[KATARIBE 29064] [HA14N] 小説『茨猫・第九章』

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Date: Thu, 18 Aug 2005 23:39:55 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29064] [HA14N] 小説『茨猫・第九章』
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2005年08月18日:23時39分55秒
Sub:[HA14N]小説『茨猫・第九章』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
茨猫、もーすぐ終わりです。
…………(かんそー(小声でいってみる)

と、とりあえず、送ります。

************************************
第九章:孤独なる者達へ
======================

 真っ白。
 広がりも何にも無く。
 押入れに入って、息を凝らしていたときの、暗闇のように。

 手を伸ばしても、手は見えない。
 振り回しても、何にも触れない。

 さらさら、さらさら。
 何だか砂の中に手を入れた時のように。
 冷たくて、さらさらしていて。

 さらさら、さらさら。
 (何の音も無いけれど)
 さらさら、さらさら。

 ことん、と、頭を落とす。
 何も見えないのに、頭にはことん、と、少しだけ漣が走る。

 流れるように…………



 「…………や」

 

 …………と。

 視野一杯の、真っ白に。
 すうっと細く淡い色が流れた。

 (紗耶おばちゃんの、お酒の色……)

「……透耶」
 そしてするんと。
 その言葉は耳に飛び込む。

「透耶」

 聴いたことの無い、声。
 でも耳にするりと入る声。
 琥珀のつるりとした、質感と透明感。

「透耶」

 静かな声。
 
「透耶」

 だから、頭を上げた。
 そしたら、その人が居た。
 だから、答えた。

「……だあれ?」

      ***

 目の痛くなるような、白い世界に、瞬時色が凝るように見えた。
 凝った色は、さらりと動いて子供になった。
 
「だあれ?」

 丸い大きな目を、真っ直ぐに見張って。
 小さな、少女がこちらを見上げている。

「野枝実」
「のえみ……おねえちゃん?」
 
 そう、と、頷くと同時に、野枝実は静かに着地した。
 さらさらとした感覚が、足に走る。

「のえみおねえちゃん、知らない……」
「うん」
 それでも少女は、申し訳無さそうな顔になる。
 それが愛らしくて、自然、野枝実の口元がほころびる。
 だから、自身が思っているよりもするりと。
 その言葉は口から出てきた。
「叶野、紗耶って人に、頼まれてここに来た」
「え?」
 少女の目が丸くなる。
「紗耶おばちゃんに?」

 愛らしい少女である。
 贔屓目や何やらをさっぴいても、確実に可愛らしい顔立ちをしている。恐ら
くこのまま大きくなれば、標準を軽く越す美人にもなるだろう。

(……んだけどね)
 綺麗に揃ったおかっぱの髪を揺らして胡蝶が言ったのは、夢の始まる前では
なかったか。
(叶野の家の鬼女には、敵わないんだなあ)
 五歳の子が、そんなことを気にするのか、と、正直思った。
(いや、そりゃあ普通は気にしないよ。でもね)
 でもね、と、ひどく苦い顔で。
(そういう親父と姉がいりゃあね)


「透耶は、今、ずっと眠ってるんだ」
 え、と、少女は目を丸くした。
「だから、紗耶はとても心配してる。何時までも透耶が起きないからって」
 おばちゃん、と、小さな唇が声を立てずに動いた。
「だから、透耶が起きる手伝いに来たんだけど」
 え、と、少女はもう一度繰り返した。
 理解したが上での、躊躇いだ、と、野枝実にも判った。

「……でも」
 五歳の子供には不釣合いな、と、言いたくなるほどに、その躊躇う時間は長
かった。
「でも?」
 しゃがみこんで、少女と目の高さを合わせる。少女はうろうろと視線を横に
流した。
「おばちゃん、鬼女だもん」
「そうだね」
「あたし、違うもん」
「……うん」 
 だから、と、口の中で呟いて。
「おばちゃん、は」
 みるみるうちに丸い目に涙が溜まる。あ、と、思う前にぽろぽろと少女は泣
き出してしまった。
「おばちゃんは、おねえちゃんに近いんだもん」
 だから、だから、と、しゃくりあげながら。
「おばちゃんも、おねえちゃんのほうが好きになるんだもん」

(その子のお母さんってのが、鬼女でさあ)
 胡蝶の、仏頂面。
(どうしても姉のほーが似てるのね。ついでにお母さん、透耶が生まれた後、
すぐに亡くなってるから、どうしても父親とやらは透耶を素直に可愛いとは思
えないらしくてね)
 鬼女は、自分の体調を把握することが出来ない。産後、本来調子が悪い筈の
ところを、痛覚の無い彼女達は歯止めの無いまま動く。結局それで透耶の母親
は亡くなったらしい。
(だから、姉が美人ってより、姉が鬼女でお母さんと一緒の顔してるってのが
透耶には辛いんだと思うけどね)

 鬼女の家の、普通の子供。
 普通の家の、化け物といわれる子供。
 全く逆でありながら。

「……でも、そんなことは、無いと思うけどな」 
 手を伸ばして、小さな頭をそっとなぜる。泣いている子供の頭は軽く汗ばむ
ように熱い。
「紗耶は、透耶のことが心配で心配で仕方ないんだよ」
「…………でも」
 でも、でも、と、少女は繰り返す。
「でもおばちゃん、鬼女だもの」
 しゃくりあげる合間に、切れ切れに少女は言う。
「だから……だから!」

 だから、自分は、いつか、見捨てられるのだ、と。
 違う者だから。
 鋭い朱の色の稲妻のように。

 
  ばけもの


 つきん、と、その言葉は突き刺さるように痛い。
 多分、慣れることの出来ない痛み。
 その痛みに促されるように、野枝実は手を伸ばして少女を抱き止める。
 腕の中で、少女は本式に泣き出した。


(あの子を、助けてよ)
 胡蝶の、まなざし。
(野枝実なら、助けられるでしょ)

 ああ……そういうことか。


「……でもね、透耶」
 抱き締めた耳元に、そっと言葉を放つ。
「でも、紗耶は、今本当に透耶のことを心配してるよ」
 しゃくりあげる声はなかなか止まない。けれども野枝実の声が聞こえていな
いわけでもない。
「それは、本当だよ」
 少女が、頷いている気配があった。一所懸命泣き声を止めようと、息を飲み
込む仕草。
「それでも……?」
「だ……だって」
 泣きじゃくっていた顔を上げて、少女は必死になって言う。
「おとうさん、おねえちゃんのほうが好きだもん」
「でも、紗耶は違うよ」
「でも……っ」

 でもいつか。
 でも、いつかその人も離れてゆくかもしれない。
 どれほど今、ここに居ると言われていても。

 
 そのいつか、が、何時までも怖い。


「……あのね」
 泣き止まない少女を、そっと両手で揺する。そして野枝実はゆっくりと言った。
「みんな、そう、なんだ」

 どこへも行かない、と。
 確かに、その言葉を聞いた。
 伊達や酔狂、半端な覚悟で、そんな台詞を言う相手ではない。
 それくらいのことは知っている。

 ……それでも。

「永遠に……ずっと変らないものなんか、無い」

 どこへも行かない、と、友久は言う。
 でも、その言葉もまた、永遠では無い。

 永遠に同じものなんか、無い。
 
「でもね」

 それでも、たった一つ。
 確信を持って言えること。

「今は、ほんとうなんだよ」


 人の心は、変るものだから。
 だから、ずっとここにいる、という、その心も変るかもしれない。
 でも、どこまで変っても。


「今、紗耶が透耶のことを心配で心配で、ずっと待ってるのは、ほんとうなん
だよ」

 時間軸の今という点に於いて、それは何時までも真実であり続ける。
 どこまで心が変ったとしても、今、この時にそう言った心は。
 本当で、あり続ける。


「……のえみおねえちゃん」

 ふと気がつくと、少女が涙で汚れた顔を上げていた。

「紗耶おばちゃん、今は、ほんとに、心配してるの?」
「そう」
「ずっと、ずっと、紗耶おばちゃん」
「透耶のことが大事だと思ってるし……思っていたいんだよ」
 丸い目が、精一杯見開かれて、野枝実を見据える。
 野枝実もまた、その目を見据える。
「でも、変っちゃう?」
「……それは、わからない」
「変っちゃって、おねえちゃんのほうが好きになる?おとうさんみたいになる?」

 ならない、と。
 言うのは容易い。
 でも、それを言うのは……自分の役目ではないだろう。

「……透耶は?」
「…………え?」
「紗耶……おばちゃんが、好き?」
 ゆっくりと問われた言葉に、少女はきっと野枝実を見据えた。
「大好き!」

 挑むように、発せられるその言葉の強さ。

「ならば」

 野枝実は知らず、微笑んでいた。そっと少女の額に掛かる髪の毛を払う。

「ならば、頑張れない?」
「……がんばる?」
「紗耶おばちゃんが、ずっと透耶のことが好きでいるように」

 その言葉を、ほんとうにし続ける為に。

「紗耶おばちゃんだけに、お願いするのは、変だよね?」
 少女は二三度瞬いた。
「だって、今、紗耶おばちゃんはほんとうに透耶のことが大好きなんだもの。
おばちゃんだけが頑張って、透耶のことを好きでいるの?」
 あ、と、少女は目を丸くした。


 どこにも行かない、と。
 その言葉は、確かに友久のものではあったけれども。
 でも、その言葉をほんとうにする責任は、自分にもあるに違いない。


「だから、透耶」

 小さな、小さな少女。
 この子に、何もかも大丈夫だよ、と、言うことすら……自分には出来ないの
だけれども。

「起きて、頑張ろう……?」

 ぐしぐし、と、少女は涙で汚れた顔をこすった。

「……のえみおねえちゃんも?」
「え?」
「のえみおねえちゃんも、がんばるの?」
 
 どこへも、いかないね。
 その言葉を、ほんとうにする為に。

「…………うん」

 どうやって頑張れば良いかすら、わかってはいないのだけれども。
 けれども。

「だから、一緒に頑張ろう……ね?」
「……うん」

 くしゃっと、また泣き出しそうになるのを必死で堪えて、少女が頷く。
 それがいとおしくて、野枝実はもう一度少女を抱き締める。

「……大丈夫、だから」
「…………うんっ…………」
「大丈夫」

 どこかで、思う。
 同じ重さで、友久も答えたのだろうか。
 答えて、くれたのだろうか。

 ……では自分も、自身の言葉にもとることは出来ない。

「大丈夫、だから」

 その言葉は、野枝実の思う以上に力強く発せられた。
 少女は顔を上げて、泣きそうな顔で、それでも。

 一度、笑った。


「起きる」
「うん」
「のえみおねえちゃん、ありがとう」
「……うん」

 言う間にさらさらと、少女の輪郭は頼りなくぼやけてゆく。

「おねえちゃんね、おばちゃんのお酒の色に似てたの」
「え?」
「最初にね、おねえちゃんの声ね、おばちゃんのお酒の色してたよ」
「……そう?」
「うん、だから」

 こわくなかったよ、と言おうとしたのか。
 そのまま、少女は溶けるように消えた。

 ほっと、野枝実は息を吐いた。
 そして吐く息と同時に、すうと自分の意識が薄れることをどこかで自覚した。




『……野枝実お姉ちゃん!』

 ふう、と、意識の途絶えていたのがどれだけの間かはわからない。けれども
戻ってきた野枝実の耳に、最初に飛び込んだのがその声だった。

「晃一……?」
 聞き慣れた声に、無意識のうちに答える。
 と、同時に、その声は泣き声に変った。

『お姉ちゃんっ……』

 慌てて起き上がった。
 世界がぐらっと廻った。

「野枝実っ」
 鋭い、鬼李の声。
 そして、倒れかけた上体を留める手。

「ご、ごめん」
「無理しないほうがいいわ。長々眠りっぱなしだったんだもの」
 きっぱりした少女の声に、野枝実はそれでも必死で顔をあげた。
「透耶は、起きた?」
「多分」
「んじゃ、おっけ」

 鋭い目の少女は、にっと笑った。

「……任務、完了、かな」
「そうだね……あ、あとは、あたしがそこに封じられれば終わりなんだけど」
 何てことなげに言われて、野枝実は少女の視線を追った。
「……氷冴さんとこに、連れて行ったらいいのかな」
「うん」
「じゃ、行こ」
 言葉と同時に半ば無意識に動こうとして……野枝実は言葉を飲み込んだ。
 視野がぐるりと動く。

「莫迦か」
 短い一言で、ようやく野枝実は、自分を支えている手の主に思い当たった。
「……ごめん」
 返事は、無い。ただゆっくりと手は動いて、元のように布団へと戻される。
「でも、行かなきゃ」
「行けないだろうが」
 うんざりしたように言ったのは、黒い猫のほうだった。
「でも」
「友久に頼むしかないだろう」
「……でも」
「それとも、友久におんぶでもしてもらって行く気か?」
 畳み掛けるように言われて、流石に言葉に詰まる。
 確かに、今は、動けない。
「……でも、ずっと寝てた筈なのに」
 呟いた言葉は、見事に無視された。


「えっとね、着物と、それと襦袢とかも持ってって。ついでに洗ってもらうか
ら」
 ぱたぱたと、胡蝶が動く気配を、野枝実は目をつぶったまま追う。
 晃一が一緒になって着物をまとめているらしい。
「ねえ晃一、風呂敷どこにある?」
『えっとえっと……待って』
 引出しを開ける、微かな音。そしてぱたんと布が広がる音。
「……あ、そうだ胡蝶」
「ん?」
「もし、訊く機会があったら、紗耶に訊いてくれない?」
「へ?」
 少々間の抜けたような声。
「透耶が見ているところで呑んだ酒って、何だって」
「……へ?」
「あたしの声が、その色をしてたらしい」

 はあ、と、気の抜けた声を、胡蝶は返した。


 紗耶の呑んだ酒の色。
 それを思うほどに、あの少女は。

 ふっと瞼の裏が熱くなった。
 留める前に、押し出されるように、涙が零れた。


『……お姉ちゃん?』
「なんでもない」
 伸ばされる、小さな手。
「大丈夫、だから」
 その気配に手を伸ばすと、小さな手は野枝実の掌と重なった。
 その手を、野枝実は握り締めた。
「ごめんね、晃一」
 ううん、と、小さな気配だけが、動いた。

 
 いつまでも、ほんとうである為に。
 いつまでも、ほんとうにする為に。


『おにいちゃん、出来たよ』
「ああ」

 どこか不機嫌そうな声で、返事がある。
 そして、ふとその声に思い出したこと。

「友久」
「……何だ」
「あの」
「何だ」

 よく考えれば、言ったことは無かった筈だ。

「あの、叶野紗耶ってのは……」
「天敵、か」
「……知って、た?」
「今回知った」

 それがどうした、と、言外に含んだ声に、野枝実は一度言葉を呑んだ。
 言えば、怒られるだろうか。

「……何だ」
「あの、だから」
「何だよ」
 
 それでも。

「紗耶に、のしつけて渡されるのは、嫌だ」

 一瞬の、沈黙。
 そして……気配。
 (殴られる)
 一瞬にして膨らんだ気が、野枝実の髪を掠める。
 反射的に野枝実は肩のあたりをこわばらせた。

 不意に、手が、野枝実の頭に触れた。
 そのまま、くしゃり、と、一度だけ髪をかき回した。
 
 その手に、野枝実は何故かひどく安堵した。

 
「……晃一、留守番、頼む」
『うん』
「申し訳ない」
「ああ」

 扉を開ける音。そして鍵の廻る音。

「……あんたも、なあ」
 そして耳元に、呆れたような相棒の黒猫の声。
「え?」
「莫迦、か」

 それに何と答えたか。
 野枝実は、憶えていない。

*************************

 てなもんで。
 次で、一応……終わりの筈です。

 ではでは。




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