[KATARIBE 29046] [H06N] 小説『痛覚』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Fri, 12 Aug 2005 00:42:50 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29046] [H06N] 小説『痛覚』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200508111542.AAA03629@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 29046

Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29000/29046.html

2005年08月12日:00時42分49秒
Sub:[H06N]小説『痛覚』:
From:久志


 ども、久志です。
 先輩視点の『以心……不伝心』の別バージョンに当たる話です。
途中にいつぞやの会話を引用してます。

いーさんチェックとかすり合わせとかよろしうー
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『痛覚』
============

登場キャラクター 
---------------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ヤク避け相羽。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0483/
 軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に避難。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0480/

県警で
------

 ふと、顔をあげて壁掛けの時計を確認する。
 時間は八時を少し回ったところ。
 デスクにいるのは自分と後輩の石垣とあと午後からの宿直組数名。史の奴は
研修という名目の裏仕事でここ数日ずっと出張っている。おそらく例のねずみ
騒動の後始末といったところか。その分こっちは幸いと言うべきか目ぼしい事
件は無い、だが事件はないとはいえ仕事はいくらでもある。
 デスクの上のレポート用紙には、来週に研修で講義するための草案がびっし
りと書き込まれている。書きものに熱中してたせいですっかり冷めたコーヒー
を飲み干して、ひと息をつく。
 そろそろ、電話でも入れよかね。
 胸ポケットの私用携帯を手繰りながら、ふと先日の会話を思い出す。

 『おかえりなさい』って、怖くない?

 妙な言い方をするもんだ、とは思う。
 確かに、言われ慣れない言葉ではあるかもしれないけれど。
 怖い、とまで言う感覚がいまいちよくわからない。

『はい』
「相羽だけど」
『ああ、お仕事終わりそう?』
「まあね、大体目安ついたからそろそろ出る」
『諒解』

 携帯を切ってデスクの書類を揃える。草案自体ははあらかたまとまってるし、
講義内容は大抵の所は頭に入ってる。今日のところは上がっても問題はなさそ
うだ。

「……お帰りですか?相羽さん」
「ああ、草案はあらかたまとまったしね。石垣ちゃんはまだ頑張る?
「ええ、まあ。私もそろそろ帰る予定ですけど」
「またお子さんに顔忘れられちゃうよ?」
「それは……なんとかしたいですねえ」

 草案と資料を引き出しに閉まって席を立つ。

「……あの、相羽さん」
「ん?」
「今の電話の人って」
「ん?ああ、友人」
「そうですか、あの、いつぞやのトラブルにあった人ですか」
「そうそう、んじゃお先」
「……はい、お疲れ様です」

痛覚
----

 家までの距離。
 仕事でのけじめとして、夏でも絶対に上着を脱がないせいでやたらと暑い。

 さて、今日の夕飯はなんだろね。
 当たり前のように考えがよぎり、そして当たり前のように考えていることに
少しひっかかる。
 ふと、足を止めて。苦笑する。

「なにやってんだかね」

 いつまで引き止めておくのか。

 ここ数日の史の奴の雰囲気からいって、あのねずみ騒動の原因は突き止めて
いる様子だった。
 もう二度と騒動が起こらないことが保障されれば、あいつも晴れて家に帰れ
るだろう。まあ、あれだけ荒らされた部屋だと掃除やら片づけやらで暫くは使
い物になりそうもないが、いつかはきちんと片付けることだろう。

 そうしたら、あいつがうちに居る理由はない。

 上嶋のような人間からできる限りは保護したいとは思うが、それは元々は俺
の悪事のとばっちりであって、勝手な都合でしかない。

 上嶋千夏。
 あの傷害事件の後。前科もなく逃亡や証拠隠滅の恐れもないことから、既に
釈放され、公判を待つ身になっている。

『相羽さんが必要なの……』

 搾り出すような言葉を、すっぱりと断った。
 相手は自分を必要として、自分はその気持ちには応えられない。
 こんなことはいくつもあったはずだった。

 必要だと思うこと。
 報われないということ。

 ふと、数日前のあいつとの会話を思い出す。

『……負担にならないってことは、不可能なのかな』

 ぽつりと、つぶやいた言葉。

『飯つくって弁当つくって、魚の世話と……アイロン掛けと掃除もやってくれ
れば、充分お釣りくるよ』
『……あのね』

 じっと、目を見る。
 その顔にはなんの裏もなく、ただ心から思っているという風で。

『それ全部、誰かが出来ることだよ』
『それと』
『……え?』
『こやって、差し向かいでいることくらいかね』

 一瞬止まって、あいつが小さく苦笑した。

『千夏さんなら、幾らでもやってくれただろうに』

 ふと、感じる鈍い痛み。

 そこに居ること。
 でもそれは他の誰かが出来ること。

 つまり。
 自分でなくてもよい、ということか。
 自分が一方的に必要でも、相手がそう思っていなかったら。

 今まで、散々踏みにじってきた思い。

 全部、誰かが出来ることだよ。
 千夏さんなら、幾らでもやってくれただろうに。

 かすかな鈍い痛み。
 ほんの少し、自分が上嶋につけた傷が理解できたような気がする。


時系列と舞台
------------
 2005年7月上旬。ネズミ騒動よりしばし後。
解説
----
 他に誰かを選べたのではないかという言葉を、拒否と受け取る先輩。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
以上 

……どーしてこの二人はいつまでもぐらぐらしますか(涙)




 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29000/29046.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage