[KATARIBE 29051] [HA14N] 小説『茨猫・間奏曲の四』

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Date: Sat, 13 Aug 2005 22:46:20 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29051] [HA14N] 小説『茨猫・間奏曲の四』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年08月13日:22時46分19秒
Sub:[HA14N]小説『茨猫・間奏曲の四』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
なんか一気に流してますね。
……いーんかなあ己(汗)
本日は……この一つでえーでしょーか(汗)

***************************************
間奏其の四:夢を見る者〜野枝実
================

 ああ、まただ、と、野枝実は呟いた。
 声は、出ない。
 ただどこか虚ろな手応えが喉元にあるだけである。

 幾度も幾度も。
 同じ夢を見ている。
 夢が繰り返す、その狭間の一瞬の間だけ。
 あ、これは夢だ、と、どこかで思う。

 夢と言ってしまって良いのか、実はよく判らない。いつもはすっかり忘れて
いる風景、まだ五歳の頃の思い出を、その夢は正確になぞるものだったから。
 (思い出して、いるだけなんだろうか)
 うろうろと考えて、そして否定する。
 思い出しているだけならば、こんなにも同じ夢を繰り返すまい。

 同じ痛みを、味わうことはあるまい。


 『野枝実ちゃん、先生はね、本当に優しい人だからね』
 幼稚園に初めて行くその朝に、母親はそう言った。
 『何でも聞いて、なんでも教わりなさい。困ったら何でも言いなさい』
 そうなのか、と。
 ごく素直に……自分は思ったらしい。

 深い記憶の中から、そのひとは立ち戻ってくる。
 どちらかというと小柄で。どちらかというと丸顔で。
 そしてとても優しくて。

 『ね、あきちゃん。野枝実ちゃんも入れてあげて?』

 仲間外れにされるのはいつもだったけれども。
 そのことを訴える前に、気がついて声をかけてくれていた。

 『ふうんだ、のえみちゃん、ひーきだひーき』
 贔屓、という言葉の詳しい意味など、その時の誰も知ってはいるまい。ただ、
それはずるいのだ、という印象だけで、相手も言葉を使っていたのだろう。
 『のえみちゃんのずるっこ』
 『せんせいのひーきだ!』

 ずるっこだ、と言われて、悔しかったのは事実だけれども。
 同時に、ちょっとだけ誇らしかったのも事実だ。
 
 先生は、あたしを贔屓している。
 先生は、あたしの味方だ。

 そういう感覚は、教わらなくとも身につくものなのかもしれない。


 けれどもあの日。
 そのひとから、投げつけられた言葉。


    ばけもの

 
 咄嗟に。
 意味さえ、判らなかった感覚を憶えている。

 
    ばけもの


 家に帰るまでの記憶は、とうに、無い。
 ただ、帰ってから熱を出して、三日ほど幼稚園を休んだのだ……とは、流石
に自分の記憶ではなく、母親の記憶なのだが。

 『あら、本人は忘れてるもんなのね』
 『って何を?』
 『真っ青になって帰ってきて、黙ったままぬいぐるみ持ってきて抱きかかえ
 て寝っ転がったのよ、あんたは』
 『……憶えてない』
 『それから3日間、熱出してね』
 
 熱を出したことは、憶えている。
 というより、その時に見た悪夢を憶えている。

 ばけもの。

 
 その時も。家に帰ってからも。熱を出してからも。
 その原因を口にしたことは、ない。

 熱が引いて幼稚園に戻った時に、先生はいつもの顔で、野枝実ちゃん、もう
大丈夫なのね、良かったわね、と、頭を撫でてくれた。
 でも、先生は視線を合わせることをしなかった。

 
 本当は、泣きたかった。
 本当は、違うって言いたかった。
 みんなと遊びたいって、言いたかった。
 ばけものじゃないって言いたかった。

 どれだけ呼んでも、どれだけ泣いても、誰も残ってはくれない。


 夢は、嫌というほど繰り返す。

 諦めてしまえばいいのか。
 もう泣くことも止めてしまえばいいのか。
 
 
 それでも。
 ずっと……泣きたかったのだ。

 ずっと……ずっと、誰かに。
 ここに、居て欲しかったのだ。
 (たとえ望むこと自体が、間違いであったとしても)

 誰かに…………

 ………………誰に?

 (その問いに答えるように意識にぽかりと空く)
 (丸いがらんとした穴)
 (その虚ろの怖さ)
 (とてもとても怖い)

 怖い怖い怖い怖い
 どこにも自分を留める場所が

 どこに漂うのか

   どこに流れるのか

     怖い


 ………………怖い……………っ……



 どくん、と。
 夢がまた廻った。

 
************

 てなもんです。
 ではでは。



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