[KATARIBE 29042] [HA14N] 小説『茨猫・間奏曲の二

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Date: Wed, 10 Aug 2005 22:48:41 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29042] [HA14N] 小説『茨猫・間奏曲の二
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年08月10日:22時48分40秒
Sub:[HA14N]小説『茨猫・間奏曲の二:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
そういえば、Luteさんから依頼のあった、キャラクターシートへのリンク、
遅まきながらやっておきます。

・鬼崎野枝実(http://kataribe.com/HA/14/C/0011/)
  影使いの大学院生。ぶっきらぼうで愛想なし。
・鬼李(http://kataribe.com/HA/14/C/0013/)
  野枝実の相棒の影猫。精神年齢は野枝実より高し。
・本宮友久(http://kataribe.com/HA/14/C/0018/)
  空間操作能力者。本宮家の次男坊。野枝実宅に居候中。
・宮部晃一(http://kataribe.com/HA/14/C/0007/)
  強化超能力者。素直で大人しい少年。この話唯一のオアシス。
・叶野紗耶(http://kataribe.com/HA/14/C/0023/)
  傀儡使い。その近くに常に、二体の傀儡である清姫と直実を伴っている)
・薔氷冴(http://kataribe.com/HA/14/C/0035/)
  バー、FROZEN ROSESの女主人。常に中立を保つ、人懐こい笑みの美人。
 
 ここら辺を見て頂くと、多少キャラクターについては分かると思います。

 この間奏曲は、このうちの最後の二人、叶野紗耶と薔氷冴の会話となります。

***************************************
間奏曲その弐:待つ者〜紗耶
------------------

 FROSEN ROSES。
 けだるいようなピアノの音が流れている。
 客は、カウンターに一人。
 まだ、夕刻だから……というわけでも、ないのだろうが。

「……紗耶ちゃん……」
 氷冴が苦笑する。
「どうしたの?」

 絵としては、大型犬がテーブルに頭だけ乗っけているのに近い。
 つまり、顎をカウンターに乗っけて、のべーと座っているわけなのだが。
 ポニーテールにした髪の端っこが、カウンターの上でとぐろを巻いている。

「……えーと、現在深刻に自己嫌悪中なんで」
「また?」
「へい毎度ーのノリで」

 苦笑。
 紗耶と、氷冴と。

「どうしたの」
「晃一君に会いまして」
 さらんとした一言。
 氷冴の表情が納得したものに変る。
「野枝実ちゃん、まだ起きないんだなあ……」

 呟いたまま、やっぱりのべーとカウンターで伸びている紗耶の目の前に、氷
冴が長いグラスを置く。
 細かい氷を詰めた中に、茶色っぽいカクテル。

「……氷冴さん、これ何?」
「ロングアイランドアイスティー」
「あー」

 これ好きー、と、口調までのべーっとしている紗耶の頬に、氷冴はグラスを
くっ付けた。
「ほら、起きて」
 もそもそ、と、紗耶が上体を起してグラスを受け取る。それを見やりながら
氷冴は少し口調を変えた。
「紗耶ちゃん、この一件、どこまで秘密にしたい?」
「へ?」
 一瞬けげんそうにした紗耶だが、瞬時にしてその眼が変る。
「……ああ、王子様、ようやく動き出した?」
「今日、情報を取りに来るわ」
 成程、と、紗耶は苦笑する。

「氷冴さんが判ってることは、全部伝えてくれて問題無いです」
「って、あたしが紗耶ちゃんから直接聞いたことも?」
「うん。透耶のことも含めて」

 その方が善良っぽいでしょ、と、紗耶は笑う。
 くすくすと、氷冴も笑う。

「透耶ちゃん……やっぱり、またお姉さんに苛められたの?」
「んー、咲夜も、流石に今は反省しているんだけど……」
 幾ら呼んでも揺すっても起きない妹の姿は、かなり辛いものであったらしい。
咲夜は毎朝一番に妹のところに行き、学校から帰るとまた即行で妹の枕元に戻っ
てくる。
「……いい子、ね」
「うん」

 さらさらと、小さな音を立ててぶつかりあう氷を見ながら、紗耶は微妙な表
情になる。
「ただ、あそこは父親が腐ってるから」
 遠慮の無い口調に、氷冴は表情だけで苦笑した。
 


「……夢見鳥への、依頼は」
 グラスが空になり、次のカクテルを氷冴が差し出したところで。
 ふと紗耶が口を開いた。
「透耶を夢から引き出して、起して、ってことだったんだけど」
 それで?というように、氷冴が首を傾げる。紗耶はほろっと笑った。
「そしたら、夢見鳥から言われまして。透耶は今、夢の中に留まりたがってい
る。だからあのままじゃ起きないって。夢よりも本当のほうがいいよって、言
う人が必要だって」
「……それで、野枝実ちゃんに?」
「あたしでも良かったんだけど、夢見鳥が、ね」

 夢見鳥は、着物の縫い取りに封じられている。
 その着物を野枝実が着ることで、夢見鳥は野枝実の夢に入り込むことが出来
るようになる。そしてその夢を手がかりに、その小さな妖怪は夢を渡ってゆく
のだが。

 ……どっちかってえと、貴方には夢の外で待ってて欲しいのよ。

 実は。
 相当、辛い役割だなあ、と、思い知っていたりするのだが。


「多分、透耶は……絶望したんだと思う」
「絶望?」
「大袈裟に聞こえるけど」
 透明なカクテルを、軽くあおって。
「咲夜のせいってのも、ある。でもどっちかっていうと、親父のせい」
「ふうん?」
「……多分」

 ふっと、紗耶の視線が焦点を失う。否。
 焦点を……遥か遠くに結ぶ。

「子供って、親は必ず自分の味方だって思うじゃないですか」
「……そう、ね」
「その、一番の味方になる筈の親父がさ、透耶に言ったらしくて。なんて我侭
なんだろうって」

 からん、と、手元のグラスの中で、氷が鳴った。

「だから、透耶には、わかっちゃった。この人は、自分を庇ってはくれない、
自分を助けてはくれない……って」
 
 ひどく、さみしい目をしたまま。

「そういう、孤独」

 
 氷冴は黙っている。
 紗耶は、ただ無闇にグラスの中の氷を鳴らす。
 ピアノの音は、やはりけだるげに流れている。


「……5歳の頃にね」
 からからと、氷の鳴る音が途絶える。
「あたしは、初めて鬼女と認定されましてね」
 どこかとてもさびしげに。
「姉貴が……まあ、あれも姉妹喧嘩で、向こうは7歳こっちは5歳、まああり
がちなんだけど……こっちを押して、こっちは暖炉目掛けてつっころびまして」

 母親の悲鳴。紗耶、と。何をするの、おやめ、と、姉を叱る声。
 だから……そういう意味で、自分が親に愛されてなかったとは思わないのだ。

「そしたら、おさげ二つともに、火がついて」

 何の弾みか、片方は背中に廻り、片方は目の前で跳ねていた。
 じりじりとした音と、臭い。
 そのほうが……怖かった。

「だから、あたしも、目の前のおさげの火は慌てて消したんだけど……でも、
背中のほうは見えないっしょ?……だから、熱いなとは思っても、何がなんだ
かよくわからなくって」

 ぱんぱんと、両手で髪の毛をはたいて。そして目の前の火は消えて。
 ああ、安心だ、と、思った……のに。

「そしたら、背中が燃えてたですよ」


 紗耶という存在は、叶野の家の中でも特殊だという。
 鬼女の体質を持ちながら、彼女は平凡な容姿しか持たない。母親も鬼女、姉
二人も鬼女、そのせいでか紗耶の無痛症については、なかなか家族は気がつか
なかった。そして紗耶自身も、自分が無痛症であることに気がついていなかっ
た記憶がある。

「まあ、母親が悲鳴あげたんで、何かまたまずいことしたかな、って思ったら、
丁度居合わせたばーさまが、背中を思いっきり叩いて、火を消してくれまして」

 何故かその瞬間のことは、異常なまでに鮮明に憶えている。
 凍りついたように動かない姉。悲鳴をあげるばかりの母。
 そして……丁度向かいにあった鏡に映った、自分の姿。

「ばーさまは……まず、母親を叱り飛ばしましてね。どうしてこの子が鬼女と
気がついてやらないのか、そういう例はあるだろうが、って」

 鬼女の体質を持ちながら、しかしその稀有なまでの美貌を持たない者。
 それは……確かに、例の無いことでは、ない。

「そして、あたしに言いましてね。『悪かったね紗耶、お前が鬼女であるとは
知らなかった』って」

 ……紗耶、申し訳なかった……
 ……お前もまた、鬼女であったとは知らなかった……

「でもね、氷冴さん」
 へへ、と、紗耶は笑った。
「その時に、あたしも絶望したんで」
 
 みっともなく、短く縮れてしまった片方のお下げ。
 その、臭気。

「だって、ばーさま、ずっと見てたんですからね。あたしが火の中につっ転ば
されるところもずっと。髪が燃えるのもずっと」

 服のお陰で、確かにそうひどい火傷にはなっていなかったけど。

「わかっちゃったんですよ。この人は、あたしが鬼女じゃなかったら、多分助
けてはくれないのだな、と」

 母の泣き声。
 ごめんね、紗耶ごめんね、と、泣きじゃくる姉の声。

 ……けれども。

「それが、紗耶ちゃんの最初の孤独?」
「そーですね」
 かららん、と、溶け残りの氷を、紗耶は鳴らした。
「それが、あたしの5歳の記憶」

 ふっと、声が途絶えた。
 さらさらと、ピアノの音が、空間を埋めた。


「……氷冴さん」
「なあに?」
「これだけ野枝実ちゃんが起きないってことは」

 一度、声を途切らせて。

「……野枝実ちゃんもやっぱり、何かあったんだと思います」
「五歳の頃に?」
「多分」

 そう、夢見鳥が言ったのだ。

「野枝実ちゃんにも、そういう記憶がある。そういう絶望がある。野枝実ちゃ
んはそこから立ち上がって今まで生きてるんだから、多分そこを越えてくるだ
ろう……って。その力を借りられるだろう、って」

 ……けれども。

「けれども」
「まだ、起きない……のね」
「そう、なりますね」

 グラスの中の酒の最後の一口を飲み干して、紗耶はすっと背筋を伸ばした。

「ですんで、氷冴さん。今の情報、必要とあらば全部でも、あの王子様に渡し
て下さい。野枝実ちゃん、どこかで夢にか過去にか、引っかかってるんだと思
いますから」
「……わかったわ」

 氷冴が頷く。瞬時、情報屋としての怜悧な表情がその顔に浮かんだが、

「で、紗耶ちゃん」
「はい?」
「今の情報、幾らで売ってもらえるの?」

 あっはっは、と、紗耶は声をたてて笑った。

「えー……そーですねえ、お金貰っても仕方ないから……ああ、情報と引き換
えってのは、どうでしょうか」
「ええ、大丈夫だけど?」
「じゃ、一つ」

 にやり、と、もうすっかりいつもの笑いを浮かべて。

「この一件。あの王子様がどう纏めるか、どう捌くか。その顛末を教えてもら
えます?」
「どの程度?」
「……代金分で結構です」

 一瞬、妙に真面目くさって、紗耶が答える。
 はい、わかりました、と、氷冴も応じる。

 そして、数瞬。

 ……二人はぷっと吹き出した。

「はい、了解」
「楽しみにしてます」
「その価値は、あると思うわ」
「そうですね」

 からん、と、紗耶は笑った。

「じゃ、あたしはそろそろ退散します」
 今鉢合わせたら殺されそうだし、と、冗談のように紗耶が言う。
 いまいち冗談に聞こえないあたりが……怖い。

「じゃ、また」
「はい、また」

 重い扉を、両手で開きながら。
 そこでふっと紗耶は振り返った。

「氷冴さん」
「……なあに?」
「…………いえ」

 じゃ、また、と、笑って、紗耶が出てゆく。
 ゆっくりと、扉が閉じる。
 
 流れ続ける、ピアノの音。


 氷冴は小さく息を吐いた。




*************************

 てなもんです。
 ではでは。




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