[KATARIBE 29048] [HA14N] 小説『茨猫・間奏曲の三』

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Date: Sat, 13 Aug 2005 01:45:11 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29048] [HA14N] 小説『茨猫・間奏曲の三』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年08月13日:01時45分10秒
Sub:[HA14N]小説『茨猫・間奏曲の三』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
忘れてたので流します。
間奏曲、なんで、次もも一つ流します。

**************************************
間奏曲其の参:野枝実
====================

『のえみちゃんきらい』

 (幼いからこそ容赦の無い声)

『へんなの、ぜったいへんなのっ』

 (不思議に対して敏感であり、許容する心の幅もなく)

『むこういっちゃえっ』 

 じゃりっと口の中に残る、砂。
 残った小さな欠片が、歯と歯の間できしむ痛み。

 泣いた記憶は、無い。



 小さな頃から、独り遊びだけが上手かった。
 砂で作った山の、影を掬い上げて二つ目の山にする。本体と違って暫くすれ
ばまた元に戻る黒い山を何度目かに引っ張りあげた時に、ふと視線に気が付い
て顔を上げたことがある。
 母親は、視線の先で知らん顔をしていた。

 通りがかりの猫の影を掬い上げて、一緒に縁側で遊んでいたこともある。
 肩の辺りに突き刺さるような何かの感覚にはっとして振り返ると、やはり母
親は知らぬ顔で掃除機をかけていた。
 あ、知っているんだ、と、何故かそのことは判っていた。
 知らぬ振りをされているんだ、ということも。

 どうしてなのかは、よく判らなかったけれど。

 誰も、それが悪いこととは言わなかった。
 誰も、それを止めようとはしなかった。
 ただ、無かったことにされた。

 だからいつも独りで遊んでいた。



『やだよー、のえみちゃんいっしょなのっ』

 幼稚園が、だから嫌いだった。
 いつも独りで本を読んでいた。
 ごくたまに、人の良い子が一緒に遊ぼうと誘ってくれたことはある。けれど
も大概、誰かがそう言った。

『のえみちゃんとあそんでも、おもしろくないもん』
『えー、なんでよっ』
『だってのえみちゃん、あそぶのへたなんだもんっ』
『それにへんなんだよ、いっつもひとりでいるもん』
『ひとりでなんかへんなことしてるんだよっ』

 だから、やっぱり独りで遊んだ。

『のえみちゃん、一人?』
 
 幼稚園の先生だけは、声をかけてくれた。

『ねえ……ちゃん、一緒に遊んであげないの?』
『……はあい』

 先生が言うと、仲間に入れてくれた。
 先生はね、とっても優しい人だからね、何でもお願いしてごらん。
 母親はそう言った。

『みんな一緒に遊ぼうね』

 先生は優しかった。



 その日は確か、ひどく良く晴れた日だった記憶がある。砂場の砂が、白く光
るような、そんな真昼のことだったような。

 砂山を作るのだけは得意だった。だから確かその日も、一番に外に出て、ス
コップを掴んだ。

『あーあたしのっ!』

 不意に、砂の中につっ転ばされた。
 
『それ、あたしのスコップっ』

 じゃり、と、口の中に砂が入った。
 吐き出したら、やだきたないっと言われた。
 そのまま、スコップを持って、その子は砂場の向こうの端に行ってしまって。
 他の子供達も、どやどやとその子についていってしまった。

 歯と歯の隙間に入った小さな砂粒が、かりりと小さな音を立てて、歯の上を
転がった。
 あ、いた、と思った瞬間。



  どうしてその時、そんなことをしたろう。
  やってはいけないこと、と、どこかで判っていた筈なのに。



「こっち来い!」

 なんだよ、と、言いかけた少年の口が途中でぽかんと開いた。

「なおちゃんのかげ、しんちゃんのかげ、まなみちゃんのかげ!」

 すう、と。
 呼び付ける声に従って、子供達の足元の影が立ち上がる。それはみるみるう
ちに子供達と同じ背丈に膨らみ、真っ黒である以外は全く同じものに変る。
 くっきりと、切り取られたような真っ黒な影達が。
 静かに立ち上がって。
 
「みんなみんな、こっちに、来いっ!」

 さらさらと、影はそよぐようにやってくる。
 影の手が持った影のスコップを、手を伸ばして受け取って。

 砂の山に突き刺した。
 さく、と、砂が崩れた。
 ひ、と、誰かの喉が鳴った。

 そして雪崩のように、悲鳴と泣き声が重なった。


 せんせい、せんせい、と、泣きながら逃げていく子供達の足元に、影は無い。
 その足が踏んでゆく地面が白く底光るほどに日差しは強かった。
 影を持たない脚が、輪郭を墨でくっきりと取ったような木の影を踏んでゆく。
 何だかそれが、とても変なものに見えた。

 ふと気がつくと、影の子供達は、ふわふわと砂場の上に漂っていた。
 手に持っていた筈の影のスコップは、するりと指からこぼれて、砂場に残さ
れたスコップの元へと戻っていた。

 ね、あそぼ。

 言った声は、多分、影の子供達には届かなかったのだと思う。
 
 ね、あそぼ。
 
 延ばした手も、やっぱり影を通り抜けたのだと思う。
 
 ふかふか、と、砂の上の影の子供達は暫くそのまま漂っていた。
 だから、ただそれを眺めていた。
 そのうち、影の子供達は、しゃがみこんで砂に手を突っ込みだした。
 砂は少しも動かなかった。
 
 一緒に砂を掘ろうとして、しゃがんだら、影の子供達は一斉に立ち上がった。
 真っ黒なのに、その姿は透き通っていて、向こうの教室の窓がぴかぴかと光っ
ているのが見えた。
 ほんの、数秒。

 最後にわあ、と、聞こえない声を張り上げて、影の子供達は逃げていってし
まった。せんせい、せんせい、と、やはり聞こえない声で泣き叫びながら。

 そして流れのように走ってゆく影の子供達は、そこに立っている人を一瞬だ
け薄墨の色に染めて、そしてそのまま自分の本体へと流れるように走っていっ
てしまった。
 立っていた人は、無意識のうちに受け止めようとして伸ばしていた手を下ろ
した。 
 
 そしてその人は、じっとこちらを見た。
 見たことの無い顔だな、と思った。

 そのひとの口が、ゆっくりと動いた。

 
  ばけもの。


 真っ白になってゆく頭の片隅で、あ、先生だ、と、思ったのを憶えている。
 ひどく、静かに。


 泣いた記憶は、無い。 

*************************

 というわけです。
 続きまた、一つ流します。



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