[KATARIBE 29062] [LG02N] 小説:『スカード・グラフティEp○○一 前編』

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Date: Thu, 18 Aug 2005 20:47:41 +0900 (JST)
From: nagisame <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29062] [LG02N] 小説:『スカード・グラフティEp○○一 前編』
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2005年08月18日:20時47分41秒
Sub:[LG02N]小説:『スカード・グラフティEp○○一 前編』:
From:nagisame


どうも、渚女です。
最強無敵の逃避力(ぉ)で、スカード号の面々の話を書いてみました。
各キャラの雰囲気が出てるか微妙ですが、一応流し。
……ちなみに、前編です(ぉ

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=

 小説:『スカード・グラフティEp○○一 前編』
==============================================

登場キャラクター
----------------
 レディシア・ブラックウィドウ
     :元女海賊レディ・B。半人半蜘蛛型生物。
 キリオ・カワモヨ
     :自称エースパイロットなエセ侍。人類。
 緋炎槍
     :槍一本で宇宙を翔ける武人。獣人ハーフ。
 アデレート・マジョリか
     :特攻乙女。通称アディ。人類。
 カレン・ホワイトリリー
     :オペレーター。クールだけど可愛らしい。

1st Mission 始まりはいつも危険信号(アラーム)
----------------------------------------------
 ウィィィィィィィィィン!
「前方に、障害船舶発見!」
 オペレーターの声に、メインデッキの中を緊張が駆け巡る。
 最初に反応したのは、ついさっきまで瓢箪トックリを傾けていた
 船長だった。
「第一種戦闘配備(コンディション・レッド)発令!」
「了解(ラジャ)」
 オペレーターが操るコンソールには、船内のマップが表示されている。
 その姿は、さながら脚を広げた蜘蛛に似ている。
 そして実際、その船には蜘蛛の名がついている。そして。
「ったく、おちおち酒も飲ませてくれないかィ」
 ぐいっと口を拭った女船長の下半身は、蜘蛛のそれである。
 黒い外骨格に覆われたその腕を振って、船長は船の進む先を指さす。
「せいぜい、揉んでやるかね」
 ニヤリ、と笑う船長の顔は、美人、というよりもどこか人外の妖しさ
 をたたえている。
 船長の指示を受けていたオペレーターは、コンソールを目にもとまらぬ
 速さで操作する。白く光っていた船内マップが、前方から一気に黄色
 に染まった。
「前方第二区画、第三区画反応あり……後部ユニット第三区画、反応なし」
「叩き起こしな」
「了解(ラジャ)」
 表情も変えず、オペレーターはコンソールを操作する。
 蜘蛛の尻にあたる部分、後部ユニットの居住スペースの上に、
 被さるように『アラーム最大』の表示が開いた。
 直後、オペレーターが頭を抱える。
「お〜い、大丈夫か?」
「も、問題ありません」
 ヘッドフォンを耳から外して、オペレーターは涙声で答えた。それでも、
 表情が変わっていないのはせめてもの意地なのだろう。
 くしゅくしゅと涙をぬぐうオペレーターに、船長はフッと気の抜けた
 笑みを向ける。少々、気が張り詰めすぎたのが、少し和らいだ。

 ピピッ。

 ようやく気をとりなおしたオペレーターのコンソールが、船内通信要請
 を発している。
 ヘッドホンをかけなおしたオペレーターが、メインディスプレイにその
 通信を表示させ。
『何すんですか船長!』
 甲高い大声に、オペレーターが再び頭を抱えた。
 わぁぁん、とメインデッキ内に響く声に顔をしかめて、船長はその青年
 の顔を見上げる。
「どうだい、いい目覚ましだったろ?」
『そりゃないですよ!』
 情けなく叫ぶ青年の姿は、どこか尖っている。きつい三白眼で目つきが
 悪い上に、雰囲気もやさぐれている。それでも、この船では外見的には
 没個性の方だ。
 ただし、その性格は没個性どころではない。
『だから大人は信用できねえ!』
「まだ寝惚けてるのかねえ』
 やれやれ、と首を振った船長は、オペレーターに目をやる。
 再び復活したオペレーターは、少し疲れた顔でディスプレイに目をやる。
「コグモ・アデレート機準備完了」
「よし」
 オペレーターの声は青年にも聞こえている。チッ、とこれみよがし
 に舌打ちした青年は、腕につけた通信機を操作する。
 通信が切れると同時に、マップの中で、青年の位置表示が恐ろしい速さ
 で動き出した。
「よしよし」
 ガキを動かすには、張り合いをもたせるのが一番。問題は、あの青年が
 今年で23歳だということぐらいだが、まあ、そういう人間も居ても
 良いだろう。

 ピコンッ。

 再びの通信音。それも、今度は船内ではない。
 発信源を見たオペレーターの顔に、わずかな緊張が走る。
「障害船舶より通信」
「ほぅ」
 ニヤリ、と笑った船長は、オペレーターに通信許可の合図を出す。
 メインディスプレイに表示されたのは、いかにも海賊風の若い男だった。
『大型輸送船の護衛に一機だけとは、余裕じゃねえか』
「まあね」
 凄んでみせる海賊に、船長は毛先ほども動じていない。腕を組んで軽く目
 を伏せた姿は、周囲から隔絶したように静かだ。
 相手が恐れおののくことを期待していたのか、海賊は調子が狂ったように
 たじろぐ。
『と、とにかく、荷物を置いていけば見逃してやる!』
「断る」
 簡潔な、それでいて相手の隙を打つセリフ。ぐっ、と言葉に詰まった海賊
 は、睨みをきかせそうと顔をしかめようとする。
『てめえ、俺様が誰だとわかって――』
「うるさいね」

 ギロリ。

『あぐ!?』
 ただ小さく、顔を上げて睨みつけられただけなのに、海賊はまるで猛獣に
 吼えられたかのように顔を強張らせる。
 その紅い瞳で海賊をにらみ付ける船長は、フンッ、と鼻で笑う。
「俺様か何様か知らないが、だらだらクソ垂れる暇があったら、さっさと
 襲ったらどうだい」
『な、なんだと!』
「いいかい」
 完全にペースを崩した海賊に、船長はたしなめるように口の端を歪める。
 その傍で、オペレーターが船長に向かって小さく手を振っていた。
「海賊稼業ってのは、速さが全てだ。相手が態勢を整えて反撃するまで、
 それまでにカタをつけて、さっさとずらかる」
『そ、そんなこと』
「分ってるってか?」
 ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべた船長は、腕に付けた通信機に目を
 やる。
 それに内蔵されたストップウォッチが、ちょうど5分を示した。
「じゃあ、そのツケは自分で払うんだね」
『なにを――へ?!』
 通信先の海賊船が、小刻みに震える。攻撃を受けたことを示すアラーム
 が、海賊船の内部を駆け巡る。
『バカな、レーダーには何も映らなかったぞ!?』
「阿呆、ステルスは基本だろうが」
 やれやれ、と首を振った船長は、オペレーターに目配せする。
 おろおろとうろたえる海賊の姿が、ディスプレイから消え去った。
 静かになったメインデッキで、船長は盛大にため息をつく。
「最近の海賊は、質も悪くなっちまったねえ」
「船長の時代とは、海賊の意義も覚悟も違うでしょう」
 ディスプレイに海賊船の外観を表示させつつ、オペレーターは抑揚のない
 声で呟く。
 そうかねえ、と気の抜けた返事を返して、船長は表示された戦闘区域に
 目をやる。
 流線型の海賊船の周りを、小さい機体が飛んでいる。ステルスクローク
 を排除したその機体の形は、この船と同じく蜘蛛の形をしている。
 宇宙の暗闇で、艦(ふね)が蜘蛛に襲われている。そんなシュールな光景
 を眺めつつ、船長はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「あの若造に、教えてやりな」
「はい」
 オペレーターが発信するのは、この船の船章(エンブレム)と船長名。
 そこに描かれているのは、八ツ手を広げた黒い蜘蛛と、“Scrred”
 の文字。そして、それを繰る船長の名は、レディシア・ブラックウィドウ。
 その名は、とある別称で宇宙中に語り継がれていた。
「“レディ・B”を、舐めるんじゃないよ」
 凄みを効かせて呟く船長に、オペレーターはびくっと震える。
 その視線の先では、麗しき女船長の子供たちが、戦いを繰り広げていた。


 宇宙(そら)を飛んでいる時は、無性に気分が高揚する。
 それは、機体を挟んだ外が虚空であるという危機感なのか、それとも、
 これから敵と戦うという状況への興奮なのか。
 ともかく、宇宙に出た自分が、一番自分らしい。
 そう、キリオは思う。
『IR出力70パーセントデス』
「ったく、整備のやつらは何やってんだ」
 飛びたい、飛べる、という思念を利用して飛行するIRシステムは、
 すなわち搭乗者の意思が駆動力となる。
 ただ、その出力の安定には、事前の整備が必要だ。
「まあいい、後は腕でカバーだ!」
 実のところ、キリオたちの所属するスカード・スパイダー号の整備は、
 多目的宇宙船にしては上々の部類に入る。それでもIRの出力が足りない
 というのは、言うまでもなくキリオの能力が問題なのだが。
 しかし、彼はそんなことを考えない。否、考えても無視する。
 それが、キリオ・カワモヨという人間なのだ。
『戦闘区域到達マデ、アト30秒』
「よし」
 先に戦闘に出ている後輩の腕は、決して悪くない。しかし、どうにも
 危なっかしい。
 しかし、キリオが来れば、それも変わる。
 オペレーティングシステムである“CHIGUMO”を介して、キリオは
 その後輩へと通信を繋ぐ。
「アディ、大丈夫か!」
『ぜんっぜん、大丈夫!』
 聞こえてくるのは、戦いの気に呑まれて酔っ払ったような少女の声。
 キリオも似たようなものなのだが、あの少女は度を越している。
 全然大丈夫じゃないだろ、と内心呟きつつ、キリオは戦況を確認する。
 敵艦は宇宙型襲撃船が一隻と、無人攻撃機が数体。最近は海賊も人材不足
 で、無人機に頼りっぱなしの者も多い。
 そして、そんな海賊に、己たち子蜘蛛は負けはしない。
『戦闘区域、到達!』
「いっくぜェ!」
 敵艦には、かなり無人機のストックがあるらしい。カタパルトから次々
 に発射されていく無人機は、こちらを感知してビーム砲を向ける。
 照準レーザーが、機体に次々と当てられ、そして。
「うるせえ!」
 機体を直撃するかと思われたビームを、キリオはまるで軌道を読みきった
 ように次々とかわしていく。逆に、外れたビームが他の無人機に当たって
 爆散してしまうほどだ。
 そして、ビームを的確にかわしつつ、キリオの機体は無人機の群れに肉迫
 していた。
『バトルアーム、レーザー出力80パーセントデス』
「いける!」
 蜘蛛の形を模した機体には、八本のアームがついている。
 その一つ一つから、長い爪を思わせるレーザーが伸びた。
 敵の装甲を確実に切り裂くレーザーソードを伸ばし、蜘蛛の脚が複雑な
 形に曲げられた。
「カワモヨ八刀流」
 繰り出される刃は八つ、そして。
「蟻子散(ありごちらし)!」
 全包囲に繰り出されたレーザーソードが、周囲の無人機を切り裂いていく。
 無人機に設置されたバリアも、接近戦用にチューンナップされたレーザー
 の前には意味をなさない。あっという間に、宇宙の片隅に漂流物が増えた。
『先輩、やるう!』
「当たり前だ、俺はエースの侍、コグモ・ゼロのパイロットだぜ!」
 気分よく叫ぶキリオの頭から、一瞬、レーザー表示が消える。
 気づいたときには、無人機のビーム砲塔がこちらを向き終わり、今まさに
 発射されようとしてた。
「うわ!」
 回避行動を取ろうとするも、時既に遅し。
 ビームが、発射され。
「わぁぁ――あ?」
 直撃すれば確実にこちらの機体を粉々にする一撃は、機体のそばをかすって
 あらぬ方向に飛んでいく。
 無人機の利点は、プログラミングされた機動を確実に行う事。一度狙われ
 れば、こちらが回避しない限り外す事はありえない。
 ならば、なぜ。
「あ」
 見れば、無人機の船体が何かに引っ張られるように上へ移動している。
 レーダーをめぐらせれば、そこには。
「アディ!」
『へへん』
 後輩の乗る機体、コグモには、敵機接舷用のトラクター・ビームが
 取り付けられている。
 高出力のトラクター・ビームに引っ張られた無人機を待ち受けるのは、
 八本の内、四本のアームにレーザーナイフを張ったコグモ。
 レーザーソードよりは出力が弱いが、しかし、命中率ならこちらを上回る
 ナイフが、無人機をばらばらに切り裂いていく。
 あっという間に解体された無人機を、キリオは呆然と眺めていた。
『こら、何ぼさっとしてんだい!』
「ひえっ」
 叱咤の声を飛ばしてきたのは、我らが麗しき女船長。しかし、怒ると
 とてつもなく怖い。
 しかし、戦闘中は、何か大きなことがなければ通信を飛ばさないはずだった

。
「船長、どうかしたんっすか?」
『向こうが降伏したよ。ったく、気が弱いったらありゃしない』
 いかにも残念そうな船長の様子には、昔、銀河にその名を轟かせたという
 女海賊の威厳が漂っている。
 あの哀れな海賊も、よほど生きた心地がしなかっただろう。それを思えば、
 笑えてくる。
『なに笑ってんだい、さっさと戻ってきな』
「はいはい」
 レーザーソードを収納し、機体を安定移動モードに切り替える。
 意思に反応するIR、その小型機を積んだこの機体は、高速機動を
 続けると、搭乗者が疲労するという欠点がある。戦いが終わった今なら、
 余裕の心で動かしていけばいいだろう。
「アディ、大丈夫か?」
『おう!』
 いまだにハイテンションな後輩に苦笑しつつ、キリオは帰還航路を辿る。
 目指すは、我らが母屋、スカード・スパイダー号、である。


『帰還完了。IRエンジン休止。オ疲レ様デシタ』
 “CHIGUMO”のメッセージとともに、機体のハッチが開く。
 しかし、キリオはなかなか機体から出ようとしない。
 複雑な機動を行う為に搭載されている接続(コンタクト)システムの
 影響で、接続(コンタクト)を切った後は、いつも喪失感に襲われる。
 否、それはシステムのせいではないのかもしれない。
 自由な宇宙(そら)から、不自由な艦の中に戻って来た。その嫌な気分が、
 キリオをこの船から離れさせないのかもしれない。
 しかし、いつまでもこうやっているわけにもいかない。
「よっ、と」
 機体から降りて、固まっていた体をほぐす。人間一人分のスペースしかない
 機体では、どうにも窮屈でしかたがない。
 振り返れば、その機体の姿があった。
 外見は、深緑色の蜘蛛、といったところか。通常のコグモよりも長いアーム
 と、尻部に取り付けられた106mm無反動砲が、
 他の機体と一線を画している。
 そして、最も特異な点は、その機体両側面につけられた、真っ赤な円。
 この円――日の丸が、キリオの魂の現れである。

 プシュッ。

 気の抜けた音に横を見れば、隣のハンガーに格納されているコグモから、
 後輩が姿を現すところだった。
 勢いよくコグモから飛び出した後輩は、地面に着地しそこねて、ぺたり
 と尻餅をつく。
 キリオが見守るなか、後輩はそのまま膝を抱えると、顔を伏せてしまった。
「おい、アディ」
 声をかけても、後輩は返事をしない。その体は、小刻みに震えているように
 見える。
 近づいて、声をかけようと思ったときには、手が先に動いていた。

 ぽかり。

「あう」
 頭を軽く叩かれて、後輩はおずおずと顔を上げる。その表情は強張り、
 とても戦闘中、ハイになっていた少女と同じとは思えない。
 それも、ここ数回の戦闘で慣れてしまった。
「大丈夫か?」
「あう……」
 なるべく優しく声をかけたつもりなのだが、いつもの癖でどうしても
 刺々しくなってしまう。それでも、後輩は無理に微笑んでくれる。
 その気遣いが、どうしようもなく辛かった。
 だから、つい口が出てしまう。
「こら、こんなとことでへたってたら、整備の邪魔だろうが!」
「は、はい!」
 渇! の一声に、後輩はぴょんと立ち上がる。
 そして、そのままふらりと後ろへ倒れ込んだ。
 とっさに動いたキリオの腕は、後輩を抱え込もうとし、失敗して一緒に
 たおれこむ。

 ゴンッ。

「つ〜」
「……あ」
 キリオの上に倒れ込んだ後輩は、頭を抱えて悶えるキリオの姿を見て、
 あわあわと慌て出す。
「あ、あの」
「大丈夫、だ」
 心配するのは苦手だが、心配されるのはもっと苦手だ。
 とりあえず後輩を座らせてから、後頭部にそっと触れてみる。
 瞬間、刺すような痛みが走ったが、後輩に悟られないように必死に表情
 を押さえる。
 手を戻して見るが、血は出ていない。この程度なら、いつものことだ。
 頭を上げれば、いまにも泣きそうな後輩の顔がある。
 見ていられない。そう思ったときにはもう口が動いている。
「サムライが泣くんじゃない!」
「は、はひ!」
 後輩は、溢れ出しかけた涙を、ぐっと目をつむってこらえる。
 それでも押さえきれなかった涙が、白い頬につたっていった。
 キリオには、もうこれ以上、見ていられない。
 立ち上がりながら、いつも着けているポーチの中を探る。
 十徳ナイフや手帳に混ざったハンカチを引っ張り出すと、
 後輩の膝に放り投げる。
「じゃあな」
「え、あ……」
 後輩が声をかけようとするのを遮るように、さっさと歩き出す。
 どうにも、あの後輩と一緒にいると調子が狂う。その理由も、分っていた。
「先輩! ありがとうございます!」
 そう叫ぶ後輩は、どこまでも真っ直ぐだ。笑いたいときに笑い、
 泣きたいときに泣く。
 それに比べて、キリオはもう自分の心がわからない。
 ただ、周囲を傷つけて、ついでに自分も傷つける。それが良いことなのか、
 悪いことなのか、それももうわからない。
 ただ、これだけは言える。
「アディ」
「は、はい」
「……次も生き残ろうな」
 どんなに嫌っていても、傷つけても、仲間は仲間なのだ。
 後輩の返事を待たず、キリオは駆け出す。
 無性に、走りたくなった夜だった。


「残業、お疲れさん」
「おう」
 暗く照明の落とされたメインデッキで、船長は声をかけてきた男に
 軽く返事をする。
 赤い三角帽子に同じく赤いマント、といういでたちの男は、電源の
 落とされたコンソール台に腰かけると、船長にコップを差し出す。
「気付けだ」
「おお、ありがとさん」
 船長がコップを受け取ると同時に、男の手でそこに酒が注がれる。
 何を使った酒なのか、緑色に揺らめく酒を、船長は特に気にとめずに
 飲み干す。
「こりゃ、強いね」
「故郷の地酒だ。ちょい前に来た交易船が売ってたんで、懐かしくてな」
 男も船長も、酒に関しては無類の強さを誇る。この程度では、水を
 呑んでいるのと同じだ。
 男もコップを取り出して、手酌で酒を注ぐ。静かな船内に、コポコポ、
 という音だけがかすかに響く。
「ん、カレンもどうだい?」
 オペレーターに声をかけた船長は、おっと、と口を押さえる。
 スリープモードになったコンソールに腕を置いて、オペレーターは
 すやすやと眠っていた。いつも冷静沈着な表情をしている分、
 寝顔はとても可愛らしい。
 クスッ、と微笑んだ船長につられて、男も微笑を浮かべる。
 ゆるゆると進む四半舷休憩は、大人たちの心も溶かしていく。
「ああ、そういえば」
 最初に話を切り出したのは、男の方だった。
「ん?」
「ボンのことなんだけどな」
 男の言うボンとは、あの三白眼の青年のことだ。いつまでもガキっぽい
 のを揶揄して言ってるのだが、もちろん本人は嫌っている。
 それでも、つい若者を気にしてしまうのが、この男の良いところだ。
「そろそろ、上位機を渡してやってもいいと思うんだが」
「ふぅむ」
 青年や、青年が世話を任されている新入りが乗っているコグモは、
 見習から半人前が乗る標準機である。
 船長やその側近は、それより上位の固有名のついた名前に乗っている。
 ちなみに、赤カカシの男は、装備の助けを借りてだが、生身で宇宙に
 出て闘うという特殊なタイプだ。
 その危険な闘い方の分、男の見る目は確かで、船長も一目置いている。
 ただ、あの青年の扱いは気をつけないといけない、と船長は思う。
「あいつ、ゼロが気に入ってるだろ」
「そこを、姐御の力でなんとか」
 おどける男に、船長は苦笑しつつ酒を飲み干す。
 このスカード・スパイダー号には、明確な指揮系統は存在していない。
 それは、急に船長が欠けても行動できるように、という訓練の意味もあり、
 また、元々自由な気質の船員を縛っても効率が悪くなるだけだ、という
 意味もある。
 そして、それが逆に、青年のようなアウトサイダーを生んでいる。
 それでも。
「アタイは、この船が好きさ。そして、この船に乗るヤツラもね」
「そんなお人よしで、よく海賊ができたな」
 そういう男も、元は軍属の戦士だった。船長が海賊をしていた
 第一次銀河大戦のころには、一戦交えたこともある。
 だから、お互いの内に宿る野獣は良く知っている。だからこそ、
 人の獣を気にかけずにはいられないことも。
 重苦しい空気を吹き飛ばすように、男は酒をあおる。
 口を拭った男は、そうだ、と呟いて微笑を浮かべた。
「うん?」
「新入りのことなんだが」
「次はそっちかィ」
 男のお節介焼きに苦笑する船長だが、実は己も同じ事を考えていた。
 この船に忍び込み、生きた心地もせずにただ丸まっていた少女。
 そのまま生きていても、生きた爆弾として散らなければいけなかった少女。
 その少女が、今、新入りとしてこの船にいる。そして。
「あいつが、ボンを変えてくれないかと思ってな」
「あァ」
 新入りの世話を青年に任せたのは、船長である。自分が指導し、守って
 やらなくてはいけない相手を持ち、あの青年がどのように成長していくか、
 それを見守り、時には手助けするのが、大人である船長や大人の仕事だ。
 しかし、実際に変わっていくのは、若い彼らたちである。
「ま、キリオはもっと大人らしく、アディはもっと船乗りらしく、かね」
「嬢ちゃんにはコグモは辛いだろう。地球製の人型船でも買ったらどうだ?」
 男の提案に、船長は腕組みして考える。幸い、この輸送任務が終われば、
 幾ばくかの金が入る。最新型とはいかないまでも、中古品を買って
 レストアすれば、なんとかなるだろう。
 それにしても、と船長は男にニヤリと笑いかける。
「“緋炎槍”も、随分とお節介焼きになったもんだ」
「お互い、歳はとりたくないもんだ」
 苦笑いした二人は、コップをこつんと合わせる。
 深緑色の液体が、タプン、と音を上げた。

時系列と舞台
------------
 AD2150年代 輸送依頼遂行中のスカード・スパイダー号。

解説
----
 今日もまた事件は起こる。子供たちの困難と、見守る大人。
 ちなみに、続きます。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 

……長い(汗
ええと、一応、続きがあります。
……次は後編になる、はず。

それでは。
渚女悠歩


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