[KATARIBE 29067] [HA14N] 小説『茨猫・最終章』

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Date: Fri, 19 Aug 2005 22:26:57 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29067] [HA14N] 小説『茨猫・最終章』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年08月19日:22時26分57秒
Sub:[HA14N]小説『茨猫・最終章』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる@へろへろ です。
最後です。
御付き合い下さいまして、有難うございます(いや、もしいらっしゃるなら<おい)
最終章です。
改めまして、最後まで読んで下さった方、
また、何より、一緒に話を作ってくださったひさしゃん、有難うございました。

*************************************
最終章:巨大に明るい時間の集積のなかで
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 覚悟は、確かにしていた。
 ……のだけれども。

「あ、来た来た」

 Frozen Roses。
 毎度慣れた扉の重みと。
 そして、幾ら繰り返しても慣れるのだけは御免だと思われる声と。
「いらっしゃい」
 ふわ、と、カウンターの向こうから笑う氷冴と。
「どうも」
 カウンターの前に座った、紗耶と。



「で、それが?」
 頷いて、友久は荷物を氷冴に渡す。
 カウンターにはどうも不釣合いな風呂敷包み。
「えっとこれ……」
「洗って、んであたしを封印して欲しいんだ」
 ひょっと、包みの中から、細っこい少女が飛び出した。
「もう一度、同じ場所に」
「あらら……自分では戻れなかった?」
「んー、戻れるかもしれないけど」
 少し長めのお河童の少女は、下唇を少し突き出すようにした。
「クリーニングに一緒に出されるのって、気分悪いもの」
 ぷ、と、紗耶が笑った。

「……っと、とりあえず」
 目の前のグラスを弄んでいた手を止めると、紗耶はすいと背を伸ばし、きっ
ちりと表情を整えた。
「透耶……うちの姪は、起きることが出来ました」
「……」
「有難うございます」
 言うと同時に、深く頭を下げる。
「ほんとうに」

 叶野紗耶という人間には、それこそ山と言いたいことはあるものの、その姪
の透耶には恨みも何も無い。
 五歳の女の子、と、聞いた。
 その子が起きることが出来たなら、それは。

「ねえ、紗耶ちゃん」
 友久の前にグラスを置いてから、氷冴が小首を傾げる。
「咲夜ちゃんは、どうしてる?」
「あー」
 紗耶はどこか照れくさそうな表情を浮かべて、額を指で擦った。
「咲夜は……あ、透耶の、2歳上の姉なんだけどね」
 後半は、明らかに友久に向けての注釈である。
「透耶が起きるまで、ずっと傍にいて、起きた途端抱きついて」
 あら、と、氷冴が小さく呟いた。
「もう、おんおん泣いて」
 今でもずっと目を離しやしないんです、と、紗耶は苦笑した。
「それって、何か、透耶ちゃんの予想とかーなり違わない?」
 半透明の身体を、やはりカウンター席に乗せていた胡蝶が小首を傾げる。そ
うなんだよね、と、紗耶は苦笑した。
「でもそれって、あたしの責任かな、って思う」
「へえ?」

 からん、と、グラスの中の氷が音を立てる。

「あたしが、咲夜に、そういう印象持ってたから、透耶もそう見たのかなって。
ほんとは咲夜もいい子なのに、あたしがそれを見ていなかったのかなって」
 苦笑交じりに言うと、紗耶は半ば空になったグラスを勢い良くあおった。
「……だから、反省中なんですよ」
 氷冴が苦笑した。


「……で」
 暫しの沈黙の後、ふっと息を吐いてから、紗耶が友久のほうを向く。
「何だよ」
「何がどーしてここまで時間食ったの」
「知るか」
 ぴしゃん、と、充分に一撃の強さを持った言葉ではあるのだが、何せ相手が
悪い。紗耶はふふんと鼻で笑ってのけた。
「別にいいんだあ。胡蝶に訊けば判ることだし……だよね?」
 一見実に害のない笑みに、友久のほうも一瞬ひやりとしたのだが。

「別になんてこたなかったわよ」
 ふてくされている、もしくは仏頂面。
 辞書の意味を、これほど的確に示している図は無いのではないかと思われる
ほど、見事な仏頂面のまま、胡蝶はそう言うとぷいっと横を向いた。
「…………えーと?」
「ちょっとだけ夢がもつれたの!んでそれをほどいたら、ちゃんとなったの!
んで野枝実ちゃんは透耶ちゃんを助けたの!それだけったらそれだけ!!」

 ……実に。
 『それだけ』に聞こえない調子では、あったのだが。

「……えーと、夢見鳥な方」
「胡蝶っ!」
「んじゃ、胡蝶さーん」
「何よっ」
「…………ええと、何をそんなに怒ってるの?」
「怒ってないでしょっ!」

 いやあんたそれは怒ってるんですって。
 ……と、突込みを入れたいのは、別に紗耶に限ったことではなかったろうが。

「……ま、それはそれで、いーけどさ」
 何がどうなって、どう機嫌を損ねているのかはともかく、後から聞き出すに
充分なネタがあるのは確かである。それを今問い詰めて潰すほど莫迦ではない。
「じゃ、問題は無かったわけだね」
 それでも、その程度の厭味は言いたくもなろう……との紗耶の一言に、どう
も胡蝶のほうは、妙な具合に記憶を揺さぶられたらしい。
「あ、そーだ、紗耶に質問だ」
「へ?」
「透耶ちゃんの目の前で呑んだお酒って、何?」

 へ?と、はあ?の中間の声を上げて、流石の紗耶が固まる。
 氷冴が一度だけ瞬きをする。

「野枝実ちゃんが言ってたのよ。透耶ちゃんが見ているところで、紗耶が呑ん
だ酒って何かって」
「……ええと、それが、何か?」
「野枝実ちゃんの声が、そのお酒の色をしてたんだって」

 ほへ、と、間の抜けた声を吐き出してから、紗耶が口を噤む。
 何時の間にか空になっていた友久のグラスに、氷冴が酒を注ぐ。

「…………んーと……」
 グラスからも手を話して、暫し、沈思黙考な状態だった紗耶が、ようやく顔
を上げた。
「えっとね、多分、Old Forester じゃないかな」
「へ?」
「ウィスキーよ。老いたる山の男って感じの名前で買っちゃった酒」
「味は……まあ、そこそこ、なんじゃない?」
 氷冴の半ば確認のような問いに、紗耶はそうですね、と頷いた。
「確かそれを飲んでる時に、透耶と咲夜が来て、はさみ貸してって言いに来た」
「はさみ?」
「うん、なんか自分達のでは上手く切れないって。危なっかしい話だから、あ
たしの見ている前で切らせたんだけど」

 その時に、確か、何を呑んでいるのかと質問された筈、と、紗耶はそれでも
どこか疑わしげに言った。

「うん、あの時に呑んでたとすれば……少なくともウィスキーよ。だから色と
したら琥珀色なんだろうけどね」
 そっかあ、野枝実ちゃんの声って、琥珀の色なのか、と、紗耶は妙に感心す
る。
 が、胡蝶にはまた別の意見があったようである。

「あのね紗耶さん」
「はあ」
「いっくら何でもね、5歳の子供にね、琥珀色を称して『おばちゃんのお酒の
色』って認識させるのは、問題じゃないかなって、あたし思うの」
「……はあ」
「やっぱり、琥珀色って言葉から教えるべきじゃないのかなっ!」
「…………はあ」
 御説御尤も、と、紗耶が首をすくめる。
「ちょっとね。五歳の子に、正しい世界を教えて欲しいものだわよねっ!」

 曲げようもない正論である。
 はあ、と、ちょっと毒気を抜かれた呈で頷いた紗耶が、ふと、にっと笑った。

「つまり」
「何よ」
「野枝実ちゃんの中の、正しくない世界みたいなもので苦労した?」

 沈黙。
 一切関係の無い人間でも、目の前の酒を一気に干して、出来るだけとばっち
りを避けるだろう類の。

「………うるっさいわねえええっ!」

 だん、と。
 半透明な拳が、作り得る限りの音と共に。
 険悪な表情の少女が、唸った。


 正しい世界と。
 正しくない世界と。
 既にその判断は覆されてしまっている。
 その判断が正しいのか正しくないのかは、多分これから先の時間が決めるこ
となのだろう。
 時間と……関わる人々と。

 からん、と、グラスの中の氷が鳴った。


「それで、野枝実ちゃんは?」
 カウンターの中の美女が、苦笑混じりに尋ねた。
「ああ、大丈夫。ちゃんと今は寝てる」
 けろりん、と、亡霊のような少女が応える。
「今まで寝てたのに?」
「体力消耗する眠りになっちゃったから」
 ひょい、と、肩をすくめて、胡蝶が付け加える。
「眠ってる時間は相当長かったんだけどね」
「ああ、そりゃ晃一君、心配したろうなあ」
 苦笑混じりに、紗耶が呟く。
「してたな、相当に」
「……うーあー」
 容赦無く告げた友久の声に、紗耶がカウンターに突っ伏した。
「今は、じゃあ、野枝実ちゃんの枕元でお留守番?」
 くすくす笑いながら、氷冴がグラスを滑らせて寄越す。
「ああ」


『僕、ここに居る』
 ことん、と、落ちるように眠り込んだ野枝実の枕元で、鬼李を抱き締めなが
ら座り込んでいた。
 まだ少し、不安気な表情のまま。

『……普通に、寝てるよね?』
「うん、大丈夫よ」
『すぐまた、お姉ちゃん起きるよね?』
「絶対に」
 幾ら胡蝶が言っても、晃一の不安気な表情は消えぬまま……結局、用事が済
んだらすぐ帰る、とだけ言って出てはきたのだが。


「……どのくらい経てば、元に戻る」
「そうね」
 唐突な問いに、けれども氷冴は訊きかえしもしない。細い指を目尻の辺りに
あてて、何やら勘定していたが、
「一週間したら来て。その頃には元に戻してるわ」
「……えー、そしたらそのまんまおうちに直行?」
 半透明の少女が、片足ずつ蹴上げながら文句を言う。
「それが、約束だったでしょ?」
「…………そーだけど、さ」
 ぷっとふくれた少女は、すぐにまた目を輝かせた。
「でもまた、こういう仕事来るよね?」
「それ、考え中」
「えー?」
 今度こそ盛大に、胡蝶はふくれた。
「意外ではあったのよ」
 氷冴が小首を傾げる。
「野枝実ちゃんがここまで、夢に嵌まる……とはね」

 夢に嵌まり、起きることが出来なくなった姪を、救い出して欲しい。それが
紗耶の依頼だった。
 その為には夢に潜ることの出来る人材が必要であり、最も適していたのが夢
見鳥であったわけなのだが。

「またこうなったら、ちょっと考えものだものね」

 氷冴が寄越す依頼は、あくまで『仕事』である。一か八か、成功するかしな
いか、分からないようでは困る。故に、氷冴の判断は妥当であると言える。
 が。

「大丈夫。もうそんな風にならないから」
「あら?」
「絶対ならないから、大丈夫だから」

 握り拳で胡蝶が主張する。

「仕事野枝実に廻してよっ」
「……その間だけでも自由になるためか?」
「当然でしょっ」
「野枝実ちゃんの都合は……」
「この際考えてないっ」

 ぷ、と、紗耶が吹き出した。

 
 どこにもいかない。
 ここに居る。

 ……あの野良猫は、落ち着く場所を得たのだろうか。
 

「そこら辺は、野枝実ちゃんに聞くわね」
 くすくすと笑って、氷冴が言う。
「もし、胡蝶ちゃんの言っていることが正しいなら、その方が有難いけど……
でも、それだけ仕事を廻せるかどうかは、確認しないと、ね」
 くる、と、人懐こそうな目を友久に向けて、氷冴は言葉を継ぐ。

「ね、王子様」

 何をどう言っても負ける場合、黙るのが最も賢い。
 そう悟ったのも……ここではなかったか。

 琥珀の酒を、飲み干して。
 
「……じゃ」
「晃一君に宜しく」
「野枝実ちゃんと鬼李に宜しく」

 二色の声が、背中を押した。
 
 
 分厚い扉を押して、外に出る。
 そのまま歩き出す方向も、すっかり慣れたその場所に。

 帰ってゆく。
 今夜も。
 ……そしてこれからも。
 

****************************************

 というわけです。
 ではでは。



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