[KATARIBE 29041] [HA14N] 小説『茨猫・第五章』

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Date: Wed, 10 Aug 2005 22:31:57 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29041] [HA14N] 小説『茨猫・第五章』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年08月10日:22時31分57秒
Sub:[HA14N]小説『茨猫・第五章』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
というわけで茨猫です。
今日も、二つ流します(五章が短いのと、次が間奏曲なのとで)

というわけで、五章です。
とても、素直です。

*************************************
第五章:静かに降る夢
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 とんとん、と、歩く。
 よく晴れた、日。
 田んぼの土手っぷちの、濃い緑の草を踏んで。
 さらさらと、一番心地よい風が吹く。
 晃一は、小さく息を吐いた。

 
 友久は、夕べ、恐ろしく不機嫌な顔で帰ってきた。
「……何か、あったのか」
「いや」
 そうは言うものの、やっぱり不機嫌なまま、友久はそれでも、今回のことは
野枝実にも鬼李にも直接関係は無いのだ、と言い……少なくとも晃一はほっと
したのだが。

『じゃ、野枝実お姉ちゃん、どうして寝てるの?』
「……さあな」

 熱した鉄板の上を歩くような格好で、鬼李がそろそろと友久から遠ざかる。
 背中の辺りから、立ち上る……感情。
 丁度、やかんの口から湯気が一気に立ち上るように。
 
 怒っている。でも、最初のようにじゃなくて。
 怒っている。でも……

『……お兄ちゃん、肩叩いてあげるっ』
 
 手を伸ばす。
 肩の辺りに溜まっている、やりきれないような何かを手を伸ばして払う為に。

 そして確かに、晃一が伸ばした手の先で、その何かはすうと小さく溶けた。

「……ありがとう、晃一」

 その、声と一緒に。



 一夜明けて、友久は出かけた。
 遊んでくるね、と、言い置いて、晃一も出かけた。
 鬼李もついて行く、と、言ったのだが、どうも昨日全然眠っていないらしく、
家から出る前に、ぐっすりと眠ってしまった。

 野枝実は眠っている。

 とんとん、と、だから珍しく、晃一は一人で歩いている。
 緑の色。
 踏み潰した草の、青い匂い。
 ほんの少し滅入るような、強すぎる匂い……

 (お姉ちゃん大丈夫かな)

 その思いは、どうしても晃一の視線を下に向ける。
 強すぎる緑の色。


「……あ」
 ふ、と。
 その声はごく自然に耳に届いた。

「晃一君?」
『え?』

 慌てて顔を上げる。
 視野に飛び込んできた顔は、確かに見覚えのあるもので。

『……おねえさん……』
「あ、覚えててくれた?」

 去年の秋に、やっぱりこの辺りで会った人で。

『彼岸花取ってくれたおねえさん』
「そうそう」

 銀縁の眼鏡の向こうで、目が柔らかく笑みを浮かべた。
 さらさらと吹く風が、後頭部の高いところでまとめられた髪を流した。
 
「晃一君は、ここに良く来るの?」
『うん』
「今日は、一人なんだね」
『……うん』

 今日は、一人。
 その言葉は否応無しに、眠り続けている人のことを思い出させる。
 
 今日は、一人。

「……晃一君」
 下を向いてしまった晃一の頭の上から、ふわりと声がかかる。
「野枝実ちゃん、大丈夫?」
『え?』

 ぱっと、頭を上げる。

『……おねえさん、野枝実お姉ちゃんのこと、知ってるの?』
「……うん」

 言いながら、その人は銀縁の眼鏡の縁を指先で抑えた。

「知ってる」

 静かな声だった。

「眠っているのね、野枝実ちゃん」

 晃一は、その人の顔を見る。
 静かな表情だった。

『……うん』

 悪い人には、見えなかった。
 否……野枝実のことを、心配しているのだ、と。
 そう、思えた。判った。

『お姉ちゃん、昨日から起きないんだ……』

 そう、形にしてしまってから、晃一は後悔する。
 言ってしまった途端、その不安は、胃の中でずしりと重くなった気がする。
 その重さが、晃一の頭を俯かせる。

「……晃一君」

 とん、と、頭に暖かい手が置かれる。

「野枝実ちゃんは……必ず戻ってくるから」
『……うん』

 その暖かさに……半ば、安堵するように。
 ぱたぱたと、涙がこぼれてくる。

「大丈夫だから……泣かないで」

 気が付くと、その人は、晃一の前に、ひざをついていた。
 目と目の高さを合わせるようにして。

「野枝実ちゃんは、必ず起きる。だから晃一君は、野枝実ちゃんが早く起きら
れるように呼んであげて」
『うん』

 大きく、頷く。

『だから、お兄ちゃんと一緒に』

 きゅっと、一度手を握り締める。 

『野枝実お姉ちゃん、助ける!』

 その人の目を、見据えるようにして言い切る。
 その人は、笑った。
 どこかとても嬉しそうに。

「……そうだね」
『うん!』
「……ありがと」

 ぽん、と、晃一の頭を軽く叩くようにして、その人は立ち上がった。

『ありがとう、おねえさん』
 
 ぺこり、と、お辞儀をしてそう言うと、その人はちょっと困ったような……
そしてどこか苦しそうな顔になった。
 僅かに開いた口から、かすれるような声がもれた。

「…………ね」
『?……なあに?』

 聞き返すと、その人はううん、と言って笑った。
 
「……じゃあね」
『うん、ばいばい』

 手を振ると、その人も手を振り返してくれた。
 そして、その人は、また来た道を戻っていった。
 道の先に黒っぽい車が止まっていて、そこから出てきた誰かが、晃一に向かっ
てぺこり、と、一礼した。
 そしてその人は、その車に乗る。
 最後に、その人は、ガラス越しに手を振った。
 だから晃一も、手を振り返した。


『……頑張らなくちゃ』
 
 車が視野から消える。それを見取ってから、晃一は一度呟いた。
 頑張るのだ。野枝実が起きるまで。

 ……大丈夫だから……

 その声の、強さ。

『うん、頑張るっ』

 もう一度、拳を握ってそう呟くと、晃一はくるりときびすを返した。


*********************

 てなもんで。
 次、間奏曲流します。



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