[KATARIBE 29059] [HA14N] 小説『茨猫・間奏曲の五』

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Date: Wed, 17 Aug 2005 22:21:42 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29059] [HA14N] 小説『茨猫・間奏曲の五』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年08月17日:22時21分42秒
Sub:[HA14N]小説『茨猫・間奏曲の五』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
先日は流すのを忘れてましたが<おい
続きの、間奏曲です。
……でも今日はこれだけです。

*****************************************
間奏其の伍:残された者達
==================

『……大丈夫かな』
「大丈夫だろう」

 黒い猫が、静かに頭を少年の手にこすりつけた。

『でも、お姉ちゃん、まだ夢から醒めないし』
「ああ」

 琥珀の目を細めて、猫は笑ったような顔になった。
「時間はかかるだろうね」

 ふわり、と。
 重さの無いような動きで、猫は少年の膝から降り、眠り続ける相棒のほうに
近寄った。

『……どうして、鬼李?』
「ああ……夢見鳥から話を聴いただろう」

 晃一は小首を傾げる。
 鬼李はやはり、苦笑を浮かべる。

「友久のせいで、夢が終わらないと言ってたから」
『うん』
「……だから、そう思った」
 影の猫は、小さく頷く。
「野枝実はね、今多分、自分の今までの信念からはみだそうとしているところ
だろうから」

 晃一は小さく首を傾げる。
 鬼李は小さく喉を鳴らした。

「晃一。私はね」
 ふっと明るい声が、その喉から漏れた。
「一度、死んだのだよ」
 少年の目が、丸くなる。それ以上の反応が現れる前に、鬼李は目を細くした。
「そして、野枝実のお陰で、私はこうやって影猫になった」
 つるり、と、長い尻尾を伸ばして。
「私も、死にたくは無かったからね」
『野枝実おねえちゃんの、ため?』
「いや違う」

 ……そう。
 死にたく無かったのは、野枝実の為ではない。

「野枝実も私も、同じ人を守りたいと思っていた」

 春の陽だまりのように、いつも笑っている人。
 優しくて、ほわりとしているようで……でも恐ろしく強い人。
 揺らぐことの無い、一線を貫き通す人。

「とても強い人だった」
 
 どうしてその強い人を、守ろうと思ったのか。
 どうして守らねばと思ったのか。
 半ば直感で悟ったことを、言葉に出して言えるようになったのは、影猫とし
て蘇った後のことである。

「その人が言ったのだよ。
 『砕かれたことの無い信念を持つ人間は、信用できない』と」

 (ねえ、鬼李)
 (私は、とても強いし)
 (選んだように生きてきている)

 そのさびしい声を覚えている。

「だから自分は、とても強くてとても弱い、と」

 (確かに何度も、信念と信念がぶつかり合うことはあったし、私も結構蹴飛
  ばされてきたけれども)
 (それでも)
 
 遠い、目。

 (私は信念が砕ければ、その砕けた信念ごと死ぬでしょう)
 (だから私は、強いの)
 (だからこそ私は、弱くもある)

 
『……よく、わかんない』
 細い、困惑したような……そしてどこか恥じるような響きのある声に、鬼李
は小さく尻尾を立てた。
「いや、判らないことを言っているよ」
 小さく、喉を鳴らして。
「……済まないね」


 信念を貫く、と言えばとても強いようにも思える。
 でももし、その信念を貫けないならば死ぬ、と、その覚悟で立つ者が居るな
らば。
 大概の者は、道を譲るだろう。多少の不条理を感じていても。
  ……それは強いとは言えないのではないか。

 (そんな風に、思うのよ)

「多分、人は、強くなるのに、色々な種類があるのだと思うよ」
『種類?』
「種類……というのも妙だがね」

 ころころ、と、影猫の喉が鳴る。

「その人は、強かった」
『うん』
「でも、その人と、友久は似ていない」
『……うん』

 花澄ならば、と、鬼李はふと思う。
 花澄ならば、今度のことをどのように過ぎ越すだろう、と。
 
 多分、自身の手を伸ばすことの出来る範囲を見極め、その限界までは野枝実
を護ろうとするだろう。そのことは確信出来る。
 けれども。
 
 花澄は野枝実が、自分に頼り切ることを許しはしないだろう。
 彼女自身が、野枝実に頼り切ることが無い故に。
 
 (私は人には頼らない)
 その生き方を、曲げることの不可能を……知るが故に。

「でも、友久も、強い」
『うん』
「全く違う強さだけれども、二人とも強い」

 たとえその手を伸ばすことが、これから後の多くの厄介事や裏切りや悲しみ
を抱え込むことになると判っていても。
 友久ならば、手を伸ばすだろう。
 予測される全てのことに、真正面から向き合いながら。

 伸びそうになる手を押し留める強さと。
 押し留める力に逆らっても手を伸ばす強さと。
 全く異なっていながら、しかしどちらも強さであることは確かで。

「でも、野枝実は弱い」

 鬼李は静かに晃一を見上げる。
 少し困ったように、晃一は鬼李を見る。

「あれはまだ、自分の強さではないからね」

 花澄も、友久も。
 どちらも己の最も望む方向に、真っ直ぐに視線を伸ばして。
 故に、強い。
 
「つよい人に似ようとして、野枝実は強くなった」
 否、強くならざるを得なかった。
 胸の奥で、鬼李は苦く呟く。
「だけど、それは野枝実の強さでは、無い……のかもしれない」

 それが本当に彼女の強さならば、と、鬼李は思う。
 もし本当に、花澄のように在ることが出来るのならば。
 そも、自分はこうやって野枝実の傍に居ることは無かったろう。少なくとも
野枝実が、自分を十全に護ることが出来る、と、確信しない限りでは。

 何より、もし野枝実が、己のあるように生きているのならば。
 水の高きから低きに流れるように生きているのならば……


『……鬼李』
「何かな」
『よく、わかんないけど』

 晃一は、一度、その思考を途切らせた。

『おねえちゃんのこと、大丈夫だよね?』
「……大丈夫だとも」
『おにいちゃんならきっとおねえちゃんをつれもどしてくれるよね?』

 くるる、と、鬼李の喉が鳴った。

「心配、かな?」
『……うん』

 晃一の伸ばした手の元に、鬼李はするりと滑り込んだ。

『あのね、おにいちゃん強いのは、知ってる』
「そう……だね」
『だから、おねえちゃんをつれもどしてくれる、って……思うけど』

 少年の細く響く声ならぬ声が、消え入るように小さくなる。

『……でも』
「大丈夫だよ」

 抱え込んだ鬼李の身体に頬ずりするようにしながら、こく、と、晃一は頷く。

「だから……安心して、待とう」
『うん……』

 鬼李の毛に、冷たいものが染みた。

『大丈夫、だよね。時間がかかっても、大変でも、大丈夫だよね』
「大丈夫だとも」

 その言葉に、鬼李は笑みを重ねた。

「独りではないのだから」

 (ねえ、鬼李)
 (私は多分、独りで居る時に一番強い)
 (でも、誰かと一緒に居るからって、強くなるわけじゃない)
 (だけど)

 そう。
 だけど……

 そしてそこから先は。


「大丈夫だよ、晃一」
 
 自身に言い聞かせるように、鬼李は繰り返した。

「その為に、友久が行ったのだから」
『……うん』
「だから……泣かなくても大丈夫だ」
『…………うんっ……』

 大きく頷いた晃一の頬を、鬼李はそっと舐めた。
 

****************************

 てなもんで。
 ではでは。




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