[KATARIBE 29063] [HA06N] 小説『迎え火・迎え酒』

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Date: Thu, 18 Aug 2005 23:33:43 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29063] [HA06N] 小説『迎え火・迎え酒』
To: kataribe-ml@trpg.net
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Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
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2005年08月18日:23時33分42秒
Sub:[HA06N]小説『迎え火・迎え酒』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
少し前のログから、この時期ならではの話をお一つ。
ちなみにログは、
http://kataribe.com/IRC/HA06/2005/05/20050505.html
あたりのものです。

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小説『迎え火・迎え酒』
=====================
  登場人物
  -------- 
  軽部真帆(かるべ・まほ)
   :自称小市民。多少毒舌。幽霊を実体化する異能あり。
  相羽尚吾(あいば・しょうご)
   :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
  本宮史久(もとみや・ふみひさ)
   :吹利県警刑事課巡査。屈強なのほほんおにいさん。昼行灯。


本文
----

 お盆。八月十五日。
 程度の違いこそあれ、あちこちで亡き人を思い出す日。
 ……多分。

            **

 居酒屋、かんくさん。
 時刻的にまだ少し早いせいか、背広の人はさほど多くない。


「何だか、お久しぶりです」
「そうですね、そういえば」

 笑いながら、本宮さんが言う。

 ネズミ騒動の際には、この方にまで迷惑をかけてしまったのだけど。
 すみませんでした、と言うと、いえいえ、と笑って返された。

「相羽さんが仕事ってのは聞いてたんですけど……奈々さんも?」
「上司ですから」
 
 仕事の内容については、相羽さんは一切話さない。守秘義務やら何やらある
だろうとは思うから、こちらも一切聞かない。ただ、夕ご飯がいるかいらない
かだけは、尋ねることにしているし、向こうも答えてくれる。
 今日、夕飯はいらないから、と言われた。
 ふと思いついて、定時の後に、本宮さんに連絡してみた。色々尋ねてみたい
こと、教えて欲しいことがあったから。
『こちらは、大丈夫です』
 つまり、相羽さんと奈々さんがお仕事に捕まったのか……と思ったら。

「お盆にのんびり休みたいから、とか先輩言ってましたけど」
「……あいた」

 御両親のお墓参り。行ってきたらと勧めたこと自体は悪くなかった……と、
それは今でもそう思うけど。
 それで仕事、忙しくなったのかな。

「お盆前なのに」
「公務員にはお盆はありませんから」
「いや、そうじゃなくて……そういう時期なんだから、少しは犯罪とか減れば
いいのにね」
「……成程」

 本宮さんは苦笑する。
 こちらも……苦笑する。

「奈々さんお元気ですか?」
「ええ……まあ」

 何となく切れ味の悪い応えに、尋ねかえそうとした、時に。

「ごいっしょしてよいですか?」

 思わず、振り返った。
 
 まさか定時退庁で待ち合わせ、とはいかなかったが、それでもここが混み始
めるにはまだ少し間がある。テーブルは他にも空いている。
 
「……どうぞ」

 それでも、つい、そう言ってしまったのは……どうしてだったろうか。

 初老、と言ってはちと申し訳無いだろう。恐らく40代の初め、社会の第一
線で働いている人特有の、両足が地に付いた顔をしている。
 穏やかな、そしてどこか飄々とした雰囲気。

 ……誰かに似ている気がする。良く知っている誰かに。

「どうぞ」
 メニューを廻すと、その人は、ああどうも、と笑って受け取った。
 そのまま少し考えるように眺めている。
「日本酒で宜しいですか?」
「ああ、はい」
「じゃ……すみませーん」

 グラスとぐい飲みの中間くらいの、冷酒用のグラスをもう一つ、そして数種
の酒を頼んで。
 つまみに大根と油揚げと水菜のサラダ、そして野菜の揚げ浸し。
 かしこまりましたーっと、毎度威勢のいい返事を聞いて……そして気がつく。
 
 本宮さんは、黙ってその人を見ている。静かに、そして同時に、どこか食い
入るように。

 どうしたの、と、聞こうとした。
 聞こうとして……でも、声が途中で止まった。
 多分、勘のようなもの。
 
 先に持ってきてもらったグラスを、その人に渡す。
 本宮さんが手を伸ばし、徳利を掴んだ。
 
「どうぞ」
「……どうも」

 とくとく、と、音を立てて注がれる酒。
 如何にも美味そうに、その人はグラスを一息で干した。

「御注文の品、こちらで宜しいでしょうかーっ」
「あ、はい」

 取り皿をその人の前に置いて。
 徳利に手を伸ばそうとすると、既に本宮さんが徳利を手に持っている。やは
りその人をまじまじと見ながら。

「……どうぞ」
「ありがとう」

 少し目を細めて笑う顔。
 それ、が。

「…………え?」

 そしてその時、あたしはようやく気がついた。どこが、と言われれば困るけ
ど、その人の笑った顔は。

 奈々さんに。

 そして気がつく。本宮さんの視線の意味。そして徳利をさっと取り上げてい
る動きの意味。
 
 その人は、こちらを見て笑った。そのとおりです、とでも言うように。
 その視線がゆったりと、また本宮さんに戻った。
 本宮さんは徳利を持ったまま、その人の顔をじっと見ている。向けられた視
線に押されるように、徳利に添えられた手が、微かに動いて。
 
「深山……巡査?」
「おわかりになりましたか」

 莞爾として笑うその人の顔は、その言葉で確かに、幾重かに纏った遠慮とい
うものを、数枚落としたようにも見えた。
 ただ。

「深山巡査……?」
 奈々さんの旧姓は、卜部じゃなかったか……と、呟いた声を、本宮さんは捉
えたらしい。
「……奈々さんが母方の家に引き取られる前の……苗字です」 
「…………成程」

 その人は、やっぱり笑っている。

 だから、余計に。
 その人は、奈々さんに。

 ……似ている。

         **
 
「ずっと、夢でしてね」 
 その人はやはり笑っていた。
 
「こうやって……酒を酌み交わすのが、ね」

 誰と……とは、直接には言わなかったけれども。

 サラダ美味しいですよ、と渡すと、ああ本当だ、と、その人は笑った。
 笑った雰囲気のどこかは、もしかしたら本宮さんに似てるかもしれない。何
となくほっこりとして……『大きい』。

「……あの」
「はい?」

 この人は奈々さんのお父さん。
 そしてこの若さということは……多分かなり前に、亡くなられたのだろう。

 だから。

「……娘さんを呼ばなくて、いいんですか?」 
 思わずそう言ったら、本宮さんが続けた。
「……きっと、会いたいと思っていますよ」
 穏やかな声、穏やかな表情。
 手の中のグラスの酒が、少し揺れるだけの。

「……幸せでいてくれればいいんですよ」 
 その人の笑みが、どこか寂しげに見えて。
「……会えなくとも、それで」 

 いつのまにか、その人の手のグラスは、空になっている。
 手元の徳利から、なみなみと注ぐ。
 ありがとう、と、その人は少しだけ笑った。

「これからは、あの子の幸せは」
 そっとグラスを揺らして、その人は笑う。
「本宮君が作ってくれるでしょう」 
「……でも、多分、このお酒は」
 彼女のことを、それほど深く知るわけではないけれども。
 それでも。
「奈々さんが……注ぎたかったと思いますよ」 
 その人は、暫く沈黙した。
「…………いえ」
 それでも。
「会えば未練も湧きましょう」 
 その言葉は確かに……奈々さんのお父さんのものだ、とも思った。

「……深山巡査」
 ゆっくりと、ためらうように、また言葉を選びながら。
 本宮さんが口を開く。
「それで……宜しいんですか?」

 ふっと、後ろの喧騒が耳についた。
 一瞬その人の表情が硬くこわばり……そしてまた、解けた。

「それが、理というものでしょう」
 私はもう、と、言いかけて、その人は口をつぐみ、グラスを軽く揺らした。
 私はもう死んでいるのですから。
 (事実は、あまりに単純で)
 (言葉を飾ることすら難しくて)

 飾れない言葉を、その人は酒と一緒にこくりと呑み込んだようだった。

 空になったグラスに、また本宮さんが酒を注ぐ。
 久しぶりだ、と、その人は小さく笑った。
 通りがかったお店の人を捕まえて、また数本酒を頼む。かしこまりましたー
と、相変わらず威勢のいい声を放って、その人はとっとと厨房のほうに消えた。

 
「娘の晴れ姿を見れなかったことを悔やみはしますよ」
 ふ、と。
 半ば空になったグラスに視線を据えたまま、その人が呟いた。
「仕事に追われて、妻の死に目に会えなかったことも今でも悔やんでます」
 本宮さんの表情が、微かに歪んだ。
「でも、それでも……もしもあの時の自分に戻れたとして、やっぱり私はあの
ホシを捕まえに行ったと思うんですよ」
 グラスの中の酒は、ゆらゆらと揺れている。
「娘を一人きり置いていってしまったことをどれほど後悔しても、私は警察官
として犠牲者を出すわけにはいかなかったんです」 

 あたしは、この人のことを知らない。
 奈々さんのことも、そこまで良くは知らない。
 ただ……恐らく、この人は単なる事故や病気で亡くなったのではなく。
 多分。
 警察官として。

「だから」

 この人の生き方を、あたしは知らない。
 けれども恐らく……奈々さんに会わないことを選択することと、この人が生
きてきた時の……そして死に至るまでの選択というものとの間には、きちんと
一本の筋が通っているのだろうな、と。

「これからあの子が見るのは、彼と作っていく世界でいい」 

 ……それは、そうかもしれないけど。
 でも。

「でも……奈々さんの中に、お父さんは、生きている筈ですから」 
 こういう時になると、自分の日本語の語彙が、情けないものであることを実
感する。
「未練ではなく……それでも奈々さんの世界に、お父さんはいらっしゃると、
思います」 
「心の中で生きているならば、私はそれで構いませんよ」

 だからやっぱり、そうやって軽く返される。
 
「…………どうぞ」

 何だか遣り切れない。
 本当に会いたい人はここに居なくて、全く関係の無いあたしがここに居る。
 それも、義理の息子との会話の真っ只中に。
 
 でも多分、この人が本宮さんに見えているのは……あたしのせい、だろう。
 ……だけど。
 …………だけど。

「こうやって、でも、酒を呑めるのですからね」

 ふっと笑って、その人は言う。
 こちらの内心を、読んでしまったように。

 グラスはするすると空になる。
 本宮さんが徳利を掴んで、グラスに差し出した時に。

「……史久くん」

 ぽつ、と。
 まるで呟くような声に、けれども間髪入れずに返事があった。

「はい、お義父さん」

 
 その時の、その人の顔、表情。
 こぼれるような……笑顔。

 そしてその笑顔ごと、気がつくとその人は急に透きとおってゆく。
 指先から握っていた筈のグラスが滑り落ち、かたん、と、テーブルの上で跳
ねる。

「……いつまでも、幸せで」

 霞のような、しかし輝くような笑顔と一緒にそう言ったのが、多分最後。
 その人は、溶けるように…………

 …………消えた。


「……絶対に」 
 ぽつり、と、本宮さんが口を開くまでに、どれだけの時間があったろうか。
落としたグラスに手を伸ばして、そっと置きなおしながら、彼は呟いた。

「幸せにしますよ」

 死者に向って、誓うように。


         **

 そのまま、帰った。

「……奈々さんに、ごめんなさいって言っといて」
「わかりました」

 問い直さない本宮さんが、本当に有難くて。


 本宮さんと、深山さん。
 本当は……それこそ二人でしみじみ呑みながらの会話である筈のところに、
あたしはど真ん中に存在して。
 でも、確かに深山さんがお酒を呑める姿になるには、あたしが必要だったの
だろうし。
 関わるべきではない……他人がそもそも見ちゃいかん筈なのに。
 でもあたしが居なければ成り立たない。

 ……考えれば考えるほど、いたたまれなかった。

          **

 帰り道に、泡盛を一本買って。
 戻った早々、そろそろ帰るから、との相羽さんからの電話があって。
 お茶と、買っておいた和菓子を出したところで、相羽さんが戻ってきた。


「……てかさ、娘の父親が、結婚相手に『娘を頼む』なんて言うシーンに、他
人が入るって……無いよね」 
 
 ぐずぐず考えているとほんっと酔えない。改めて買った泡盛のグラスを抱え
て、思わず愚痴ってしまったけど。

「……でも居ないと話にならないんでしょ」 
 湯飲みを持ったまま、相羽さんはあっさりとそう言う。

「でも…………いたたまれなかった」 

 グラスに、目を落す。
 相羽さんは、何も言わない。

「……相羽さん」 
「ん?」 
「変なの憑けてこないで下さいね」 
 ふと思いついて、それこそついついそう言ってしまったのだけど。
「……ない、と言い切れないのがツライとこだね」 
 笑いもせずに、相羽さんは言い切る。
「俺、そゆの見えんし」 
「あたしも実は見えないんですが」 
 どうしてそういう妙な異能があるくせに、幽霊のスポットに突っ込むのだ、
と、ゆっきーさんには呆れられた。
 でも実際、幽霊が居るなんて、あたしにはわからない。

「あれだ、相羽さんが見て、こいつ死んだ奴だって思うのが廻りにいたら、あ
たしから5m離れれば、消える筈ですから」 
「ならいいんじゃないの」 
 ……いいんかいな。 
「でもさ」
 泡盛に和菓子は似合わない。良ければ食べて、と、渡した練りきりの菓子を
食べながら、相羽さんは言う。
「卜部女史にお父さん会わせなくて良かったと俺は思うね」 
「……そう?」
「会えたところで、いつまでもいるもんじゃないでしょ」
 微かに目を細めて。 
「……二度も消えるの?」
 一瞬、言葉に詰った。 
「そのほが、辛いんじゃないかと俺は思うね」 

 どうなんだろう。
 それでも奈々さんは、会いたかったんじゃないだろうか。
 一瞬だけでも。
 自分のことを祝福してくれている、お父さんに。

 でも会ったら未練なんだろう。それもまた事実なんだろう。

 でも。

「…………あー」
 思わず頭を抱えてしまう。 
「あーもー知らねえっ」 
 考えても分からない。そも答えがあるとは思えない。
「死んだ人が、実体に戻って誰かに逢えるってほうが間違えてるんだっ」 
「その通りだね」
 やれやれ、と、肩をすくめるように、相羽さんが言う。

 会わせてあげたかった。
 でもそれはあくまでお節介で。
 そもそも、会わないのが当たり前で。
 ……でも、その異能は、あたしにあって。
 ………………。
 
「…………知らねえよ、そんなもん」 
 テーブルに頭を落す。ごつ、と、痛みの割に大きな音がした。 
「……5m圏内、幽霊禁止って立て札、立てられないもんかね」 
「…………難儀だね、ホント」 
「難儀に過ぎて、泣けてくる」 

 目蓋が熱くなる。どうして自分はこうも泣き虫だろうかな。

 そして……思い出す。

『娘を一人きり置いていってしまったことをどれほど後悔しても、私は警察官
として犠牲者を出すわけにはいかなかったんです』

 妙に意地っ張りな、深山巡査のその一言。
 だから、と。
 
 亡くなって。
 無論、魂としては娘さんの側に何度も行ったことだろうけれど。
 でもそれでも、あの人はやっぱり、任務を選んだろうなと。

 …………そして多分。
 同じ結論を出す、この人も。

 多分。
 (多分何時か同じ結論を出して)
 (多分同じ)

  (多分)


 不意に、ぽん、と、頭の上に何かが乗っかる感触があった。
 そして初めて……あたしは人前でしゃくりあげて泣いてたことに気がついた。

「……ご、ごめん」

 情けない。その一言が頭の中を染めるくらい恥ずかしくて。
 頭をあげて、もう一度、ごめんなさいといおうとした、時に。

 ふわ、と。
 包むような腕と。
 そしてそっと頭を撫でる手。
 
「俺は死なないよ」

 ぽつんと、耳元で、そんな風に。



 八月十五日。お盆。
 多分、亡くなった人達を現世の人が思うのと同様に、彼岸の人達も生きてい
る人々を思うのではないかと、思う。
 同じ選択を、やはり繰り返さざるを得ない人々を。

 もし、そうだとしたら。
 とても、とても勝手な願いです。そうだと分かっています。
 だけど。

 貴方と同じ選択をして、同じように突っ走りそうなこの人を。

 どうか。
 どうか。

 ……そちらから護って下さい……と。
 せめて、願うことを、許して下さい。

 どうか……



時系列
------
 2005年8月12〜14日の、どれか一日

解説
----
 幽霊とは全く縁遠いのに、幽霊を実体化する異能。
 それにまつわる……お盆前の一風景です。

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 あ、あかぺんせんせーのひさしゃ、有難うございます。
 ええとええと。
 ……であであ(脱兎)。





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