やっぱり落ち着かないみたいだね」
「……うん」
 少し息苦しい。詰まった機内服の襟元を少し緩めようかと思ったけれど、
だらしなく思えてやめた。たぶんこの息苦しさは服のせいじゃない。
「ここまで、きたんだよな」
「そうだね、僕達の長い投資もすべてはこの日の為だよ」
「投資、か」
 息苦しさの正体。試験前の緊張と、うしろめたさ。
 自分の夢の為とはいえ、母親に嘘をついて整備のバイト料を前借りしたのは
やっぱり心苦しい。頭を下げて頼みこんだせいもあるが、何事にも口うるさい
はずの母親がめずらしくあっさりとお金を出してくれたのは、自分としてはあ
りがたかったけど、やっぱり心にしこりは残る。
「そんな顔するもんじゃないよ、ジンナイ」
「え?」
「ママに嘘をついたことを考えてるんだろう」
「なんで、それを」
「君、鏡を見たほうがいいな。顔に全部書いてあるよ」
「…………」
「ねえジンナイ。君のママがよくうちのママと一緒に買い物に出かける仲だっ
てことは知ってるよね」
「え?ああ」
「情報をリークしたのさ」
 なにかを思い出したのか、ミハエルがさもおかしそうに笑う。
「君が片思いの相手との初デートで一緒にバードラインを見たいから、なんと
かお金を都合しようと頑張ってるらしいよ、ってね」
「んなっ!」
 顔が熱くなる。よりによってなんてことを、こいつは。どうりでというか、
出掛けに見た母親の顔が微妙に笑ったようなおかしな顔をしていたわけだ。
「君のママもオクテでカタブツな君の将来を案じて、快く費用を捻出してくれ
ただろ?」
「な、なにを無茶苦茶なことをっ」
「まちがっちゃいないだろ、ジンナイ」
 顔に笑みを残したまま、指を一本立てる。その指先はステーションの窓の向
こう、広がる宇宙空間を指している。
「僕たちは、何年片想いしてる?」
「…………」
 口をつぐむ。その言葉は、決して間違ってはいない。
『これより、宇宙船舶操船免許試験実地試験の説明を行います。受験者は速や
かに8番ゲートに試験表IDを身に着けて集合しなさい。繰り返す……』
 中央ステーションに響くアナウンス。
「お待ちかねのお相手がくるよ、ジンナイ」
 ぽん、と。ミハエルのこぶしが肩を叩く。
「初デートだ、気合を入れていこう」
 こぶしをきつく握る。手の中にはじわりと汗がにじんでいる。
「……ああ」
 実地試験には落とし穴がある。
 その言葉を心の中で噛み締めながら。

 発着ゲートへ向かう通路付近は、実地試験受験者達の他に大掛かりな撮影装
備を持った人々でごった返していた。
「ウォッチャー達だね」
「バードラインか」
 隣の7番ゲート。星間アジサシの集団超高速飛行、バードライン観光の為の
遊覧船が泊まり、溢れんばかりの客でにぎわっている。
「僕らは表向きこの人達の中にいることになってるんだけどね」
「うん」
「写真家に、家族連れ。ああ、カップルも多いね」
「…………そうだな」
「そんなにむくれるなよ、ジンナイ。気にしてるのかい?」
「……むくれてない」
「やれやれ、あまり気にして試験に響かないようにしなよ」
「わかってる」
 視線を動かすと、既にゲート付近には試験表IDを胸につけた制服の一団がで
きていた。試験監視係が集まった受験者達を身振り手振りで誘導している。
 監視係の向こう、淡いブルーの船体が視界に飛び込んできた。
「流線型宇宙船だ」
「うん」
 実地試験訓練機。なだらかなラインのシャトル型の流線型宇宙船。水上艦型
宇宙船と並んで、地球系宇宙船の定番のひとつだ。
 ほっそりとした先端からAライン型に伸びた船体。なだらかな胴体の中ほど
から両脇の翼が伸びて、淡いブルーに塗られた外壁に白塗りに黒く縁取りのつ
いた文字で名称と識別番号が書かれている。
 アンネリー号。
 同じく、少し離れた隣にも同色同型の流線型機体が行儀よく止まっている。
 ネミッサ号。
 まだ向こうにも同系同色の訓練儀が数台止まっているみたいだが、この位置
からだと名前は見えない。
 これから自分達が駆る船なのかと思うと、なんとなく体がくすぐったくなる。
「知ってる?ジンナイ」
 じっと訓練機を眺めていると、こそっと耳元でミハエルの声がする。
「惑星コーベ中央ステーションの実地試験訓練機はさ、すべて女性の名前なん
だよ」
「なんでそんなこと知ってるんだよ」
「豆知識さ」
 同時に納得した、だからデートの相手なのか。
 でも……間違ってはいない。
『受験者の皆さんこんにちは、君達はこれからこの実地試験訓練機を使って宇
宙船舶操船免許の実地試験を行ってもらいます]
 マイクを片手に試験監視係が声を張り上げる。
「これから、どちらの船で試験を行うか試験番号毎に発表します。間違いのな
いように」
 ぎゅっと拳を握り締める。
 読み上げられる番号と名前に耳を傾ける。
『……8番阿古崎陣内、アンネリー号。9番ミハエル安東、ネミッサ号……』
 見上げた先、淡いブルーの船体。
「僕はネミッサ、君はアンネリー。いい名前だね」
「ああ」
 思わず、すぐ近くに止まっているアンネリー号を見上げる。淡いブルーの船
体がつややかに光っているのが見える。
『初日は実地訓練機の説明と航行ルートの確認および模範飛行です。各自監督
官の注意点をよく聞き、事故のないように』
 監督官の声を聞きながら、隣のミハエルがいつになく神妙な顔をしているの
が見えた。
「ミハエル?」
「……ネミッサにアンネリー。どうか僕達の幸運の女神でありますように」
 胸元で手を組んで小さく祈りを捧げる。
「……そうだね」
 手を握り締める。
 ネミッサ。
 アンネリー。
 どうか、幸運の女神でありますように。

時系列と舞台 
------------ 
 2145年 惑星コーベ中央ステーションにて。
解説
----
 夢である宇宙船乗りになる為、親友と共に秘密に訓練を積む陣内。
 そして、実地試験を前にして。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
後半へ続く。





 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29000/29077.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage