[KATARIBE 29066] [LG02N] 小説:『スカード・グラフティEp○○一 中編』

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Date: Fri, 19 Aug 2005 21:29:39 +0900 (JST)
From: nagisame <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29066] [LG02N] 小説:『スカード・グラフティEp○○一 中編』
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2005年08月19日:21時29分39秒
Sub:[LG02N]小説:『スカード・グラフティEp○○一 中編』:
From:nagisame


ども、渚女です。
……恐れていたことが起こってしまった。
ということで、中編をお送りします(けふっ

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
小説:『スカード・グラフティEp○○一 中編』
=============================================

登場キャラクター
-----------------
 キリオ・カワモヨ
    :自称エースパイロットなエセ侍。迷い中。
 アデレート・マジョリか
    :特攻乙女。通称アディ。頑張り中。
 レディシア・ブラックウィドウ
    :元女海賊レディ・B。お人好し一号。
 緋炎槍
    :槍一本で宇宙を翔ける武人。お人好し二号。
 カレン・ホワイトリリー
    :オペレーター。縁の下の力持ち
 パスティ・マッパー
    :魔法使いの航海士。縁の下の力持ち二号。
 ゼバルト・カール・フォルクラート
    :元軍人の輸送業者。通称ゼル。レディの友人。

2nd Mission 回る廻る周る
-----------------------------
 体の内に響く振動で、キリオはぱちりと目を覚ます。
 どうにも、体が重い。何か、腹の中に重りをぶち込まれた気分がする。
 その気分の理由を探る前に、腕につけた通信機が光る。
『船内全員に通告。本船はこれから20時間の停泊に入ります』
 オペレーターの声は、いつものとおり冷静。しかし、どこか弾んでいる
 ように聞こえるのは、キリオ自身の心が弾んでいるからだろうか。
 輸送や護衛任務を仕事とするこの船の船員は、滅多に地上に降りることが
 ない。その分、地上に降りたら存分にはじけるのが常だった。
 狭苦しいカプセル型の寝室から抜け出すと、キリオは顔をしかめたまま
 歩き出そうとする。
 その目が、ふと、反対側のカプセルに向く。
 透明バリアで仕切られた向こう側は、女性の船員が眠るカプセルである。
 そこには、あの後輩の少女もいる。
 しばらくの沈黙の後、キリオはバリアに通信機を近づけた。
「キリオ・カワモヨ、アレデート・マジョリカに面会希望」
『了解シマシタ』
 合成音とともに、バリアに四角く黒い線が引かれる。作られたドアに体
 を滑り込ませると、キリオはそのカプセルへと向かう。
 少し考えてから、キリオは遠慮がちにカプセルの蓋をノックする。
 返事は、ない。
「アディ、下船許可が出たぞ」
 少し大きめの声で言ってみるも、向こうからは何の反応もない。
 後輩も通信機は持っているはずなので、通達は聞いているはずである。
 それでも出てこないのは、何か理由があるのか。
 言いようのない不安にかられ、キリオはカプセルの蓋へ耳をつける。
 聞こえてくるのは、しゃくりあげる泣き声。
 とっさに、体が動いていた。
「アディ!」
 蓋を開けると、ごたごたと物の置かれたカプセル内部が見える。
 そのほとんどは、汚れた布切れや保存食、そして、何につかうのか
 分らないガラクタ。
 そのゴミの中、隅の方に、ボロ布に包まった少女の姿があった。
 キリオの目と、少女の目が合い。
 ぽろり、と少女の瞳から涙がこぼれ落ちた。
「あ、先輩……」
「……どうしたよ」
 本当は、ここで慰めてやりたい。優しく声をかけてあげたい。
 しかし、キリオの体に染み付いた性質が、それをさせない。
 不機嫌な声をかけられ、後輩はぐしゅりと鼻をすする。
 普通にしていれば可愛らしい顔も、ボロ布に包まって泣きじゃくっていては、
 ただみすぼらしいだけだ。
 だから、キリオは動く。
「ちゃんと毛布は支給されてるだろが」
「あっ」
 ボロ布をはがされ、後輩は悲しげな声を上げる。
 その下には、くしゃくしゃに乱れたパジャマがあった。
 ボタンの外れた胸元に目がいって、キリオはそそくさと目をそらす。
 一瞬送れて、後輩も自分の姿に気づいて慌てて服装を正そうとする。
 無言の時間が、数秒続き。
「その服、姐御が買ってくれたやつか」
「……はい」
 この少女がこの船に来た時、持っているものといえば宇宙軍の制服と
 ビームガンくらいのものであった。
 それではいけない、と船長が服を買い与えたのを、少女は大事に着ている。 それでも、ほとんど同じ服装で過ごすのは、女の子としていいのだろうか。
 白い胸元の映像を忘れるように、キリオはそんなことを考える。
 そして、決めた。
「アディ」
「は、はい」
「一分で着替えろ。行くぞ」
 後輩がその意味を理解する間もなく、キリオはカプセルから出て、蓋を
 閉める。
 それ以上後輩の傍にいたくなかったのは、これ以上あの泣き顔を見て
 いられなかったからだろう。
 決して、己の顔が赤いのを見られたくないからではない、そう、思う。
「くそっ」
 ワケのわからない思いを吐き出すように、キリオは床を蹴る。
 ジン、と走る痛みは、全てを忘れさせてくれた。


 大嵐が吹きすさぶ褐色矮星の外周、そこに、軌道コロニーはある。
 褐色矮星から発される赤外線をエネルギーとして動くコロニーは、
 この付近の星系への連絡地点として重宝されていた。
 そのコロニーの中、主に輸送船が停泊する第三宇宙港に、一人の女性が
 居た。
 夕焼けよりも更に紅い長髪をなびかせた女性の顔は、道往く人が振り返る
 ほど整っている。その目元や唇には、隠し切れようもない色気が漂い、
 また、大きくスリットの入った黒いロングドレスは、女性の艶やかさを
 際立たせている。
 すれちがう男たちの視線を浴びつつ、女性は宇宙港に併設されている
 パブへと向かう。

 カラン。

 ドアを開けると同時に鳴った音に、数人の客が反応する。
 おお、と野太い声を上げてこちらを野卑な視線で見つめる輸送業者を
 あしらってから、女性はその人物を探す。
「……フフ」
 カウンターの端、窓から細い光が差し込む先に、その人物は居る。
 濃灰色の髪に、同じく灰色のマントを羽織った男は、一人静かに
 グラスを揺らしている。
 女性が近付く気配に気づいたのか、男がゆっくりと振り返った。
「酒場の中は狭いからな」
「何のことかしら」
 クスッ、と微笑んでから、女性は男の隣に座る。
 手元のグラスの酒を飲み干してから、男はバーテンに二本指を立てた。
「奢るのは一杯までだからな」
「あら、意外と小さい男ね」
 呟く女性に、男は苦笑を返す。その視線が、すらりと組まれた女性の脚
 に向けられる。
 スリットから覗く太股に、黒い痣がある。
 否、それは痣というには美しすぎ、そして、危険すぎる模様。
「黒後家蜘蛛、か」
 太股から覗くクロゴケグモの刺青。それは、女性の本性を現している。
 今まで妖艶な笑みを浮かべていた女性の表情が、急にニヤニヤ笑いに
 変わった。
「いい服だろゥ?」
「伝説の海賊にしては、ちょっと色っぽすぎるんじゃないか?」
「ナニいってるんだィ。女海賊ってのは、色気も重要なんだよ」
 フフン、と自慢げに鼻を鳴らす女性――船長は、長年の友人にニヤリと
 笑みを返す。
 それを微笑で受け流した友人の前に、バーテンの手でグラスが置かれる。
 船長の前にもグラスが置かれたのを見てから、友人は口を開く。
「どうだ、退屈な運び屋稼業は」
「まあ、これはこれで、ね」
 そういう友人も、身一つと船で大宇宙(おおうなばら)を翔る輸送業者
 である。
 そして、彼にはもう一つの顔がある。
「そっちはどうだィ」
「どうにも。副業の方が儲かっていてな」
 呟きつつ、友人はカウンターにデータチップを置く。
 船長の細い指がそれを掴み、通信機のスリットに滑り込ませる。
 現れたデータを見た船長の顔が、わずかに曇った。
「レディが拾ったお嬢さんが所属した部隊を、回収したものでね」
 そういう男が渡したデータには、認識票――タグのデータが
 表示されている。
 そういう、認識票から許可証など、タグを回収する仕事が、友人の副業
 だった。
 そして、タグが回収されるということは、そのタグの持ち主は。
「もう、この世にはいないってことか」
「ああ」
 友人が、なぜこのような難儀な副業をしているか、それは船長には
 分からない。
 タグ回収業を行う輸送業者は、少なくない。ただ、友人のように積極的
 にタグを探す者はそれほど居ない。
 そこに、どんな過去があるのは、それは聞かない。同じように、友人も
 船長の過去は聞こうとしない。
 ただ、過去に傷があるからこそ、未来に向かう子供たちが放っておけない。
 それが、大戦を生き延びた二人に共通する主義だった。
「母船も戦闘機も、全て落とされた」
「そう、かィ」
「恐らく、彼女を戦争屋に仕立てた連中もろともね」
 命を道具として扱う、それが軍隊という組織である。友人も、昔はそこに
 属していた。
「……私が回収したタグの中で、同じ苗字を持つ新兵が四人居た」
「孤児院、かね」
 孤児院に入れられた子供は、養子先が見つかるまで、孤児院の子という
 ことで育てられる。何らかの理由で孤児院がなくなったのか、子供たちは
 軍隊に引き取られ、そして。

 ダンッ!

「くそッ!」
「……レディ、もう過ぎた事だ」
 怒りをあらわにする船長を、友人はあくまで静かに諭す。
 その瞳には、長い時を経た経験と、諦観が浮かんでいる。
 その様子に気を落ち着けたのか、船長は一気に酒をあおる。
 コトン、とグラスを置いた船長は、ようやくいつもの笑みを浮かべた。
「でも、アタイたちのやることは同じさ」
 あの少女に、人としての生き方を教え、そして、共に生きる。
 それが、船長である彼女の存在意義であり、使命である。
 目を細める船長を横目で見つつ、友人はグラスを揺らす。
「ちなみに、軍を壊滅させたのは、その星系を根城にした賊だ」
「……ったく、最近の海賊も、質が落ちたねェ」
 呆れる、というより怒りをにじませた船長の呟きに、友人も同意する。
 少なくとも、船長が海賊をしていたころは、海賊にも幾ばくかの誇り
 があった。
 しかし、混乱の時代は終わり、残ったのは、無慈悲な略奪者としての
 海賊のみである。
 深く溜息をついた船長の前に、ホロペーパーが差し出される。
「情報だ」
「ん?」
 ホロペーパーには、賞金首となった海賊達のデータが表示されている。
 その賞金額を見て、船長はニヤリと笑みを浮かべた。
「軍も手が出せないんじゃァ、当たり前か」
「もう少しすればもっと跳ね上がる。それまでに、準備をしておくことだ」
 ぼそりと呟いてから、友人はカウンターに紙幣を置いていく。
 立ち去りざま、友人の口の端が釣りあがる。
「まあ、私もこの星系でしばらく稼ぐつもりだ。安全にこしたことはない」
「へいへい」
 ニヤリ、と人の悪い笑みを交わして、船長と友人は別れていく。
 顔を戻した船長の前では、ホロシートが海賊たちの顔を映している。
 そのデータの中に、ふとどこかで見た顔がよぎる。
「ん?」
 データを確認した船長は、僅かに目を見開いた。
「こりゃァ……」


 きょろきょろ。
「おい」
 きょろきょろきょろ。
「おいって!」
「あ、はい!」
 物珍しそうに周囲を眺めたまま、人波に呑まれかけた後輩に、キリオは
 鋭い声を上げる。
 交易港でもある第三宇宙港の商店街には、いつも人がごったがえしている。
 元々背の低い後輩は、ともすれば人ごみに飲まれてつれていかれてしまい
 そうになる。
 人にぶつかるたびにごめんなさいごめんなさいと謝りつつ、後輩はようやく
 キリオの元へ辿り着いた。
「逸れたら、二度と戻れないぞ」
「ええ!?」
 ショックを受けたように目を見開く後輩を見て、キリオは内心苦笑を
 浮かべる。この程度の冗談も本気に取るとは、一体、どんな人生を歩んで
 きたのだろうか。
 しかし、今考えるべきことは。
「ちゃんとついて来いよ」
「え、ええと……」
 自信がないのか、後輩はおどおどと挙動不審に周囲を見回して、顔をうつ
 むかせる。このままでは、万引きと間違えられかねない。
 考えるより先に、手が動いていた。
「ほら」
「あ」
 後輩の右手を握って、ぐいっと引っ張る。抵抗されるかと思ったが、後輩
 は素直についてきた。それどころか、不安を現表すように両手でキリオの
 手を握ってくる。
 まるで、小さな子供の世話をしているような気がして、キリオは呆れの表情
 を浮かべる。
 そうでもしていないと、手から伝わる温もりを、忘れられなかった。
「ほら、行くぞ!」
「はい!」
 心臓の鼓動を悟られぬように、キリオは早足で歩き出す。
 目指す先は、決めていなかった。


 そんな二人の姿を、上から見つめる影があった。
「ふむ」
 商店街の店舗の上にたつ男は、赤マントを翻しながら二人を眺めている。
 三角帽子の下の顔に浮かぶ表情は、微笑。
「なかなかに初々しいじゃないか」
 青年の内心など、二倍近くの歳を生きた男には手にとるようにわかる。
 その内心をこれからどう変えていくか、それはあの気ばかり若い青年
 が自分で決めることだ。
 人工的に流されるマントをなびかせながら、男は商店街を覗き見る。
 あの青年と少女は、洋服店の中に入ったらしい。あの青年の美的センス
 には疑問が残るが、そこまでひどい服は買わないだろう。
「買ったら買ったで、面白いか」
 怒る船長と、それに反抗する青年の姿を思い出して、男はニヤリと笑う。
 その視線が、ふと一点に向けられた。
「ん?」
 青年と少女が買い物をする店の前、窓を覗き込むように、黒服の人物が
 立っている。
 普段ならただのファッションだと見逃すのだが、男の勘が、何かある、
 と告げていた。
 黒服は、そのまま店から離れると、通信機らしきものを操作しながら
 路地へと消えていく。
「……行くか」
 呟いた男は、とん、と軽く地面を蹴る。
 たったそれだけで、男の体は、風に舞う羽のように浮き上がる。
 走るスピードよりも更に速い速度で跳びならが、男は路地の上へと
 向かう。
 見下ろせば、早足に歩く黒服の姿がある。このまま見ていても、
 逃げられるのがおちだろう。ならば。
 トンッ、とひと跳びした男の姿が、路地の間に飲み込まれていった。

 すたっ。

「!?」
 急に目の前に降り立った男に、黒服はぎょっと立ち止まる。
 巻き上がったマントが元に戻ると同時に、男は顔を少し上げ、黒服を
 見下ろす。
 黒帽子と布で顔を隠した黒服は、逃げるに逃げられずに立ち止まるだけだ。
「あの店の前で、何をしていた」
 静かに、しかし威圧感を込めて放たれた問いに、黒服は答えない。
 高圧的に一歩踏み出そうとした男は、急に振りかえる。
 しかし、遅かった。

 ゴッ。
 バリッ!

「ぐあっ」
 即頭部に走る鈍痛と、同時に放たれた電撃によって、男の意識と
 サイバーウェア制御機構がダメージを受ける。
 崩れ落ちた男が見たのは、いつの間にか背後に忍び寄っていたもう
 一人の黒服の姿だった。
「く……」
 船長に連絡を、そう思っても、体が動かない。
 ――『制御機構、システムダウン』
 絶望的なメッセージとともに、男の意識は地に沈んでいった。


「まだか?」
 試着室の前でぶらぶらとしながら、キリオは試着室の中の後輩へと
 声をかける。
「も、もうちょっと、です」
 控えめな声は、少し震えている。その理由も、何となくわかっていた。
 やがて、試着室のカーテンがおずおずと引かれ、後輩の姿があらわれる。
 ちらり、とそちらを見たキリオは、瞬間的にさっと目をそらす。
「え、あ、あの」
 とたんに泣きそうになる後輩の気配を感じて、キリオは慌てて顔を前
 に向けた。
 腕を後ろに向けてもじもじしている後輩が着ているのは、淡いピンクに
 染まったワンピースだった。女性服のことなど何も知らないキリオが、
 とにかく女の子らしい服を、と思って渡したのだが、想像以上に
 似合っていた。
 というより、似合いすぎて、とても見ていられない。
 もとより、小奇麗にしていれば可愛らしい子である。
 清楚な服を着ていれば、その純情そうな雰囲気も増すというもの。
 そして、キリオはそういう雰囲気がどうにも苦手だった。
「だ、駄目ですか?」
「いや、いいんだけどさ」
 ガシガシと頭をかきながら、キリオは視線を店の中に漂わせる。
 その目が、ある一点を捉えた。
 その棚に置かれているのは、男物のベルト。それを見て、キリオの頭に
 閃くものがあった。
 棚の前に行くと、いいバックルがないか探す。
「お」
 上から二番目のスペースに、帆船が掘り出されたバックルのベルトがある。
 それを手に取り、後輩の元に戻る。
 はい、とそれを手渡された後輩は、不思議そうに小首を傾げた。
「え?」
「それ、腰につけてみろよ」
 そう言われて、後輩はたどたどしい手でベルトをしめようとする。
 その慣れない手付きを見ているのが嫌で、手が出た。
「ほら」
「あ……」
 ベルトを手にとって、腰に回してやる。きつくなり過ぎないようにベルト
 を絞めて、手を離す。
 少し離れて眺めて、キリオはうんうんとうなずく。
「ちょっとは、輸送船の船員らしいじゃないか」
「そ、そうですか?」
 おろおろと己の服装を見下ろす後輩の姿は、少しはキリッとしてきた。
 それでも、元々の可愛い顔のせいで、どうにも丸くなってしまうが。
「よし、買いだな」
「え、でも」
「奢ってもらうのに、遠慮するやつがいるか、バカ」
 照れ隠しも相まった強い声に、後輩は首をすくめてうなずく。
 シャッ、とカーテンが閉めらるのを横目で見つつ、キリオはそっと財布を
 取り出す。
 キャッシュの残金は、服とベルトを買えばほとんどなくなってしまう額
 しかない。
 しかし。
「ま、いいか」
 悪い気は、しない。自分の手で人を喜ばせている、という滅多にない感触
 が、どうにもくすぐったい。
 もう何年も浮かべていなかった微笑を浮かべて、キリオは床を軽く蹴る。
 店内に、コンッ、という音が明るく響いた。


「あの」
「ん?」
 隣に座った後輩の声に、キリオは煙草を口から離して顔を向ける。
 視線を向けられた後輩は、もじもじとうつむいて、話し出そうとしない。
 しかし、今日のキリオは、いつもと違った。声を張り上げずに、じっと
 待っている。
 商店街の先に作られた公園では、買い物を終えた観光客や、遊び場を
 見つけた子供たちが思い思いの時を過ごしている。大きくそびえ立つ樹の
 下のベンチは、木漏れ日が心地良い。
 しばらく何も言い出せなかった後輩は、その両手に握り締めていたものを、
 キリオに差し出した。
 受け取れば、それは、一枚のハンカチ。
「これ、誰の?」
「わ、わたしの、です」
 それだけ言うと、後輩はまたうつむいてしまう。
 これ以上聞くのは逆効果だと悟って、キリオはそのハンカチを眺める。
 折りたたまれたハンカチは、幾重にも折りたたまれているのか、少し
 重い。白一色で模様もない簡素なものだが、後輩の雰囲気には合っている
 気がした。
「で、何でこれを?」
「あの、先輩のハンカチ、汚しちゃったから」
 後輩のセリフに、ああ、と納得する。
 あの海賊と戦った時、ダウン状態になっていた後輩に、ハンカチを
 貸していた。そのまま捨てたのかと思っていたのだが、気にしてくれて
 いたらしい。
 いつもなら突き返すところなのだが、今日はそんな気分になれない。
 無意識に、口が動いていた。
「ありがとう」
「え?」
 ぱっと顔を上げた後輩が、不思議そうな顔でこちらを見ている。
 急に気恥ずかしくなって、キリオは顔を背ける。
「いいだろ、たまにはそんなセリフも」
「……はい」
 陽気がそうさせるのか、それとも、後輩の雰囲気がそうさせるのか、
 今までにないゆっくりした時間が、二人の間で流れる。
 そんな時間は、無駄だ、そう思う。しかし。
 でも、悪くない。そう、キリオは思った。
「不純です」
「のわっ!?」
 背後からの声に、キリオは驚いて立ち上がる。
 振り返れば、いつもの冷静な顔がそこにあった。
「か、カレンかよ」
「後輩に手をだそうとするとは、サムライも落ちましたね」
 どことなくじとっとした目で見られて、キリオの目線が険しくなる。
 怒り出そうとした直前、肩が軽く叩かれた。
 気勢を削がれたキリオの背後で、ニヤニヤ笑う人影があった。
「こんなことするのは……マッパー野郎!」
「正解」
 いつもなら、大声を出そうものなら逃げ出してしまう航海士が、
 今日に限って余裕の表情で見返してくる。
 調子を狂わされて、キリオはただ黙り込むしかない。
 むすっとしたキリオの服の袖が、くいくいと引かれた。
「ん?」
「あ、あの、ちょっとトイレに」
「お、おう」
 キリオがうなずくのと同時に、後輩は早足で立ち去っていく。よほど我慢
 していたのか緊張していたのか、どうにも情けない。
 呆れた苦笑を浮かべると同時に、気も抜けた。
 どさり、とベンチに座りなおして、キリオは、はぁ、とため息をつく。
「どうしましたか」
「いや、ちょっと疲れた」
 思えば、いつも暴れたり反抗したり、そんな日々が日常だった。
 逆に、こんな普通の日常を送るのは、どうにも疲れる。
 ハンカチを片手に持ったまま疲れた顔をするキリオに、オペレーターと
 航海士は、顔を見合わせて肩をすくめた。
 それから、どれだけ時間が経っただろうか。
「……ん?」
 最初にそれに気づいたのは、他ならぬキリオだった。
「アディのやつ、ちょっと遅すぎないか?」
「そう言われれば、そうですね」
「どうしたのかな?」
 キリオの心配が、オペレーターたちにも伝播していく。
 いてもたってもいられず、キリオは立ち上がる。
「俺、ちょっと見てくる」
 言うが否や、全速力で駆け出す。
 紙がなかった、というオチなら笑って過ごせるが、転んで気絶でも
 していれば笑えない。
 トイレの前に辿り着いたキリオの靴が、何か柔らかいものを踏む。
「……これは」
 足をどければ、そこにあったのは、後輩に貸したはずの己のハンカチ。
 嫌な予感が、更に多きくなっていく。
 それを振り払うように、キリオは首を振り。

 ピピッ!

『キリオ!』
「うわっ! ……って、姐御かよ」
 通信機には、船長の姿が映っている。しかし、その顔は、今までにない
 ほど強張っていた。
 何かあったのか、その思いが、キリオを焦らせる。
「どうしたんっすか、姐御」
『アディはいるかい!』
「それが……」
 口ごもったキリオを見て、船長は腕を振るう。
 ドン、という音が、通信機越しにも大きく聞こえた。
『早く船に戻って来い!』
「いや、一体、何が」
『これから何かあるんだよ!』
 怒っている、というより、悔やんでいる。そんな船長の様子に、キリオ
 はゴクリと唾を飲み干し。
「今から行きます!」
 通信機を切る間も惜しんで、急いで駆け出す。
 脳裏には、ワンピースを着てはにかむ後輩の姿が映る。
 まるで走馬灯のようだ、と考える自分が、とても嫌になった。
『……ヤバイ、な』
 通信機から漏れ聞こえた船長の声は、これから起こることを予感するように
 暗く、重かった。
 
時系列、舞台
------------
『スカード・グラフティEp○○一 前編』の後。

解説
----
宇宙港付近で買い物するキリオとアディ。そして動きだす周囲。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
と、とりあえずこんなところで。
後編は、半分まで書けてますorz
次回完結、ええ、きっと。

それでは。
渚女悠歩


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